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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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[ ある赤頭巾と狼のお話 ]

 ぴぴぴぴ…と、鳥の囀りが聞こえる。
 風が吹くたびに、心地よいそれが頬を撫で、木の葉が擦れる音も、爽やかに響く。
 だがしかし、そんな中で赤頭巾は不機嫌そうに顔を顰めた。無理もないだろう、とは本人の談である。
 乱雑に歩けば、その度に頭のてっぺんから足元まですっぽり覆うほど長さを持つ赤いローブがひらりひらりと揺れ、正直とてつもなく邪魔だ。が、赤いスカートを穿かされそうになったのだ。それに比べれば、随分とマシというものである。
 赤頭巾(むしろ赤ローブ)はその時の情景を頭に描いて、ぶるりと身体を震わせた。本当に冗談じゃない。大体が、どうして赤“頭巾”だけじゃだめなのか。赤頭巾とはつまり頭に被るソレのこと指すわけで、決してスカートは関係ない。それなのに、何故。いや、理由はわかっている。要はそちらの方が滑稽で面白いからとか、そんな理由だろう。他人事だと思ってあれらは完っ璧に楽しんでいるのだ。この上なく厄介なことに。
 女みたいだと言われるくらいならまだ我慢ができる。(相手の表情が本気でむかつかない限りは)
 だけど女の格好をしろと言われれば、しかもそれが誰かが楽しむためだけだとすれば、それに従う全く気はないわけで。
「なんだって俺がこんな…」
 どう頑張っても自分とは合わないであろうバスケット(リボン付き)を、思いっきり投げ飛ばしてやりたくなったが、なんとか思い留まった。バスケットに罪はない。…おそらくは。
 しげしげと、自分の持つそれを見つめる。中に何が入っているかは知らないが(知りたくもないが)、何故ここまで重いのか。こんな、一見小さそうなもののなかに、一体何をどれだけ詰め込んだというのか。
 ―――いっそこれを失くしたことにして、そのまま帰ったら駄目だろうか。
 本気でそう考えたが、流石にそれをすると後が怖いので、止めておくことにした。それならまだ、この赤いローブを頭から被っている方がよっぽどか安全だ。若干男が着るには可愛らしすぎる装飾がついてるけど。赤頭巾は必死でそれを視界に入れないようにした。
 しばらく歩くと、花畑に出た。森の中なのに、急に一面に広がる花畑。…なんだかなあ。
 赤頭巾はそこで立ち止まった。さてどうしたものか。ここに花畑があることは知っていた。先に周りの者から聞いていたのだ。正確にいえば、聞かされていた、のだが。
『絶対にお花を摘んでいくのよ! それを母さ…じゃなくて、おばあさまに届けてあげてね、喜ぶから! もしかしたら病気も治って元気になるかもしれないわ! じゃあいってらっしゃい、兄さ…じゃなくて、赤頭巾ちゃん――――ブプー』
 ………ああ、何か、思い出したら余計に腹が立ってきた。苛々が募って、がんっとそこらにあった木を思いっきり蹴った。要は八つ当たりである。
 不幸だったのは、その反対側に人――ではなく狼がいたということか。「ひっ」と悲鳴を上げたソレは、一体なんなのだろうかとびくびくしながら木の裏から顔を覗かせた。
 予期せず顔を合わせることになった二人――否、一人と一匹は、それが見知った顔であったことに、しばらくその状態のまま身を固まらせて、
「何してるんだ、お前」
「何してるんですか、貴方は」
 ほぼ同時に、全く同じ意味の言葉を相手に投げた。
「え~っと…」
 狼が目の前の赤頭巾の格好を、じろりと眺めた。
「………趣味ですか?」
「本気で言ってるんだったら怒るぞ?」
 いつになく低い声に、狼はびくりと身体を震わせると、冗談ですよっ、と慌てて自分の発言が本気ではないことを示した。思わず口を突いてしまっただけで、別に本当にそう思っていたわけではない、と。
「大体、お前だって人のこと言えないだろう」
 指摘され、うっと言葉を詰まらせる。と同時に、狼の顔が真っ赤になった。
 狼は未だに木の後ろに隠れたままの状態のためその全身を見ることができないが、ひょこりと覗かせたその頭には、へたれた獣耳が二つ付いている。…もちろん本物ではない。狼が被っているフードに、それがついているのだ。しかしその様は“狼”というよりかは、愛玩用の犬を思い起こさせた。
「ここここれはあれですっ、別にあれではなくっ、だって起きたら無理やり渡されてあううううう」
 何が言いたいのかはさっぱりだったが、要するにかの狼も、その格好をしているのは決して本意なわけではないということだろう。
 うう…と呻きながらその耳を両手でそれを覆い隠すが、その手自体もすっぽりと獣の手(を模った服)が覆っている。ご丁寧に肉球まである。ひょっとして、これは全身に及んでいるのだろうか。だとしたら、自分よりもずっと可哀相な目に遭っているような…。
 思わず同情の念を送っていると、それに気付いたらしい狼は、ますます項垂れた。
 やばい、と慌ててフォローの言葉を探すが、なかなか出てこない。
「えー…ま、まあ、あれだ。ほら、似合ってるから良いんじゃないか?」
「それ、全然嬉しくないです…」
「………そうか。悪い………」
 確かにな、と思う。というか、似合ってる、といわれて喜ぶくらいだったら、そもそもそれを着ていることについてもここまで沈み込まないだろう。
 微妙な空気が流れた。双方、目がどこか遠くを見ている。
「っていうか、エ…あ、赤頭巾さんは、こんなところで何をしてるんですか?」
「…………」
 できれば言いたくないなあ、と思いつつ、重い口を開いた。
「母…じゃなくて祖母のところへ、お使い。の、途中の……花、摘み」
「………お疲れ様です」
 遠い目をしながら答える赤頭巾に、何か思い当たる節があったのだろう、かなり同情の込められた眼差しに、ああ…、と今度は赤頭巾が項垂れた。
「お互い、苦労しますね…」
「そうだな…」
 そんな会話を交わしながら、なんとなく流れでそのまま解散しようと二人が互いに別方向に歩き出す。――と、狼が立ち止まり、「あ、そうだ」と振り返った。
「エ…イ、じゃ、なく、て。赤頭巾さん!」
「なんだ?」
「あ、と。そこの花畑、十分気を付けてくださいね。具体的に言うなら、先っぽに大きくて赤くて所々に黄色い斑点の付いてる蕾がある花です! 近付くと火を噴いたり食べられそうになったりしますから!」
 フォーシガか。人喰い花。しかしあれは希少種のはずで。野生のなんて、そう滅多に見られないはずで。
「なんでそんなんがこんなとこにあるんだ!」
 思わず叫べば、知りませんよ、と泣きそうな声が返ってきた。もし誰かに会ったらちゃんと注意しておくようにって言われたんです、と続ける。
 “誰か”、ねえ。こんな森の奥にわざわざ花摘みにくる、誰か? かなり限られないか、それは?
 どことなく作為的なものを感じ取りながらも、とりあえず狼に礼を述べる。気をつけてくださいねー、と念を押す声に、頷いた。確かに用心しておいた方が良い。なにせ、今の自分は剣を帯びていないのだから。
『赤頭巾ちゃんにそんなものは似合わないわよ。………ま、今の格好も十分似合ってな……ううん、とってもよく似合ってるわよ! 似合いすぎてびっくりしちゃうくらい!』
 脳裏に出立前の誰かさんの言葉が浮かんだ。
 思わず口から出そうになった悪態を飲み込むのは、結構骨の折れることなのだと知った。

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