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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「なんだって前に見た時よりも物が増えてるんだ…。―――つか、これはなんだムトリ=ルー。お前こんなのいつ創った」
「あれ、なんでキミそれがボクの自作だってわかるんだい?」
「こんな悪趣味なもん作るのなんてお前ぐらいだろうが!」
 レイ=ゼンは眉根を寄せ、どっしりとした重量感とねっとりとした粘着性のある不気味な、よく見れば何かの動物に見えないこともないソレを見た。とりあえず触る気にはなれない。床が汚れていないだけマシだと思うべきか否か、少し真剣に悩んだ。
「ああそれ。確かにちょっと失敗したなと思ったんだ。流石にイル=ベルに捨てさせに行くのも可哀相だったから、なんとかここまで運んだんだけど」
「それなら自分で捨てに行けばいいだろうが」
 イル=ベルに捨てに行くのを頼まない、という選択肢が消えただけで、何故物置部屋に運ぶという結果になるのか。レイ=ゼンとしてはそっちの方が納得できない。自分が創ったものならば、せめて自分の手できちんと処理して欲しかった。―――尤も彼が元来そんな殊勝な性格であったなら、そもそもレイ=ゼンだけが仕事に追われるような現状にはなっていなかったのだろうが。
 どうするんだよこれ、とレイ=ゼンはますます眉を寄せた。物置部屋なんてどうせ使っていないから、掃除するだけで終わるだろうと油断していたのがいけなかった。こんなことならば、定期的に見回っておくべきだったと今更ながら後悔する。見渡せば、あきらかに問題があると主張しているものがちらほらと見受けられた。視界に入る範囲だけでそうなのだ。見えないところには何が隠されていることやら。
 はあ、とため息を吐くと、隣からくすくす笑いが聞こえてきた。絶対愉しんでる。
 やはりイル=ベルをここに来させないのは正解だったなと思う。だって彼女がこれを見たら、卒倒しそうだ。そう思いながら、ふと頭に浮かぶのはどうにも泣き出しそうな彼女の姿だ。
 ………本当に。
 なんだというのか。
 くそっ、と小さく悪態を吐く。吐きながら、コレらの創作者へと目を向けた。
「おい」
「ん?」
「ここのは全部“消す”からな。それに異存は無いよな?」
 たとえあると言っても、却下して強行的に進めるが。とりあえず訊いた、という感じを隠すことなく表に出しながらの質問に、ムトリ=ルーはけれど笑ってみせた。
「で? だからここは自分だけで事足りるから、ボクにイル=ベルの様子を見て来いって?」
「そんなことは言ってない!」
「あれ? 違うの? じゃあイル=ベルは放っておく?」
 それがいつもの調子で何の気負いもなく告げられ―――いや違う。いつもの調子ではなかった。だって彼はイル=ベルには甘い―――、ここで肯定すれば彼が本当にイル=ベルを放っておくのではないかと思ったら、思わずぐっと言葉に詰まってしまい、しまったと思った時には遅かった。
 ムトリ=ルーは、くすくすと、いつもに増してこちらを揶揄するように笑った。あるいはそれはレイ=ゼンの思い込みだったかもしれないが、少なくともそこに自分をからかう意味合いがあったことは確かだろう。
「心配性」
「煩い」
「不器用だよねぇ」
「黙れ」
「ああ、違うか。単に馬鹿なだけ?」
「黙れって言ってるだろ」
 ギッと睨みつければ、「おぉ怖い」とムトリ=ルーが身体を奮わせた。怖いと言う割には、とてつもなく愉快そうな顔だ。いや、愉快“そうな”ではない。間違いなく、絶対に、面白がっている。それについ乗ってしまった自分を情けなく思いながらも、ふいと顔を背けた。
「つか、馬鹿なのは俺じゃなくてあいつだろ。どうせ失敗するんだから、それなら何もしなけりゃ良いんだ。それなのに毎回毎回仕事をしたいって。で、やっぱり失敗して泣くし。だから止めろって言ったのに。しかも本人、失敗することわかってるんだ。わかってるのにやるんだ。ほんと馬鹿だろあいつ」
 失敗するたびに傷ついて、泣いて――――それならやらなければ良いのに。少しも学習していない。辛い想いを抱えるのは自分なのに……それを見ることになるこっちの気持ちも、少しは考えて欲しい。
「大体お前もお前だ。なんであいつに仕事を任せる」
「だって本人が何かしたいって言ってたしさ」
「ふざけるな」
「ふざけてなんかないよ」
