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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 結局ぐだぐだのまま終わってしまった。
 アーシャは内心嘆息する。
 講義は大抵こんな調子だ。まるでお茶会のようなセットが悪いのか、それともいちいち発言してキントゥを煽るソフィーネがいけないのか。しかしそうすると、それを更に脱線させるユリティアと、これじゃ駄目だと思っていながらもついついその相手をしてしまうアーシャも悪いことになる。事実、悪いのだろうとは思う。
 気を取り直すように、力を込めて立ち上がる。次は中庭で魔法の練習だ。初日は午前がソレで、午後が講義だったのだが、汚れたドレスを着替える時間が惜しいということで、予定を逆にすることが決定した。本当に申し訳ない。
 自分はいったいここにきてから、一生手が出せないようなドレスを何着駄目にしているのだろうかと考えると、非常に頭が痛い。そのたびに申し訳ないと頭を下げるアーシャに、周りの侍女たちは「嫁がれた姫様がたがここに置いていかれたものですから、お気になさらないでくださいませ!」と笑顔で言われ、むしろそんな“お古”のドレスを着せてしまって申し訳ないと逆に頭を下げられた。
 そもそも自分にドレス、というのがなんとも不釣合いだ。この頃ようやく着せられている感がなくなってきたが、それでも似合っているかどうかと訊ねられると、首を捻らざるを得ない。アーシャ様専用にドレスを新調すればしっくりくるものも、などどうのこうのと言われたが、そんな予定はないし、そんな度胸も無い。
 彼女たちは忘れているようだが、自分はあくまで一般庶民で、しかも生活水準からいえばその中でも決して良いわけではない家の出だ。更にいうなら、用が済めばこの城ともそんな華やかな生活ともおさらばだろう。別に未練は無いので構わないが。
 とにかく、そんな者のためにドレスを新調するだなんて、無駄もいいところだ。
 立ち上がる際にさりげなくドレスの裾を避けた自分の動作に、舌打ちしたい気に駆られる。
「どこか行かれるのですか?」
 不思議そうに自分を見上げるユリティアを、逆に不思議そうな顔で見返す。
「どこって…中庭に。今日も魔法の練習があるから」
「え?」
 きょとん、と今度も不思議そうな顔。知っているはずなのに、何故?
「今日はエインのお兄様と、ウェスタンさんのところへ剣を受け取りに行くのですよね?」
「え?」
 そうなの、と驚く。知らなかった。まったくそんな話は出なかったのに。ね、とキントゥに同意を求めようとそちらを向いて、顔面蒼白でその場に立ち尽くす彼女の存在に気付いた。
 これはやばい、と本能が告げる。
「もももも申し訳ありませんでしたっ! と、とても大切なことでしたのに、このような失態を…! ほほほ本当に、本当にっ、申し訳ありません!」
 案の定、どもる彼女に、アーシャは苦笑した。
「別に良いよ、結果的に大丈夫だったわけだし」
「あらアーシャ様、それは甘すぎますわよ。ここはびしりと言ってやりませんと。もしも姫様がお声を掛けませんでしたら、エインレール様との約束を無視した形になりますもの、アーシャ様の信用に関わりますのよ?」
「っ!! ごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
「べそをかいて謝っても、間違いは取り消せないのよキントゥ」
 手厳しい。そして正しい。のだけれども、その表情はやに楽しげで、更に小声で「やっぱり可愛い」などと聞こえてきたので、そういう括りにしていいのかどうか、非常に迷うところである。声は真剣なのに…なんて器用なのだろうか。
 それでも嫌な役を買って出てくれたということは事実である。小さくお礼と謝罪を述べてから、キントゥに向き直った。
「えっと…キントゥ、次から気をつけてくれれば良いから。幸い今回は未遂に終わったのだし。これを次に活かそう。悪いっていうのはわかってるんだから、できるよね」
「うう…」
 しょんぼりと項垂れるキントゥの頭をぽんぽんと叩く。飴と鞭だ。無論前者がアーシャで、後者がソフィーネである。出会ったばかりの自分が彼女を鞭で叩けるほどの信頼感を互いに持っているとは、正直まだ言えない。今回ソフィーネが鞭役を買ったのも、自分ならば後腐れがないと判断したからだろう。そういうところはしっかりしていると感心する。そうでなければ、あのおっとりとしたユリティアの傍では働けないのだろうが。
