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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 今からではどの道所定の時刻には間に合わない。ドレスも破れた状態では、流石に姫様の前には出せないし、なにより怪我の応急処置はたとえ後で魔法によって治してもらう――どうやらそういう魔法もあるらしい。とはいっても病気などに関してはまったく効かず、らしいが――にしても、早めに行(おこな)った方が良い。
 そういうわけだから、姫様には数十分ほど遅れると他の者に連絡を頼んでおいて、自分たちはひとまずそのまま部屋に戻り、用意云々をしましょう。
 彼女の言った、“というわけで部屋に戻る”というのは、つまりはこういうことだったらしい。
 真新しいドレスに袖を通しながら、アーシャは一人、なるほどね、と呟いた。今度の物は、動き易さを重視した、非常にシンプルなものだ。もしかしたら、自分専用に新たに購入したのかもしれない。なにせ向こうはおそらく、ここまで破ったり汚したりするとは思わなかっただろうから。どちらにせよ、申し訳ない思いが立つ。
 濡れた髪を二、三人掛かりで拭かれている。というのは、暴れまわったせいで汗もかいたので、どうせなら湯で身体を流そうということになったからであるのだが。
(一人でできるのにな…)
 幼少時に遡った気分だ。…いや、たとえ幼少の頃といえども、ここまでなんでもかんでも世話をされたことは無かったように思う。
 ともあれ、自分よりよっぽどか手際が良いのは確かだ。おかげで、結構慌しかったものの、ものの数十分で用意は完了した。
 キントゥが満足そうな顔で頷いている。あれがいいこれがいいと服を選びながら、周りのメイドたちに指示を出していたところを見ると、どうやらあまり身分の低い感じでもないように見受けられる。自分との会話の節々に見られた妙などもりがなければ、なんて完璧な女性なのだろうかと思ったことだろう。それでも十分、尊敬するに値するが。
 そうこうしているうちに、髪が結われる。ぎょっとしたが、どうやら簡単なもののようで、これなら自分でも解けそうだった。助かった。練習でぼろぼろになったのは、ある意味自分にとって幸運だったのかもしれない。
「それじゃあ皆さん、あとはよろしいですよ。ありがとうございました」
 キントゥがにこりと笑って言えば、メイドさんが優美なお辞儀をしたのに、次々と退室していく。
「三ノ間へは、私がご案内いたしますね」
 落ち着いた様子の彼女に、ありがとう、とても助かる、と礼を述べれば、途端に表情が一変した。真っ赤になる。
「いいいいえ、そんなっ、そんな! ああありがとうだなんて! そんな! 元はといえば私の不手際が原因なのです。もっと早くにお迎えに上がらなかったから! ですから、あの、お褒めいただけるなんて…あのあの」
 …………。
 なんだかなあ、と少し疲れた気分になった自分を、いったい誰が責められるだろう。

 そして。
(とうとう、来てしまった…!)
 ごくり、と生唾を飲み込む。
 どうしよう。初対面で、しかも遅刻して…印象は悪いだろう。間違いなく。
「ど、どうかなさいましたか?」
 後ろに控えていたキントゥが不安げに訊ねる。その言葉に、なんでもないよ、と返した。嘘だ。本当は結構なんでもあったりする。けれどここで止まっていても仕方がないことは確かなのだった。
 ふーっ、と息を吐いて、
「あっ!」
 落ち着こうとしたところに、これだ。アーシャは思わずがくりと肩を落とした。が、そんなことは知らないとばかりにキントゥが前に飛び出す。
「ももも申し訳ございませんアーシャ様! 私が開けるべきですよねドアくらい!」
 混乱状態にあるのか、敬称が“様”に戻っている。あれだけ言ったのに。やはり育ちが良いのだろう。彼女にとってアーシャは紛れも無く“主”であり、敬う対象である。幼少より教え込まれた癖は抜けない。
 だが、それとは別に、何か問題があると思うのは気のせいか。
「いや、あの、ドアくらいあたし自分で開けれ、」
「気が利かなくてすみませんんんっ!!」
 キントゥがアーシャの言葉を大きく遮り、叫んだ。普通に喋るよりも、叫んでいる回数の方が多いように感じるのも、気のせいだろうか。
 それから重そうなドアを、う~ん、と唸りながら手前に引っ張る。自然、彼女の身体はドアに隠れ、アーシャと部屋の内部とを仕切るものは無くなった。
 その奥に見えたのは、優雅に紅茶を啜るお姫様。…そう、まさしくお姫様だ。絵に描いたような。絵本の世界からそのまま飛び出してきたような。そんな感じの。白くきめ細かい肌。金糸のような髪が腰あたりまで伸び、彼女が動くたびに、さらりと揺れる。ティーカップを持つ指も、その体躯も、折れてしまいそうなまでに細く、全体的に繊細なイメージを与える。
 可愛らしい部屋の内装も。窓から見える緑も。まるで全てが彼女のためにあるかのようだった。この光景自体が、一つの絵画のような。それだってきっと、彼女がいなければ成り立たないだろう。
 アーシャはその美しさに息を呑んだ。
 この身代わりなんて、できるわけないじゃないか。髪の色とか、目の色とか、そういう問題を除いたとしても、無理だ。
「―――あら、ドアが開いているわ」
 どうしてかしら、と続く惚(とぼ)けた声。
 先の反動だろうか。可愛らしいが、それよりもぽやんとした印象を強く抱かせるその声に、がくりと肩を落としてしまったのは。さっきと今とで二回目だ。
 それでもなんとか気を取り直し、軽く礼をする。
「は、はじめまして、ユリティア様。あた…私は、アーシャと申します。今日は遅れてしまって申し訳ありませんでした」
 青紫の透き通った大きな瞳が、きょとりとアーシャに向けられた。次の瞬間、ぱあっ、と輝く。瞳だけではない、顔全体、表情全部で表現している。
 立ち上がるとぱたぱたと小走りで、アーシャの元に駆け寄ってくる。そうしてアーシャの前ぎりぎりで止まると、アーシャの両手を胸の前に持っていき、自身の両手でぎゅうっと握り締めた。力は弱いので痛みはないが。そのままきらきらした目でアーシャを見る。ほとんど背は変わらない――いや、ほんの少しだけアーシャの方が高いか――ので、目線が同じだ。異様なまでの近さに驚き、反射的に身を引いた。

 そうして先の状況に至るわけである。

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