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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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[ ある赤頭巾と狼のお話 ]

「…ね?」
 何が「ね?」なのか。狼がお腹を抑えながら真っ赤に染まった顔のまま、キッと睨み付ける。しかしその睨まれている本人は、まったく堪えた様子がない。
 猟師は赤頭巾が持ってきたバスケットを勝手に開けると、そこから無造作に中のものを取り出す。それをそのまま狼の口に突っ込んだ。
「って、おい」
 その一連の動作を呆気に取られながら見ていた赤頭巾は、我に返ると、何をやってるんだと猟師の頭を殴った。
 本来ならば、ここに狼の怒鳴り声が入るはずだったが、かの狼はただいま、それ――サンドウィッチを食べることに必死な様子だ。よほどお腹が空いていたらしい。はぐはぐはぐ、と上手く動かせないだろう手を器用に使ってひたすら食すことに尽くしている。
 その時初めて赤頭巾は狼を見た。花畑で遭遇した時は、木の後ろに隠れていたから。
 黒に近い茶色を全身に纏っている。耳は最初に見た時と違わず、垂れている。どうやら尻尾もあるようだ。…やはり犬と寸分の見分けもつかないが。
 こうしてみると、普通に可愛いといえる。自分の場合は…まあ、あれだ。とりあえず、この赤いローブが脱げれば後は普通なのだが…。
 にしてもこの光景は………まるで餌付けだ。
 試しに食べ終わる頃を見計らって、もう一つ差し出してみた。それに気付いた狼は、はしっ、とそれを確り受け取ると、また無言で食べ始める。かなり必死と見えた。
 食べ終え、渡し、また食べ終えた頃に渡し………それを何度か繰り返した後に、ようやく満腹になったのだろう。ふう、と満足そうな顔をする。ちろりとバスケットの中身を確認する。量はかなりあったらしい。まだ半分にも到達していない。道理で重かったわけだ。…しかし、とその端を見る。明らかに何かが入っていたであろうスペース。
 見たくないなぁ、と思いながらも後ろを振り向いた。わーい、とワインのボトルを掲げる猟師に、その隣でぱちぱちと拍手している、赤頭巾の祖母。なんだか顔がほのぼのとしている。こっちは生き恥を晒しているというのに、なんなんだ。
 顔を戻すと、狼とばっちりと目が合った。
「あ…え、えっと。さっきぶりです」
 挨拶にしては、タイミングが遅すぎる。今更何を、と呆れた眼差しを向けた。まあ、あれだけ必死だったのだ、視界に入ってはいなかったのかもしれないが。
「なんでエ…赤頭巾さんがここに?」
「あれ、俺の母親。基、祖母」
 ぽっかん、とした顔で、視線を向こう側にやった。大方「見えない…」とでも思っているのだろう。確かに血は繋がっているが、顔立ちは似ていない。
「というか俺の方が訊きたい。なんでお前ここにいるんだ?」
「あ。あたしはその…………………迷った末に、辿り着いたといいます、か」
 ごにょごにょ、と誤魔化すように言葉尻が小さくなっていく。まあ、最初の「迷った」という言葉だけで、大体想像がつくが。
「あの時引き止めておけば良かったな」
 少し気の毒になって呟けば、狼もそう思っていたのか、小さくこくりと頷く。
「あ、そういえば。え、ぁ…赤頭巾さんはっ、大丈夫だったんですか? 人喰い花」
「大丈夫だった。というか、摘んできた」
 少しの復讐心が、もうこれを土産として持っていってしまえと囁いたのだ。そして赤頭巾はそれに従った。ちょっと危なかったが、あれは口を塞いでしまえばこっちのもんだ。
 あそこに置いといた、と玄関を示す。そこには茎の部分からぽっきりと手折られた毒々しい花があった。自分でやっておいてなんだが、これは見舞いの花には到底なりそうもない。
 というか。
「病気、だったんじゃ…?」
 明らかに元気だ。あの人。まさかの仮病か。…やりそうだけど、そういうこと。
 しらーっとした目で見ていると、二人は赤頭巾の方を見、その後顔を合わせる。直後、赤頭巾の祖母が急にこんこんと咳き込み始めた。
