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ふ、と外を見た。どれくらい話し込んでいたのだろう。気付けば空は赤い色を帯びてきている。そうだ、と隣で小さく声が上がった。
「ちょっと外に出ませんか? さっきはなんだかんだで、案内できませんでしたから。…まあ、案内するとこなんて、無いに等しいですけどね」
アーシャにそう言われ、そうか? とエインレールは首を捻った。自分としては、ここで見るものは結構珍しいものが多い。確かに「あれは何々で」とか「これは何々で」とか、そういう説明は出来ないかもしれないが、それでもつまらなくは無いだろう。
そう告げると、「そう言っていただけると助かります」とちょっと嬉しそうに彼女は笑った。
「森の方に行きませんか? 剣が落ちていた場所は、申し訳ないんですが、入れませんけど」
「関係者以外立ち入り禁止、ってやつか?」
「まあ、そんなとこです」
言いながら、アーシャはエインレールの少し前を歩いていく。
軽やかな足取りが急にぴたりと止まったのは、それからちょっと行ったところでのことだった。
「おい、アーシャ?」
「…………」
呼び掛けても反応が無い。食い入るように見つめる先には、二人の男がいた。年は30を半ばほど越えたあたりだろうか。何やら話している。別段潜めているわけでもないその声は、耳を澄ませなくとも十分に聞こえるものだった。
「しっかし驚いたな。何の因果かね、これは」
「ああ。大婆様ももう居ねえってのに、大変だ」
「まさか王族が来るとはなぁ」
どうやら、話の内容は自分のことらしい。が、“自分”のことではないらしい。“王族”が何かいけないのだろうか。それにしては、そこには別に憎悪も蔑視も見られない。そもそも、因果、とは?
動いたのは、アーシャだった。彼女は何事も無かったかのように彼らに近付くと、そこで再び止まる。戸惑いながらも、エインレールもその斜め後ろに立った。ぎょっとした男たちの胸中を完全に無視して、彼女は臆面もなく訊ねてみせた。ただ少し、いつもより声が低い。
「何の話? 因果って何のこと?」
「え? い、いやあ、そりゃお前……なあ?」
「うえっ? お、俺に振んなよ!」
慌てふためく二人の男を相手にしても、彼女の態度は変わらない。ただ冷ややかとさえ取れる表情で、更に追求する。
「王族が何か関係あるの?」
「いや…それは……」
顔を見合わせ、観念したのだろうか、はあっと息を吐くと、小さな声で、「ここだけの話だけどな…」と言った。
「実はさ、昔に王族の方がこの地に来られたことがあるらしいんだわ」
「や、俺らも生まれてなかったから、詳しくは知らないんだけどよ」
そこで男たちの話は終わった。短すぎる。
「………それだけ?」
いささか拍子抜けした顔だ。
「結局、“因果”ってのは?」
「ん? ああ、それはな―――ほら、その時のこと、部外者に漏らすなって言われてるんだわ、俺ら」
「それがさ、今回も、だろう? だからさ」
それは果たして、“因果”なんだろうか。もっと別の言葉に置き換えられる気がするが。
………何か、釈然としない。何だろう。それはアーシャも同じだったらしく、二人揃って顔を顰めた。しかしこれ以上訊いても、答えは得られない気がした。彼らがこちらに話すつもりは無さそうだ。尚も口を開こうとするアーシャに、「そういえば、ツベルの実を栽培しているところは、ここからどの方向にあるんですか?」と訊き、無理やりに話を逸らした。
男二人から、ありがたや、とでも言いたげな視線が送られる。と、思いきや。彼らの変わり身は早かった。即座に回れ右をすると、一目散に駆けていく。
「え、それなら、向こうの――――って、こら、逃げるなそこのーっ!」
アーシャは叫んだが、けれど男たちは止まらない。彼女もエインレールを置いてまで追いかける気は無いのだろう。うぅ、と唸ったが、それだけだった。
彼女はどうやら、知らない振り、というのが出来ないようだった。というか、一度見たものを、嘘でも見ていなかったと言えない性質なのだろう。だからこそ、こうして自分たちにも協力してくれているのだ。長所でもあり、短所でもあるその部分を、彼女はけれど自覚しているのだろう。戒めるように首を軽く振った。
そうしてから、ひどく悲しげに呟く。
「あたし、そんなに頼りないですか、ね。いつか教えてくれる時がくるんでしょうか…」
「………言いたくないことも、あるだろ」
なんでもかんでも知ろうとするのはよくない。人には言えない事情もある。暗にそう言えば、「そうなんですけど」と返ってきた。わかってはいるのだ、と。それでも、