「本当にすみませんでした」
 だいぶ落ち着いてきたらしいキントゥに、うん、とそれだけ返した。ここで話をぶり返す愚行は犯したくない。
 タイミングよく、コンコンコン、とドアノックが聞こえた。
「どなたですか?」
 ソフィーネが誰何する。
「エインレールです。入ってもよろしいですか?」
「はい。少々お待ちください」
 無駄のない動きで、ドアに近寄ると、さっとそれを開ける。エインレールはそのままドアの近くで佇む彼女に目礼してから部屋に入った。
「お久し振りです、エインのお兄様」
「昨日の夕食の時に会っただろう?」
 口調が元に戻っている。部屋の中に入ったから、だろうか。彼は、相変わらずの妹の様子に苦笑を灯すと、さっとアーシャの方に向き直った。
「もうそろそろ終わったと思って来たんだけど…ちょっと早かったか?」
 目を細めて微笑む彼に、一瞬何か違和感を覚えるが、あえて訊くことでもないかと、にこりと笑い返す。
「いいえ、ちょうどいいタイミングでしたよ」
「そうか」
 なら行くか、と零すなり踵を返そうとしたエインレールに対し、ユリティアが残念そうな声を上げる。
「もう少しゆっくりしていけば良いですのに」
「悪い。それはまた今度、な。ウェスタンが呼んでる時は、なるべく早く行かないと。ようやく取り付けた約束を反故されるかもしれない」
 アーシャは数日前に見た彼の顔――何故かぽんと浮かんだのは、意地悪そうに笑う老人の顔だ――を思い浮かべ、なるほど、と呟いた。確かに彼ならばそれも納得できる。
「そうですか…」
 しょんぼりと項垂れるユリティアに、アーシャも「また次の機会があるから」と慌ててフォローする。実際、それが果たされるかどうかはアーシャにもわからない。一日くらいならなんとかなるだろうか、とマティアのことを頭に浮かべる。あちらもあちらで研究に専念する日も必要だろうし、相談してみるのも良いかもしれない。
「じゃ、行くか」
「あ、はい」
 それを聞いて、キントゥも後に続こうと動き出す。アーシャ付きの侍女として、それは正しい行動だ。だが、
「むぎゅっ」
 まるで何かが潰されたような声に、アーシャはなんだと振り返った。エインレールも肩越しに様子を見ている。
 そこには、ソフィーネに羽交い絞めにされたキントゥの姿があった。当然の如く、ソフィーネの顔は楽しげだが、キントゥの顔は若干青い。ぱたぱたぱた、と自分の首に回された腕を叩いて抵抗しているが、効果は無さそうだ。
「えっと…ソフィーネ?」
 どういうことか、と彼女の名を呼ぶ。
「こちらはお気になさらず、どうぞウェスタン様のところへ」
「いや、それはちょっと…」
 無理がある。この状況で「あ、そう? じゃあそうする」と憐れな侍女を放っていけるほど非情な人間ではない。
 瞬間、ソフィーネが小さく舌打ちするのを見た、気がした。すぐににこりとまた妖艶に笑ったので誤魔化されそうだが、あれは確実に、見間違いなんかではない。現にキントゥなんて、抵抗すら止めてしまった。
「ウェスタン様は、部外者が自分の領域に入られるのを嫌うお方でしょう?」
「…まあ、そうだな」
 長くはならないが、短くもならなそうだと判断したのか、エインレールは肩を竦めながら彼女の方に向き直る。
「でしたら、この子は連れていかない方がよろしいのではないでしょうか」
 たしかにそうかもしれない。不機嫌そうに眉間に皺を寄せる姿が容易に想像できた。
「でも、あたしから離れたらキントゥが怒られるんじゃない?」
 いつだったか、そんなことを言っていた。あれはたしか、空いた時間に勝手に色々と城内を回っていたら、青い顔で涙目の彼女がそれはもうすごい勢いで飛びついてきたのだ。あれは痛かった、とアーシャは知らず手を首元にあてる。頭が思い切り首に当たったのだ。呼吸困難で死ぬかと思った。
 過去を回想しているアーシャの正面で、それとは対照的な表情を浮かべたソフィーネが、大丈夫ですよ、と軽い口調で言う。
「事情を説明すれば皆さんご理解くださいますわ。ウェスタン様の排他的な性格は、城内でも有名ですもの」
 そんなに有名なのか。
 ソフィーネの歯に衣着せぬ話が真実かを確かめるべくエインレールの顔――ユリティアはこういうことに疎いだろうし、キントゥの顔色は今常時青いので判断しようがないからだ――を窺ったアーシャは、その目がよく見ると諦観を浮かべていることで、それが嘘ではないと確信した。
