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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「お会いできて嬉しいです、アーシャさん! 私、ユリティアです。あ、ユリティアって呼んでくださいね! 敬語もどうぞ無くしてくださって結構ですから」
 一気に捲くし立てるユリティアの言葉に、へ、と間の抜けた反応しかできない。初っ端から無茶を言うお姫様だ。どうしたものかと黙り込んでいると、後方からくすくすと笑う声がした。
「駄目ですよ、姫様。アーシャ様が困っておいでです。ほら、手を離してくださいな」
 どうやら助け舟のようだ。ホッと胸を撫で下ろす。やっぱりそういうのは良くない。いや自分だって先程キントゥに「様付けだめ!」と強要したわけだけれども、やっぱりそれは元が庶民だからであって、本当に身分の高い人がそうそう簡単にそういうことを言ってはいけないのだ。
「それにほら、そんなに必死に頼まなくたって、姫様のほんのささやかな希望くらい、ささっと叶えてくださいますよ」
 訂正。全然助け舟じゃなかった。“ほんのささやか”って、いったい何を基準に言っているのだろう。それに、そういう言い方されたら断るに断れなくなる。
「そ、そうですよねソフィーネ。ごめんなさい、アーシャさん。私ったら、アーシャさんに会えたことが嬉しくて、つい…」
「う………」
 手からぬくもりが消え、嬉しそうな顔から一変、申し訳なさそうな顔でこちらを窺っているユリティアの姿に、ますます逃げ場をなくした。
 ここまでくると、先の発言は、助け舟などではなく、端(はな)からこれを狙いとしたものだったのではないかという気になってくる。
 ユリティアが離れたことにより、再び部屋を見渡せるようになる。先程の声の主は…と顔を別に向けると、ユリティアが座っていた場所とは反対側に、女性が立っていた。ドアを開けた瞬間にユリティアの姿に目を奪われたのでそちらにしか目を向けていなかったが、こちらの女性もユリティアとはまた違った美貌を備えている。
 すらりとした美人だ。赤みのかかった茶色の髪が、後ろで綺麗に纏められ、余った部分がそのまま肩甲骨あたりまで垂らしてある。おそらく解けばユリティアと同じくらいの長さなのだろう。切れ長な目が、知的さと隙のを無さを醸している。
 どこぞの令嬢といわれても納得してしまうほどの美貌には、控えめな侍女服は少々不釣合いだった。
 というか。
 侍女なのか。
 多少の驚きをもって彼女をまじまじと眺める。おそらくユリティア付きの侍女なのであろう彼女は、ふう、と物憂げなため息を吐いた。
「だからって、初対面の相手の手を握るのは………まあ、気持ちはわかりますけど。むしろ抱きつきたくなっちゃう。アーシャ様、抱き心地が良さそうですもの」
「へっ?」
 なに。抱きつきたくなる…? 抱き心地が良さそう? アーシャが少しの間を置いてその言葉を理解したのと同時に、後ろのドアがばたんっ、と大きな音を立てて閉まった。
「そ、ソフィーネ! ななななにを言ってるんですか貴女は!」
「あら、キントゥじゃないの。相変わらずちまこくって可愛らしいわ。どもり具合も最高。満点よ」
 嫌味かと一瞬考えたが、どうも本当に微笑ましそうにキントゥを見やる表情に、そういったものは一切見受けられない。ということは本音だろうか。たしかに、小動物よろしくがるがるとソフィーネというらしい女性に向かっている姿は、可愛らしいといえるけれど。…でもそれを本人に言ったら駄目だろう。
「だけどやっぱり一番は姫様ね。可愛らしくて可愛らしくて…ええ、本当にもう。これ以上は無いわ!」
 一人納得したようにうんうんと頷いているその姿に、先程までの知的な雰囲気は完全になりを潜めてしまっている。うふふ、とそれでも上品に笑う彼女を見、本当に主であるユリティアのことが好きなんだなあ、と思う。とても幸せそうだから。
「ね? 姫様!」
 しかし、本人にその同意を求めるのはどうなのだろうか。
「え? あ、はい、そうですね! さすがソフィーネですね!」
 こっちはこっちで、話を聞いてなさそうだ。そういえば、彼女とキントゥが話している間中、ずっと熱い視線が自分に向いていたような気もする。でも確かに、きゅうっと目を瞑りながら、力強く言う姿は、やっぱり可愛い。ソフィーネが騒ぐだけのことはあった。
「ほら、可愛いでしょう?」
 ソフィーネがキントゥに対して、えへんと胸を張った。
「う…た、たしかにユリティア様はお綺麗でいらっしゃいますが…で、でもでも! アーシャ様だってとてもお綺麗で…強くてすごいんですから!」
「まあ、それは否定しないけど。柔らかそうだし」
