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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「ああ、そうでした! シャルの怪我のことなんですけど、アーシャの耳にも入れておきたいことが」
 場を繕うように、ルークレットが口を開く。「あ、うん」とまだちょっと放心状態のアーシャが頷いたのを見、心配そうな顔をしながらも、続けた。
「実はですね、彼女が魔獣に襲われた場所が、『安全地帯』だったんです」
「え…?」
 アーシャが目を丸くさせる。
「端の方ではあったんですけど…」
「そ、そういう問題じゃないよ!」
「ええ。そういう問題じゃないんです」
 ルークレットが神妙な顔で頷く。そこでようやく、アーシャも狼狽するのを止めた。これは、そういう気持ちで聞くべきことじゃない。そう判断したようだった。目を閉じ、一度大きく息を吸うと、開いた。そうして落ち着いたところに、エインレールが「失礼」と口を挟んだ。
「安全地帯、というのは…」
「文字通りの意味だよ。ツベルの実に退魔の効力があるってことは結構有名だと思うけど……王子様は知ってる?」
「ええ。―――あの、その“王子様”というのは、できれば……。エインと呼んでくださって結構ですよ」
 どうもその呼び方は、こそばゆいものを感じたのか、エインレールはリュカに対してそう言う。口調こそそれまでと変わらない至極丁寧に繕ったものだったが、その照れた表情には、彼の素が出ているように思えた。
「ん、わかった。んじゃエイン様な! ―――ええと、それで…………なんだっけか」
 呆れたような視線が、二人分。はあ、とため息を吐いた一人と、まあ彼らしいかと苦笑したのが一人。後者が先に口を開いた。
「正確には、退魔の力は木自体に宿っているんです。実の方が有名なのは、そちらの方が力が濃いからですね」
「とにかくまあ、そのおかげであたしたちは安全に栽培が出来るんです。アレの周りには、基本的に魔獣は近寄ってきませんから。――というか、近寄れない、といった方が正しいですね。退魔の力は、魔獣にとっては毒ですので」
「俺が説明しようと思ったのに…」
 ぷくうっと頬を膨らませたリュカはそうして不満そうにしていたが、すぐに笑顔になって、エインレールに向き直った。
「安全地帯ってのは、退魔の力で魔獣が立ち入れない場所を指すんだ!」
「なるほど。…そこで彼女が襲われたんですか」
「はい」
 頷くルークレットの顔に浮かんだのは、苛立ちとも後悔とも取れる感情だ。
「安全地帯だからと、油断していたのがいけませんでした。………我ながら、情けないですよ。シャルが直前に気付いて避けたから良かったものの、もしも気付かなかったら、この程度の傷じゃ済まなかったでしょう…」
「ルーク…」
 アーシャが彼の名を呼び、けれど続く言葉が見つからなかったらしい、そのまま口を噤んだ。ちらりとシャルリアの方を見れば、彼女は普段と変わらぬ無表情で、森の方を見ていた。自分のことだというのに、彼女にとっては大して興味のないことだったらしい。思わず脱力する。
「えぇと、ルーク? あんまり気にしない方が良いよ。ほら、シャルも気にしてないみたいだし」
「それはっ………そうみたいですが。いやでも、そういうことじゃなくて、私は―――」
「実は例年よりも大きい。だが実自体の質が例年より悪い。出荷する分には問題ないが。それが何か関係している可能性がある」
 彼の言葉を遮り、シャルリアがアーシャの目を見て言った。彼女はいつも、人を真っ直ぐに見る。
「そう。木の方に何か変わったことは?」
「無い」
 彼女はツベルの実に関して、この地で一番詳しい。その彼女が言うのだから、それは間違いないのだろう。
「………ただ、大木の方は、変化がある。…気がする」
 ん、と首を傾げたのは三人。アーシャとルークレットと、それからリュカだ。シャルリアが言葉を濁すとは、珍しい。
 大木というのは、言葉通りの意味で、大きな木、のことだ。この森一大きなツベルの木。他と比べ物にならないくらいの大きさで、実もたくさんできる。が、この木の実は、出荷はしない。一番大きな木というのもあって、退魔の力が最も強いことが理由だ。収穫すると、まずは干す。それを収穫祭の時に皆で食べる。そうすることによって、退魔の力を身体に取り込むのだ。残りは家にお守りとして飾ったり、同じくお守りとして持ち歩いたり、もしくはお得意様にお裾分けしたりする。
 それ以外にも、その木を観察することによって、他の木の状態もある程度わかる。そういうものだ。
 ある意味、ツベルの木の長、ともいえるもの。
 それに変化がある、とは一体―――。
「どういう変化?」
「わからない。なんとなく、そんな気がした。それだけ」
 これまた珍しい。アーシャとルークレットが顔を見合わせる。その彼の隣で、リュカが「あー」と声を上げた。
