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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 ごくり、と息を呑んだ。今度こそ、幽霊―――?
 頭の中で必死に幽霊の対処法を考える。塩、なんてそうそう都合よく持ってる代物じゃない。十字架、にんにく……だめだ。これもない。っていうかこれは幽霊じゃなくて吸血鬼で。だからつまり他にはえっと―――――とりあえず叩き伏せちゃえば良いんだろうか。あ、これも無理だ。剣持ってない。家宝なるものはクレイスラティに渡してしまったし。つまりは素手でなんとかしろとそういうことなんだろうか。…なんとか、なるものなのか? 幽霊に? 素手で? それって、効くの? 効果あるの?
「でも足があるってことは殴れば倒れるはずで…」
 あれ、違う? 足あっても無理? というか幽霊ってちゃんと足あるのか。
「ま、待て。アーシャ、落ち着け。とりあえず、落ち着け。幽霊じゃない。いやここらで目撃される“幽霊”は確かにアレなんだが―――」
「やっぱり幽霊なんですか!? おおおおおしお! エイン、塩です! 塩持ってませんか!? この際砂糖でも良いので!?」
 エインレールの言葉で、混乱が絶頂に達した。と同時に、頭はフル回転で考える。“目撃される幽霊”って、認識されてるの? この城では、そういうもの―――つまり、幽霊が、いることが、普通になっている? 嫌だそんなところに住みたくない今すぐ帰りたい家に帰りたいむしろ帰らせてくださいお願いします…!
「いやだから落ち着いて最後まで人の話を聞け!」
「砂糖かぁ…。良いですねぇ。砂糖。疲れた時には、やっぱり甘いものが良いなぁ。マティアさんもそう思いませんか~?」
「お前…この状況で、出てくるのがソレか」
「幽霊がしゃべっ………―――――あの、幽霊って喋るんですか?」
 がくん、と“幽霊”の首が曲がった。にへら、とそこに笑みが浮かぶ。非常に不気味だ。
「さあ~? どうでしょうね? 見たことないから、わからないですねぇ」
 一度ぜひ見てみたいものですよねぇ、と言葉を続ける“幽霊”。
(えーーーと……)
 もしかして、と元々青ざめていたアーシャの顔が、今度は別の意味で、血の気を失った。
「ゆ、幽霊じゃ…ないん、ですか?」
 妙な問い掛けだ。エインレールが呆れを混じらせた視線を彼女に寄こしたが、それよりも“幽霊”の返答の方が重要だった。
 きょとん、とその顔に似合わぬ表情を浮かべた“幽霊”は、はてと首を曲げた。がくん、と。…冷静になってから、考えてみる。もしかしてアレは、彼にとっては“傾げた”と同義なのだろうかと。
 しかしアーシャのその疑問は、次に発せられた彼の言葉で、隅へと追いやられたの。
「どう…なんでしょうねぇ~?」
「え゛」
 どうだと思いますか、と逆に問い掛けてくる“幽霊”に、アーシャは顔を引き攣らせた。再び混乱し始めた頭が答えを導き出すよりも早く、口が勝手に思っていることを吐き出す。
「ええとその、できれば違うと良いなあなんて思ってみたりするんですけれども」
「あ~、うん。僕もそう思いますよぉ。気が合うねぇ」
「“気が合うねぇ”、じゃないだろう」
 “幽霊”の頭を、金髪の女性がぺしんと叩いた。かなり控えめだ。だというのに、彼の身体はまるでそれがひどく強い衝撃であったかのように、ぐらりと傾いた。寸でのところで地面に衝突することを回避する。その動作もとても緩慢だ。
「お前な、しっかり否定しろ」
「えぇ~? でも、皆さん僕のこと“幽霊”と呼びますし。それにほら、もしかしたら僕、知らない間に死んじゃっていて、本当に幽霊になっちゃっているのかもしれませんから~」
 へらへら笑いながら、けれどその言葉は本気で口にされているようだった。冗談、らしくないのだ。―――だとすると、そんなことを本気で言うこの男も、大概頭がおかしい。ある意味で、本物の幽霊よりも厄介かもしれない。少なくとも正常な頭の持ち主でないことは確かだ。しかしそこまで頭が回っていないアーシャは、ただただ唖然とした様子で、目の前のやり取りを眺めていた。
(……とりあえず)
 ふう、と自分を落ち着かせるために息を吐いて、結論を出す。
(あの人は幽霊ってわけじゃないってことだよ、ね)
 それなら安心だ。ひとまずは。
「滅多なことを言うな。ほんとにありそうで怖い」
 眉を寄せた女性は、彼の顔に一瞥をくれてから、きっぱりと言い切った。ああ、でも、確かにそうかもしれない。アーシャも改めて彼の顔を見て思う。今にも倒れそうな顔をしている。
「あはは~、そうですよねぇ、マティアさん」
「だからどうしてお前はそこで肯定するんだ…」
 ん、とアーシャは首を傾げた。
「“マティア”…?」
「ん?」
 女性が金色の髪を揺らしながら、アーシャの方に顔を向けた。反応が返ってきた、ということは、この人が? アーシャは目をぱちくりとさせて、エインレールを見上げた。その視線を受け止めたエインレールが、そういやまだ紹介してなかったな、と呟いてから、
「この人がマティア。マティア・ライムレイスだ。王宮一の魔法使い。後ろにいるのは、ヒューガナイト・ハーサク。こっちも魔法使いだよ。―――マティア、ヒューガ、彼女がアーシャだ」
「ああ、噂の」
 ぽんと手を打った女性――マティアの言葉に、いったいどんな噂なのだろうか、と不安を感じずにはいられなかった。
 なんとなく、あまり良い噂ではない気がする。というよりも、ここに来てから良いことなんてしただろうか。お姫様の身代わりになったことは、あるいは王宮にとっての“良いこと”なのかもしれないが、しかしそれはあくまでも受動的――というか強制的、なものであって、確かに悪いことではないのだろうが、良いことと判断するような内容でもない。
 困り顔のアーシャに対面する形で立つヒューガナイトもまた、その首をがくんと曲げて、「噂の…?」と不思議そうに呟いた。
 どうやら彼も知らないらしい。アーシャは幾分かほっとした。この場に、自分と同じで事情を知らない者がいるということに対して。…まあ、彼女(当事者)と彼では、立場の違うというものがあるが。

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