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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「そうか。彼女は乗ったか」
 単に事実を復唱しただけの言葉だ。その証拠に、銀朱の瞳には、どこまで奥をのぞいても、何の感情も映していない。
「どういたしますか」
 指示を仰いだ男にも、一向に感情の起伏が見られない。
 もしも傍からこの光景を見た者がいたなら、それはそれはおかしな光景に映ったことだろう。ひょっとしたら、人形が二体立っているようであったと、ゾッとした表情で語る者すら現れるかもしれない。
 それほどに、漂う空気はひたすら冷たい。
「…そうだな」
 と、そこで初めて男の表情が崩れた。相変わらず感情は読み取れないながらも、目は若干細まり、頬の筋肉も少しばかり上がっている。冷笑――その言葉すら適切ではないかもしれない。
「そちらについては、あと数日は放置しておけ」
「御意」
 恭しく礼をした男は、そのまま半歩下がり、――不意に動きを止めた。
「どうした、アーフェスト?」
 いつもはそのまま消えるだけであろう彼の行動に、けれど男はこの時初めておかしそうに表情を崩した。
「彼は…苦しむでしょうか」
 お前が私以外を気にするとは珍しい、と第三者が聴けばなんとも自己中心的な発言をした男は、続けてこう言った。
「そうだねえ、きっとあの子なら………怒るだろう」


 キインッ―――
 耳障りな音を立てて地面に突き刺さった光の矢を見たのは一瞬だった。避けられたなら問題ない。気にするべきは次の一手だ。
 盛り上がり迫る地面を避けた先に、斬撃。力が無い分、一撃は軽いが、動かされた後だとなかなか辛いものがある。
 それでもその途中途中に、“無”は生まれる。それを見逃しさえしなければ、勝てる。
「――っ」
 一瞬の間が、逃れるだけの時間を奪った。剣と剣が交錯し、火花を散らす。反応はかろうじてできたが押し負けて、後方に飛ばされる。地面に叩きつけられた身体の目の前に、剣を突き出す。アーシャは両手を挙げ、降参の意を示す。
「行けたと思ったんですけど」
 実際エインレールも、この頃はなかなか危ういと感じる。勝てているのは、数をこなしている分こちらもアーシャの動きを多少読めるようになったことと、彼女が未だに魔法を使いこなせていないという面が大きい。
「魔剣士、か…」
 増えればなかなか厄介そうだ。正直、他国に渡ってほしい技術ではない。
 ともあれそれを可能にさせている要因が、それが“アーシャだから”という理由が大きい今は、まだ実用化には程遠い。ある意味、それはそれでよかったのかもしれない。急激な成長は、無用に争いの種を生むだけだ。
 剣を鞘に納めると、エインレールはアーシャに手を差し伸べた。一瞬迷いを見せたが、アーシャは大人しくその手を借りることにしたらしい。遠慮がちに重ねられた手を強く握り、引き起こした。
 ありがとうございます、と笑うアーシャの頭をぽんと撫でる。
「なかなか上達してきたな」
「そうですね。この分ならエインを超える日も近そうです!」
「それはまだ遠い」
 にやりと笑えば、むくれた顔を見せる。その途中で、曖昧に笑った。すぐにフッと掻き消えてしまうほどの、刹那の間で。
「…どうした?」
「え? 何がですか?」
 訊ねれば、きょとりと、何もわかっていないフリをする。
 もう何度目だろうか。
 あの日。アーシャにイオペガを渡した日。彼女が、あまりに印象的な瞳を向けてきた日。
 あれ以来だ。
 手を差し伸べれば、素直に受け取る。
 頭を撫でても、振り払わない。
 そうしてたまに、泣きそうに笑う。
 訊いても答えないのは、もう何度目か。答えないだろうと想像が付くのに、訊いてしまうのも、何度目か。
 手を取られることも、振り払われないことも、エインレールにとっては喜ばしいことだ。けれど“違う”。
 それなのに手を伸ばしてあやすように緋色の髪を撫でた自分の行動には、ほとほと呆れ返るけれど。
「…何かあったら、言え」
 掠れる声で告げれば、一瞬ぴくりと身体を慄かせた彼女は、少し間をおいて、ありがとうございます、と素直に答えた。
 視線を落とすと視界に入るつむじをじっと見つめながら、思わず言葉が洩れた。
「もうすぐだな」
 もうすぐ。もうすぐだ。ユリティア・ヴェイン・シャインが、嫁ぐ日が。
 あれから表面上の平穏が続いていることが、逆にエインレールを不安にさせる。
「ああ、そうだ」
 それらを全く表には出さず、エインレールはアーシャにゆるりと笑いかけた。
「その前に、返還式がある」
「返還式、ですか?」
「ああ。ユリティアの王位継承権の、な」
 王女が他国に嫁ぐ場合、王位継承権は王家に返すことが決まり事である。
 とはいえ元からユリティアの王位継承権は第五位と、さほど高いわけでもない上、十中八九、第一位であるアルフェイクが継ぐ――彼の身に何もなければ、の話ではあるが。その危険性は、悲しきかな、潜んでいることは確かである。ただしその話を聞き及べば、全力で対抗してみせるが――はずなので、特別彼女自身に“損”はない。そのような損得を、ユリティアが考えているとも思えないが。
「その式典には、王様も参加するんですよね」
「まあ、そうだな。今の国の代表は、あの人だから」
 返せば、アーシャは難しい表情で俯いた。
 しばらくして顔を起こし、こてりと首を傾げる。
「…どうしてその話をあたしに?」
 少しばかり剣呑さを帯びた声に訝しみながら、理由を簡潔に説明する。
「いや、あの人が是非お前に参加して欲しいんだと」
 普通ならば王家の人間と、それからかなり上級の貴族数名、必要最低限の護衛、と極少数で行われる。その分、ユリティアを送り出す際のパレードは豪華絢爛もいいところな具合なのだが。
 そこに彼女を招待するなどとは。それについては既に別の者と揉めた後である。
 彼の言い分は、「もしものことがあった時、“護衛”が近くにいた方がいいでしょ?」というもので、それはそうだがしかしそれにしたって彼女はまだこちらに来て日も浅いし本当に信頼できるかどうかも怪しいではないか、と言い募る臣下に、惚れた弱みでムッとなる部分もあったが、言っていることは至極正しい。それをほとんど無理やりに押し切ったのは、王であるクレイスラティだ。
 反感を買うほどの、無茶。あの人が考えることは、ほとほと付いていけない。つい先日は―――自分に彼女を疑うように、命じたというのに。
 ともあれ、王の指示どおり、アーシャに、ユリティアの護衛として付いておくことが決まった旨を説明する。
 彼女はやけに神妙な顔でそれを聴いている。
「日程だが、二日後の午前だ。詳しい日時については、後でまた連絡する」
「二日後…」
 彼女はふっと目を伏せて、わかりました、と静かに言った。

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