「そーいや、んなことを師匠も言ってた!」
「ワルドさんがですか?」
「おう。でも師匠もわかんないってさ。それが良いもんなのか、悪いもんなのか」
 これはますます、何かあるのかもしれない。しかし、良いか悪いかの判断が付かないとなると、少々扱いに困る。
 自分が口出し出来るものではないと黙っていたエインレールが、こそっとアーシャに訊ねた。
「ワルドさんっていうのは?」
「あたしの祖父ですよ。ほら、前に言った、皆に剣を教えてるっていう」
「あぁ…」
 思い出したという意思表示なのか、エインレールが首を上下に何度か振った。ありがとうと礼を言われたので、どういたしましてと返す。こういう風に素直に相手に感謝の気持ちを告げられるのは、純粋にすごいことだと思う。
「それで、爺様は今どこに? あの人のことだから、もう何か対策を立てて、自分もその最前線で動いてるんでしょ?」
 大婆様が亡くなった今現在、実質的にこの地の統率者となっているのがワルドである。本人が進んでそうなったわけではなく、人望が厚く、また頭の回転も速い彼に、自然と周りが頼るようになっていったというだけなので、“統率者”、というのには多少の語弊があるかもしれないが。
 とにかく。
 昨日の出来事だが、彼が何もしていないということは考えられない。小さい頃からワルドの後ろをついていっていたアーシャにはよくわかる。絶対の自信を持っての言葉に、ルークレットが頷いた。
「今この状態だと、どこが安全かもわかりませんから、森近くの小屋で何人かと一緒に泊まり込んで、入り口の見張りをしています。森に入るのも極力控えるようにと…。入るとしても、何人か…少なくとも、三人で一組が原則です。内一人は、必ずその小屋で泊まっている者を連れて行くようにと言われています」
「この中だと、それ俺のことだぜ」
 にへらっと笑うリュカに、「むしろルークの方がぴったりなんじゃ…」とアーシャが小声で呟いた。続いて、納得。それで村に入った時に、あんなにたくさんの人がいたのか。よくよく考えてみるとおかしいのだ。今は収穫の時期なのに、ほぼ全員が森に入らずにいるなんてこと、普通ならありえない。
 しかしそれならそれで、誰か自分に教えてくれたって良いものなのに。もしも知らずに森に入ったらどうする気だったのだろうか。
 少々憮然としていると、
「あ、それじゃあ俺、もうそろそろ行くから!」
「そうですね。ワルドさんに無事に戻ってきたことを伝えなくてはいけませんし。お礼も言っておいてくれますか?」
「わかった! “大木に変な感じがした”ってことも伝えておくな。――っていうかそうだ。それ訊いてこいって言われてたんだった俺」
 忘れてなくてよかったー、とあっけらかんと笑う彼に、「完璧に忘れてたでしょうが。単に今、偶々思い出したってだけで」とアーシャが呆れまじりに突っ込む。が、本人の耳にそれは入らなかったらしい。とにかく早く行かなくちゃいけないから、と元気よく手を振りながら駆けて行く。
 その様子を見て、よくもまあ爺様も彼を見張り役に選んだもんだ、と思った。確かに腕は良いし、あの明るい性格なら士気の向上にも繋がるだろうが、如何せん物覚えが悪すぎる。必要のないことは忘れても構わないが、必要のあることまで忘れているくらいなのだから、どうしようもない。その辺は周りがフォローすればなんとかなるのかもしれないが、それにしたってあんまりだ。まあ、彼らしいといえば彼らしいが。
「まぁったく……リュカは相変わらずだね。まあ、一日二日で性格変わられても、それはそれで驚きだけど」
 浮かぶのは、呆れと…その裏にある、確かな親愛。優しげな響きを持ったそれに、ルークレットが苦笑した。なんだかんだいって、仲は良いのだ。
 と、シャルリアが動き始めた。リュカが行った方向とは、逆の方向。
「シャル?」
「帰る」
 端的な答えだった。足を止めることもなく、その上振り向きもしないでの、返答。
 突然のことに、隣のエインレールが戸惑っている気配を感じる。だがしかし、それ以外に焦る者は誰一人としていない。いつものことだからだ、彼女が唐突にそんな風に言うのは。
「それでは私たちも失礼しますね。――アーシャも、十分に気をつけてくださいね。魔獣…は、王都で出るという話は聞きませんから、一応安心はしていますが。君の場合、体調管理の方ですね。無理は禁物ですよ」
「ん。ありがとね。ルークこそ、シャルをお願い」
「ええ、重々承知していますよ。彼女は自分の身も顧みませんからね」
 確りと頷く。そんなやり取りをしている間にも、シャルリアはそのまま黙々と歩みを進めている。連れを待つ、という概念は彼女には無いようだ。ルークレットは最後に二人に対して軽く頭を下げると、彼女の後を追い、まるでそれが当然かのように彼女の隣に並んで歩き始めた。
 そんな二人の後ろ姿を見て、アーシャがぽつりと呟く。
「…………いいなあ」
「羨ましいのか?」
