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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「思ってたよりも広いんだな」
 ツベルの地に到着したエインレールは、開口一番にそう言った。最初に言うことがそれかと、アーシャは少し呆れる。もっと他にあるだろう。空気が美味しいとか、緑が溢れているとか。
 まあいいや、と結局それらを口にするのは止め、首を左右に軽く振ると、自宅へ向かう。足音からして、エインレールはちゃんと後ろについて歩いているようだった。
「アーシャ!」
 呼び止められ、立ち止まる。
「リュカ?」
 友人の名を呼び、声がした辺りを見る。彼は身長が高いし、そうでなくてもその間に障害物はないので、すぐに見つかった。
「帰ってきたんだ。おかえり! ちょうど良かったよ、これからツベルの実を見に行くところでさ。アーシャもどう?――――って、そっちの人は?」
 こてん、とリュカが首を傾げた。身体は大きいくせに、子供のような動作をするものだから、笑いを誘う。アーシャの場合は、それがおかしいからという理由よりも、懐かしいという理由の方が大きかったが。…一日しか経っていないのに情けない。これでは先が思いやられる、と考えながら、その誘いを断った。本当ならすぐにでも言ってツベルの実の様子を確認したかったのだが、エインレールもいるのだ。
「彼は…えぇと……」
 どこまで言って良いのだろう。困ったアーシャを助けるように、後ろにいたエインレールが彼女の隣に並ぶように一歩前に出て、口を開いた。
「突然にすみません。私、エインレール・ヴェイン・シャインと申します」
 うわあ。言っちゃったよ。
 アーシャは頭を抱えたい気分になった。しかも、なんだってそんな畏まった言い方なのか。ぽかんとリュカが間抜け面を見せている。無理もないと思う。出来ればそのまま放心していてほしい。少なくとも、二人がここから離れるまでは。
 ぐいっ、とアーシャはエインレールの服の袖を引っ張った。
「ん? なんだ…」
 早くここから離れよう、と言おうと口を開いたのだが、どうやら遅かったようだ。
 リュカが復活した。すごい…、と小さく呟き、
「エインレール…ヴェイン……ってことは、王子様?! すっごい、俺今まで見たことないよそんな高貴な人! むしろ一生見れないと思ってた! すごいなあ!」
 あぁあ…とアーシャは再び頭を抱えたくなった。こうなると彼はなかなか止まらないのだ。子供のように目を輝かしている。これで自分よりも三つ上で、しかも今年成人した身であるのだから、信じられない。背は伸びたが、中身は子供のソレと変わらないのだ。うわあっ、と子供のように歓声を上げるリュカの声に、なんだなんだと今まではいなかったはずの人が次々と家から顔を出し始めた。
「こうなるからリュカには言わない方が良かったのに…」
「先に言え、先にっ」
 さすがの王子も、引き気味だ。
 集まってきた人を見渡す。いない人を捜す方が大変そうだ、と思った。思ったよりも広い、と先程エインレールは称したが、あくまで思ったよりも、であり、実際小さなところだ。住民も皆家族のような感覚である。
 とりあえずその注目の的である王子から距離を取っておこうかと、アーシャが考え始めた頃である。
「アーシャ!」
「げ。母さん…」
 ああ、最悪だ。走り寄ってくるその姿は、本当に嬉々としていて、なにやら色々な誤解があるような気がして怖い。しかも、しかもだ。近付いてきて早々、帰ってきた娘に対して、「おかえりなさい」でもなんでもなく、
「でかした!」
「何がだ! 何が!」
 頼むからその誤解を周りに振りまいてくれるな! 半ば泣きそうになりながら、アーシャはルルアに向かって叫んだ。本当に頭が痛くなってくる。
「え、なになに、どういうこと?」
「王子様だよね。王子様がアーシャと一緒に?」
「おお。もしかして赤飯がいるのか? そうなのか?」
「お赤飯大好きー」
「ぼくきらーい」