 途端、アーシャは赤面した。なんでそういう方向に持っていかれているのだろう。綺麗だとか柔らかそうだとか…今まで全く無縁だった言葉が自分の前で飛び交っている。どうせなら自分がいないところでやって欲しい。いや、それもそれでかなり恥ずかしいけれど。―――強くて、という部分を否定しなかったのは、あれだ。単純に嬉しかったからだ。最近は、自分の力不足に嘆くことも多かっただけに、そんな言葉がひどく嬉しく感じてしまう。
 不意にソフィーネの視線がアーシャに向いた。自分のことが話題にのぼっていたから、こちらを見てしまうのは、ある意味で当然のことだと言えたが、そんなことはその時のアーシャには考えられなくて、本当に不意だと思ったのだ。
 しまった、と思った時にはもう遅い。
「あら、アーシャ様お顔が真っ赤だわ。可愛い」
 ソフィーネがそう口にした瞬間に、「えっ?」と他二名が異常なまでの反応を示す。
「ななななんで? どうしてですか? やっぱり私が不甲斐ないばかりに…!? ああぁぁっ、どうしようどうしよう、私はいったいどうしたらっ?」
「キントゥ、アナタ本当に考える方向が後ろ向きよね。可愛いから許しちゃうけど」
「も、もしかして熱があるんですか、アーシャさん!」
「そうじゃないと思いますわよ、姫様。そんな勘違いも可愛いですけど」
 いちいち代わりに彼女たちの発言に突っ込んでくれる――多少彼女独特の見解・発言が含まれていることに関しては目を瞑る――ことをありがたく思いつつ、アーシャは自身を落ち着かせるために一度息を吐いた。
 そういえば、と。
「自己紹介がまだでしたわね」
 ソフィーネが気を利かしてくれたのか、話題を逸らしてくれた。元はと言えば、この人の発言が引き起こした状況だと思うのだが、仮に顔が赤いところを見られたのが他の二人だったとしても、大して変わらない――あるいはもっとひどくなっていると予想されるので、この場合は素直に感謝しても良いのだろう。
「こちらはツォルヴェインの第三王女であらせられるユリティア・ヴェイン・シャイン様でございます。見た目どおり、中身もとても愛らしい方でして………それについてはまた今度語らせていただくことにして」
 途中で言葉が切れたのは、おそらくキントゥがギッと彼女を睨み付けたからだろう。
「アタシは姫様に仕えさせていただいているソフィーネと申します。無理に憶えていただく必要はありませんが、憶えていただけるととても嬉しく思いますわ」
 にこりと笑う。ユリティアのように花が咲くような穏やかな笑顔ではない。どこかピンと張った笑顔だ。けれどそれが人の目を惹く。
「あ、よろしくおねがいしま…――う」
 ひくり、と頬が引き攣る。なにかとてつもなく悲しげに潤んだ瞳で、ユリティアが自分を見ていた。まるで子犬みたいだ。
 何を求められているのか…なんとなくは、わかる。だがしかし。
 アーシャは助けを求めるべく、キントゥと、それからソフィーネの方に目をやり、
「あらいけない、大事なことを申し上げ忘れておりましたわ」
 わざとらしく、ソフィーネが口元に手をやる。
「アタシ、基本的な優先順位は姫様なんですのよ。しきたりだとか礼儀作法だとか、そんなものは二の次なんです。それで睨まれても気にしないですし、もしそれで万が一姫様を嘲るような馬鹿が現れたとしても………黙らせれば、万事問題はありませんもの。ふふっ」
「だ、だまら…せる」
 どうやって。などと訊くのは無粋なことだろう。というか、怖くて訊けない。
 大体が、姫の侍女ともあろうものが、これでいいのか。普通、最低限の礼儀作法は―――ありそうだな。でも、こういうのは、…良いのだろうか。見れば、良いんですよ、とでも言いそうな顔で件(くだん)の侍女は笑っている。ユリティアは未だにうるうるしてる。
 ならばキントゥは、と彼女を見れば、そこに先程まであったはずの彼女の姿は無かった。顔を戻せば、ソフィーネがキントゥを後ろから抱き込んで、手で口を抑えている。じたばたと暴れているキントゥの動きなど、まるで無いかのように、普通に捕えている。どんだけ早業なんだ。
 ふと考える。ユリティアに護衛は必要なのかと。この侍女一人で、彼女に害をなす者などは殲滅してしまいそうな勢いだ。肝心の姫様自身はぽやぽやとしているので、いっそうその発言と行動が際立つ。
「どうぞアーシャ様、言葉の続きを」
 素敵な笑顔で言ってのけるソフィーネに、ああこれは逃げられないな、と悟った。
 逡巡。次には、まあいいか、という適当なものに取って代わった。苦笑が漏れる。
 ここでも誰かと仲良くしたいとは思う気持ちは、本物だ。
「よろしくね、ユリティア、ソフィーネ。…あと、改めてキントゥも。よろしく」
 もっと出にくいかと思っていた言葉たちは、案外易々と口から出てきた。これも彼のお陰だろうか、と某王子の姿を思い浮かべる。あれで耐性が少しはついたのかもしれない。しれない、というか、おそらくそうだろう。
 ―――彼は今、何をしているだろうか。
 そんなことを少し考えた。

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