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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 話は、エインレールとアーシャが帰りの途中、廊下で別れたその時に舞い戻る。

 これが彼と彼女を巻き込んだ一連の物語だとするのならば、それはおそらくその中でも大きな分岐点。
 ある意味では、彼女が自ら巻き込まれることを望んだ、その時よりも、ずっと大きな。

「アーシャさん、こんな時間まで魔法の練習を?」
「あ、そうで…そうなの。他の人も巻き込んじゃって、申し訳ないんだけど」
 敬語になりかけた言葉を捉え、ユリティアは一瞬眉尻を上げたが、寸でのところで使わない方向に軌道変更したアーシャに、満足げに笑う。
 慣れない。
 いや、しっくりこない、というべきか。アーシャは、心中でそっと息を吐いた。
 ユリティアの時もそうであったが、そうではない…それ以外の何かが、アーシャが彼女に対して敬語を使わないことを、邪魔する。彼女と、距離を置きたがる。
 喉元から、手が離れない。
 いつかに感じた―――魚の骨が誤って刺さった時のような、違和感。喉にちくりちくりと、異変を訴えかける、本能。
 アーシャはゆっくり、クリスティーをうかがう。
 彼女は「それにしたってこんな時間までやらなくてもねぇ」と同情を含ませた言葉を発している。…何もおかしなところなどない。以前出会った彼女と、変わらない。何も。
 不安に思うようなことなど、何もないのだ。
 静かに静かに、息を吸った。太腿に添えられるように在った右手の指が、自分の腰にある相棒の存在を素早く確かめた。
 無意識の行動に、それが終わってから気付き、何をやっているのだか、と自分自身に苦笑する。
 フッと思わず笑みを零したアーシャに、クリスティーが訝しげな視線を投げかけた。
「あら、どうかなさったの?」
「あ、いえっ、なんでも!」
 慌てて誤魔化すように笑えば、「また敬語…」と彼女はそれとは別の場所でご立腹のようである。
 機嫌を取るように、その後はなんとか会話に集中するよう心掛けた。
 妙な違和感も、きっと気のせいだろうと信じ込ませて。
 気のせいだと信じ込ませたそれが、けれど予想に反し、歩くたびに肥大化していく感覚も、…封じ込めて。

 ―――それが失敗だったと気付くのが遅れた原因は単(ひとえ)に、その可能性を考えたくないと、目を逸らしたからだろう。

「着いたわ」
 やけに嬉しそうな声に、まず何事もなく送り届けられたことに安堵した。
「私の部屋、よ」
 扉に駆け寄った少女が、くるりとその身を反転させて、微笑んだ。
 その瞳に、―――それまで以上の、違和感。
 もはや気のせいでは済ませられなかった。
 見た目も、声も、話し方も、全て正しくクリスティーを構成するものだ。アーシャ自身は彼女とはあまり多く話していないので判断が付かないが、彼女が生まれてからずっと見てきたエインレールがそれを“肯定”していたのだ、間違いない。
 ただ、瞳が――歪な光を宿した瞳だけが、違う。
「そうだアーシャさん、少しお入りになって? お話しましょう!」
 彼女は名案だとばかりにパンッと手を合わせて、きらきらとした笑顔を見せる。
「ねえ、時間はもう遅いけど、…いいでしょう?」
 こちらを伺う表情は、不安げで。それなのにその瞳だけが、全く別のものを宿す。
 ―――狂気を。
 見間違うことなどない。これは、紛れもない、狂気。
 アーシャはそれを見たことがあった。
 初めの、一手。ユリティアを亡き者にしようと動いた、あの賊と同じ。最後に自分諸共、こちらを殺そうとした、アレと同じだ。
「…………ええ、いいですよ」
 にこりと笑った。
 自分に対して敬語を使わないでと指摘する言葉は、なかった。

