忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[54]  [55]  [56]  [57]  [58]  [59]  [60]  [61]  [62]  [63]  [64
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




「お使い、頼んでも良いかな?」
 アルフェイク・ヴィエン・シャインが父王であるクレイスラティからそう言われたのは、ちょうど一刻ほど前であった。
 この歳になって“お使い”なんてさせられるとは夢にも思っていなかったが、実際それは単なる言葉の綾であり、本当に子供に何かを頼むような、そういう意味で使われたのではない。――あえて屁理屈を捏ねるなら、確かにアルフェイクはクレイスラティの“子供”であるのだから、「子供に何かを頼む」という面だけ見ればあながち間違ってはいないということになろうか。
 ともあれ、そんなわけで今、アルフェイクは城内をうろついていた。普段ならばこの時間執務に追われているので、まるで予期せぬ休暇のようなものだ。
 あの人も、そういう意味で自分に頼んだのかもしれない。あれでいて身内――といっても、妻と子供限定か――には優しい人だから。決して、甘いわけではないのだが。
 もちろんそれは理由の一つでしかないだろうし、特別重視された“一つ”でもない。この場合の“お使い”が、単にアルフェイクが一番適任であると判断しただけだろう。
 いつものようにへらりと笑ったその目の奥に、けれど笑みなど無かったことを思い出し、アルフェイクは視線を廊下の窓の外へと流した。
 ―――エインをね、呼んできて欲しいんだよ。
 あまり人に知られたくなかったのだろう、わざわざ自分が一人のところを狙って来た。普通ならばアーフェストに頼むであろう仕事は、彼が多忙ということで自分に回ってきたらしい。
 多忙、ね。
 ぽつりと呟いた。その理由を、アルフェイクはある程度理解しているつもりだ。誰かに確認したわけではないが、次の王として君臨するための教育を受け、また自身もそう在ろうと幼い頃から父の姿を見つめてきた。だからというわけでもない。そうでなくても、感づいているものはいるだろう。
 目を瞑り、静かに深く、息を吐く。
 それから目を開くと同時に、身体ごとゆっくり振り返った。
「ラード」
 愛称を呼べば、柔和な顔に似合う穏やかな笑みを浮かべた下の弟が、やあ、と挨拶するように片手を挙げた。アルフェイクが突然振り返り自分の名を呼んだことに対する驚きは、特に見受けられない。
 ランドリード・ヴェイン・シャイン。
 それが彼の名である。
 三人の兄と、驚異の力を持って生まれた双子の姉の存在から、あまり目立つことはない。それも王の色を継いだエインレールと年子であるから、尚更だ。
 しかしたとえば何かがあった際、誰が特に役に立つかと問われれば、両親や兄弟姉妹、それからごくごく親しい一部の者は、間違いなく彼の名を挙げるだろう。つまりは、その程度の人間にしか知らされないほど、彼の能力は貴重であり、機密であるということだ。
 尤も、本人が聞けばこの意見は苦笑と共に否定されるだろうが。
「どうしてここに」
 訊いてから、愚問だったなと考える。
「ん~…なんとなく。なんとなく、誰かが困ってるような気がして、廊下歩いていれば会えそうな気がしたから」
 しかし律儀に答えるところが、また彼らしい。
 ランドリードの能力とは、つまりこれだ。異様なまでに勘が働く。そしてそれが外れることなど、ごく稀でしかないのだ。
 とはいっても、それは本人がそう言っているだけで、実際外れたところなど、アルフェイクも兄弟たちも皆見たことないのだが。仮に外れるのだとしても、当たる確率が高いであろう“勘”だけを口にできることがまず、随分高い能力であるだろう。
 そう言えば、やはり彼は照れたように笑って、強く否定する。
「誰か捜してるの? 見つからないんだね」
 勘は所詮、勘でしかない。彼はそう言う。だから、細かいところまではわからないし、それは至極当然なことである、と。ランドリードはただ、勘がいいだけ、なのだから。
「ええ、そうなんですよ。エインを捜しているんですが…」
 なかなか見つからなくて。
 素直に目的を告げ、言葉を続けた。