「キントゥはこちらで帰らせますので。そちらがどの程度掛かるかわかりませんし…待たせてもよろしいですが、アーシャ様はそういうの、お好きではないでしょう? 姫様の話し相手も欲しいですし、なによりアタシが楽し―――こほん。えー、まあ、そういうことですわ」
「今本音が…」
「あら、何か仰いましたか?」
「いいえ何も!」
 ぶんぶんと首を横に振る。ならよろしいのですが、とソフィーネは笑う。
 どことなく凄味のある笑顔に見送られて、アーシャはエインレールの腕を取り急ぎ足で部屋を後にした。
「また明日お話しましょうね~」
 扉が閉まる直前に、なんとも気の抜けるユリティアの声が聞こえた。ソフィーネのあの笑顔に当てられないとは、大したものだ。まして気付かないなんて、それこそ大したものだ。
「ユリティア、すごい…」
「ある意味でな」
 すぐに返ってきた声に、どうやら彼もほとんど同じことを考えていたらしいと悟って、顔を見合わせる。それがなんとなく久々な気がして、二人して微笑を浮かべた。



 ばたん、と扉が閉まる。首に絡まっていた腕が、外される。
「ぷはっ」
 ようやくソフィーネの腕から解放されたキントゥは、慌てて新鮮な空気を吸い込む。うまく息が吸えなかったのだ。おそらくそれは、ソフィーネが喋らせないようにとして、多少腕に力を込めていたからだろうと予測される。
 殺す気か、と睨みつければ、鈍いアナタが悪いのよ、と開き直ったような顔でふふんと笑われた。
「可愛いから許せるけど、可愛くなかったら一発殴ってるわよ」
「なっ、か、かわ、かわいいとかそんなこと!…じゃなくて! どうして殴られるんですか!?」
「気を遣えって話よ。エインレール様だって、久し振りなんだから色々と積もり積もる話とかあるでしょう? そう、色々と、ね……ふふふ」
 怪しげな笑みを浮かべるソフィーネに、びくりと肩を震わせる。どういうことだろうか、とユリティアを見れば、花が綻ぶような柔らかな笑顔。ソフィーネが敬愛するだけのことはある、とても可愛らしい容姿だ。
 一瞬キントゥも見惚れたが、ハッと我に返る。そうじゃないだろう、と叱咤する。ソフィーネの言葉の意味がどういうことかを訊くのが目的だ。ソフィーネ本人に訊くのはなんとなく癪で。…かといって自分は普通に考えれば、姫君に話しかけられるような身分の人間ではないのだが。恐れ多い。
 どうしようか。困って視線を床に落としたキントゥの耳に、ユリティアの軽やかな声が届く。
「アーシャさんとエインのお兄様はとても仲良しなんですね~」
「…………え」
 その言葉に、まさかと思う。いや、本人はおそらくそういう意味で言ったのではないのだ。けれど、おそらく、気を遣うのだとしたら、それはつまり。
「え、えええ!? で、でもでもアーシャ様はあの噂も否定していらして!」
「よく考えてみなさいな。そんなこと、本人たちが正直に言うと思っているの?」
「や、ややや、だって、でも」
「やけに食い下がるわね。不満なの?」
「まさか!」
 とんでもないとばかりに首を振る。
「もしそうなら、嬉しいです。そしたらアーシャ様、ここにいてくださるんですよね」
「そう! そうなんです! 私もエインのお兄様とアーシャさんが結婚すればいいと思っているんです。帰ってしまわれて会えなくなるのはとても寂しいから嫌ですもの。せっかく友達になれたのに」
 きゃあきゃあと騒ぐ二人の娘を見下ろして、ソフィーネは少し離れたところで一人、静かに息を吐いた。
 我が主がそれを望むならば、あの二人にはぜひとも上手くいってもらわなくてはならない。
 まずは外堀から埋めようと思って小細工をいろいろとしてみたが、思いのほか上手く行き過ぎている気がする。もしかすると、本人も満更ではないのかもしれないと思い、ソフィーネはくすりと笑った。それならそれに越したことはない。個人的にも、それは嬉しいことだ。
「せっかく可愛いんだもの、どうせだったら幸せになってほしいわあ~」
 ぽつりと呟く。
「ねっ、ソフィーネもそう思いませんか?」
 唐突に振られた話題は、正直話を訊いていなかったのでなんのことだかわからない。それでもソフィーネはそんなことはおくびにも出さずにいつも通り笑った。
「そうですわね、姫様。その通りだと思いますわ」

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