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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 どさり、と最後の書類を分別する。当日分の仕事をすべてやり終えたセィランは、ふう、と息を吐くと、早々に出掛ける準備を始めた。その様子にヨーゼアが、おや、と顔を上げる。
「やけに急いでるね。もしかして、シンデレラのとこ? 申し込み?」
「違う。単に話しに行くだけだよ」
 構っている時間も惜しいとばかりにそれだけ言うと、必要なものだけ手にして、部屋を出て行く。幼い頃からの躾がしっかりなされていたためか、その表情は急いているものだというのに、それ以外の…例えば、歩き方や扉の開閉といったものは、ひどく静かに行われた。
「アンバランスな…」
 思わずヨーゼアは呟き、しかし仕事の途中であったことを思い出すと、再び書類に目を通し始める。
 しかし、意識の隅では、友人を応援する気持ちが消えずに存在していた。本人は違うと言っていたが、そうでなくても、改めて意識をする良い機会だ。あれだけ頑なに否定していた彼が、どうして彼女の元に行こうという発想に至ったのかは甚だ疑問であったが。
 ちろりと一度、自分の上司であり、彼の父親である男を盗み見る。
 まるで睨み付けるかのように書類の内容を目だけの動きで見ていた彼は、その目を留めることも、その顔を微動することもなく、どうした、とヨーゼアに向かって声を掛ける。質問、というよりかは、尋問というものを彷彿させるその声色と纏う空気の威圧感に、若干圧され気味になりながらも、いやねぇ、と軽口を叩いた。
「モウルさんの用意した、パートナー候補。どうする気です? なんか、無駄になりそうな予感が。というか、無駄になって欲しいという期待が、あるんですけど」
 でも面倒ですね、と続けた。もし…そう、もし、仮に、そうなったとしたら。相手にはどう言えば良い。既に打診していたとなると、相手方の期待もそれ相応に膨れ上がっているはずだろう。しかもそれをしたのが、モウルだとしたなら、尚更だ。
 普段どおりの口調の中に、そんな意図を紛れ込ませる。どうする気なんですか、と。
「無駄になどならんよ」
 きっぱりとした物言いに、少々むっとする。その怒りに気付いたモウルは、しかしにやりと口元を歪めてみせた。
「元々いないからな、そんなもの」
「…………は?」
「手が止まっているぞ、ヨーゼア」
 その注意に、身体が勝手に反応した。思考が働くよりも先に、視線が手元の書類へと戻る。
 内容を頭が取り込む。庭園に掛かる費用の決算書……苗、肥料、備品…維持費は妥当な値だ。改竄の疑惑は薄いように思う。それとは別の紙に書かれた、関連事項。どうやら備品にがたが出始めたらしい。なるべく早い内に、との要請だ。今すぐ、は無理だろう。そもそもそのがたとやらがどの程度であるのかは、話を聞かなければわからない。庭師は優秀な人物であるため、無茶くちゃは言っていないのだろうが、それでも。さていつが良いか。不満を高めることは避けるべきだ。なにしろこの城の魅力といえばやはり、あの美しい庭園であるのだから。だとするなら、早めに。頭に自分のスケジュールを浮かべる。まだ予定が入っていない時間―――最も早くて五日後か。しかしそれでは駄目だ。仕方ない、三日後に予定していたものと入れ替えるか。
 ―――じゃ、なくて。
 ぶんぶん、と頭を振った。その低い声に、思わず仕事モードに入ってしまった。だめだ。ある意味職業病である。ただ途中で投げ出してまた話に戻るのもどうかと思ったので――というよりも、そんなことをしたら、その後の上司の反応が恐ろしかったので――その書類は処理済の箱に。備品の方については、近くに置いてあるメモに先程考えたことを走り書きする。
 さて、これで今日の仕事は終わり。
 これなら文句は言われないだろう。どうだ、と言わんばかりに彼を見やる。
「ご苦労」
「…え、それだけ?」
「なんだ、不満か」
「いえまったく全然」
 言ってみただけです。ヨーゼアはしらっと言う。内心は結構驚いていたが。
 それだけ、と言ったが、実のところ、彼が「ご苦労」なんてまるで労うかのような言葉を掛けたこと自体が珍しいのだ。全然“それだけ”のことじゃない。
 きっとモウルさんも疲れてんだなー、とあえてずれたことを考えながら、ヨーゼアは話題を戻す。
「で。いない、ってのは…」
「そのままの意味だ」
 確り相手の言葉の意味まで捉えて返答をしながら、しかし処理するスピードは劣らない。流石だ。
「大体なんで私が、アレにそこまで世話を焼いてやらなくてはならない。そのくらい自分でやれ」
 ふん、と鼻を鳴らす。彼の性格上、この言葉は特に珍しくもないものであった。が、次にはその表情を思い切り崩した。
「――と思ったんだが、あのままじゃ踏ん切りがつかん気がしてな」
 やれやれと首を振る。
 彼は基本的に、仕事以外では放任主義を貫いている。目に余る行動が目立てば諫めるのだろうが、そもそもセィランはそういう行動をしない。あれは無駄に真面目すぎるのだ。少しははっちゃけたって罰(ばち)は当たらないだろうに、と考え、モウルの顔がぽんと浮かんだ。…前言撤回。罰は当たらなくても、拳骨の一つくらいは飛んでくるかもしれない。少なくとも、厳しい口調で延々と説教をされることは必至のように思えた。想像しただけで背筋がぞっとする。上から自分たちを見守っているという神様よりも、よっぽどか彼の方が怖かった。
 とにかく。
 セィランは、そういったプライベートのことにおいて彼に何かを言われたことはない。少なくとも、ヨーゼアの知る限りにおいては。
 その時点で気付くべきだったのかもしれない。“あの”モウルが、セィランに黙ってパートナーを決めるはずがない、と。
「セィランが知ったら怒るだろうな~」
 ぽつりと呟いた言葉に、モウルがしれっと返した
「大丈夫だ。言わなければ良い」
「うわ。それってつまり、俺も共犯ってことですか?」
 言うと、初めてその目がヨーゼアへと向けられた。
「ヨーゼア、これは命令だ」
「やな命令だな~」
「聞かない気が?」
「まさか」
 確かにあれくらいは言ってやらなければ、彼は動かないような気がした。それを考えると、流石彼をここまで育ててきただけのことはある、と感心さえする。
「でも…あっちから相手がどうなったか訊いてきたらどうする気なんですか?」
「その時は正直に答えてやろう」
 ただし、とモウルはにやりと笑った。
「訊いてきたら、だがな」
「あらぁ、意地の悪い台詞だこと!」
 そんな相手のことなどどうでもいいと思っているはずのセィランが、訊いてくるはずがないではないか。よしんば訊いたとしても、「打診したかどうか」くらいだろう。もちろん答えは「いいえ」だ。相手の反応も訊くかもしれないが、それだって「問題ない」の一言で済ませられる。…実際、問題などあるはずがない。いないのだから。
 セィランはおそらく、それだけで満足してしまうに違いない。それ以上突っ込んで訊こうとはまず間違いなく思わないだろう。自分がうまいこと踊らされていたことになど、一生気付かないのだ。気付いたとしても、それは随分と先の話になるだろう。そんな予想が楽に立てられた。
(ま、本人が幸せなら、それならそれでいいけどねぇ)
 ヨーゼアは一つ息を吐くと、仕事に戻ることにした。後は彼次第だ。自分たちがどうのこうのと言ったところで、しょうがない。温かく見守っていてやるのもまた、友人の役目である。
 …まあ。
 興味半分でちょっとはちょっかいを出すかもしれないけれど。

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