「あー、なるほど。エイン兄、この頃引きこもってるからね」
 予期せぬ情報に驚く。これは勘というには詳しすぎるから、おそらく別のなんらかの方法で知ったのだろう。
「引きこもってる? 部屋に行っても会えませんでしたが…」
「ん、部屋じゃなくて、図書室。しかも、奥の方の」
 道理で見つからないわけだと嘆息した。王宮図書室の奥の方なんて、普段誰も使わない。しかしならば、何故そんなところに? もちろん、何故かといえば何かを調べるため、ということぐらいはわかるのだが…しかし、あそこでしか調べられないものなんて、限られている。眉を寄せたアルフェイクの表情からその疑問を汲み取ったのか、ランドリードは柔らかい表情を崩すことなく、続ける。
「何を調べてるまでかはわかんないけどね。ぼくもちょうど昨日図書室に立ち寄って、そこの司書に数日前から毎日来てるって話を聞いただけだから。たぶん、あの女の子関係のことだと思うけど」
 あの女の子、が誰を示すかは言わずもがな、である。
「それ、勘?」
「勘だよ」
「じゃあ、そうなんですね」
「決まったわけじゃないんだけど」
 苦笑する。自信が無い、というわけではない。ただ、それがあくまで勘であると、彼自身がしっかりと自覚している故だ。
 聞いている側としては、十中八九そうなのだろうと信じているのだが。もちろん、だからといって全てを信じきっているわけでもない。それは時に、相手のためにもならないのだ。ソレが外れた時に彼が自分を責めるような状況にだけは、絶対にしたくない。
 ただ今回のは、信じてもよさそうだ。そう思う。なにせ、と夕食時の報告を聞く際のあの挙動不審っぷりを思い返しす。自分は全然気にしていないぞ、とでも言いたげな顔でつんと澄ませているから、逆に顔が強張って意識していますと主張しているし。その取り繕っているはずの表情だって、よく見ればその言葉言葉に反応して揺れ動いているし。
 …本当に。
 未だかつて、あんなにわかりやすい弟の姿は見たことがあっただろうか。(父親に対して怒鳴り散らしているが、あれはまた別物だ)
 思わずくつくつと笑えば、ランドリードがきょとんと目を瞬(しばた)かせた。
「どうしたの?」
「いや…っ、すみません。思い出し笑いですよ。夕食の、時の―――くっ…はは!」
「あ、つぼにはまってる」
 珍しいなー、と言ってまた穏やかに笑みを浮かべる弟に、たしかに珍しい、と自分の身を振り返って思ったが、生憎とつぎつぎ込み上げてくる笑いに、それを口にする余裕すら無かった。
 しばらく経ち、ようやく笑いが治まってきた頃に、ランドリードが、ねえ、とアルフェイクの顔を覗きこんだ。
「アル兄、今からエイン兄に会いに行くんだよね?」
「ええ、そうですよ」
「じゃあさ、それ、ぼくも一緒に行って良い?」
 おずおずとした申し出に、アルフェイクは少しだけ目を大きくしてから、フッと微笑んだ。
「当たり前じゃないですか」
 ぱあっとランドリードの顔が輝く。よかった、と言うと、にこにこ笑いながらアルフェイクの隣に並ぶ。わざわざ確認を取らねばついていってはいけないと思われたことが悲しかったが、その笑顔を見て、まあいいか、と思い直した。実際、勝手についてこられては困る時もあるわけだから、その行動は間違っているわけではない。悲しく思うのは、ただのアルフェイクの我が侭だ。
「ねえ、アーシャさんって、どんな人?」
 興味津々、という顔つきで早速自分が訊きたかったであろうことを言葉にしたランドリードに、なるほどエインレールに会いたいというのはつまり、純粋に彼に会いたいというだけの気持ちだけではなく、それまでの道程において、そういう質問をする時間を作りたかった、というのもあるのだろう。
「そうですねぇ…」
 考えるふりをして、少し間を空ける。答えをじっと待ちこちらを見上げてくるランドリードの姿に、彼の見えないところでくすりと笑った。
「赤い髪と目を持った、綺麗な少女でしたよ」
 正確には、あれは赤ではなかったが。まあ似たようなものだから、表現としてはそこまで間違ったものではないだろう。
「そういうんじゃなくって!」
 訊いているのは、内面のことだ。
 それはわかっていたが、あえて外した答えを出したのは、別に意地悪をしてやろうと本気で考えたからではない。
「内面、か…」
