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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 ばたん、と分厚い本を閉じた。
 しばらく誰も手に取っていなかったためだろう、そこについていた埃が舞う。エインレールはそれに少しばかり眉を寄せて、口元を服の裾で覆った。
「これははずれか…」
 誰もいない部屋で、ぽつりと呟く。
 そもそも、誰もいないというのはある種当然のことだ。なにしろ王宮図書室のその最奥に位置するこの部屋は、王族か、そうでなければ特別に入室を許可された一部の人間しか入れないのだから。
 備え付けられた頑丈な椅子にぐったりと凭れかかり、顔だけを上に向ける。視界の端にちらちらと映る高い本棚には、今しがた彼が閉じたのと同じくらい分厚い本が隙間無く並んでいる。
 ここに、ツォルヴェインの――ひいてはこの世界においてこの国と関係する全ての事例があるのだ。尤も、完全に闇に葬られた真実についてはその例外となるのだろうが。
 しかしこの中なら自分の目的のものを探そうというのは、こうも骨の折れる作業だったか。エインレールは自分の浅はかさを呪った。大丈夫だろう、と高を括っていたのがそもそもの間違いだ。一つの国が抱えてきた全ての情報量…それを侮るなかれということか。当然といえば当然のことだが、その大変さを真の意味で理解していたかと問われると、答えは否だ。だからこそのこの状況だ。
(年代がある程度限られているからまだ楽だろうと思ったんだけどな…)
 言い訳がましく心の中で呟くが、それで問題が解決するわけでもない。ひたすら根気のいる作業に、嫌気が差す。無理もない。
 しかし不意にある少女の影を背負った顔が頭に浮かび、エインレールは、はあ、と息を吐いた。憂鬱気味の、だが諦めの気持ちは薄い。どちらかといえば、気合を入れ直したかのような、そんな息を吐き方だった。
 別に約束したわけでもなんでもない。そもそも本人には知らせてもいない。だが。
『あたしは、どうしてもそれを知らなくちゃ』
 彼女の郷里に行った時に、彼女が零した言葉だ。独白のように零されたそれは、だからこそか、エインレールの胸にしっかりと残っていた。決意と不安が入り混じった彼女の表情は、彼女の強さと弱さを同時に表している気がした。それは時に、どんな弱さよりも脆いのだと知っている。
 しかしだからというわけではない。そんな押し付けがましい気持ちではない。ただ自分が、彼女のために少しでも何かできればいいと思ったから。そういう、自己満足だ。
 故に今、エインレールはここにいる。
 ―――ツベルの地に訪れたという、王族。
 その裏に、果たして何があるというのか。
 本当に秘密裏だったのだとしたら、ここにも載っていないかもしれない。五分五分だ。全く不明。それでも何かがしたくて訪れたこの場所は、やはりというべきか未だに何も教えてはくれない。
 元々、ツベルの地の歴史は深いといえるものではない。
 建国時には、そこに人は住んでいなかった。それが月日が流れる最中(さなか)に、だんだんと人が集まり、気付けば一つの集落となっていった。そういう経緯があるから、あそこに住む人間には、この国の血が流れていない者もいる。というより、実際どうなのかは本人ですらわからないのだ。せいぜい顔の造りで想像する程度に留まる。それだって、この辺りの地域の人間かどうかくらいしか判断できない。
 話が逸れてしまったが、とにかく、かの王族とやらが“ツベルに”訪れたというのなら、それだけで調べなくてもよい年代がわかるというわけだ。―――それでも、量が少ないというわけではないが。むしろやはり多い。
 だが、と更に考察を続ける。あの時あそこで話していた男二人は、どちらも三十代半ば。見た感じ、生まれもあの地だろう。彼らが生まれていない頃、でも彼らに伝わるくらいの“昔”ならば、そうそこまで今と離れた年代ではないだろうと踏んだのだが―――あるいは、そこから間違っていたのだろうか。
