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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 夕食は家族全員で食べることになっている。昔からの慣習だ。王族が一挙に集まるこの場は、襲撃を受ければ大変危険なのだが、クレイスラティの「まあ大丈夫なんじゃない?」という適当な言葉により、どんな場面においても中止されたことはない(ただし、どうしても外せない用事で一人二人いないことは多々ある)。ユリティアは剣術が苦手だが、他の者は皆それなりに腕が立つ。勿論側近たちもまた然り、だ。何より父が大丈夫だと言っているのだ。だから大丈夫なのだろう、と彼女は考えていた。
 自分が狙われていると知らされたのはつい先程のことだが、妙に落ち着いているのはそういう理由もあった。
 周りの皆が護ってくれる、なんて他力本願なことばかりに頼る気はないが、きっと自分が襲われたら皆が護ってくれるというのは、事実だ。だから大丈夫。ある意味でひどく傲慢なその考えが彼女の中にあるのは、彼女が王族という常に護られる場所に身を置いてきたからなのか、それとも『ユリティア・ヴェイン・シャイン』という人間がそもそも“そう”だからなのかは、疑問だが。
 精神的なものといえば、いつもより若干ぴりぴりとした雰囲気に、悪いことをしている気分に駆られるくらいで。
 特に、この場にはいないある少女には。
 どうやら、昼間の襲撃事件で、自分と間違われて殺されかけたらしい。偶然その場に居合わせてしまった完全な一般人らしくて、本当に悪いことをしたと思う。謝りたいのだが、何がどうしてそうなったのか、彼女はマティアのところで魔法を習っているらしかった。邪魔しては悪いからと、自粛。もし今日に会えなくても、マティアのところで勉強しているのなら、自分もきっと近いうちに会えるはずだ。不謹慎かもしれないが、かなり楽しみにしていた。
(クリスティーが良い人だって言っていたし…)
 それから、エインレールの婚約者なのだとも言っていた。ということは、彼女が剣を見つけて持ってきてくれたのだろう。だとしたら、やっぱり良い人だ。剣も使えるらしい。自分は使えないので、すごいと思う。
 ほわほわとした気持ちのまま、そんなことを考えていると、がちゃ、と扉が開く音がした。
 もしかしたら、その少女が入ってきたのかもしれない。期待に胸を膨らませ、そちらを見やる。彼女も今日の晩餐に参加することになっているのだ。先程父から聞いた。何故だか兄弟たちは皆呆れたような顔を彼に向けていたけれど。
 しかし、それに反して、入ってきたのはマティアだった。
(どうしてマティア?)
 彼女がこの場に入ってくることは滅多にない。いつもこの時間は研究に明け暮れているからだ。
 表情に若干の疲れが見受けられる。
 大丈夫だろうかと心配していると、
「ああ、ユリティア様。大丈夫ですか?」
 逆に心配されてしまった。
「はい、私は大丈夫ですよ。私より、マティアは大丈夫なのですか? なんだか疲れているように見えます」
「あー…」
 マティアが米神に手を当てる。彼女は自分たちの前でも着飾ることが無い。服装が、とかそういう意味ではない。ただ、これが彼女の本質なのだなあと思う。それを悪く言う人もいるのだけれど、ユリティアはそれを悪いことだとは思わなかった。むしろ、気心が知れていてとても安心できる。
「マティア、アーシャと一緒ではないの? 彼女はどこに?」
「部屋で寝ています。正確には、倒れています。魔法を使うことは初めてらしいので、おそらく疲れたのでしょうね」
 王相手に淡々と告げる言葉は、ともすれば不遜とも取られかねないが、彼女も、そして王自身もあまり気にしていないようだ。
「それで、どうだったんだ?」
 訊ねるエインレールの表情には、心配が見え隠れしている。
 それに対してマティアは、また「あー…」と呟いた。
「芳しくなかった、とか?」
 アルフェイクが苦笑した。
