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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 とある少女がまだ城内で迷っていた頃、それは密やかに行われた。

「それで、どうだった?」
 王座に君臨するその男は、どこかおかしそうに口元を歪めながら、訊ねる。
「はい、仰っていた通りでした」
 対する自分は、どこか緊張した面持ちだ。無理も無いか、と自分の状態を第三者の視点で見やり、心の中で冷や汗交じりの苦笑をする。
 ―――格が違いすぎる。
 それは背負っているものの差だろうか。―――それもまた正解の一つだろう。だがしかし、それだけではない。本質的なものが――自分が自分である理由のその最奥の部分が、全く異なっているのだ。
 確かに魔力の扱いの面においては、自分の方が上だ。しかしだからといって、彼に勝てるかと訊ねられれば、とんでもない、と答えるだろう。別に彼が剣を扱えて、自分が扱えないからとか、そういうことではない。そういう問題ではないのだ。
 ただ、そこにいるだけで萎縮させられる。これはやばい、と本能が警鐘を鳴らす。やがて遅れて、理性までもがそれに従うのだ。
 たとえこの先何があろうとこの人の前の敵にだけはなりたくない。
 そもそもが、“敵になる”ということすら不可能に近いのだが。目の前を歩く蟻を潰したところで、人は“敵を倒した”と認識しない。それと同義だ。
 そういえば、と、マティアは思い出す。つい先日に彼から頼まれた、自分の弟子のことを。彼女は命知らずにも彼に喧嘩を吹っ掛けたらしい。実際会ってみたが、とてもじゃないがそんなことをする風には見えない。しかしそれでいて、彼女はいざとなったらそうするだろうという漠然な想いを抱いた。
 頭を振る。今は彼女のことを考えている時ではない。いや、これはある意味彼女に深く関わることなのだろうが、しかしそれとこれとは、全く関係が無いのだ。
 その彼女から、研究のためにと一時的に貸してもらっている十字架を、軽く掲げて見せる。
「陛下の仰る通り、これには魔力の器としての力を高める効果が付属されていました。正確には、魔力に対する拒絶反応を小さくさせる、という効果かと思われます」
 ふむ、としかし大して驚いた風ではない。まあ、自分からその可能性を探れと言ったのだ。ある程度、予想は付いていたのだろう。もしかすると、確認の意味合いが強かったのかもしれない。
「マティア」
「はい」
 名を呼ばれ強張る身体を、ゆっくり息を吐き出しながら返事をすることで、なんとか和らげる。そうしたところでこの緊張感を拭い去ることなどできようもないが、仕方ない。“弱さを見せたくない”。それが自分の基盤としてある限り、この行為は意識したとて止められるものではないのだ。
「君にこれが作れるかい?」
「……………」
 沈黙。思考する。可能か否かを。ある種、その沈黙こそが答えといえるのだろうが。
「似た物を作れと言われたら、不可能、ではないでしょう」
「なるほど」
 では、と王は次の問い掛けを口にした。
「君は、自分以外に、“これ”を作れるだけの知識と魔力を持っている者を知っているかい?」
「……………………」
 今度こそ、それが答えだった。
 例えば、だ。
 例えば、魔力が高い者で、更にそれに精通している者を挙げろと言われたならば、マティアは迷わず、目の前にいる男の名を挙げただろう。自分と同格程度の魔力を持つ者の名とともに。
 しかし、彼にこれは作れない。
 おそらく、マティアにもこれを完全に再現することは不可能だ。
 中に彫られた術式が、かなり独特で複雑なものだからだ。それは術自体が複雑であるということと、それから、これを作った者が、敢えて第三者に解読出来ないようにしたということが原因だろう。ではそこに目くらましのための無駄な術式が載っているかというと、そうではない。全てが必要なのだ。全てが必要なものであるにも関わらず、それはどこか模式的な、暗号というソレを彷彿とさせる。
 普通ならばそんなことにはならない。
 何故ならば、本来術式というものは、なるべく簡単に、簡潔に、簡易に、そうして術者が極限まで、自分にとっての「扱い易さ」を上げるために作るものなのだ。だから他者も、その者の術式を扱うことは出来なくても、理解することは出来る。そうして作られた術式は、並び順がとても綺麗だからだ。これぞまさに芸術だと、昔どこかの誰かが言ったらしいが、まさしくそうなのだ。混乱させようという意思は存在しない。ただ見やすさを求めた結果のものだ。それでいて奥が深く、目にした者を魅了する。
 けれど、これは違う。
