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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「…………」
「ん? どうしたアーシャ」
 複雑そうな顔をするアーシャに首を傾げてみせると、別になんでも…、と歯切れの悪い言葉が返ってくる。
「なんだよ」
 眉を顰めて言えば、同じように彼女も眉を寄せた。
「…………なんでエインが頼まれるんですか?」
「はあ?」
「だからっ」
 アーシャが不愉快だと言わんばかりの顔を作ってみせた。
「どうしてエインがあたしのことを頼まれるんですか!」
「どうしてって………無茶するからじゃないか?」
「あたしがいつ無茶したんですかー!」
 無茶なんてしてないと叫ぶアーシャに、なるほど彼女の“無茶”の基準は相当高いところにあるらしいと判断する。国の王に喧嘩を売ることが無茶でないというのなら、一体彼女の言うところの“無茶”は、何なのだろうか。
 しらーっとしたエインレールの視線に気付いたのか、アーシャは急に言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせる。それから、しどろもどろに言葉を紡いだ。
「そ…それはっ、ちょ、ちょっとくらいは……その、したかもしれないなぁ、なんて、思い、ますけどっ?」
「ちょっと、ねえ」
 しかも、“したかもしれない”なのか。
 大袈裟にため息を吐いてやると、むうぅ、と面白くなさそうにアーシャが口を尖らせた。
「ほんとに大丈夫なのに…」
「……それでも心配なんだろ。別にお前がどうとかいうわけじゃなくて、友人として」
 顔をアーシャから背け、森の方を見る。それきり黙ってしまったアーシャに、流石にどうしたものかと視線を戻せば、彼女の意識はその瞬間に森へと向いた。
「シャル、ルーク!」
 先程のやり取りのことなど、綺麗さっぱり抜け落ちてしまったらしい。やに嬉しげな彼女の顔に苦笑しながらも、エインレールは自分も彼女が呼びかけた方向へと顔を向ける。
 奥から歩いてくる、三人の男女の姿が見えた。中央を歩く男が、一番初めにこちらに気付いて、軽く頭を下げた。続いてその左隣の人物が自分のことを指差して叫ぶ。
「アーシャ! 俺の名前抜けてるよ!?」
「あ、ごめんリュカ。二人ともおかえり!」
「絶対わざとだよなぁ、それ」
 しょぼん、と肩を落とした大男は、それからすぐにアーシャの隣に立つエインレールの存在に気付いた。
「あ、王子様だ」
 にぱっ、と表情を一転し、今度は人好きのする笑顔を浮かべる。こんにちは、と挨拶すれば、こんにちは、と元気のよい声が返ってきた。見たところ自分よりも年上なのだが、どうも話をするとそうは思えず、少しばかり調子を狂わされる。
「な、な。俺嘘は言ってなかっただろ~?」
 何故か誇らしげにそう言ったリュカに、森から出て来た青年・ルークレットは苦笑で返した。
「誰も嘘だなんて言ってないですよ、リュカ。ただ君の言うことが、少し滅茶苦茶だったから…」
「…なんて言ったの、リュカ?」
 ルークレットの反応に何か嫌なものを感じたのだろうか、じとっとした目で彼に情報を伝えた男を睨む。が、当の本人はそんなことは気にしていない様子で(ひょっとしたら気付いてすらいないのかもしれない)、にこにこ笑いながら言い切った。
「『王子様が、お姫様助けるために来た』!」
「うわあ。それはまた合っているのか間違っているのか微妙な感じのことを…」
「ということは、少しは合ってるんですか」
 微苦笑を浮かべるルークレットに、まあね、と肩を竦めながら返す。
「ここで説明するのもなんだし…ま、他の皆の意見を繋ぎ合わせてくださいな。そうすれば…多分、わかると思う」
 曖昧なのは、既に話した内容が彼らによって若干作り変えられている(あるいは、解釈を誤られている)と予想したからか。そういった事情はここに住んでいる手前、よく理解しているのだろう。ルークレットは苦笑しながら、そうします、と答えた。
「ところで、アーシャはいつまでここに?」
「え?」
「ここに暫く滞在する…ということではないんでしょう? リュカがそう言っていましたし」
 その部分は正しく伝わっていたらしい。あー、とアーシャは多少ばかり申し訳なさの漂う顔で、三人の顔を見やった。
「明日の早朝には戻る、んだけど。…ごめんね、ツベルの実についての話し合いは、また今度ってことになると思う。あたし抜きで話し合ってくれてても良いけど…」
「アーシャがいないんじゃ、意味がない」
 きぱっと言ったのは、先程からずっと黙りっぱなしだった女だった。女性にしては、少々低めの声。元々口数の少ない方なのだろう。彼女は先程のアーシャの友人・ニナとは違い、端(はな)からエインレールの存在など微塵も気にしていない様子だ。それにしたって、その反応は度を越えている気がするのだが…。別に自意識過剰なわけでもなんでもなく、事実彼の名前を訊いて何の反応も示さないというのは、珍しいを通り越して今まで一度も無いことだ。彼女はこちらの存在を知らされた時だって、一瞥をくれただけで後はまるで何事も無かったかのように振る舞ってくれた。
