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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 少女が蹲っていた。遠目にはわからないが、俯いているようだった。何かまた、失敗でもしたのだろうか? ムトリ=ルーは首を傾げた。個人的には、彼女が失敗しようがしまいが、あまり気にはならない。のだが、周りはどうも違うらしい。特に、その本人は。
 先程失敗についてはどうでも良いと言ったが、それは別に彼女自身がどうでも良いというわけではない。むしろ、逆だ。
 自他共に享楽主義者と認めるムトリ=ルーは、けれど同居人に関してだけは、甘いと思っている。それが良いことか悪いことかは、自分ではよく分からないけれど。
 とにかく、彼と彼女が悲しむのは本意ではないのだ。
「――――イル=ベル?」
 彼女に近寄り、話しかければ、彼女はびくりと肩を震わせる。けれど振り向いた時にはにっこりと笑っていた。…とてもぎこちない笑みだ。
「ムトリ=ルー! もう掃除は終わったのですか?」
「ああ、うん。まあね。たぶん、もうすぐレイ=ゼンも来るんじゃないかな」
 レイ=ゼン。その名前が出て、イル=ベルの顔は面白いくらいに曇った。気付かないフリをして進める。
「それで、苗は?」
「あ―――ちゃ、ちゃんと埋めました、よ?」
 おどおどとしているのは、自分が気付かぬ間にまた失敗を犯しているのではないかという不安がある所為だろう。普段の彼女は、もっとずっと晴れやかに笑っている。それに一瞥をくれてから、彼女の横にある苗を見た。
 ――――ムトリ=ルーが彼女に入れ知恵し、彼女が彼のために買った苗。遠く遠くの世界にある、一つの行事に使われる木を模した物だ。
 いつもどじを踏むイル=ベルは、今回はどうやら無事に自分の役目を終えたようだった。大丈夫みたいだね、というと、その顔がぱっと華やぐ。本当に嬉しそうだ。彼女はすぐに感情が表に出る。
「さて、あとは―――」
 彼ははたして、来るだろうか? 来てくれないと困る。
「……レイ=ゼンは本当に来るのでしょうか?」
 不安げに呟かれた言葉に彼女の方を見れば、いつの間にやらまた曇った表情に後戻りしていた。どうしてそんなことを思うんだい、と訊けば、だって、と彼女は言葉を濁した。
 それから、無意識にか、自分が植えた苗を見る。
「あたしは、レイ=ゼンに喜んで欲しかったのですよ。いっつも迷惑を掛けるから。だから……。でも、今日のレイ=ゼンはなんだか怒っていた気がするのです。それはきっと、あたしがレイ=ゼンに黙ってこんなことをしているからです」
 しょぼくれる彼女に、苦笑する。なんだか今日はそういった相談じみたこと(愚痴らしきものも含める)を言われることが多い。自分は元々、そういう役回りではなく、むしろ掻き回す側の人間なのだが……。
 それでも嫌悪感は覚えない。これが同居人以外の誰かだったならば、また話は別だっただろう。あの“二人”だから、大丈夫。
 結局自分は、相当自分本位な生き物なのだ。―――まあ、そんなことは前々からわかっていたことだが。
 悲しそうな彼女を見れば手を貸したくなるし(まあそこに自分の享楽があることも否定できない事実だが)、不器用な彼を見れば背中を押してやりたくもなる(ただし性格上、優しく、なんてのは無理だけど)。
 でもそれは、彼らが言うように、優しさから来るものではない。
 だって自分はただ、“三人”でいたいだけなのだから。出来れば、楽しく。笑いながら。
 それだけなのだから。
「大丈夫だよ。レイ=ゼンがキミのことを実際どう思っているのかはわからないけれど、」
 少しの嘘を混ぜた。本当はわかる。わかるのだけれど、それは自分の口から言うべきものではない。いつか、彼が彼女にそれを伝えるまで、もしくは彼女が彼のソレに気付くまで、言うべきではない。双方の性格を考えるに、それは相当難しいことだろうと思うけれど。気にすることはない。自分たちにはまだ時間はたっぷりとあるのだから。
「―――少なくとも、彼はちゃんとここに来るよ」
 はっきりと言い切ったムトリ=ルーを、イル=ベルがきょとんとした顔で見上げた。本当に来るの?と書かれている。
 くすくすと笑う。
 そうしながら、指で彼女の後方を指し示す。つられて振り返った彼女の視線の先には、ばつの悪そうな顔をしたレイ=ゼンが立っていた。
「レイ=ゼン!」
 イル=ベルが嬉しそうに声を上げた。本当に素直だ。レイ=ゼンは戸惑ったようにそこに突っ立っていたが、しばらくするとこちらに近寄ってきた。それから見覚えのない苗木を見、眉を寄せた。不快そうな、というよりかは、怪訝そうな、というべきか。たぶん一緒に生活している自分たちでなければその違いを見極めるのは難しいであろうが。
 それにしても。
 ―――あの方向から来たってことは。
 逃げようとは、したらしい。一度。だって普通に来れば、自分が通ってきた扉を使い、自分と同じ方向から来るはずなのだから。それなのに反対側から来たということは、つまりそういうことだろう。彼を踏み止まらせたのが何であったのかは知らないが、けれど彼がここに来たことに安堵したのは確かだ。