 妙におどおどしながら入ってきた少女の姿を頭に浮かべる。それから、王に対して啖呵を切った時の姿も。単に向こう見ずなのだろう、とも考えた。たしかにその嫌いもあるように思える。彼女はまだ、自分が正直であるが故に巻き起こす問題の本質を、理解していないように見えた。
 だが。
「…うまく言い表せない?」
 唐突に引き継がれた言葉に、驚いてランドリードを見ると、先ほどの膨れた表情は消え、ただいやに冷静さだけを醸した顔つきが、目に映る。
 微かな動揺を隠すように、あえておどけるように肩を竦めた。周りは自分が父に似ていると口を揃えて言うが、本当に彼に似ているのは自分ではなくこの弟ではないかと、本気で思う。自分はただ、真似をしているだけであって、本質的に同じであるわけではない。
「人の本質を見る目は、養ってきたつもりでいたんですが」
 本当につもりだったみたいですよ、と続けて苦笑を作る。
「んー。でも、仕方ないのかもよ」
「何故?」
「父様も結論出しかねてるみたいだったから」
 あの人に出せないくらいだから、他の人にそれができなくて当然だ。そう言わんばかりのランドリードの言葉に、今度こそ本当に苦笑した。確かに自分は父に比べるとまだまだであるが、ここまではっきりと言われるとは。逆に小気味好く感じる。彼がアルフェイクのことを嘲っているわけではないのはわかっているので、そのためかもしれないが。もし仮にそれが嫌味だったとしたら、アルフェイクだって一言二言、同じような言葉を返していただろう。
 それにしても。
(あの人でもわからないとはね…)
 少し、意外だ。
 もちろんあの人だって人間なのだから、わからない、あるいは知らないことがあって当然だ。けれど、何かに頭を悩ますという姿には、違和感を覚える。
「ユリティアは、かるーく言ってくれたけどね、彼女のこと」
 どうやらランドリードは同じ質問を妹にもしたらしい。なんとなく予想のつく答えに笑いながら、なんて答えたんですか、と訊ねる。
「『とっても優しくて、いい人でした~』って。ほわ~、ってした顔で」
「それはなんとも、あの子らしいですね」
 予想通りの答えに、更に笑う。
「でもユリティアの基準で当てはめていくと、全員いい人になっちゃうから」
 困ったような顔のランドリードに、アルフェイクはここにきてようやく疑問に思った。そもそも、何故彼はそこまで彼女に拘るのか。たしかに珍しい…というか、前例の無いことではある。だがそうだとしても、このどちらかといえば内気な少年が、ここまでの興味を持つとは、今までに無いことであった。
 これが彼の双子の姉であったならば、まったく違和感など無いのだが。
「そんなに気になるんでしたら、直接会って話してみてはどうです?」
「駄目だよ。っていうか、無理、なのかな」
 即答だった。
「ぼくは会えないよ、アル兄。終わるまではね」
 そんな気がする。そう言ってランドリードは笑う。いつもの同じ勘。けれど、いつもより強く働く勘。それが、『そこに自分が為すべき役割は用意されていない』――そう言っている。
 だから、気になるんだよ。
「それは…」
 それは、どういう意味だ。アルフェイクは困惑の表情を浮かべた。
「………。終わり、とは?」
「わかんない」
「そうですか」
 存外あっさりと引き下がったアルフェイクに、ランドリードは、あれ、と小首を傾げた。想定していた追撃が来ない。
 その困惑に気付いたのだろう、アルフェイクはなんでもないことのように言葉を付け足す。
「わからない人にわからないことを訊いたって、仕方ないでしょう」
「…わかんないふりをしてるのかもよ」
「貴方はそんなことしません」
 きっぱり言い切った兄に、ランドリードは虚を衝かれたように固まって、それから、はあ…と軽くため息を吐いた。
「アル兄ってさ、ずるいよね」
 そうして前方に見えてきた図書室の扉へとぱたぱた駆けていく。
 一人取り残されたアルフェイクは、変わらぬ調子で歩を進めながら眉を寄せた。自分が狡猾であるというのはある程度自覚しているところではあるが、今それを言われる意味がわからない。
「…ずるくて結構」
 負け惜しみのように小声で漏らした。

 そのずるさが、今から弟を苦しめるのだと、それくらいは理解していたから。

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]