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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 ごゆっくり~、と言うルルアをリビングにおいて、アーシャとエインレールは二階にある彼女の自室へと向かった。
 ドアの前に立つと、何故だかこれまたひどく久し振りのような気がして、なんでかなあ、とアーシャは内心小首を傾げた。中に入る。昨日泊まった城の部屋とは随分と違う。置いてある物の質。部屋の広さ。全てにおいてあちらの方が上なのであるが、どちらが安心するかというと、それはやはりこちらだった。
「あ、そこらへん適当に座ってください」
「そこらへん…って?」
 きょろきょろと部屋を見渡すエインレール。椅子、はあるが一つだけだ。単純計算だ。自分が座ったら部屋主が座れなくなる。と考えると、どうも座る気にはなれない。
 その思いを汲み取ったアーシャは、ベッドに座れば良い、と至極当然のようにそう言った。ら、変な顔をされた。どうもそういう習慣はないようだ。元々シャルリアが来た時なんかはそうしていたから、彼女にしてみればそれが普通だったのだが、彼にとっては違うらしい。
 困惑顔の彼に仕返しが出来たとほくそ笑んで、机の裏に手を伸ばす。鍵が隠してあるのだ。その鍵で机の引き出しを開けると、中にあった立派な小物入れを取り出す。これだけが質素な部屋の中で異彩を放っていた。それほど上等な造りのものであったのだ。その鍵穴に、ネックレスとして首に掛けていた小さな鍵を差し込む。
「やけに用心深いな」
「それだけ大切なものなんです」
 鍵を回して、かちゃっ、と開錠するのが確認できたら、再び鍵を首から掛けた。
 小物入れの中身を取り出し、エインレールの隣に腰を下ろす。
「これは?」
「家宝です。こんな扱いですけど、一応は」
 ちょうど10センチほどの、白色の、十字架を模ったアクセサリー。そうとしか見えない物を前に、エインレールは怪訝そうな顔をした。一体これがなんだと言うのか。はっきり言ってしまえば、どこにでもありそうな物だ。それが家宝であること自体、驚きだが。―――しかし、これを取りにわざわざ帰ったのだから、それなりに価値のあるものなのだろう。
「見ててくださいね」
 そう言うと、ソレをぎゅっと右手で握り締めた。少し経ち、握られた指の隙間から、光が洩れ始める。光がより一層強まったと思うと、十字架が光を帯びながら変化を始めた。驚くエインレールの前で、ソレは一本の細身の剣と成った。柄の部分に、アクセサリーだった時の名残が多少残っている。
「………すごいな」
「でしょう?」
 にこりと笑い、またぐっと拳に力を込める。またも光を帯びたソレは、光が収まった時には、元の形に戻っていた。
「これきっと、役立つと思うんです。元の形状のまま持っとけば、目立たないですし」
 悪用されたら危険な代物だな。普通なら取り上げるところだ、とエインレールは思ったが、少なくともこの少女がそんなことをするとは思えなかったので、それはしないことにした。しかし、その自慢げな顔はふっと曇った。
「でもあたし、これがどういうものなのか知らないんですよね。いざって時に使えなかったらどうしましょう」
「うーん…」
 唸るエインレールは、ちょっと貸して、とそれを取り、じっと見る。
「これ、魔力に反応して形が変わる仕組みなんじゃないか?」
 彼自身に魔法の才能は無いのだが、その代わりとばかりに知識は詰め込んだので、それくらいはわかった。
「ぱっと見だとわからないけど、よく見ると術式が書いてある。どういう式かはわからないけど…マティアならもしかしたら、解読できるかもな」
「マティア?」
 聞かない名前だ。あぁそういや紹介してなかったか、の言葉にこくこくと頷く。
