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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 そんなことがあったのが、数日前………より正確に言うなら、ちょうど二週間前だ。
 それらのことを話し終えたセィランは、目の前に座る女性へと目を向けた。
 穏やかな瞳。優しげな口元。整った顔立ちは、けれど標準よりも少しだけふっくらとしている。そこがまた、彼女の穏やかそうな印象をより一層相手に与えていた。事実、彼女は大抵のことに対しては、穏やかに接する。しかしそれだけでないことを、セィランはよく知っていた。
 というより彼は、彼女ほど強(したた)かな女性を知らない。なにせ彼女は、自分が好きな人の下に行くために、彼女自身さえも完璧に利用してみせたのだから。
 彼女とは昔から交流のあったセィランは、ふとしたことで彼女の隠す“裏”を知ってしまい、それからは彼女の好きな人についてずっと話を聞いてきた。聞かされてきた、といっても間違いではない。そのためこうして話をしにわざわざ出向くことについて、誰も――少なくとも近しい人物ならば、誰も気にしない。
 彼女がめでたく――おそらく、めでたく――その好きな人と結婚した後も、それは変わらなかった。せっかく一緒になれたのに、誤解されでもしたら大変だと言ったのだが、それを気にする人ではないから、と半ば押し切られる形でこうして度々茶会に付き合っている。その説得に、たしかにな、と納得もしてしまった。表はどうあれ、裏はかなりの策略家だ。その人物が選んだ者なのだ。普通であるはずがない。
 それに正直、彼女との茶会は、気の休まるものだ。
 流石に出産が間近になった時には、それもなくなったが、その後また落ち着きだしてからは、前と同じように集まり、話をしている。
 尤も、それもまた、暫くの間は中止になりそうだが。と、セィランは彼女の膨らんだ腹へと目を向ける。そこには小さな命が息づいていた。
 話の中身は、どうでもいいようなことがほとんどだった。そうでなくても、世情についての意見の交換、くらいだろう。
 しかし今回は少しばかりわけが違う。こういうことを相談できそうな相手、と考えた時に、セィランには彼女くらいしかいなかったのである。他の輩は、自分を茶化すに決まっているから。
 彼女はこくり、と手にしていた紅茶を一口飲み、それを優雅な動作で机に置くと、にこりと笑った。
「それは恋ですわね」
 その答えに、一瞬詰まったが、気を取り直し、声を掛ける。
「ええと、あの………フィラティアス様?」
「あら、昔のように、フィラでよろしいのに」
「いえ、ですが―――と。そうでは、なくて!」
 片手を頬に当て、首を傾げるフィラティアス・シャイン・ナティアに、セィランは慌てて、言葉を続ける。
「だから、その、こ――恋? って、その、だから…ええと」
「あらあら。わたくしの知っている貴方は、もっとはっきりと物を言える性格だったと記憶しているのですけれど」
「う…」
 自分だってわからない。なんでここまで動揺しているのか、なんて。
 そう言いたいが、言えなかった。何故か。しかし、フィラティアスはそれまでお見通しだったのだろう。
「簡単なことですよ」
 優しげな声色で、続ける。
「貴方はそのパーティーで、自分の隣に誰がいて欲しいのですか?」
 難しく考えることではない。立場も、何もかも、ひとまず違う場所において。
 考えてみて。
 優しく、諭すように言われて、セィランは視線を自分の手元の紅茶へと向けた。
 静かに、目を閉じる。
「……………」
 かなりの間、じっとそうしていた。そのまま想いを口に出す。
「わかりません」
 瞬間、目の前に座るフィラティアスが纏う空気が、一気に温度を失った気がした。それに気付いたセィランが顔を引き攣らせて、慌てて言葉を続ける。
「べ、別に他意は無いんです! 貴女を謀ろうとかからかおうとか馬鹿にしようとか、そんなことは一切! ただその、本当にわからなくて…!」