「あらやだ。そういえばわたくし、風邪を引いていたのでしたわ」
「それは大変だ。駄目じゃないかちゃんと寝てなくちゃ」
「そうですわね。けほけほっ―――あら大変」
「白々しいぞ、そこの二人」
 そんな下手な演技で騙されるとでも思っているのか。――いや、思ってはいないのだろうな。ただ便宜上、仕方なく、そうしただけなのだろうということが、ありありとわかった。
「それでは、わたくしはもう休むことにしますわ。ねえ、猟師さん」
「そうだね。僕はフィラに付き合うから、二人はどうぞごゆっくり」
 自分は通りすがりのただの人、のはずなのに、「ごゆっくり」とは。ここはあんたの家じゃないぞ、と赤頭巾は思ったが、もう相手をすることすら億劫で、それならさっさと行け、と手をひらひらと振った。途中、二人の手に先程のワインとグラスが握られていることに気付いたが、見ないふりをした。もう勝手にしろ、といった心持ちである。
 猟師と自分の祖母が視界から消えてから、改めて狼を見据える。彼女は二人が消えた方向を、恨めしげに眺めていた。気持ちは痛いほどよくわかる。わかってしまう。できればわかりたくなどなかったけれど。
「ま、あの二人がいなければ、監視をされてるわけじゃないから、後はどうにでもなるだろ。着替えもできるし」
 ふう、と息を吐くと、赤いローブに手を掛ける。その手をはしっと狼が掴んだ。肉球が手に当たっている。いやにリアルだ。着ぐるみの割に。
 そんなどうでも良いことを考えながら、その手の主に顔を向けた。
「…何?」
「ず、ずるいです」
「何が?」
「だって、着替えるんですよね」
「着替えるっていうか、このローブ脱ぐだけ」
 それのどこが“ずるい”という言葉に繋がるのだろう、と赤頭巾は怪訝な顔をする。
「お前もその格好が嫌なら、着替えれば良いだろ」
「やれるもんならやってますよ!」
 狼は悲鳴と間違えるかのような声で叫んだ。それを聞き、どういうことだ、とかの狼を見る。
「だからっ」
 声を荒げた狼は、しかしはたと冷静に立ち返る。ここで赤頭巾を怒鳴っても仕方がないと思ったらしい。ふうー、と息を吐くと、赤頭巾を真っ直ぐに見つめた。一応落ち着いたようだが、それでもその視線の鋭さは変わっていない。ズルイ、ズルイ…と思っているからだろうか。
「着替えがありません。だから、このままでいるしかないんですよ! それなのにエイ…ン、じゃ、なくて、赤頭巾さんは、その赤いローブ脱ぐだけで普通に戻れるって…ずるいです」
 ほとんど八つ当たりじゃないか。とは思ったものの、同じような立ち位置にいる赤頭巾には、その気持ちがよくわかった。八つ当たりでもなんでも、したくなるのだ。この状況にあると。むしろそうしなければ、自分を保っていられない。まして自分だけなんて、耐え切れない。
 それはわかったが、だからといって自分もこの格好でい続けるのは、やはり嫌だ。しかも絶対に似合っていないとわかっているのに、だ。お前は良いじゃないか、似合っているのだし、とそんなことすら思う。口には出さない…というか、出せないが。
 さて自分も相手も納得させるにはどうするべきか、と首を捻った赤頭巾の頭に、不意に一つの案が浮かんだ。名案、とまではいかないが、これならそこそこ大丈夫なのではないか、と考える。
 そうと決まれば、と赤頭巾は狼が、うう、と唸っている隙を突いてさっさとローブを脱いだ。あーっ!! と非難に満ちた叫び声が上がるが、気にしない。
 脱いだそれを、そのままばさりと狼に被せた。うひゃあっ、と声が上がる。急に視界が暗くなったためだろう。しばらくもぞもぞと光を探し求めて動いていたが、やがて出口を見つけたのか、そこからひょっこりと顔を出した。
「これなら問題ないだろ。着替えはうちに帰ったら貸してやるから、今はそれで我慢しろ」
 狼は自分の格好をしげしげと見つめ、こくりと頷いた。元々が長いローブだ。狼の身体を隠す分には十分であった。
 ―――むしろ、十分以上、だったようだ。
 立ち上がった途端に転んでみせた狼を見下ろし、思う。
「………長すぎます、これ。ぶかぶかです」
 あー、と意味もなく声を発する。