「マティアってのは城の魔法使い。王宮の魔法使いのトップ。父上より魔力は下だが、扱うのは断然上手いから。確かお前に魔法教えるのも彼女だったはずだけど」
「そうなんですか…知りませんでした。じゃあその時に訊いてみます」
「ああ、訊いてみろ。で、答えが解ったら俺にも教えてくれないか? 今まで見たことも聞いたこともない物だし、興味がある」
 良いですよ、と快く承諾したアーシャに礼を言いつつ、もう一度自分の手に握られているソレに目を落とす。
 術式も複雑そうで、正直解読など出来ない類の物だ。これを作った者は相当知識があったに違いない。これほどの腕なら、あるいはかなり名を馳せた魔法使いかもしれない。
「しかしそれにしたって、よくもまあ……ここは宝の倉庫か何かか………」
 人材にしたって、これにしたって、こんな国はずれの地―――といっては彼女たちに悪いが、しかし事実だ―――に埋もれているようなものではない。
 不思議そうな顔をするアーシャに、なんでもないと笑いかけ、
「それよりこれ、どこで見つけたんだ?」
「さあ? 家宝ですから。昔から家にありましたよ?」
 ああ、そういえば家宝とかなんとか言っていたっけ。とあんまりといえばあんまりな扱いに、その事実を少しばかり忘れかけていた。
「………持ち出して良いのか?」
 『家宝』というからには、軽々しく家から持ち出して良いものではないだろう。とりあえず、そんな大切な物が娘の部屋に普通に置いてある時点で何かが間違っている。しかし、国宝をどっかに飛ばしてしまうよりかはマシかと、エインレールはふと遠い目をした。あの時はどうなることかと思った。結果的に返ってきたので良かったものの…。
 もう絶対に彼の近くに国宝級の物は持っていかない、と心に決めているエインレールの隣で、そんなことは微塵も考えていないアーシャが陽気な声で、
「良いんじゃないですか? 大婆様だって、ただ置いとくんだったら宝の持ち腐れだー、って考えの人でしたから」
「大婆様って?」
「この地で一番偉い人です。で、あたしの曾祖母。先月亡くなりましたけどね、老衰で」
「………。……そうか。悪い、無神経なこと訊いたな」
「いえ」
 しんみりとした空気になってしまった。彼女の発言が過去形であることに先に気が付くべきだったと後悔する。
「ところで、さっき言ってた…術式? でしたっけ? それって何なんですか?」
 その雰囲気を戻そうとしてなのか、それとも単純に気になったからなのか、アーシャは素早く話を変えた。
「ん? 知らないのか?…まあ無理もないか」
 なにせ、王子の顔も知らなかったくらいだ。魔法の知識もなかったし。
「術式ってのは、魔法の大元。魔力を魔法として使うための過程のことだ。形状は主に二つ―――言霊と魔方陣だな。他にも存在自体が術式ってのもあるらしいけど…」
 そこで言葉を切った。隣に座る少女の頭からはクエスチョンマークが飛んでいる。よくわかっていないようだった。
「あーっと……魔力ってのは、そのままだと魔法としては使えないんだ。だから、その魔力を魔法として使えるようにするための式が必要になる。それが術式。―――入れ物だと思えば良い。で、その中に入れるモノが魔力。これは固形よりも、液体を想像した方が良いな」
 ここまではわかるか、と訊くと、アーシャは難しい顔をしながらもこっくりと頷いた。なんとなくならわかったのだろう。それを確認して説明を続ける。
「魔力は自分では形作ることができないから、術式―――入れ物が無いと固定の形になれない。術式と魔力、両方が揃ってないと、魔法は発動できないんだ」
「へえ。―――言霊と魔方陣があるって言ってましたけど、一般の…戦闘の時に使うのはどっちなんですか?」
 さすがに両方を憶えるのは難しそうだ。とりあえず、実際の場面で使える方がわかればそれで良い。
「さあ。人によって違うな。併用するやつもいるし…。でも、慣れてくると魔方陣が多いかな」
「戦闘中に? 魔方陣を書くんですか?」
