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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 アーシャはツベル行きの汽車の中、落ち着かない様子で、隣に座る男を見た。適当なかつらを被ったその男が、まさかこの国の第三王子だと気付く者はいないだろう。
(というか、気付くような人がいたら困る…!)
 本人は至って平然としていて、なんだかこっちが無駄に神経を使っている気がする。思えば出る前に、こういうのは堂々としてりゃ案外気付かないもんだと言ってふてぶてしく笑っていた気がする。ひょっとして、常習犯なのだろうか。
 それはそれで問題だ…。
 頭を抱えたくなるような心境で、アーシャは窓の外に目を移した。本当は彼を窓際にしたかったのだが、本人から「お前の方が怪しい」と言われ、無理やりこちら側に座らされたのだった。
 今考えてみると、それはたしかにその通りだと言える。そわそわしているからなのか、先程から視線を感じる気がする。…といっても、それはアーフェストのような静かにこちらの行動を窺うソレとは違い、一般人が単に好奇心から見ているだけなのだろうことはすぐにわかったが。
 はあ、と息を吐いた。とりあえず落ち着こう。大丈夫か、と隣から声を掛けられ、それにこっくりと頷いて返した。が、あまり信じてはもらえなかったらしい。
「もしかして、酔った?」
「まさか」
 むしろ酔って何も考えられないような状態であれば、ここまで神経を使わなくて済んだのかもしれないと思いながら、返事をする。窓の外を見たままでは失礼に当たるかと(だって一応王子)、アーシャはエインレールの方に顔を向けた。
「そういうそっちはどうなんですか?」
「ん、大丈夫。…たぶん」
「たぶん、って…」
 なんでそんなにいい加減なのだろうか。目を瞬かせるアーシャに、汽車はあまり乗ったことがないからな、と少し小声で返した。汽車が主な交通手段であるこの辺りで、その発言はいささか不用意だ。だからなのだろう。
「馬車で酔ったことはないから、たぶん、大丈夫」
「へえ」
 馬車というと、あの自分が轢かれそうになったアレか、とそんなことを思い出し、アーシャは顔を青くさせた。
「あたしはきっと、馬車には乗れません。というか乗りたくないです。走ってるとこなんかを見ると…」
 と、言った後で相手も同じことを思い出していたのか、エインレールも、ああ…、と心なしか疲れたような声を出した。国王のアレもトラウマだが、馬車も確りトラウマになっていたのだ。城に着いていろいろあって、その所為で忘れていたのだが、どうも身体は憶えていたらしい。今でも思い出すと薄ら寒いものを感じる。
「でも、馬車が全部ああってわけじゃないんだぞ?」
「知ってます。うちにも業者が馬車で出入りしますから」
 それでも怖いものは怖い。トラウマってきっとそういうものだ。
 ツベルの地に出入りする業者の馬車は良い。皆心優しい人だ。馬だってあんな円らな瞳をして、そりゃあもう可愛いったらない。でもそれは幼い頃からずっと会っているという理由からであって、他の馬車に適応は出来そうもない。
 はあ、と憂鬱そうに息を吐いたアーシャを慰めようとしてなのか、「まあそのうち大丈夫になるって」とエインレールは無責任なことを言ってのける。そういうからには、本人はその時の恐怖こそあれ、もうだいぶ平気になってきたのだろう。面白くない。
 大体同じような状況に置かれた身同士であるのに、どうしてこうもその後の影響が違うのだろうか。なんか不公平だ、とアーシャはますます面白くなくなった。
 ぶすっとしていると、頭の上にぽんと手を置かれた。子供扱いされている気がして、その手を振り払う。
「そう拗ねるなって」
「拗ねてません」
 言葉を撥ねつけて、また窓の外を見た。段々と見慣れた風景に近付いてきている気がして、それまでの暗い気分が一転、ああやっと戻ってきたのだという安心感から頬が緩んだ。本来ならば、もっと早くに帰る予定だった。それから、その後城にも戻らない予定だった。そのどれもが既にただの予定として終わっている。離れることを思い、上がりかけた気分が再び降下した。
 それから、いけないいけない、と首を振る。まだ着いてもいないのに、城に戻る時のことを考えてどうするのだ。まったく…、と自分を叱りつけ、なるべく気丈に振る舞おうと決意を固める。
 と。そうしたところで、隣から笑い声。控えめなものだが、なにぶん席が隣なのだ。聞きたくなくても聞こえる。
「…なんですか、急に」
 じとーっ、とした目をエインレールに向ける。
「いや、面白いなって。百面相してたから」
「は………」
 百面相? 首を傾げ、次にそれが自分のことを指していると思い当たり、顔に血が集まったような気がした。
「してません!」
「自覚無しか」
「だから、してませんってば」
「してたけどな。傍目から見ると充分に」
「煩いです。仮にそうだとしても、わざわざずっと見てる物好きはいませんよ」
「俺が物好きって言いたいのか?」
「ええ。………出来れば、ならないでいただきたいんですが」
「それは俺の勝手だろ」
 がっくりと項垂れる。やっぱりこの人は、あの人の息子なんだと、発見したくないような共通点を見つけた気がして、なんだか嫌な気分になった。
 物好き………考えてみれば、そうなのだ。百面相をしていたとわかるほどに、彼はアーシャを見ていたということになる。何が楽しくて人の顔を見続けるというのか。いや、それは表情がころころと変わるからなのだろうが、しかし見られている側としては堪ったもんじゃない。
「あ、もうすぐ着きそうですよ、えい―――」
 エインレール様、と言おうとして、躊躇う。こんなところで、自分の口から墓穴を掘る気はない。いや、自分の口からじゃなければ良いというものでもないが…。なんと呼べばいいのだろう? 名前をそのまま呼んだら、もしかしたら気付く者もいるかもしれない。様付けもよくないだろう。
 不自然なところで止まった彼女の言葉の意味を、エインレールは正確に察したらしい。こそっと耳打ちをする。
「エインで良い。それなら大丈夫だろう」
 エインなんて、さして珍しいものでもない。呼んだところで、誰もソレを第三王子の名だと繋げる者はいないだろう。
 でも…、とアーシャは言いよどんだ。仮にも相手は王子である。そして自分は平民だ。ちょっと腕が立つくらいの。ただそれだけの。それがそもそも、こんな風に普通に喋っていることがおかしいのだ。エインなんて、そんなまるで友人のように呼べなどと言われても、躊躇うのは当然である。
 が、
「今更だろ」
 呆れを含んだその言葉に、確かに、と納得してしまうところがあったのも事実だった。

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