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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 国王によるふざけた発表から、数日。
 はあ、とエインレールは、内心でもう何度目かのため息を吐いた。
 本当に勘弁して欲しい。この父は―――いや“国王”は、一体何をしているのか。否、何をしているのか、はわかっている。わかっているのだが、信じたくないというかなんというか……。
 茶番劇みたいだ、と思う。
 たぶん、隣にいるアルフェイクにしたってルキアニシャにしたって、自分と似たり寄ったりの心境だろう。クレイスラティは自分たちしかいない時には見せない、相手を安心させる(騙す、の間違いじゃないかとエインレールは思っている)穏やかな笑みを浮かべている。が、内心ではもう目も当てられないくらいに嬉々としているに違いない。
 要するに、楽しんでいるのだ。
 楽しんでいる、といえば、もう一人―――第四王女のクリスティー・ヴェイン・シャインもどうにかならないものかと。第三王女は興味が無いこともないようだったが、結局初日以来顔を見せていない。おそらく飽きたのだろう。実際エインレールもつまらない。第一王女、第二王女はいたらやっぱり嬉々としてここに居座っただろうが(あの人たちは実の家族の不幸を蜜かなにかだと勘違いしているに違いない)、幸運なことにもう嫁いでしまってここにはいない。所謂政略結婚であったり、それがそうでもなかったりと、事情は色々だが、まあ楽しくやっているみたいなのでよしとする。相手は本当に不憫でならないが………諦めてもらおう。必要な犠牲だ。と、本人の前では絶対に言わない(言えない)ことを考え―――、
(って、そうじゃなかった………)
 今年14になったクリスティーをちろりと見れば、なんとも楽しげな顔が目に入った。ちょうど目が合い、ますますにっこり。というか、にやり。他人事だと思いやがって、とエインレールは顔を引き攣らせながらも、戒めるように軽く睨むが、それだってどこ吹く風という感じで、どうやらここから出てくという選択肢は彼女の中には無いらしかった。初日から欠かさずここに来ているが………良いのだろうか。確か彼女は勉強等に勤しんでいる身のはずで、普段なら今頃必死になって講義を受けている時間なのに。
 …まあ、ある意味勉強にはなる。
 さっきから何人もツォンの剣………の偽物を持ってきた者がいるのだが、それが揃いも揃って貴族ばっかり。こっちに取り入ろうという魂胆が丸見え。『わざわざ持ってきてくれてありがとう』というクレイスラティの(本人曰くの)労いによって、皆なんの処罰もなく帰ってもらっているが――――おそらく彼らがこの城の敷居を跨ぐ日はもう来ないだろうと思われる。
 それが偽物であることが何故わかったかというと、クレイスラティがここに入る際に相手に魔法を掛け、術者の質問に対して本当のことしか言えないようにしているからだ。いわゆる強力な自白剤と同義。便利なものがあるものだなと零したら、得意気な顔をして「でしょ? 結構役立つでしょ?」とほざきやがった。確かに役立っているが、元はといえば、全て自分の所為だということを忘れてはいないだろうか。
 まあ、その技術は本物だが、とエインレールは平気そうな顔をして魔法を維持し続けている父親を見やった。難易度の高い術である“支配魔法”は、ただ使うだけでも相当の魔力を喰う術なのだ。本来なら、ここまで維持できるものではない。それを可能としているのは、この男の高い…高すぎる魔力からだ。世界で一番、とまではいかないが、おそらく片手の指の数には入るだろう。―――普段がアレなだけに、いまいち信じられないでいるが。
(それにしても、……ほんっと飽きるな、これは)
 正直、人の裏側を見たところで何も楽しくない。そんな魔法を使わずとも、入ってきた時の顔からして大体予想はつくし、何より彼らのことは元々そう信用していなかったので、今更わかったところで「ああ、やっぱり」位にしか思わない。まあ、確固たる証拠が出た、という点では良いのかもしれないが。…しかし、その出汁にされているこっちの身にもなって欲しい。
 というか、もしあんなやつらが本当に本物の剣を見つけたりしたら………背筋が寒くなる。勘弁してくれ、本当に。
 ここ数日で偽物は続々と出てきており、たぶんこの先でもそれは出てくるだろうが―――果たしてこの調子でいくと、本物は出てくるのはいつになることやら。ひょっとしたら、出てこないんじゃないか。
 そんな危惧を覚え、また憂鬱になった時だった。
「しっ…失礼します。ぇと…アーシャと申します」
 声が裏返り、それだけで緊張しているとわかる声が聞こえて、どうしてか気になって目を扉に向ける。
 緊張からだろう、身体を小さく震わす、小柄な少女が立っていた。手に抱えるようにして持っているのは剣。布に包まれているが、おそらくそう。あれがツォンの剣、なのだろう。彼女曰くの、だが。
 しかし、それまでの彼ら彼女らとは違う。というか、どこかで見た気がするのだが。はて、とエインレールは小首を傾げた。緋色の髪に、茜色の瞳。珍しいなと、確か最近…本当に最近、というかつい先刻に…思った、ような―――?