 入るとすぐに、明かりが灯った。
 彼女が慣れた手つきでそれを為した。
「少々お待ちを。客人を立たせたお話なんて、失礼ですものね。椅子を用意するわ」
「お構いなく。それほど長居をするつもりもありませんから」
 そう、と彼女は不満げな顔をした後、まあいいわ、と気を取り直したように笑った。
「それじゃあ早速、」
「その前に、ひとつおうかがいしても?」
 どうぞ、なんでも。優雅に笑う彼女を、睨み付けた。
「…あなた、誰ですか」
 その瞬間、彼女の感情の一切が、消えた。
 次に浮かんだのは、歪み。口元の両端が、ニイッ、と下品な弧を描く。目は見開いたままで、ギラギラと不気味な光を帯びている。狂気を体現した姿に、眉を寄せた。
 自分は、クリスティー・ヴェイン・シャインのことは知らない。
 けれど初めて会った彼女は、もっと溌剌(はつらつ)としていて、明るいものを持っていた。それに、自分の知る彼女の家族は、総じてこんな顔などしない。もちろん家族だから同じというわけでは決してない。けれど、けれども。
 ―――なぜだろう。
 その顔で、その姿で、ソレを見せるな、と。ひどく憤る気持ちが、生まれる。
「不快か?」
 問われた声の質は、元の少女の柔らかいものでありながら、刺々しい。
「実を言うとなァ、俺も不快だ。不愉快だ。コレがあの化け物の力だってのもそうだが、自由に行動できねェし、弱ッちい女の身体なんざ、さっさとオサラバしてェんだよ」
 不快な気持ちを押し殺し、その言葉を注意して聴く。情報が無い今、言葉ひとつも、逃すわけにはいかない。しかし…どうも要領を得ない。化け物…身体……―――あの身体は、クリスティー自身のものなのだろうか。もしそうだとしたら、迂闊に手出しはできない。
「だがなァ、その前にヤることがある」
 ニヤニヤとこちらの神経を逆撫でさせる笑みを浮かべたソレは、近くにあった机の上に、乱暴に座った。動作、言動からすると、ソレは男のようだ。
「正確に言や、テメェがヤるんだがなァ」
「……………」
 どういうことだ、と目で続きを促せば、その態度が気に食わなかったのか、チッ、と盛大に舌打ちをした。
「王を殺す」
「…宣戦布告ですか? 随分と余裕があるんですね」
 狙われるとわかっていたら警戒を強める。当然のことだ。宣戦布告など、それを凌駕するほどの力があると思っていなければ、できない。
「テメェ、俺の話を聴いてなかったのか?」
 小馬鹿にしたように、ソレが言った。
「テメェがヤんだよ」
 わけがわからない。睨み付ければ、やはり不愉快そうに顔を顰める。
「別に俺ァ、俺自身がヤったって問題ねェ。あの方がどうしても“そう”しなきゃいけねェなんて言わなければ…!」
 ギラついた瞳に、更なる狂気が灯る。あの方、とアーシャは内心で復唱した。誰かは知らないが、とりあえずこれで、目の前にいる男と、厄介な能力を持っているらしい“化け物”と呼ばれたもの、それからあの方というこの男よりもずっと上の存在が噛んでいることはわかった。それだけでも収穫だろう。
 ―――しかし。
 呪詛のような言葉を吐き続けていた男は、やがて気が納まったのか、多少ばかりマシになった目を、アーシャに向ける。
「とにかく、テメェにゃ動いてもらわなくちゃいけねェンだよ」
「あなたのために動いてやる義理はありませんけど」
 言葉をにべもなく跳ね返しながら、内心で生まれた動揺を押し隠す。何が男をそうさせているのか。どこまでも強気な態度に、何かとんでもない弱点を握られている気がして、落ち着かない。しかし同時に、それを悟られてはいけないことも理解っていたアーシャは、なんとか踏ん張った。
 なんだろう。考えられるのは、男が取って代わっている、その元―――王女の存在だ。果たして彼女の御身は無事であるのか否か。それを取られれば、アーシャはこの男に協力しなければならないと思うだろう。…絶対に全力で、とは思えないあたり、自分はまだまだここの者に心から付き従っているわけではないらしい、と客観的に自分の冷淡な面を眺める。
 ただ、―――人というのは時として、自分が自分を見るよりも、他人が他人を見る方が、よく見えているものだ、ということか。
 あるいは、アーシャにとってより“痛い”部分となるであろうと想像し、それを突いてきただけのことだったのだろうか。
 ともあれ、相手にとっては幸、自分にとっては不幸なことに、その予感が見事に的中したのだ。
「誰も俺様のタメに動けなんて言ってねェだろうよ」
 小馬鹿にしたような口調。その言葉遣いは荒く、感情の起伏も激しい。正直に言ってあまり頭がよさそうには見えないが、…そこから得られる認識ほどには愚かでないらしい。
 怪訝に眉を寄せたアーシャに、厭らしい笑みが向けられる。
「テメェは大事な大事な、自分の故郷のタメに動くだけだ」
「……………」
 どういう意味だ、と訊ねる前に相手が続けた。
「別に“協力”したくなきゃ、しなくても構わンぜ? その代わり、テメェの故郷のヤツラは、死ぬか――死ぬほどツライ目に遭うか、さて、どうだろうなァ?」
 実際、協力なんて友好的なものではない。ここでもし仮に相手の要求を呑んだとて、その約束こそが信用できるものでない限り、なんの意味も持たない。
「…あそこの人たちは、貴方が言うほど弱く生きているわけじゃありませんよ」
「そうかよ。けど、国外れの田舎モンが言う“弱くない”なんて、たかが知れてるぜ。…万が一、億が一にそれなりに対抗できたとしても、マジで殺すことを目的にしてる相手に、一人も死なずに乗り切れるなんて都合のイイことが起こるとでも思ってンのか?」
 やりようなんて、いくらでもあるのだ。戦うのではなく、殺すことが目的ならば、なおのこと。――実際に剣を向けるまでもない。
 お前は、その死んだ“一人”を、仕方がないと諦めるのか。この国のために。
 続けられた言葉に、目を見開く。その動揺を読んだ相手が、くつくつとおかしそうに笑った。
「テメェが国王を殺す。首尾よく済ませりゃ、わざわざ田舎モンに手ェ下すマネも失せるかもしンねェな」
 確実にない、と言わないあたりの“誠実さ”が憎い。
 揺れる瞳に勝機を見出したのか――実際それは、必ずしも外れとは言えなかった――男は、ニヤリと禍々しい笑みを浮かべた。
「喜べ。時間は与えてやる。けど、俺も気が長くねェからな。待ち切れなくなったら、…そン時はどーすっかな」
「っ、………」
 ギンッ、と睨み付ければ、怖ェな、と茶化したように笑う。こちらを部屋から追いやるように手を振り、
「それでは、快いお返事を待っているわ、アーシャさん」
 彼の妹姫の容姿と口調を真似して、一方的な“話し合い”を打ち切った。

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