 必死の――必死すぎるとさえいえるその言い訳に、フィラティアスは、はあ…、とため息を零した。この女性にしては珍しい、かなり感情の篭った、心からのため息である。
「貴方は何故、あぁあからさまに寄ってくる方々の相手は難なくできるのに、いざという時にそんなに頼りないのです」
 そんなことを言われても、とセィランは身を縮ませた。そもそもこれは、いざという時、にあたるのだろうか。それすらもわからない。
「でも、まあそうですわね。なんとなくそうなのではないかという気もしておりましたわ」
「…というと?」
「色恋沙汰に滅法弱い。―――それ以外に、何かおあり?」
 いろこいざた、と口の中で反芻して、その意味を理解すると、顔を赤らめた。
「わ、私は別にっ! そもそもこれは色とか恋とかそういうのではなく、」
「無いとおっしゃるの? だから駄目なのですわ」
 言葉の中に、普段はない棘が隠れているような気がするのは、果たして自分の思い違いだろうか。セィランは唸った。
 その様子に何を思ったのか、フィラティアスはもう一度ため息を吐くと、呆れきったという目を彼に向けた。
「それとも一度、存分にお悩みになった方がよろしいのかしら。そのまま相手の方にお会いになるのはどう? 少しは自分の気持ちというものもおわかりになるかもしれませんわよ」
 かなりの荒療治になるだろうが、それでもこのまま悩ませておくよりかはずっとマシかもしれない。そう思っての言葉だった。
 というか、放っておけば、セィランと彼女は、彼の一方的な悩みごとの所為で、疎遠になるような気がしたのだ。裏からの“噂”によると、どうやら彼女自身は彼のことを特別どうこう思っているようではないので、「来なくなった」と思う程度で終了してしまいそうだが。あるいは、少しは「寂しい」と思うだろうか?
 どちらにせよ、その結末はセィランにとってあまりに可哀相すぎる。なんだかんだいって、フィラティアスにとってセィランはよき話し相手であり、大切な友人なのだ。弟のような存在でもある。いかにその鈍感さに呆れようとも、なら勝手になさい、と言えるほど、彼女は薄情にはなれなかったのである。
 そのようなフィラティアスの想いを知ってか知らずか、セィランは「会いに行く…?」と呟いたきり、黙り込んだ。
 わかってはいるのだ。自分が空回りをしていることくらいは。流石に。
 おそらく彼女は自分がこうも悩んでいることなど露ほども知らないに違いない。ましてあちらも同じように悩んでいるなど、ありえない。
 今のこの状況――パーティーのパートナーで世間を騒がせているこの状況のことだって、(たとえ本人が忘れていたとしても)あれだけ広まっているのだ、彼女の耳にも入っているだろう。にもかかわらず、話をしに来たと言うセィランを出迎える彼女の顔には、それらを気にする素振りは全くなかったのである。
 巧妙に隠していた? 他の者ならまだしも、彼女だと考えられない。隠す意味がないのだ。全く気にしていなかった、という可能性の方が高い。確実に。
「会いに、行ってみるのも……確かに、手かもしれません」
 こちらが挙動不審でも、彼女は気にしないだろう。せいぜい不思議そうに首を傾げる程度だと、言い切れる。
 なら、良いじゃないか。
 半ば以上やけくそで、そんなことを考える。
 セィランの瞳を過ぎったそんな感情を見つけたフィラティアスは、「あら…」と目を瞬かせた。これは予想外の反応だった。彼が自暴気味になることなど、彼と初対面を果たした際に思わず、「とても小さくて、お人形さんみたいで可愛らしいわ」と零してしまったあの時以来、見たことがなかった。
 相手には聞こえないほどの小さな声で、しみじみと呟く。
「あの時は思ったことをそのまま口に出せたけれど…やっぱり歳を重ねると、そう素直にはなれないものね」
 昔の幼い自分ならともかく、今のフィラティアスには、そんな“弟”の姿が可愛らしく思えたなんて、本人を前にして言うことはできそうもないから。
 きっとそれと同じようなことなのね。フィラティアスは微笑みを浮かべる。
 それから、ぶつぶつと言っているセィランを尻目に、紅茶を口をつけた。

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