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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 調べ物は終わった。
 終わったのだが、何の手がかりが無いのではどうしようもない。
 何か見落としがあるかもしれないし、そうでなくても、まだ他にも調べたいことが残っている。そういう理由から、やはり今日も図書室に足を運んだ。もはや顔馴染みとなった司書に挨拶をし奥の部屋に入ってから、もう何刻かは過ぎている。如何せんここは時間の感覚がおかしくなるから、困りものだ。窓の外の様子からして、そろそろ昼だろうか。そういえば、どことなく身体が空腹を訴えてきている。今調べているのは一般公開されている分の本であるが、ゆっくり読むにはここが一番良い、とそれらを奥に持ち込んでいるので、退室するなら一度元の場所に戻した方が良いか。
 エインレールはそう判断すると、数冊の本を片手で持ち上げ、鍵の存在をしっかり確認すると、外に出た――
「エイン兄!」
 ――ところで、声が掛かった。びくり、と身体を震わせてから、声の主へと顔を向ける。
「ラード?」
 まさかここで会うとは思わなかった。そんな思いが顔に表れていたのか、ランドリードは不満げに顔を膨らませた。
「ぼくはエイン兄よりも頻繁にここを利用しているんだけどね」
 だから驚かれるのはお門違いだ。そう言いたげだった。
 まあでも、と気を取り直したように穏やかに笑う。
「今日は、本を読みにきたわけじゃないけど」
「ん? じゃあ、何の用で、」
 そこまで口にしたエインレールは、こちらを気にしている様子の司書の存在に気付いた。
「ここに来たんですか?」
 にこり、と作り物の笑みを浮かべる。
「貴方を捜していたんですよ、エイン。尤も、ラードは途中で“偶然”会っただけですが」
 偶然、という部分を殊更強調させるアルフェイクに、何故ランドリードがここにいるのかをなんとなく悟ったエインレールは、なるほどな、と心の中で呟いた。たしかに図書室の奥に引っ込んでしまったら、なかなか見つけられないだろう。
 しかし、
「私を?」
 何のために。
 眉を寄せたエインレールはしかし、その場で答えをもらうことはせず、つい先程自身の手によって施錠したばかりの扉を再び開ける。
 アルフェイクがなぜわざわざ自分を捜していたのかについては見当がつかないが、少なくともそう大っぴらに話せる内容で無いことは想像がついた。そうでなくとも、事情を知らない第三者の手前で話すというのは気が引けるし、なにより疲れる。長年猫を被り、仮面を貼り付けてきたエインレールであるが、なにもそれは自分が好きでそうしているわけではない。素で喋る方が断然楽だ。
「とりあえず、中へ」
 二人の顔を見、部屋に招く。一度視線を巡らせ、司書の目をしかと捕えた。それだけだ。他には何もしないし、言わない。けれど意図は伝わった。
 ―――お前は何も見なかった。何も知らない。いいな?
 作り出した優しい眼光に、少しだけ鋭いものを含ませる。それに気付くのは本能であり、理性ではない。おそらく相手は「これは関わってはいけないことだ」と、あくまで“本能的に”感づくだけだろう。…それでいい。
 完全に彼に背を向けることはないまま、扉を閉める。普通のそれよりも若干厚いそれは、重々しい音を立てた。最初はこれのおかげで埃が舞っていたが、今はエインレールが何度か開け閉めを繰り返したためだろう、そうならずに済んだ。
「で、何の用だよ」
 くるりと振り返ったエインレールの表情は、既に素のものだ。
「いつ見ても見事だよね、それ」
 中に入るなりそのへんにあった椅子に深く座っていたランドリードが、感心したように言う。
「…それ、埃被ってるから、気を付けろよ」
「ん、でもまあいいかなって。…にしてもここ、誰かが掃除するべきだよね」
「定期的に入ってるはずなんですけど」
 それでもこの有り様だ。苦笑を灯したアルフェイクは、空気を入れ替えるためだけに設置された丸窓を開け放つ。とはいっても設計上、そう大きく開く類のものではないため、入ってくる風も非常に微弱なものだ。おそらく全体的に空気が淀んでいる理由はここにもあるだろう。本にとってはあまりよくない環境だ。いくらここにあるものが全て謄本だといえ、この扱いは無いだろう。
 と、エインレールは首を振った。別にこの本たち――ひいては自分たち――の劣悪な環境について話すためにここに来たのではない。
 エインレールが完全に切り替えたのを見計らって、話し始めるタイミングを窺っていたアルフェイクは、口を開いた。
「王が、貴方を呼んでいました」
 いちいち回りくどく言っても仕方が無い。そもそも彼がそれを好まないのはアルフェイクもよく知っている。端的に用件だけを告げる言葉に、エインレールは一瞬間を置いてから「そうか」と一言返す。あるいは、それは単なる独り言であったかもしれなかったが。
 その時のエインレールの表情は、見る人が見れば強張っていると気付いただろう。本当に微かなものであるため、大抵の者なら気付きようもないが。