 無言のまま、机の上に放り出された『3000年~3050年』と記された本を見下ろす。今は3069年。30年位前、だとすると3040年あたりだが、もしかしたらという可能性も含めて、一応全てを読んでみた。が、やはりもう少し前だっただろうか。2900年代という可能性も十分ある。というかそっちの方が高いくらいだろう。しかし、とりあえず手近なところからということでコレから取り掛かったのが―――やはりしらみつぶしというのはだいぶ無理があるような…。なにせこれだけでかなりの労力を使ったのだ。
 しかしここで諦めるつもりは毛頭ない。それは既に決めたことだ。
 よし、と景気づけに一声発すると、椅子に座り直し、目の前にあった本を横によける。代わりに逆側に積んであった本の山の一番上のものを目の前に移動させ、開く。ずらりと並んだ細かい文字に眩暈がしたが、なんとか押さえ込んだ。



 結論から言えば、そこに王族がツベルの地を訪れたという記載は無かった。
 やはりお忍びというからには、本格的なものであったらしい。ツベルの地を通り道――リティアスとの国境沿いに位置する場所にあるツベルの地は、それぞれの王族が相手の国に向かう際に、必然的に立ち寄ることになる――にすることはあっても、ツベルの地に直接用があって、という類のものは一切見受けられなかった。
 エインレールはそこで眉を寄せた。
 そもそも、王族がツベルの地に忍んで立ち寄るほどの“用事”とは、なんだろうか。
 王族を騙(かた)って悪さをするにしたって、その旨が王宮に来ないというのも不自然な話であるし、たとえば脱国者であったとすればわざわざ目立つ王族を名乗るはずもない。仮に実際どこかの王族が追われてかの地に逃げ込んだとしても、そこで馬鹿正直に自分は王族だと言うだろうか。他にもいろいろな方向から案を出したが、どれもこれもしっくり来ない。
 正式な訪問さえも無い地に行く用事を、ぱっと思い付けという方が無理なのかもしれない。
 更に考えようとし、―――やめた。
 長時間細かい文字と向かっていたおかげで、脳が疲弊している。この頭では出るものも出ないだろう。ふと研究に没頭し過ぎて倒れたという前科を持つ魔法使いを思い浮かべ、ここで倒れたら自分もあれと同類か、と苦笑する。自分の今後の自由のためにも、それだけは御免被りたい。
 休憩するために部屋を出て、入室禁止の文字が掲げてあるその扉に鍵をかけると、エインレールは深く息を吸い込んだ。ここもやはり人気の少ない図書室の中であるため空気は若干こもったものだが、この奥よりは幾分かマシというものだ。先程まで自分がいた部屋の扉を見て、そんなことを思う。
 図書室勤務の司書に軽く会釈すると、エインレールは図書館を後にした。窓から差し込む光が、先程まで比較的暗い場所にいたためだろう、目には優しくないようで、自然と細まる。
 それなのにその光が入る窓へと近寄ったのは、何故だったのだろう。自分でも自分の行動が不思議でならない。
 しばらく遠くに目をやっていたが、それが不意に下に向いたのは―――おそらく偶然なのだ。そうに違いない、と信じ込ませるように呟く。
 ちょうど窓から見ることができる中庭に、緋色の長い髪を持った少女が立っていた。
 魔法の発動による光が辺りを満たす。それが静まった頃には既に眩い光の槍が素早く鋭い方向転換を繰り返しながら進んでいた。あれは自分の思い違いでなければ、光属性の中級魔法だろう。随分とコントロールができるようになっている。あの様子では、前のように簡単に暴走するということはないだろう。ホッと胸を撫で下ろす。
 そういえば数日前――つまりユリティアと対面したあの日、それを成功させたという話を夕食の際に聞いたなと思い出す。
 彼女とはその前日以来、直接顔を合わせていない。食事を共にするという約束(どうやら一方的なようだが)もあったのだが、それは結局叶えられていない。一番彼女と会いたがっていたユリティアは、毎日彼女相手の講義があるから、それで満足しているらしい。
 たしかにユリティアはそれで良いだろうがしかし自分は、とそこまで考え、慌てて頭を振った。
 その続きは、考えてはいけない気がした。
 だから見ない方が良い。それなのに、目は彼女を追う。
 眩しくて目を細める。それと同じくらい当然のことのように、自然と口元が緩んだ。

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