忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[84]  [85]  [86]  [87]  [88]  [89]  [90]  [91]  [92]  [93]  [94
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




「どう、といいますと…?」
 アーシャの瞳が刹那、戸惑いに揺れた。だが、表面上は平静を装って訊き返す。目は逸らされた。だからこそ、マティアは逸らさない。真っ直ぐ過ぎるほどの眼差しを向ける。視界に入っていないとはいえ、やはり向けられる視線はわかるようだ。居心地が悪そうに、視線を彷徨わす。その様子に気付いてはいたが、そのまま核心を突いた。
「お前のお眼鏡に、私は適ったか?」
「…それ、目上の方に使う言葉じゃないですよね。マティアさん、あたしより上の人で、だからそういう表現って、」
「でも、そういうことだろう?」
 間を入れずに返ってきた言葉に、アーシャは閉口した。顔を、マティアに向ける。もう視線は逸らしていない。
 先程まで柔らかく苦笑を浮かべていた顔が、まったくの無表情になった。
 見ている者が、ぞくりとするほどの。
 目を細め、睨むかのように彼女を見つめるマティアは、表情こそ動かさなかったが、内心少々驚いた。まじまじとその顔を見つめ、この時初めて、アーシャが思っていたよりももっと綺麗な顔をしているのだと気付いた。
 否。
 それは綺麗過ぎた。まるで人形のような精巧さが漂う。けれどそれは人間だ。紛れもなく、人間。そうでなければ、畏怖すら覚えさせるこの威圧感はなんだ。こんなもの、人形に出せて堪るか。そう思う。
 冷や汗が流れ出そうになるのを、意識を他に集中することによって、抑え込む。目の前にいるのは誰か、と自分に問い掛ける。自分の弟子だ、と返答。それで十分。平常心が戻る。畏怖は掻き消えた。これは恐るべき存在ではない。そう認識する。
「師匠を試して―――どうだった? お前が教えを請うにふさわしい人物だったか?」
 まったく、嫌な弟子を持ったもんだ。そう言ったマティアは、けれどどこか可笑しそうに、くつくつと笑った。
 微動だにしない顔の筋肉に反して、ただ茜色の瞳だけが、揺れている。
 アーシャの顔が、やがて全体的に、ふっと緩められた。ははっ、となんとか笑っているように装う。
「や。本当に、ちょっと気になっただけなんです。試そうだなんて、とんでもないです」
 まさかその意図がばれるとは思っていませんでしたけど、と続ける。その後に慌てて、別にマティアさんのことを馬鹿にしているわけではないですよ、と付け足した。
「どうだかな」
「ほ、ほんとに違うのに…」
 心底困ったというように、眉を八の字にさせる。どう言えば良いのだろうと考えるが、答えを出す前に、マティアがそれを遮った。知りたいのはそれではない。
「それで、どうだったんだ?」
「それは…」
 一瞬間が空く。しかし、目は真っ直ぐ、マティアを向いている。それが答えだと、瞬間的に理解したが、それを口にすることはしなかった。
 もし、そうだとしたら、この直感が当たっているとしたら、尚更に。
 それは自分が明確にすることではないのだ。
「―――お願いします、師匠」
 深く、深くアーシャは頭を下げた。明確な答え。しかし、マティアは意図してそれに応えなかった。数秒後に、顔を上げろ、と声を発した。あえて不機嫌そうな声を作る。
「“師匠”は止めろとさっき言っただろう」
「あ…、すみません」
 そっちの方が誠意が伝わるかなと思いまして、と馬鹿正直にアーシャが告げた。そういうもんは普通心の中にしまっておくものだと思うんだがな、と呆れた口調で返してやれば、アーシャはきょとんと目を丸くさせた。
「だってマティアさん、そういうのって嫌いそうでしたから」
 ―――わかりきっていることでも、明確にしなくては気が済まない。隠したってどうせ相手には伝わっているのだ。それならばいっそのこと、自分の口から言えばいい。
 その考えが、マティア・ライムレイスという人格の大元になっている要素だと、彼女は気付いているようだった。彼女自身もまたそれに近い性質を持っていたのかもしれないが、マティアという人間を観察して得た結論であることに違いはない。
 反射的に、口元を手で覆う。そこから読み取られる感情を、隠すために。
 元来、自分のことを詮索・観察されることは好きではない。全てを見透かされることは、相手に対し従順になり過ぎる危険性を生み、理解されているという安堵…ある種の恍惚感を覚え、正常な判断を失わせる。絶対的な信頼は、破滅をもたらす可能性を持つ鍵なのだと、本能が知っている。それに加えて、自分の気質はどうにもそれを受け付けないものだったようで、理性すらもそれを拒絶するのである。――とすると、“好きではない”という表現は間違っているのかもしれない。嫌悪感を覚える、と表した方が良いのか。
 別に否定するわけではない。相手を知ることは、相手との関係を有利なものにするのに必要不可欠である。例えばそれは協力し合うため。例えばそれは相手を追い込むため。
 この場合は、どちらだったのだろう。
 おそらく、アーシャはその行為に意義を持っていない。そうすることが当然のように、相手の本質を見極めようとする。
 抱くのは恐怖。この少女は、いったいどこまで知ることができるのか。本人がその“癖”に気付いていないから、逆に厄介である。察しが良い、というのはあくまで良い部分を指し示しただけの言葉だ。
 仕えるべき主の顔を浮かべる。彼は、気付いていたに違いない。彼女の“本質”が“そう”であるということを。断言できる。マティアには、すぐに“彼女”という存在のその一部分がわかると踏んで。全てを見越した上で、彼女を自分の下に送ったのだ。
 何故ならば。
 マティアの主もまた、そうして全てを見透かそうとする人間の一人であるから。
 彼女のように、無意識、ではなくて、意図的に。
 その二つの、どちらがより厄介なのかなんて、マティアにはわからないけれど。
 つくづく嫌な弟子を持ったものだ、と再度、今度は心の中だけで呟く。それから、主も。あんな人が仕えるべき者だなんて。

 なんにせよこれから一層疲れそうだな、などという的外れもいいところな言葉が浮かんでくるあたり、嫌だ嫌だと言っている自分も大概それに毒されているようだけども。

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



Comment 
Name 
Title 
Mail 
URL 
Comment 
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]