 だというのに、同程度―――いや、それ以上に、美しい、という印象を与える。
 それは何よりも綺麗な術式だった。
 理解できる。そこにそれが在るということが解る。それなのに、完全なる理解に、それは程遠い。その奥底に何があるのか、掴めそうで掴めないもどかしさ。それすらも超越し、ただ綺麗だと思わせる。
 まさしく、神業だ。
「見た感じだと、」
 つい、と王がそれを無造作に、マティアの手から抜き取った。自分の目線まで持ち上げる。
「この近辺のカタチのように感じられるな」
 誰が作ったのかは定かではなくとも、それくらいならばわかった。術式のカタチは、人によっても違いを見せるが、大きく地域によっても違いがあるのだ。この辺り土地の術式は、どこか“丸い”。
「家宝、か…」
 家宝? 何のことだろうか、と疑問に目を細めると、先程までの威圧感はどこへやら、へにゃりと王は笑った。
「あれ、聞いてないかい? これ、彼女の家の家宝らしいよ。まったく、どこでこんなものを見つけてきたんだろうねえ」
 びっくりだよ、と言う彼は、けれど言うほど驚いているようには見えない。どちらの“顔”でも、あまり感情が読めない。
(だから、正直少しだけ苦手なんだ……)
 好きではある。我らが王だ。むしろ、彼以外がこの国の王になるなど、考えられない。尊敬もしている。だが、それとこれとは話が別である。こういう環境だからこそ、それはある種仕方のないことだとも言える。現に彼の子供たちも、前王にも、それから彼の兄であった男にも、同じように、どこかしら“読めない”部分があった。普段それとわからないような人物でも、例外なく。突きつけられて、「ああ、この方はやはり…」と思うことが、これまで幾度となくあった。
 つい最近だって―――――………?
(あ…?)
 今しがた、自分が思い浮かべた人物に、内心で首を傾げた。
(……………気の、せいか)
 それ以外には考えられない。
 だって………有り得ない。それは確実に、“違う”。
 なのに、どうして?
 何故自分は――――――
「――――マティア?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
 慌てて顔を上げた。十字架が、彼女の手に戻される。
「引き続き、研究を。わかったこと―――気になったこと、でもいい。何かあれば逐一報告を。それから、彼女の方についても」
「はっ」
 短く返事をする。それから立ち上がり、扉の前で深々と礼をし、部屋を出ようと背を向けると、そこに声を掛けられた。
「彼女は良い子だと思うかい?」
 少し間が空いたのは、決して答えを考えたからではない。単に虚を突かれたからという理由だ。
 だから、自信を持って答えた。
「ええ。そのうち誰にでも自慢できる弟子となりますよ」
 今はまだ、早いけれど。
 いつか。
 それは確信にも似たものであった。
 そうか、と微笑を浮かべた王の顔に、やはり何の感情も読むことができないまま、今度こそ退室した。
 外に出て、息を吸う。なんだか生き返った気分だった。あの部屋は、どこか息苦しい。あの人がどれだけそれを抑えようとも、やはり妙な威圧感は、完全には消えないから。
 さて。と。気持ちを切り替える。歩き出す。目指すは自室だ。
 今頃弟子である彼女は、おそらく講座を受けてその憶える内容の多さに悲鳴を上げている頃だろう。ああ、それとも相手があのお姫様だから、今日はもう抱きつかれて終わり、だろうか。彼女の暴走を止める者などいないから(そうしようとした者がいたとしても、確実に彼女の侍女に強制退場させられているだろう)、それも十分ありうる。さてどちらになったことやら。くす、と自然に笑みが零れる。
 だが彼女との会話を思い出し、緩んだ顔を引き締めた。
 ちゃらり、と手の中の十字架のチェーンがぶつかりあい、音を立てた。
(これの研究も重要だが………)
 その続きを、小さく声にする。
 ―――いかにして剣と魔法を組み合わせるか。 
 もちろんどちらを優先すべきかは、冷静に考えれば前者である。なにせ、王直々のご達し。
 逆らう気はない。だが。
「並行で別の研究をするなとは言われていないし、な」
 そもそもあの人は王の器を持つ者であるが、全てのことに対してそう見せているわけではない。心の奥底ではそうなのかもしれないが、少なくとも表向きは違う。それに内容が内容だ。わざわざ調べることを止めろとは言わないだろう。
 などと言い訳じみたことを次々に浮かべながら、にい、とマティアは笑う。
(解決策…まずはその糸口でも良い。絶対に見つけてやる)

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