 そんな時間あるだろうか? それともやはり、“書く”以外に何か別の方法が? いかんせん知識が無いのでわからない。アーシャが魔方陣と聞いて思い浮かべるのは、ルークレットが偶に書いているアレだ。小さい作りで、これで何が出来るのだと訊いたら、何も出来ないとの答えが返ってきた。単に憶えておくために書いているだけだという。何なんだ、と思いつつも彼が困ったような顔をしていたので、それ以上問い詰めはしなかったが…――――彼にも彼の事情があるのだろう。
 とにかく、その魔方陣を書くのに、ルークレットはかなりの時間を掛けていた。とてもじゃないが、戦闘中にあそこまでの時間を取ることはできない。
 うぅん…、と唸るアーシャに、エインレールは苦笑した。
「戦闘中は難しいな。それ以外なら書くけど。―――戦闘中なら、魔方陣を魔力で作るんだ」
「魔力で?」
 それでは本末転倒だ。魔力を入れるための入れ物を魔力で作る? どういうことなのだろうか。そもそも形が取れないから入れ物が要るのだろうに。
「うーん……コツっていうか…勘っていうか……、組み立てるというよりは、魔力をそこに置くって感じらしい。で、そこに流し込む。磁石が引っ付くのと同じような感じなんじゃないかな…ちょっと違うけど。なんつか…プラスとマイナスが引っ付くんじゃなくて、プラスとプラスが引っ付く感じだから。たぶん」
 やけに歯切れが悪い。
「エインはやったことないんですか?」
「俺は魔法使えないから。対魔法使いの為に知識だけは蓄えてるけどな。―――だから感覚的な部分は俺に訊いても意味ないぞ」
「わ、わかりました。つまり、えっと、実際にやってみないとわからないもの、なんですね」
 となんとかそれだけ理解する。それについては城に戻ってから、マティアという人物に訊いた方が良いだろう。エインレールからは感覚の面でのアドバイスを受けれないとはいえ、知識については申し分ないので、それ以外のわからなかった部分について訊ねることにした。
「でも、魔方陣まで魔力で作ると、その分余計に魔力が必要になるんじゃあ…?」
 それなら、言霊に乗せる方がよっぽどか効率的だ。
「まあ確かにな。でも、入れ物は何度でも利用可能なんだと。一回作れば、後は魔力が尽きない限り、連発できるから」
「なるほど」
 うんうんと頷く。それなら納得がいった。戦闘時においては、言霊を唱える時間すら惜しいのだろう。なにせ一秒が勝敗に関わる。命懸けの戦闘だったら尚更だ。
「それに魔方陣ってのは、省略が可能らしいし」
「え、そうなんですかっ?」
 ルークレットの書いていた魔方陣を見た時は、正直複雑すぎて、よくもまあ憶えていられるなと思ったものだ。それが簡略化できるのなら、とても助かる。どうやら自分は城に戻ってから、そういったものを片っ端から憶えなくてはいけないようなので。
「俺にはよくわからないけどな。基本があって、そこから応用して変化させてくらしい。魔力の質は人それぞれだから、そこまでは自分で辿り着くしかないらしいけどな。それにその応用したのは、自分か、自分と同じ系統の魔力持ってるやつしか利用できない」
「…ってことは、結局基本憶えなくちゃ駄目なんですね」
「そりゃまあ、な」
 がっくりと項垂れた彼女を慰めるように、
「大元(魔力)はあるんだし、頭で憶えるっていうよりも、感覚で覚えるものだから、案外大丈夫なんじゃないか?」
 フォローになっているような、いないような、どっちとも取れる言葉を掛ける。
「んー…頑張ってみます」
 剣が扱える分、絶対に必要というわけではないが、それでもあった方が何かと便利だろう。
 よし、と気合を入れ直す。 何事もやってみないことにはわからない。出来たら万々歳、くらいの心意気でいれば良い。

 ―――少なくとも、この時はそう思っていた。

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