 いや、それよりも。
 大丈夫、なのだろうか。本人は“ソレ”を至って気にしていない風であるが、しかし。と心配げな視線を送ってみる。それに反応したのは彼女ではなくルークレットの方だった。ただ苦笑気味に微笑む。それが答えのようだった。
 そういえば、今アーシャは彼女のことを「シャル」と呼んだか。それは確か、先程会った彼女の友人が、アーシャと同じくらい(もしくはそれ以上に)無頓着な性格をしていると叫んでいた名前だ。
 なるほどな、と思わず胸中で呟いた。口に出すようなへまはしない。確かにこれは、と思う。というか、アーシャは何故気付かないのか。
「そんなこと言ったってシャル、あたし次いつ帰ってこれるかわからな――――って、シャル、どうしたのその顔!?」
 …気付いたようだ。
 そして本人は、何を言われたのかわかっていないようだった。少しの間無表情のまま固まり(おそらく考えているのだろう)、それから“ソレ”に思い当たったようで、
「魔獣にやられた」
「やられたって…大丈夫なの?!」
 狼狽えるアーシャに、けれどシャルリアの方は全く気にした様子はない。ただし本人が全く気にしていなくても、その右頬全体を覆わんばかりのガーゼが張られ、更にそこに血が薄ら染み込んでいるのだから、見ている側としては気にならない方がおかしい。
「大丈夫。毒、持ってなかった」
「あたしが心配してるのはそこじゃない! いやそこもだけど!」
「昨日の傷」
「昨日の傷だから大丈夫ってわけでもないでしょ?!」
「…怪我、浅い」
「いえ、そこまで浅い怪我ではないとマルコール先生が」
 即座にルークレットが否定した。確かに浅くはなさそうに見える。
「まあそこまで深くもなかったけどなー」
 リュカが付け足すと、そういう問題じゃないよ、とアーシャががなった。
「顔に怪我するなんて」
「アーシャも前やった」
「う…あ、あたしはいーの!」
 良くははないだろう。というか、したのか。まあ、しそうではあるけれど。でもだからって………したこと、あるのか。しかも本人も確り憶えているということは、まだ立てるようになってすぐの頃に転んだとか、そういうことではないということだろう。誤魔化すように視線を泳がす彼女をじとっとした目で見ていれば、ふよふよと泳いでいた目とちょうどかち合う。
「な、何ですか…?」
「何ですか、って…」
 本気で言っているのか。それとも、敢えてそうじゃないという希望を持ちたくてそう口にしたのか。どちらだろう。どちらでも別に構わないが。
 微かに怒りを感じていた(原因は…不明だ。わからない)はずなのに、何故かそれを口にしたいとは思わなくて、エインレールは静かに息を吐くと、彼女の“顔”を見る。
「な、何…?」
 今度こそ、本当に意図が分からずに困惑したようだった。それに気付かない振りをして、暫くそのまま、視線は彼女の顔の部分を彷徨う。
「痕は」
 確りと、アーシャの目を見て、言う。微かに、安堵したような微笑を浮かべて。
「残っていないみたいですね」
 しかしそれを本人が気付くことはなかった。本当に無自覚だったからだ。代わりに周りの者が気付いたのだが、ある意味尤も“その意味”を理解するべき少女は、その言葉に狼狽したものの、ソレ自体に気付いた様子は無い。
「あ…う、うん。えぇと、その…あ、浅い傷、でしたか、らっ」
「………確かそこまで浅い傷ではなかったはずですが」
 つい先程、自分の隣に立つシャルリアに向かって放った言葉を、今度は向かいに立つアーシャに向ける。
「そうなんですか?」
「そーそー。あん時さ、何が原因だったか忘れたけど、アーシャが木に登ってそっから足滑らせて、それで――――いてっ」
「余計なこと言わないでよ、バカリュカ!」
「え、ほんとのことなのに」
「だったら尚更でしょ!?」
 なんだよそれー、と本当に他意もなく(ある意味ソレが一番厄介なのだ)、ただ彼の王子にその時遭ったことを嬉々として話そうとしていたリュカは、アーシャに叩かれた頭を手で摩る。ぷくう、と不満げに頬を膨らませた彼は、やはり成人した男性には見えない。
「二人とも、落ち着いてください」
 ルークレットが困り顔で、それでもなんとか笑顔を貼り付けながら、窘める。
「だって」「でも」
「うざい」
 キッパリと言ったのはシャルリアだ。彼女は微かに不機嫌そうに顔を歪めている。“微かに”といっても、大概のことには顔色一つ変えないような彼女なのだ。その彼女が、だ。
 彼女の単刀直入な飾り気の無い言葉は、けれどそれ故に響いたらしく、軽く衝撃を受けたような顔のまま、リュカとアーシャが固まった。

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