「何時に来いって言ってた?」
 続けてそう訊ねた時には既にその強張ったものは見えなくなっていた。ただ感情が読みにくい表情であることには変わりない。
「言われていません。エインが行きたい時間に行けばいいと思いますよ」
 それは、いつでも時間が空いており暇だ、ということではない。あの人ならば、エインレールが来るであろう時間を予測し、その分だけの時間を設けるための手段を講じてあるだろう、という意味だ。
「用件はそれだけか?」
「ええ。他には何も」
「なら――」
 今からでも、と続くはずであった言葉を遮ったのは、ランドリードだった。彼はじっとエインレールの顔を見ると、
「エイン兄、お腹空いてるでしょ。先にとっておいた方が良いよ」
「ん? ああ…それじゃ、昼飯食ってから寄るか」
 先程まで強張っていたそれが嘘のように、自然な笑みを浮かべると、エインレールは席を立った。
「お前らも、もう出るだろう? 鍵を閉めるから」
 促されて、ランドリードが立ち上がる。アルフェイクは壁に凭れていた身体を起こし、それに従った。それを確認すると、エインレールは鍵を手に、扉に歩み寄る。
「…エイン兄」
「ん?」
 呼び止められ、肩越しに振り返る。
「どうした?」
 優しく弧を描く口元。少しだけ細められた目。軽い調子を持った言葉。ただ、瞳だけがそれら全てに反し揺れている。それは、対面するランドリードの顔があまりに真剣みを帯びていたためなのか、それとも彼自身の怯えだったのか。
「負けないでね」
 瞳が、それまでにも増して揺れ動いた。
「きっとエイン兄にとって、良いことじゃないよ。…必要なことではあるけど」
 だから、とその唇は、一言ひとこと、強調するように、区切る。
「絶対、負けないでね」
 繰り返された言葉に、しばらくエインレールは押し黙る。軽く戻された顔がどんな表情を浮かべているのか、位置の関係で二人からは窺い知れない。ただ、奇妙な沈黙がその場を支配している。
 やがてそれを打ち破ったのは、エインレール本人であった。彼は今度は身体ごと二人に向き直ると、ありがとう、と言って笑う。
 それだけだった。
 それ以上、彼は何も言わなかった。
 ランドリードはしばらくその顔を探るように見つめていたが、すぐにフッと気を緩めると、
「あ、そうだ。エイン兄にも訊こうと思ってたんだ! ね、アーシャさんってどんな人?」
「それ、僕にも訊いてましたね。エインにも訊くんですか」
「良いじゃない」
 訊きたいんだから、と穏やかに笑う。こいつにはそういう笑い方が似合うなと、エインレールは思った。
「ね、どんな人なの?」
 ランドリードは、強請(ねだ)る様に再度訊ねた。
「アーシャは…そうだな…自分の大切なものに対して、単純に、真っ直ぐ突っ走ってくようなやつだな。曲がったことが嫌いで、嘘が上手く吐けなくて、王族…つか貴族に対してか? 妙に偏った先入観持ってるわ、意外と負けず嫌いだわ…。でも自分が護りたいもの、しっかりわかってて、それから―――…すっごく綺麗に笑うやつ、だ」
 彼女のことを思いだして、思わずくすりと笑う。ランドリードはそんな兄の姿に一瞬虚を突かれたように固まって―――
「そっか」
 安心したように、微笑んだ。
「…もういいか?」
 ぶっきらぼうな返答は、けれど照れを隠すように強張らせた顔が、嫌味に見せない。
「ああ、あともう一つだけ! この場所じゃあ、エイン兄が探してるものは見つからないと思うよ。…勘だけど」
「そう、か。残念だ」
「…“ただの勘”、だからね?」
「わかってる」
 ありがとな、とエインレールは笑い、一つ下の弟を褒めるようにぽんと頭を撫でる。あきらかな子供扱いに、ランドリードは少々不満げに顔を顰めた。どうやらお気に召さなかったらしい。幼い頃はこれひとつできゃあきゃあ喜んでいたのに、と若干じじくさいことを考える。そういえば、アーシャもこうされると嫌そうに顔を歪めていたな、と思い出す。十七という歳の子供は、得てしてそういう反応を見せるもの、なのだろうか。…否、確かに自分もこうされれば、心の底から拒絶するだろう。どころか鳥肌すら立ちそうだ。
 自粛すべきか、と一抹の寂しさと共に手を離した。
「エイン」
 と、それまでただ静観していたアルフェイクが、彼の名を静かに呼んだ。
「僕たちはもう少しここにいるから、鍵をくれないかな。少なくとも今日はもう、ここには戻ってこないだろう? ついでに返しておくよ」
「ん」
 無意識に握り締めていた鍵を、彼の方に投げる。難なくそれをキャッチしたアルフェイクは、ありがとう、と素早く礼を述べた。どーいたしまして、と軽い口調で返す。
「じゃ、また夕食ん時な」
 手をひらひらと振る。
「はい。いってらっしゃい」
 その言葉は、がんばれ、と言われているようにも感じた。それに応えるように、力なく振っていた手を一度引き締め、ぐ、と握り拳を作った。

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