 他者がいなくなったからか、一気に砕けた口調。そこに、驚きが見て取れる。それから、アーシャは――基、エインレール自身も気付かなかったが、そこには微かな期待に似たものもあった。
「……………」
 アーシャは沈黙し、考える。それから、うん、と頷いた。
「そうですね。羨ましいです。なんだかあの二人、お互いのこと理解しあってるっていうか、そういう感じがして…」
 むう、と唇を尖らせた。
「あたしの方がシャルと長い付き合いなのになぁ、って。ちょっと悔しかったりします」
「ああ………なんだ、そっちか」
 心なし肩を落としたエインレールに、アーシャが不思議そうな目を向けた。
「何か言いましたか?」
「へ? あ、いや………別に何も」
「そう、ですか?」
 ならいいんですけど、と言いながらも、アーシャの眉は寄せられている。確かに何か聞こえたはずなのになあ、と。しかしエインレールに言う気が無さそうなこともあり、すぐに忘れることにした。
「それよりエイン、さっきのことなんですけど……子供っぽい嫉妬なので、本人たちには絶対内緒にしといてくださいね? お願いします」
「…ああ、わかった」
 その様子に、首を傾げる。不機嫌、とまではいかないが、良くはないようだ。というより、困惑しているというべきか。何に、かは知らないが。
「エイン、さっきから何かおかしいですよ? 大丈夫ですか?」
 思わず問い掛ければ、「ん?………ああ、うん」となんとも微妙な返事があった。本当に大丈夫なのだろうか。流石に心配になってくる。
「あの……もう戻りますか? 疲れたでしょうし」
 その声に、ようやくエインレールは顔を上げた。先程までの心ここにあらず、という顔ではない。確りと自分を持っている風だ。彼は心配そうに自分を見るアーシャに気付き、安心させるように笑った。
「悪い。でも大丈夫だ。――他に寄りたい場所は?」
 寄りたい場所。それを問われて、一つの場所が頭に浮かぶ。しかしすぐに打ち消すように、首を振った。が、それを見逃すほど、彼は甘くなかったようだ。
「よし、行くぞ」
「や、でも……」
「俺は本当に大丈夫だから。な?」
 にこりと笑う顔には、彼が言うように、無理しているようではない。尤も、表面的にそう見えるだけなのかもしれない。本当のところがどうなのかは、アーシャにはわからない。この地に足を踏み入れた直後に、住民達に見せたあの笑みが、貼り付けられたものだということはすぐにわかったのに―――それなのに何故、今の笑みが本物か偽物か、わからないのだろうか。
 そこに一抹の寂しさを感じた自分を誤魔化すように、彼の顔を見上げ、笑う。
「それじゃあ………明日」
「明日?」
 エインレールが眉を寄せた。若干不機嫌そうでもある。大丈夫だというのに、と不満げに零した彼に、慌てて弁明をした。
「あ、えっと、気持ちは嬉しいんですよっ? ただ………会いに行くなら、やっぱりこの地を出る前が良いから」
 少しだけ悲しそうに、俯いて。
 けれどすぐに顔を上げた。笑みを浮かべる。にっこりと。貼り付けたような、そうでもないような、そんな微妙な笑顔を。
「あたしの気分の問題なんです。わがまま言ってごめんなさい」
「いや…。俺の方こそ、悪かった」
「なんでエインが謝るんです?」
 きょとんとしてその顔を見る。彼はその視線を受け止めた後に、困ったように視線を泳がす。それから僅かに微笑んだ。
「なんとなく。謝りたい気分だったから」
「なんですかそれ」
 わけがわからない。いや、というかこれは、完璧に誤魔化されている。そうはわかっても追及できなかったのは、その前に本当に困った顔をした彼を見た所為か。
「それじゃ、帰るか」
「はい。――すみません。ツベルを案内すると言ったのに」
 結局家から森の前までの道を歩いただけだった。しかも、アーシャが知人らと喋っている間、彼は辛抱強く待っていてくれたのだ。そう考えると、段々と申し訳ない気持ちが強くなってくる。
「してただろ? 十分楽しめたよ」
 それが世辞なのか、それとも本心から言ってくれているのかはわからない。先程の笑みもわからなかった。人の本心を見抜く力は結構備わっていると思っていたのに、とアーシャは心の中で落胆する。自分もまだまだということか。
 けれど、まあ。
「ありがとうございます」
 世辞でもそう言ってもらえるのは、やっぱり嬉しい。へら、と笑ったアーシャに、エインレールは同じように笑ってみせて、
(あ、これ“本物”だ―――)
 唐突に、それを理解した。どうしてだろう。さっきまではわからなかったのに。疑問がぽんと浮かんだが、それよりもそれを見ることができたという喜びの方が勝っていて、気にならなかった。
 二人並んで家路につく。普段どおりの速さで、けれどいつもよりは少しだけ遅くして。

 ―――それが彼女が羨ましいと語った二人の姿に似てきていることに、彼女はまだ気付いていない。

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