 ………………………あ。
「おま…っ」
 なんでここに!? という疑問は飲み込んだ。ここに来たということは、そういうことだ。考えてみれば、彼女は大事そうに何かを抱ええていた。“それ”が“そう”なのだろう。そもそも、城に用があると聞いた時点で、その可能性に思いついても良かったのだ。ただ、来るのは偽物を抱えて笑顔を取り繕った輩ばかりだと思っていたので、思い当たらなかった。―――つくづく、自分はここで何をしているのだろうと思わずにはいられない。本物を探しているはずなのに、これじゃあ偽物を作ってくるやつの顔をわざわざ拝んでいるような―――って、そんなことは今はどうでもよくて。
 突然声を上げたエインレールに、周囲がなんだと不思議そうな目を送っているが、それも今は気にならない。
 なんと声を掛ければ良いのかと悩んでいる間に、相手もこちらに気付いたようだ。
「え………えぇ?!」
 先程までの緊張はどこかに吹き飛んでしまったようで、大声を上げ、目を白黒させている。
「なんだ、知り合いか?」
 クレイスラティが訝しげに眉を寄せた。答えを求めるように、けれど全く取り乱さず、どこか緩慢ともいえる動作で、二人の顔を見比べる。とてもじゃないが、自分の馬鹿げた失敗によって国宝をどこかに飛ばしてしまった張本人(しかも反省なし)とは重ならない。
「え、ええ……知り合いと言いますか、先程偶然に出会いまして。その、城の外で」
 ぽかんっ、と開いた口が塞がらないままの様子の彼女に説明をさせるのは酷だろうと、エインレールが答えた。しかし、彼も混乱していることに違いはないので、それはどこか切れ切れで、曖昧だ。
「ふむ…どうかな? 我が息子の言っていることは正しいか?」
 確認のように、アーシャに尋ねた。彼女にはクレイスラティによる術が掛かっているため、確認にはもってこいなのだ。が、アーシャにはそもそも嘘を吐く理由なんてないので、自分がそんな術を掛けられていると気付くことがないまま―――嘘を吐こうとした者は、口が勝手に動いている、という意識を持つので、その場で自分が何らかの術に掛けられていることに気付く―――、「そうです」と答えた。
「外では…そのう、馬車に轢かれそうになったところを助けて頂き――――って、え? む、息子…? と、いうことは、あの、まさか………」
「ああ、そこにいるのは私の息子で、第三王子であるエインレール・ヴェイン・シャインだが? 知らなかったかな?」
 にこり、とクレイスラティが笑った。
「すすす、すみませんっ! え、えとあの、あたし…じゃなくて私は、その、そういったことには一切興味がないもので…っじゃなくて、興味がな………あ、あれ?」
 と、そこでようやくおかしい、ということに気付いたらしい。そんなことを馬鹿正直に言うつもりはなかったのだろう。口を押さえてクエスチョンマークを四方に飛ばすアーシャに、あー…、とエインレールはわけもなく言葉を紡いだ。とりあえず、止めた方が良いのだろうか? 見ると、クレイスラティは必死に笑いを堪えているようだし、クリスティーに至ってはもう完全に笑ってしまっている。唯一の救いは、それを気取られないようにか、顔を背けて声を押し殺していることだ。
「す、すみません…口が勝手に…」
 しゅん、と項垂れる彼女に、
「いや…悪いのはあんたじゃないから。どっちかというと、そっちの馬鹿」
 思わず地の口調で喋りかける。そちらの方が安心するかと考えたためだ。ここには王族以外の者もいるのだが、気心が知れた者ばかりなので、大して気にしない。
「ええ?! ば、馬鹿…ってあの、あの、それはどちらの方のことを指すのでしょうか? ハッ、もしかして、いえもしかしなくともあたしですか!? そうなんですか!? っていうかそうなんですね!?」
「だから、違うって…」
 というか、これまだ魔法掛かったまま……ってことは、本心からこれ言ってるのか。なんというか……なんと言ったら良いんだろう。
「うああぁぁぁぁ……………ど、どうしよう……王様の前で失礼を………母さんに怒られる………」
 ついにはぶつぶつとそんなことを言って、がっくりとその場で膝をつく始末。さてどうしたものかと困り果てた時になって、ようやくクレイスラティが笑いに打ち勝ったようで、口を開いた。訂正。間違えた。打ち負けたようだ。声自体は確りしているが、顔が完璧に笑っている。