 確かに、だ。赤頭巾の身体でさえ足元まですっぽりと覆うローブだ。それを赤頭巾よりも小柄で背も小さい狼が着れば、転びもするというものだ。注意に注意を重ね、なんとか立ち上がったが、やはりローブの先をずっている。手も出ていない。腕は捲し上げれば良いとしても、ずった部分に関してはどうしようもない。結ぶのは難しいし、ずっとたくし上げながら森を歩くのは危険である。
 仕方ない、という呟きは狼にも確り聞こえたらしい。困ったように長すぎる裾を眺めていた狼が、顔を上げた。目の前でしゃがむ赤頭巾(今はもう頭巾どころかローブさえ着ていないけど)を不思議そうな顔で見やる。
「乗れ」
「え?」
「さっさとする」
 ほら、と急かされ、戸惑いながらもその背に身を預ける。それを確認すると、赤頭巾は立ち上がった。うわわ、と自分の後ろから声が聞こえた。赤いローブは地面すれすれのところで揺れている。
「お、重くないです、か?」
「全然」
 むしろ軽いくらいだ、と思う。こんなのでよくもまあ、重たい斬撃に耐え切れるものだ。それに細い。首に回された腕は、着ぐるみに包まれているにも関わらず、それが分かるほどだ。
 赤頭巾がそんなことを考えているなど露ほども気付いていないのだろう、狼は更に続ける。
「それに危ないですよ。両手使えないし」
「問題ない。それなりに平坦だから」
「え? でも小さな崖とかありましたよ?」
「…お前、いったいどこを通ってきたんだ」
 さあ、と首を傾げる。本当にわからないらしい。そういえば、道に迷っていたとかなんとか言っていたか。大方本来の道ではなくて、獣道を歩いてきたのだろう。
「まあいい。とにかく行くぞ」
 あの二人が戻ってきたら堪ったものじゃない、と赤頭巾は狼の返事も待たずに家を出る。ふとバスケットを持っていないことに思い当たったが、中身が残っているから置いてきたとでも言えばいい、と開き直る。
「エ…あ、赤、頭巾さん」
 家を出てすぐに、狼が赤頭巾に呼びかける。例によって、あの今にも間違えそうな、名前の呼び方で。
「もうエインでいい」
 いちいち訂正されるのも、面倒だ。というか、あの格好でいるならまだしも、今はもう、普段とほとんど変わらない姿なのだから、気にする必要もない。――格好云々を抜きにして、それらを無視していた人もいるくらいなのだし。
「エイン」
 なんだか久し振りに名前を呼ばれた気がするな、と考えながら、赤頭巾は「なんだ?」と返事をする。
 きゅう、と首に回された腕の力が、若干、強まる。耳元で、そっと囁かれた。
「あ、ありがとう…ございます」
「…………」
 なんというか。
 いろいろとくすぐったい。
 そんなことを考えていたのがいけなかったのだろうか。
「って、え、エインっ、前! 前見てください!」
 ごんっ、と盛大に木にぶつかった。いつもならないような失態だ。背中で狼が慌てた調子で騒いでいる。誰の所為だ、と思う。自分の所為か、とすぐに訂正したけれど。
 多少ぐらつく頭で、狼の声を聞きながら、帰り道を浮かべる。
 平坦…そう、たしかに平坦だ。だが逆にそれは、足元の方にそれほど注意を向けなくとも歩けるということで。つまり、道以外のところに意識が向いてしまう可能性が十分にあるということで。
 家まで無事に帰れるだろうかと、少々不安になった。
 
 この一部始終を窓から見ていた猟師と祖母のペアに散々笑われることも、そこを経由してその詳細を知った家族にこれをネタにからかわれることも、今の赤頭巾は知らない。

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配役/
・赤頭巾…エインレール
・狼…アーシャ
・赤頭巾の祖母…フィラティアス
・猟師…クレイスラティ
・赤頭巾の家族…さて誰でしょう?(おそらくベルフラウあたりかと)

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PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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