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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 その日も例に違(たが)わず、レイ=ゼンは机に向かっていた。ようやく一段落ついた、と息を吐いた時だった。ばんっ、と少女がノックも無しに部屋に飛び込んできたのは。普段ならば絶対にそんなことはしないだろう。するなと強く言っているし。
「イル=ベル」
 戒めようと、とりあえず少女の名を呼んでやれば、けれど彼女はそのままレイ=ゼンの机の前まで歩みを進めた。書類の山は昨日纏めて提出したので、イル=ベルでも普通に歩くことが可能な程度にはなっている。
「レイ=ゼンはこのところずっと部屋に篭りきりなのですね」
 何を言うのかと思いきや、そんなことか。レイ=ゼンは、はあっとため息を吐きながら、だからなんだ、と返した。
 別に、部屋に篭ったままになるというのは、今に限ったことではないだろう。特に今の時期―――つまり、書類の提出期限が目前に迫っているような時期は、いつだってそうだった。まあ、それも昨日までの話で、今日からはある程度休息も取れるだろう。…誰かが問題を起こさなければ。
 しかし元を正せば、それは出来るというのに面倒だからとか面白くないからとかいう勝手な理由で仕事をしないムトリ=ルーや、やる気はあっても失敗ばかりして結果的に元よりも多い量としてくれるイル=ベルが原因だ。普通ならば三人で分けてやる仕事を一人でやっているのだから、多少の無理は必要だろう。お陰さまで、“仕事中毒者”なんて不名誉な渾名を付けられてしまったが。
「ずっとずっと外に出ないのは、身体に悪いのです!」
 いつになく真剣な顔をしているイル=ベルは、そんなことを言っている。
 確かに普通ならば身体には悪いだろうが、別に人間ではないレイ=ゼンたちに、良いも悪いもないはずだ。“神”は基本的に病などに侵されるわけでもなければ、本当は休息だって必要ないのだ(まあ“疲れ”は溜まるので、それを解消する一つの方法ではあるが)。特に食事は、完璧に嗜好品だ。
 そういうことを全てちゃんと理解している上で、何故彼女はそう言うのか。
 答えはすぐに得られた。
 だから、と続けられた言葉の先。
「お祭りに行くのです!」
 結局、自分が行きたいだけじゃないのか? と思ったのは伏せておいたが、恐らく顔に出ていたように思う。普段だったらそれだけで怯えてみせる彼女は、祭り特有の高揚感がその身を包んでいるためなのか、全く意に介した様子を見せなかったが。
 行こう行こうと駄々を捏ね始めるイル=ベルに、わかったからと返事をすると、途端にぱっと顔が綻ぶ。そのまま「ムトリ=ルー、レイ=ゼンも一緒に行くのですー!」と叫びながら部屋を出て行った。元気なもんだ。その直後に悲鳴が上がっていたのは、どこかで転んだのか、それともぶつかったのか。
 やれやれと思いながらも、立ち上がる。いつもだったら渋るものを、つい承知してしまったのは、仕事が一段落したというのもあったのだろう。
 まあいいか。偶にはそういうのも。


 ――――――全然よくなかった。
「言い出した本人が来て早々迷子とはどういうことだ…?」
「まあイル=ベルだからねぇ」
 無意識に低くなる声に、いつもと変わらぬ調子で返したのは、ムトリ=ルーだ。彼はそれでも一応捜す気はあるらしく、その視線をきょろきょろと辺りに向けている。ただその行為にどこまで意味があるのか。ただでさえいつも混んでいるのに、今は更に祭りがあるときている。ひと一人捜し出すのは至難の業だろう。
 まあ特徴を伝えれば、もしかすると目撃証言くらいは得られるかもしれない。なにせ彼女は目立つし。
 嘆息気味に息を吐きながら、レイ=ゼンは祭りのために煌びやかに彩られた―――否、“ここ”は普段から結構そんな感じだったが―――街を見た。


 ここは商業世界・セルディアンヌカルトだ。通称名は、セルディ。世界の形状は街。とても広い街。けれど普通の世界と比べるなら、随分と小さな世界。
 だがこの世界の名を知らぬ神はいないだろう。なにせここは、神のための世界なのだから。
 基本的に、神は“下”に降りてはいけない。特例として、それが許されている世界もあるのだが、基本はそうだ。けれど始終自分の世界の“上”にいるというのは、やはり辛いものがある。
 だから、ここが出来た。
 だから、ここは成立した。
 ここは神のための世界だ。正確に言うと、『神だけのために創られた世界』だ。住民(神には「商人」と呼ばれる)は全て、なんらかの職を持ってして、神々を迎え入れる。“下”の者は普通ならば知り得ぬ“神”という存在が、確固たる事実として、そこに当然のようにある存在として、全ての者に受け入れられている、唯一の世界。
 唯一、神が“普通”として受け入れられる、世界。
 だからこそ、数多の神がここを訪れ、楽しむ。神にとってみれば、ここは唯一娯楽が得られる場所だ。ルクシュアルのように三人の神が一つの世界を纏めているというようなことは、実は少ない。ずっと一人。ずっとずっと独り。それはとても寂しい。
 神にだって、感情はある。
 だから、集まって、話をして、間接的なものではなく、直接的に、他者との関わりを求める。求めずにはいられない。
 時折それすら凌駕して、一人で居続けられる者もいるが、それは本当に一握りだ。
 故に、セルディにはいつも人が溢れかえっている。


 そんな中で迷子になったら?


「困ったね。どうしたものかなぁ」
 くすくすと笑いながら、ムトリ=ルーが言う。全く困った風には見えないことが、頭痛の種だ。
 レイ=ゼンは頭を抱え込んだ。もう、勘弁してくれ。いや、気付くべきだったのか。ここに来ることになった時に、まず。
 同伴者が、どうしようもないどじ娘―――それこそ周りから“生粋の問題発生源(トラブルメーカー)”と噂され、その上、「トラブル量産中!」なんてコピーを付けられ揶揄されるくらいには頻繁に面倒などじを踏むということを。

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