「仕方ないよ。初めは皆そんなものだって」
「そうですね。初めは皆そんなものです」
 マティアはそんな彼の言葉を復唱した。
「だけどどうやら、彼女はその『皆』の括りにはいないようですよ」
 は? とその場にいた全員が目を丸くさせた。どういう意味だ、と言わんばかりの表情で、国王が先を促す。
 つまりですね、とマティアは感嘆混じりに言い放った。
「天才ですよ、あれは」
「………てんさい?」
 クリスティーがぱちくりと目を瞬かせた。
「そう、天才。あの様子じゃ、明日には基本魔法の習得は済むでしょうね」
「は? 習得って………そんな早くできるはずが」
 どんなに早い者でも、二日ではまず無理だ。せめて一週間は欲しいところだろう。慣れていれば二日でも可能かもしれないが、彼女は魔法の習得は初めてなわけだし、―――マティアの言うとおり、あの庶民の少女は、“皆”の枠には入っていないらしい。元々規格外な存在だったことは確かだが。
「天性の才能ってのはああいうのを言うんでしょう。魔方陣に魔力を注ぎ込めと言っただけで、何の説明も受けずにやってのけました。その上で「ここはこうした方が良い」とか言って、勝手に応用まで完成させて…。言霊の方はまだ教えていませんが、おそらく教えればすぐに成功させるでしょう」
 肩を竦めたマティアに、
「恐ろしい子もいたもんだねぇ」
 クレイスラティが、けれどどこか楽しげな声で言った。ユリティアはその言葉に、こくこくと首を振り同意する。
 確かに、素晴らしい才能だ。その言葉だけでは片付け切れない程に。
 初心者にはまず、魔方陣に適量の魔力を注ぎ込むだけの作業すら至難の業なのだ。多すぎても疲弊するし、少なすぎてはそもそも発動しない。それ以前に、魔力をどうやって注ぎ込むのか、その理解に時間が掛かる。言葉で説明してもわかるものではないからだ。何度も繰り返し、自分の身体に憶えさせるしかないのである。ただひたすらな努力がものをいう。
 魔法使いになるための前提条件は、才能だ。生まれ持った魔力の量。それが人より多くなくてはいけない。だがそこから発達して、名を馳せる魔法使いになるためには、才能と同じくらい努力が必要なのである。―――しかしそういうことは一般人には理解されにくいため、結果ある一部の人間から嫉妬を買う原因となるのだが。元々魔法使いの数は少なく、その数少ない魔法使いはどこかに篭っている傾向が強いので、一般人には基本的に親しみのない存在故に、その誤解が定着するのは致し方のないことなのかもしれない。
 閑話休題。
 ともかく、かの少女のようにそういった工程を全部ぶっ飛ばしてそこまで辿り着いてしまうことは、まずないということだ。
「………で、疲れて倒れたって…大丈夫なのか?」
 気を取り直したように、エインレールがマティアを見る。彼はどうも、彼女のことが心配らしい。クリスティーがにまにまと笑っているのがとても気になる。どうしたのだろう。後で訊いたら教えてくれるだろうか。
「さあ? 大丈夫なんじゃないですか? 夕食を食べる気力も無いみたいでしたが」
「それは大丈夫とは言わない………」
 ルキアニシャが困ったような顔をした。確かに大丈夫ではなさそうだ、とユリティアも思う。どうやらマティアの“大丈夫”と自分たちの“大丈夫”の間には、若干違いがあるようだ。
 まあ、自分たちが意識の差に違いがあろうとなかろうと、魔力を使ったことによる疲労はどうしたって取れるものではないので、心配したところでどうしようもないのだが。
「それで、」
 そんなわけで、ユリティアはとりあえず、自分が一番気になっていることを尋ねることにした。
「私はアーシャさんといつ会えるのでしょうか?」
 自分が今現在狙われていることなんか全く気にせず、無邪気に期待で目を輝かせるその様子に、あぁこれでこそユリティアだ、とか、これだから心配なんだ、とか、皆が頭にそんな感想を浮かべたことを、彼女は知らない。

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