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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「んじゃまあ、説明もこれくらいにして…ちっとは信用してもらえたところで、こっちに移るか」
 言いながら、とんとんと水晶玉を突(つつ)く。その度に、ブオンッ、と水晶が反応を見せる。くるくると目覚しく変わるその光景に、酔いそうだった。
 それにしても………ようやくか。長かった。いやまあ、脱線させた原因の半分――もしかしたらそれ以上――は自分にあるわけだが。
「で、要はこれに触れば良いんですよね」
「………お前、見事に私の誠意を込めた説明、全て台無ししてくれたな、おい」
 じとり、と半眼で睨んでくる“師匠”に、だって…、と言い訳がましい言葉を一つ。
「ぶっちゃけ、関係ないじゃないですか。今回のことと、さっきの」
「その関係のない話に食いついてきたのはどこのどいつだったか」
「うぐ」
 確かに、興味は引かれたけれど…。
 あからさまに狼狽えるその姿に、マティアが、やはり先程これから受けたあの恐怖に似たものは間違えだったんじゃないか、と思っていることなど、アーシャが知るはずも無い。知ったとしても、気にもしなかったか、逆に笑い飛ばしただろうが。
「ほら、さっさとしろ」
 さもお前の所為で話が進まないのだと言わんばかりのマティアに、絶対自分だけの所為で話が脱線したんじゃないと思う、と不平不満を心の中で零しつつ、水晶に手を伸ばす。触れるか触れないか、その少しの距離。少しの逡巡。何故だろうか。これは怖いものではない、知っているはずなのに。一度、手が止まる。
 ―――こんなことをする必要があるの?
 どこだろう。どこかから、声が聞こえる。
 ―――知っているはずだ。この存在は何か。既に知っているはずだ。
 ―――だってあたしは、
「どうした?」
「……え?」
 反射的に、顔を上げた。何かから、逃れるためかもしれなかった。
 怪訝そうなその顔を見て、もはやこの手がここに留まっているのは、“逡巡”なんてものではなかったことに気付く。もっと長い間、自分は迷って――いや、惑っていたのだ。でも、何故? わからない。自分は答えを持ち合わせてはいないのだから。…本当に?
 堂々巡りしそうな思考を、無理やり断ち切った。手を水晶に乗せる。
「これは、」
 やんわりとした光が、部屋を包んだ。
「なんだ?」
 目を細めるほど、強い光ではない。けれど自然と目が細まる。刺激による嫌悪ではない。もっと別のもの。
「特殊属性か。…あえて基本属性で近いものを探すなら、雷だな」
「違います」
 即座に反応した。自分でも驚くほどの速さだ。何故こんなに素早く、反応したのだろう。そう取られることが不快だと、言わんばかりに。心が一瞬、荒れた。それじゃない、と。見間違うな、と。
 なんだこれ。さっきからおかしい。自分とは違う、けれど間違いなく自分である何かが、知らないけれど知っている言葉を紡ぐ。
「雷じゃ、ありません」
 ただ、それだけは否定しなくてはいけないと思った。
「知ってる。さっき言っただろう。特殊属性か、と。聞いていなかったのか?」
「あ…」
 聞いていたはずだ。わかっていたはずだ。それでも訂正を口にせずにはいられなかった。
 困惑して、何かが酷く恐ろしくて、アーシャは水晶から素早く自分の手を取り上げると、自分でも気付かないほど小さく、後ずさる。
「まあ、あれだけの魔力を保持しているんだ。特殊属性である可能性も十分あり得るとは最初から思っていたが」
 マティアの言葉も、半分は頭に入っていない。彼女も元々アーシャに聞かせる気はなかったのだろう。彼女の動向など気にした様子もない。視線を分厚い本に落とし、冷静な顔つきで、ぱらり、ぱらり、と頁を捲る。しばらくその音が響いた後に、止まった。かと思えば、ぱらぱらぱら、と今度は結構な速さで逆行し始めた。すぐに止まる。マティアの指の腹が、すう、とそこに書かれた文字をなぞった。
「一番近いのは、光か」
「違う」
 いや、実質はそうなのかもしれない。けれど違うのだ。―――頭の中に、そんな思いが、浮かんだ。意味もなく。その証拠となるものもなく。ただぽつんと、そこに。
「じゃあ、何だ?」
「それは、」
 言葉に詰まった。
「わかり、ませんけど」
「そうか」
 存外あっさりと、マティアは引き下がった。本当にわからないので問い質されても実際困るわけだが、これはこれで、なんとも呆気なく、逆に不安を煽る。
「あの」
「今お前がわからないのなら仕方がない。いずれわかった時に訊くさ。その様子じゃ、もうわかっているようではあるし、な」
 わけのわからない言葉だ。わからないと言ったのに。だから仕方がない、と。それなのに、もうわかっているのだと、言うのだ。
 それを。その、ことを。
 なんだそれ、と笑えば良かったのに。何をわけのわからないことを、と。矛盾していますよ、と。何故かできなかった。笑えなかった。これが“わかっている”ということなのだろうか。
 自分のことなのに、自分よりも彼女の方が詳しく知っている気がして、縋るような目を向ける。しかしマティアはそれを拒絶した。振り払われた。それも含めて、お前が探せ。そう言われているようだった。それはおそらく正しいのだろう。自分で探さねばならないのだ。わかっている。けれど、混乱を沈めるような一言を実は欲していたのだと、そうされたからこそ、気付いた。
「生得属性がわからない以上、近そうなのから順々にやってみるしかないな。最初は雷から始めるか」
 考える時間も、与えないつもりらしい。――まあ、考えたところで今答えが出るとは思わないし、今のままだと考えすぎてどつぼにはまっていた気もするので、結果的には良かったのだろう。…違うか。良いようにしてくれたのだろう、彼女が。
 優しい人だ。頬が緩みそうになったが、必死に抑え込んだ。こういうのは、きっと、気付いちゃいけない。マティアも気付いて欲しくないと思っている。だから気付かなくても良いのだ、自分は。
 マティアがごちゃごちゃとした机の上に、一枚の大きな紙を広げると、そこに何かを――アーシャ自身はルークレットのソレしか見たことがないのではっきり断言することはできないが、一見すると魔方陣だと見受けられるものを描き始めた。そこまで大きくはない。円、直線、曲線………それらが彼女の手のみによって正確に引かれていく。ひとつひとつの動作が素早くて、目で追うことがやっとだった。とてもじゃないが見て憶えるなんてことはできない。
 ―――する必要もないのに。
 つきん、とまた痛みが走る。くらり、と世界が揺れた。
「これでよし、と。アーシャ、まずはこれに魔力を…―――大丈夫か?」
「え、あ…?」
「なんだ。疲れているのか? さっきからボーっとしているが…なんなら別に明日からでも良いけどな?」
 その一言で、慌てて覚醒する。
「やります! 今日! 今から!」
 少しでも早く。そうでなければ…。ウェスタンとの“約束”を思い出す。いや、それがなくても自分は、続けることを選んだだろう。
「……ええと、それで、何をすれば?」
 あまりの剣幕に引き気味のマティアだったが、それを聞いてがっくりと肩を落とした。無理もない。
「まずは魔力を魔方陣に送り込む感覚を掴んでもらう。これは雷の魔方陣だ」
 ―――知ってるよ。
 脳内に響いた声を、振り払った。
「と、とにかくっ、これに魔力を送れば良いんですねっ?」
「ああ、そうだ。今からその方法について―――おい、アーシャ?」
 呼び掛けを無視した。いや、正しくは、それすら聞こえていなかったのだ。
 知らない声が、けれど知っている声が、頭に響いて、鬱陶しくて、早く止めてしまいたかった。それとも、知りたかったのか。それが指し示す答えを。
 わからない。アーシャは、アーシャ自身が、それを考えることを拒んだのだ。今はまだ早い、今はまだ時期じゃないのだ、と何かが告げている。
 だから。
 それを振り払うように、魔方陣に触れる。
(魔力を送り込む…)
 言われたことを復唱して、アーシャは目を閉じた。
 魔法は想像だ。全てはそこから始まるといっても過言ではない。自分がそれを扱えるという想像。自分の中にそれを創る材料があるのだという想像。自分がその中心に立ち、周りを俯瞰し、その全ての創造主であり、支配者であるという自覚を持つこと。それが基本である。そう教わった。
(あれ? でもそれって、誰に教わったんだっけ…?)
 問い掛けは取り残された。それもまた、今は知らなくていいことなのだ。
 淡く優しい白の光に、自分が包まれている。内からも、外からも、その存在を感じる。そんな光景が、瞼の外に広がっている。そう信じる。自分は光に満ちている場所にいるのだ。いつだって、ここにいる。いることができる。それが既知の事実であるのだ。それこそが、絶対の真実。――とはいえ、それも一つの“想像”でしかないわけだが。
 だけれど……ああ、だからか。
 光を魔方陣に渡しながら、思う。思い出す。ひとつだけ。
 疑問の一つが、解決する。
 違うと感じた、雷でもただの光でもないと明確に感じることのできた、その答えと理由。