 本当は少し、疑っていた。彼は来ないのではないかと。
 彼の目が、こちらを向く。ムトリ=ルーが自分がどうしてその方向来たのか理解していることを、わかっているのだろう。だから、すごくばつが悪そう。そんな彼に、にやり、と笑いかけてやる。
「どう、これ、気に入ったかい?」
「これ…って、このやけに光ってる木のことか?」
 追求されないことに少し安堵した様子で、けれどレイ=ゼンは眉を寄せながら、苗を見下ろす。
「そう。イル=ベルがキミのために用意したんだよ」
「む、ムトリ=ルー! なんでそれをっ………ち、違うのですよレイ=ゼン。これはですね、二人で、そう、二人でですね」
 くすくすと笑うムトリ=ルーの隣で、あわあわとイル=ベルが何やら弁解のようなことを口走っている。効果があるのかは怪しいところだが。それよりもレイ=ゼンが彼女の真意に気付いているのかも怪しいところだ。なにせ彼女自身も、自覚していないのだし。
 彼と彼女の間をぐるぐると動いていたレイ=ゼンの視線は、呆れを帯びている。
「―――で、これはなんだ」
「え、えぇと……これは、その、別の世界の行事で使う……く、くりすますつりー? を、模して創ったもの、なのですよ」
「…何に使うんだ、これ」
「さあねぇ。観賞用じゃない?」
 鑑賞? レイ=ゼンが眉を顰めた。理由はわかる。だってこれ、どう考えても苗、だ。しかもちょっと光ってるだけの。まあ確かに、鑑賞以外の用途も思いつかない、が…それにしたって、という感じである。
「ま、これ完成品じゃないけどね」
「え、そうなんですか?」
 返したのは、何故かイル=ベルだった。知らなかったのか、とちょっとビックリ。そういえば言っていなかったかもしれない、と自分の記憶を掘り返してみて思った。
「そう。―――これと一緒に、瓶が付いていただろう?」
 言うと、こくんと頷かれる。ポケットからそれを取り出した。小さな瓶だ。なかにはとろりとした液体が入っている。それを掛けると完成品になるんだって、と言えば、レイ=ゼンも興味を持ったのか顔を覗きこむ。ちょっと胡散臭げだ。
「僕は別にやらなくて良いから。イル=ベルかレイ=ゼンがやれば良いんじゃない?」
「俺も別に良い」
 ムトリ=ルーが辞退するのに続き、レイ=ゼンは首を振る。え、とイル=ベルは困惑顔だったが、ムトリ=ルーが軽く背中を押してやると、ぎこちない動作で蓋を開け、中身を苗に掛ける。変化が起こったのは、そのすぐ直後だった。効きが早い。まるで時間を早送りしているようだった。苗はどんどん大きくなり、すぐにイル=ベルの背を超えた。それでも成長を止めない。
 ――――変だな、と思った。
 それはどうやら、自分だけではなかったようだ。
「おい。そのクリスマスツリーとやらは、こんなにでかくなる代物なのか…?」
「いやあ、確かイル=ベルの身長くらいだって話だったんだけどねぇ」
 呑気に返しながらも、考えうる可能性を頭で弾き出す。つまり、注文する際にサイズを間違えたんじゃないか? と。一つ大きいのにしてしまったとか。あるいは、一つどころじゃないかもしれないが。
「それはさておき、イル=ベル早く下がらせた方が良いんじゃない?」
 気付けば、彼女の目前まで木の成長が迫ってきている。あのままあそこに突っ立っていたら巻き込まれかねない。彼女はどうやら、予想以上に大きくなる苗に呆気に取られているようで、動く様子がない。隣で、チッと苛立ちと焦りが混じった舌打ちが聞こえ、ついでに「あの馬鹿…!」という悪態も耳に入った。その後の彼の行動は素早いものであった。こういう事態に慣れてしまっている所為もあるかもしれない。イル=ベルの腕を引っ掴むと、そのまま自分の方に引き寄せる。ひゅう、とからかうように口笛を吹けば、睨まれた。
 その視線は、イル=ベルが零した「わあ…」という歓声で、こちらから外されたが。
 つられて、ムトリ=ルーも成長した苗―――今や立派な木だ―――を見上げた。シャンシャンシャン…とどこからともなく聞こえてくる鈴の音。色とりどりのクーゲル。大きさがまちまちのキャンディ・ケーン。きらきらと光るモールや、ぽうっと幻想的な光を灯している蝋燭。それ以外にも、色々なものが飾り付けられている。中でも一際目を惹いたのは、先端に付けられた大きな星だろう。雪を真似たのだろうか、淡い光を帯びた欠片がそこから飛び出て、三人の上に降り注ぐ。
「………このくらい」
 レイ=ゼンが呟く。
「このくらい大きい方が、良かったのかもな」
 それにイル=ベルがきょとんとした顔で応え、それから顔を赤くして俯いた。また間違えた自分を恥じているのか、それともレイ=ゼンの言葉が嬉しくて照れているのかは、わからない。
 とりあえず、それが今この時だけのものだとしても、彼らの間に出来ていた溝がなくなっているのだけはわかった。
 やれやれ、と肩を竦める。
「まったく、手の掛かる子供を二人も持つと、親は大変だねぇ」
 その呟きは、誰にも届くことなく、消える。
 ましてその時彼が穏やかに微笑んでいたことなんて、誰も―――本人でさえも、知りはしないのだ。
 会話はそれでなくなり、あとはただ三人揃って、馬鹿みたいにそれに魅入っていた。

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