 最後の方は子供の言葉だし、実際中身も可愛いものだ。が、そこに至るまでの大人たちの会話はいただけない。
「あー。そっか、なんかツォンの剣拾ったって言ってたもんねぇ」
「それでか。なるほどな。挨拶ということか。それともまさかこっちに住むのか?」
「納得するな! 違うっつの!」
 そのまま放置してはあることないことが広がっていきそうで怖い。ここで止めておかなくてはと、アーシャは声を張り上げた。
「え? 拾ってないの?」
「拾っ…たけど。でもそうじゃなくて! あたしはただ荷物取りに来ただけで!」
「なんだ、あっちに住むのか」
「違うっ! いや違わないけど……でも意味が違う!」
 …駄目だ。話にならない。興奮した彼らになんと言おうと、他の意味に取られてしまいそうである。しかも、馬鹿正直に『お姫様が狙われてて危険だから助けるために城に行きます』なんて言えない。いや言えるか? むしろ言った方が楽か? アーシャは周りの興奮に当てられ混乱し始めた頭を押さえ、どうしたものかと考え、
「結婚おめでとー」
「しないわ!」
 とりあえず叫んでみた。
「あ、間違えた。婚約おめでとう?」
「それも違う!」
 否定した瞬間に、ええーっ、と落胆したような残念そうな、そんな大合唱が聞こえた。なにかこちらが悪いことをしている気分になってきて、思わず、う…、と呻くが、しかしここで引いたら後が怖い。ともすれば逃げ腰になりそうな自分を叱咤し、一から説明することにした。どうせなら、全員(正確には、“ほぼ”全員だが)が集まっているこの場が好ましい。後から聞かれてまた話すのは嫌だし、人づてだと話が変わっていきそうでそれもまた怖い。
 エインレールを見れば、小さく頷いた。話しても良いということか。アーシャはとりあえず、剣を届けたこと、婚約は断ったこと、それから勘違いで命を狙われたこと、姫様を護るのに協力すること、そのためにまた城に行くことを告げた。要所要所のみ言い、細かいことは省く。それで大体、周りは理解したようだった。最後に声を張り上げる。
「あたしが協力すること、誰にも言わないでね! 皆を信用して話したんだから、絶っ対に口外しないこと。したらいろいろと厄介なの」
「わかったわかった」
「了解ですよ」
「でも城下町に知り合いいるんだ。その人は、なあ」
「ああアイツは口も堅いし、なあ」
 全然わかってない。
 はあっとため息を吐いたら、ようやくこの騒動の発端である彼が口を開いた。
「皆さん、お願いします。私の妹の命が掛かっていることなのです。どうか先程の話は、皆さんの胸にのみしまっていただきたく思います。ご協力をお願いいたします」
 王族の威厳というのかなんなのか、それまでの騒ぎようが嘘のように、しんと静まり返る。皆が一様に顔を見合わせ、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「そうだなぁ…命掛かってるんじゃなぁ………」
「俺も妹いるし…」
「言うのは、いけないか…」
「いけないよな…」
「うん、いけない…」
 誤解が広まるのも早いが、こういうことが広まるのも早いようである。良い意味でも悪い意味でも素直なのだ、彼らは。それがアーシャが彼らを好きでいる理由であり、また同時に頭を痛める理由である。
 静かになりすぎて、誰も動けなくなった場で、アーシャはぱん! と手を叩いた。
「そういうわけだから、わかったでしょ、みんな。ほら、さっさと戻る! リュカ、貴方は今から森に入るんでしょ? あんまり遅いとシャルが怒るよ?」
「どうしてアーシャ、シャルが行くこと知ってるんだ!?」
「あの子が行かないなんてことの方がむしろありえないって」
 三度の飯よりもツベルの実が好きな子である。…いや、ツベルの実も食べれるし、だから、飯、にもなるのだが、一応。
 なるほどと手を打ったリュカに、くすくすと笑いかけた。
「シャルがいるなら、ルークも一緒なんでしょ? 待たせちゃ悪いよ」
 ルーク―――ルークレットというのは、元旅人の男のことだ。ちょうどリュカと同い年。五年程前にシャルリアが倒れているところを“拾った”。文字通りの意味で。