 ―――だってあたしは、ずっと昔からこの光を知っていたから。





 ぴしり、と。
 音がした。
 小さな小さな、けれど確固たる、音が。
 それが始まりの合図であると、女は知っていた。昔に、教えてもらったから。
 十字架を模った、けれどそれとは全く異なるもの。それを包んだ水晶玉。そこに先程までは無かった小さな亀裂が入っていることに気付くと、女の顔が一瞬、泣きそうなほどに歪む。
 悲しかったわけじゃない。けれど、苦しくて、悔しくて。
 ―――わたしの大切な子。
 その子が、これから立ち向かうことになるものを、想像して。何が起こるのか、ある程度ならば知っていても、それなのに何の手助けもできないことが――声を掛けることはおろか、近くで見守ることすらできない事実が、何より悔しかったのだ。
 自分では役不足であるのだということは、よく知っている。助けにはなれない。それを知っているから、あの方は自分にこの水晶玉を、始まりを告げるこれを、渡したのだろうから。せめて始まりだけでも、と。
 ではその役目を、いったい誰が担ってくれるというのか。
 ―――できることならば、あの子の王に。
 王こそが、その役目にふさわしい。いや、王でなければ、果たせない。
 だから、どうかあの子が、あの子の王に出会えますように。女は祈る以外の術を持たない。自分には、かの王を知る方法は無いから。
 女は窓に近寄ると、空を見上げた。暮れ始めた空に、まだ月は見えない。見えないだけで、それはそこにあるのだけれど。
「―――――」
 愛しい子の名前を呟く。
 そして、ただ一心に祈りを捧げた。

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