 いつものような、飄々とした感じが無かった。違和感を覚えてまた彼の顔を見れば、思いがけず真摯な双眸を自分に向けている彼の姿。驚きで思わず言葉を失えば、ふざけてなんかない、ともう一度、今度はぽつりと、呟くように言われた。
「キミ、さ。知ってる? 手伝うって言って断られた時、彼女がどんなに悲しそうな顔をするのか。何かを任された時、彼女がどんなに嬉しそうな顔をするのか」
 知っているかという問い掛けは、知らないはずはない、知らないとは言わせない、と言われているような気がして。
「―――知ってるに、決まってんだろ」
 握り拳を固める。
 問われるまでもない。知っている。知っているに、決まっている。だって、ずっと見てきたんだ。彼女にそんな悲しい顔をさせたのは、自分だ。
 それでも良かった。彼女の傷ついた顔を見るくらいなら、それでも良かった。
 そっと髪を撫でられる、感触。
「なっ…」
 にするんだ、という言葉は、優しい眼差しに遮られた。―――そんな彼を見るのは、いつ振りだろうと考える。偶にイル=ベルに与えられるソレは、そうそう滅多にレイ=ゼンに与えられることはない。
 ムトリ=ルーは優しい。と、イル=ベルは何度も言う。否定しながら、そうだよと心の中でいつも肯定していた。
「ほんっと、不器用だね~。キミって子は」
 彼の眼差しに、もう優しさは無い。ただただこちらを揶揄するようなソレが、見受けられるだけだった。けれど見間違いではなかったと、自信を持って言える。
「さて、と」
 髪から温かさが離れていく。
「それじゃあさっさとここを片付けようか。イル=ベルも待ってるだろうし」
「………ああ。なるべく早く片付ける」
 嘘だ。そんな気は無い。今彼女に会いたくはなかったから。顔を逸らしながらそう返せば、「何言ってるの」と小馬鹿にしたような声が掛けられる。怪訝な面持ちで見れば、くすくすとムトリ=ルーは笑う。
「キミも行くの」
「お前一人で十分だろう」
「駄目だよ」
 くすくす。くすくす。それはいつもと同じ。はずなのに。
「“二人”じゃあ、“一人”足りない」
 一瞬揺れた瞳を隠すように、レイ=ゼンは「だけどここの掃除は、お前が俺に頼んだんだろう」と言った。
「ああ、それ、もういいよ」
 あっけらかんと返したムトリ=ルーに、は? と間の抜けた声が出る。もういい? って、何が、どうして?
 困惑を隠せないレイ=ゼンを無視して、ムトリ=ルーがぱちんと指を鳴らす。瞬間、それまでそこに確かに存在していた彼の創作物が消えてなくなった。
 ………“消える”? とすると、消えた後はどうなるんだ。だってアレ、確か上に彼の創作物とは違う物が―――
 レイ=ゼンが嫌な予感に口元を袖で覆ったのと、周囲からどぉぉぉおん…という音とともに地面が揺れたのは同時だった。長い間掃除をしていなかったために積もりに積もった埃が舞い上がるのを見、急いで窓を開け放つ。
「ほら、片付いただろう」
 あはは、と笑うムトリ=ルーを、レイ=ゼンは低い低い唸り声を上げると共に、これ以上ないというほどに冷たく睨み付ける。
「そんなに怖い顔しないでよ」
「………したくもなる」
 何を考えてるんだ。こうなることくらい、簡単に想像が付くだろうに。“消す”んだったら“消す”と、まず先に断っておいて欲しい。というか、最初からそうして“消す”つもりだったんなら、手伝いなんて不要じゃないか。
 色々な言葉が頭を駆け回り、けれどレイ=ゼンが何かを言う前に、ムトリ=ルーが話し始めた。
「ってことで、掃除も思いのほか早く終わったから、イル=ベルのところへ行こうか。掃除に回す時間の分が空いたんだから、時間は大丈夫だよね。まさか仕事に戻るとは言わないだろう、し?」
「あれのどこが“掃除”なんだ…」
 ぼそっと呟かれたレイ=ゼンの言葉は、完全に黙殺された。彼はすたすたと、そのまま物置部屋の扉に手を掛ける。
「それじゃあボクは先に行ってるよ。あ、場所は裏庭だから。臆病なキミが逃げずに来れることを願っているよ」
「誰が、逃げるか…!」
 挑戦的に言われた最後の言葉に、思わず怒鳴れば、ムトリ=ルーは「その言葉を忘れないことだね」とくすくすと笑いながら退室した。
 部屋にはレイ=ゼン一人が残される。彼は自分の口を覆っていた手を外すと、じっとそれを眺めた。
「………逃げたり、しない、さ」


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