「いや、すまないね。気にしていないから全然構わないよ。元々、嘘は吐けないようになっているんだ」
「…この部屋がですか? それはすごいですね」
「いや、部屋じゃなくて、君が」
「えっ、…あ、あのでも、あたし…じゃなくて、私、はそんな風な…え? え?」
 ああ、混乱してる。
「つまり、この部屋に入る際に、支配魔法―――まあ、簡単に言えば『嘘を吐くことが出来なくなる魔法』を貴女に使ったのです。邪な輩から身を護るためとはいえ、そのようなことを相手に無断で行った、という無礼を詫びなくてはいけないのはこちらなのですよ」
 見たところ貴女は邪な思いを持って来たわけではなさそうですし…本当にすみません、とアルフェイクが助け舟を出した。一瞬、彼女の肩がびくりと震えた。…何か、心当たりがあったのだろうか。アーシャは小首を傾げる面々を前に、
「い、いいいいえ、無礼だなんて…。と、とと当然の対処かと思います。えぇっと…その、だから…ほ、本物かどうか見極めるために! よ、よよよ邪な考えをも、も、持った人がいたら大変ですよねハイ!」
 あまりの狼狽ぶりに突っ込もうかどうしようか迷って、結局止めた。これ以上何か言うのは、どこか可哀相な気がする。本人は至って本気のようだし。
「………剣は?」
 ルキアニシャが訊ね、それでようやくハッと我に返ったらしく、手に持っていたソレを、布を退けて、差し出した。
「ふむ……これは」
「本物でしょうね。魔法のこともありますが……何より、纏う魔力が本物です」
 アルフェイクが頷きながら言う。
「あの…」
 アーシャが恐る恐る、口を挟んだ。
「ん、何かな? なんでも訊いてくれ。君はこれを見つけ出してくれた人だ」
「は、はあ………」
 だいぶ落ち着いてきたようだ。
「それでは、その……なんでその剣は、森に落ちていたんでしょうか? あの、こう言ってはなんなのですけれど、あそこ―――ああ、あた…わ、私はツベルの地の者なのですが、あの森は、あそこらへんでも収穫の時期にしか入る機会が…もちろん、定期的に観察をするため入りますが、でもそれ以外ではあまり立ち入らないところなんです。そもそもツベルの栽培に携わる者以外は立ち入り禁止ですし………なのに何故その剣を、わざわざあそこに?」
「…………………」
 ぴしっ、とその場に居た者が凍った。否、凍ったと表現してもおかしくないくらいに見事に固まった。
「あ、あの…あたし何か、まずいことを訊きました…か?」
 訊いた、と言いたいが言えない。一人称が取り繕ったソレから元に戻ってしまっているのだが、それに突っ込んでいる場合でもなかった。というかそれはさっきから、なんだか不憫に思えるほどに間違えすぎていたので、別に良いと許しを与えようと思っていたところだったのだが―――彼女の発言の内容だけに、言い出せなくなってしまったようだ。
 こほん、といち早く復活したクレイスラティが一つ咳払いをし、気を取り直したように、笑いながら、
「いや、これには深い深ぁーいわけがあってね。つまり――――――」
 周囲に止める機会を与えず、なにを思ったのか、独断で『真実』を語り始めるクレイスラティ。ぽかんとした表情のアーシャ。
「―――――というわけなんだよ」
 わかったかい、という問い掛けに、本当にそうなのかはいまいち疑問だがこくこくとアーシャが小刻みに頷く。それからハッとしたような顔をし、次には頬を緩め、
「それでは、あたしはもう帰れるということですね? だってその花嫁云々の話は所謂表面上の理由に過ぎないわけですし! ええ、ええ。それでいいです。この話は誰にも言いません。ええ、もちろん。ですから、あたしはこれで――――ツベルの実の収穫もしなくてはなりませんし」
 嬉々としてそう言った。
 その様子に、エインレールは複雑そうに顔を歪めた。確かに自分もそう思う。こんなの馬鹿げている。全てを白紙に戻してしまいたい。そう出来たらどんなに良いかと考えている。だから彼女の言葉も提案も、ありがたいことで。むしろ同意するべきことで。―――が、しかし、何故か釈然としない。何かが、何故か、もやもやと自分の胸に残っている。
 何だろうか、全くわからない。これで良いのか、と自分の中の誰かが責めるように自分に尋ねる。エインレールはけれど、何も言わなかった。これで良いのだ。そう信じ込む。

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