「アレはでも、個人の問題じゃなく、この地の問題、でしょう。ならあたしは、どうしてもそれを知らなくちゃ。でないと――――」
“でないと”、なんだったのだろう? 続きは、彼女の名を呼ぶ少女の声に掻き消された。
「あ、ニナ」
「“あ、ニナ”――じゃないわよ、もう! 帰ってきたのに顔も見せに来ないし!」
ニナと呼ばれた少女は、見たところアーシャと年は変わらないように見える。勝気そうなその顔には怒りが灯っていたが、隣に並ぶエインレールを見て、それはすぐに引っ込んだ。
「えぇと」
「あ、こっちはエイン……レール様、です」
「あなたじゃあるまいし、そのくらい知ってるわよ、馬鹿!」
「馬鹿って……しかも“あなたじゃあるまいし”ってどういう…」
しゅんとなったアーシャに、ニナは腰に手を当てて、説教を始めた。
「そのまんまの意味よ! どうして、」
しかし途中でハッと我に返り、彼女の隣にいるエインレールを恐る恐るといったように見上げた。
「し、失礼しました。お恥ずかしいところをお見せし」
「いえ。気にしていませんから。―――必要ならば、続けて頂いて結構ですが?」
くすくすと笑いながら言えば、アーシャの非難めいた声が上がった。どうやらニナの意識が彼に向いている間に逃げようとしたらしく、先程よりも若干離れた位置にいる。
気取った様子の無いエインレールの姿に、安心したのだろう。ニナは彼の冗談交じりの言葉を受け、それではお言葉に甘えて、とにこりと笑う。
「え、エイン! 何勝手に…! っていうか余計なことを!」
涙交じりに告げた言葉を、ニナが遮った。
「アーシャ!」
「は、はい?」
「あ、あなたねぇ、相手を見て物言いなさい! それがいつか身を滅ぼすわよ!」
「うう、そこまで断言しなくても…」
「あら、違うの? どうせ城で誰かに喧嘩吹っ掛けてきたんじゃない?」
今だってそんな感じなんだもの、とエインレールとアーシャの間を、視線が彷徨う。正解、と思ったが口にはしない。口にしなくとも、ぐっと言葉に詰まったアーシャの様子で、答えは明らかだが。ここに来て二度目の、同じ質問。どうやら周囲の人間による彼女の認識は、つまるところ『そんな感じ』らしい。決して『喧嘩っ早い』と言っているわけではないのだろうが…。
まあ言葉遣いに関しては、自分は特に気にしてはいないのだけどな、と思う。逆に彼女の気取らない口調は好ましくすらある。変に馴れ馴れしくないところも、関係しているのかもしれないが。自分の父親に至っては、完全に面白がっている。
「まったく!」
心底呆れたと言わんばかりのニナに、だって…、とアーシャがぼそぼそと反論する。先程まで大の男二人に突っ掛かっていた時とはまるで態度が違う。
「つい、ね。カッとなっちゃって…」
「カッとなる度に人に喧嘩を売らないの! 我慢なさい! そうじゃなきゃ相手を選びなさい!」
「えー…」
不満そうな彼女を、ニナがじろりと睨み付ける。
「あーっ、ほんと、もう! どうしてわたしの周りには、こう、自分に無頓着な子ばっかりなのよーっ!」
その度に神経すり減らす破目になるわたしの身も少しは考えてよね! と叫んだニナに、アーシャが小首を傾げた。
「…周り? ばっかり?」
「あなたももちろん入ってるわよ。でもね、もっと危険なのがシャルよ、シャル!」
口調が更に荒げられる。かなり憤っているらしい。
「まったくあの子ときたら…! アーシャ、あなた、シャルに会った?」
「あ、ううん。今から会いに行こうと…」
「それじゃちょうど良いわ。あなたからも言っておいてよ。あの子が聞くかどうかは別として、ね!」
「ええと、なんて?」
なんて言えば良いの? という質問に、ニナはむすっとした顔にまま言った。
「会えば嫌でも言いたいことが出てくるわよ。―――それじゃあわたしはもう行くわ。アーシャ、次帰ってくる時はちゃんと挨拶くらいしにきなさいよ。それから絶対に、絶対に! 無茶をしないこと! わかった?」
先程と同じように、怒った口調。けれどそこには確かに友人を心配する気持ちがあった。それが伝わったからだろうか、けれど確約は出来なかったのか、「善処します」と言うに留まったアーシャに、ニナは「ぜひともそうして欲しいわ」と返すと、エインレールへと向き直った。
「エインレール様、どうかアーシャをお願いします」
「………ええ。わかりました」
自分に頭を下げる彼女に、今度は微笑みは浮かべずに返す。
彼女の協力を請うて、無茶をさせるのは、自分たちだけれど。
いや、だからこそ。
絶対に、彼女を傷つけさせはしないから。
確りと、迷いなく頷いたエインレールに、ニナはホッとしたような笑みを浮かべて、本当にお願いします、と念押ししてからその場を走り去った。