 あの時はビックリしたものだ。いや、旅人が倒れていることも充分驚くべきことだったのだが、何よりあのツベルの実しか興味がないというシャルリアが、何を思ってか(たぶん気まぐれ)、引き摺って連れてきたのだ。その時点で扱いがあんまりだったのだが、周りが言った、よく連れてきたね、といういろんな意味を含んだその言葉に対する、衝撃の返答。
 『人間が落ちてた。拾ってくるのは当然』。
 無表情で、彼女はそう言い切ったのだ。そりゃあもう、衝撃だったと思う。彼女と慣れ親しんできた他の者ですら唖然としていたのだから。当人の意識がないことが、唯一の救いだった…。
 せめて『人が倒れてた。助けるのは当然』にして欲しかったなあ、とアーシャはあの時のことを思い出すと、いつもそう思う。それはそれで、彼女がそんな発言をしたということに皆が驚きそうだったが。
 とにかくそんな経緯でこの地に住むようになった彼は、現在シャルリアの家でお世話になっている。拾ったらきちんと面倒を見なくちゃね、と彼女の母が言ったからだ。犬猫じゃあるまいし、とは思うが、しかしそこはこの親子。まさにこの母にしてこの娘あり。そんな感じ。
 まあけれど、拾ってもらった恩と住まわせてもらっている恩があることは確かなのだ。そこに別の感情があることは、それを向けられている彼女以外には周知の事実となっているのだが、それがなくても真面目な彼のことだから、彼女の護衛役ぐらい買ってでるだろう。だからシャルリアが森に行く時は、決まって彼も一緒だ。行き倒れの件と良い、いまいち頼りないのだが、腕は確かなので頼れる。普通なら、どっちなんだよ、とでも言いたくなるが、しかし本人を見たらわかる。彼は頼りないけど頼れて、頼れるけど頼りないのだ。
 見たところ両者の顔は見えないから、おそらく森の入り口でリュカを待っているのだろう。アーシャの話はリュカから伝わるはずだ。仮にちょっと話がおかしくなっていたとしても、あの二人は頭が良いから、なんとなく察してくれるだろう。そう信じる。
「それじゃ、俺二人待たせてるからもう行くな!」
 その声にハッと我に返る。意識がどっか変なところに飛んでいた。危ない危ない。
 またなー、と手を大きく振りながら駆けていくリュカに手を振り返す。見れば、野次馬の数は急激に減っていた。ホッと安堵したところで、ルルアが口を挟んだ。
「国王様に失礼なことしなかったでしょうねぇ?」
 う、と言葉に一瞬詰まり、けれどそれを気取られぬ前になんとか取り繕って笑った。
「するわけないじゃないの」
 まさか喧嘩を売るような発言をしたなんて、言えない。
「なら良いけどね。貴女暴走するととんでもない行動をするから」
 言いながら、歩き始めた。どうせ目的地は同じだ。その後ろに続く。
 隣でエインレールが笑いを堪えているのが見えた。いや、顔は真面目なのだが、時折ぴくっと頬が動いている。なんだか腹が立つ。思い切り足を踏んでやった。
「っ、た……」
 小さく悲鳴が上がる。幸運なことに誰も見ていなかったようだ。というか、誰かに見られていてもばれないような角度と力加減でやったので、見られていてもおそらく気付かれはしなかっただろうと思われる。
「?」
 その悲鳴を聞いてか、ルルアが振り向き、
「あ、いえ、なんでもありません」
 多少引き攣った声と顔で、そう返す。けれどルルアは気付かなかったらしく、もしくは気付いてもあまり重要なことではないと思ったらしく、「そうですか」と言うと、また前を向いた。
 それを確認したところで、小声でこそこそと話し掛けた。
「何すんだよ…」
「何のことですか?」
 あくまでしらばっくれる様子のアーシャに、エインレールは、
「…ばらすぞ」
「すみませんでした」
 何をばらすのか。誰にばらすのか。そんなことは言わずもがな、である。自分が最大の弱みを握られたことを理解したアーシャは、即座に謝罪の言葉を告げ、顔を青ざめさせた。

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