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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 翌朝起き上がったエインレールがアーシャの部屋の扉を開けた時、一番に目に飛び込んできたのは、青い鳥の後ろ姿だった。
「おはようございます、エイン」
 振り返ったアーシャが笑う。
「おはよう。…渡したイオペガ、役に立ってるか?」
 はい、と答えたアーシャが、ますます笑みを深めたのを認め、エインレールも笑みを返す。罪悪感を払拭するためだけに送ったそれが、けれど彼女の救いに少しでもなっているのなら、それは純粋に嬉しいことだと思った。
「キューちゃんと名付けたんです。名前が無いのは、不便ですから」
「お前それ、絶対鳴き声聴いて付けただろう」
「あれ、バレました?」
 えへへ、と笑う彼女に、今後は彼女に何も名付けさすまいと、心に決める。あまりに単純すぎる命名方法は、なんだか少し寂しい。
 もう少し凝ったものにすればいいのに、と零せば、妙に角張った名前を付けるよりかは簡素な方がスッキリしていていいじゃないですか、と言い返される。少しでも納得してしまった時点で、自分の負けは決まっていた。それでも、次は彼女に任せきりにしないようにしよう。そこまで考え、眉を寄せる。そもそも“次”なんてあるのか。
「さて、エイン、陛下のところへ行きましょう」
 勝って揚々としているアーシャの顔を見て、考えても仕方のないことだな、と自分の考えを笑って一蹴する。
 それから、前々から気になっていたことを、訊ねた。
「なんで父上のことを、陛下と呼び始めたんだ?」
 最初は、“王様”だったはずだ。
 訊ねられたアーシャは、んー、と視線を上の方向に向けながら、「区切りでしょうか」と言った。
「区切り?」
「そう、区切りです。あたしの一番は、ツベルの地です。それは今も変わりません。ならそのために誰の下に付くのか。それをハッキリさせるための、証…ってところでしょうか」
 もっと他にも表現方法ってあると思うんですけどあたしにはコレ以外思いつかなくって、と照れたように笑うアーシャを見て、ああ彼女は本当に自分の父に付き従おうとしているのだと気付く。彼女の言葉、纏う空気が、それを主張していた。
「だから、ひとまずエインを裏切ることはないですよ」
「…その上で、裏切らせないための努力は、最大限にするつもりだ」
 俺はお前を失えないんだ、と心の中で続けた。それは確かに恋慕の情で、しかし“真実”を知った後にはそれ以外の意味が含まれるようになっており、それが、やけに不快だった。
 というより。
 ここまであけっぴろにしておいて、何故彼女はこちらの気持ちに気付かないのだろう。
 横目で、「ぜひそうしてください」と上機嫌で歩くアーシャを見る。
 あるいは、気付かないフリをしているのか。もういっそ、その方がしっくりくるような気もした。
 ―――だが、そうでないとしたら。
 それはきっと、アレの所為だ。エインレールは不意に、あの虚ろな目をしたアーシャを思い出す。
 心の奥底で全てを理解していながら、けれど知らないままでいなければいけない、矛盾を抱えた彼女を。
 それは、いったい彼女のどこまでを呑みこんだのだろう。どこまでを呑みこみ、封印したのだろう。
 そこに確かに自分の希望が滲んでいることを自覚する。全く気付いていないよりかは、封印した先に望むものがある方が、希望に見えた。それがいつか必ず解かれることを、知っているが故に。
 たとえその想いが、ひどく愚かしい人形劇の一端だったとしても。
「―――エイン」
 呼び掛けに、混濁した意識を引き上げ、顔を向ける。
「着きましたよ」
 明るく笑う彼女に、救われる。その彼女に対して、だから、自然と顔が綻んでしまったのは、仕方がないことで。
「え、エイン?」
 途端に居心地が悪そうになったアーシャの様子に我に返り、なるべく明るい声で「それじゃ入るか」と告げた。頷く動作を見届けたところで、扉越しに声を上げる。
「陛下。エインレールです。ただ今参りました」
「アーシャも一緒かい?」
「はい」
 アーシャに対する敬称が完全に取れていることをそこで知り、それから改めて、彼の中でのアーシャの位置づけも決まったのだと、理解する。
 どうぞ入って、と軽く言われるが、自分自身は硬さを留め、仰々しく扉の前で一礼すると、扉が自然と開いた。
 また無駄なところで魔法を使って、という嘆息は、心の中に押し込める。
 再度礼をし、それから足を踏み出した。もう足を踏み入れることが何度目かになるためだろうか、それとも心持ちの問題か、アーシャも最初の頃とは打って変わって、落ち着いた様子で入室する。
「やあ、エイン君。身体はもう大丈夫なのかな?」
「おかげさまで、このように動けるまでに回復いたしました」
 にこり、と余所行きの笑顔を浮かべる。何が可笑しいのかくすくす笑う父王は放っておき、「襲撃の件でお呼びとのことでしたが」と早速本題に入る。
 せっかちだなあ、と笑ったクレイスラティは、けれど自分も次の瞬間には、王へと変わる。その様を見、せっかちはどっちだよ、と内心で毒づいた。
「先の襲撃の件だが、まずはアーシャ、君にことの顛末を説明してもらおう」
「はい」
 アーシャは頷いた。それから、彼女がクリスティーに扮した“影”に会った時のことから、実際に襲撃が起こるまでの間のことを語る。聴きながら、彼女の様子が明らかに変わった時のことを思い出した。あの時に無理やりにでも、話を聴き出しておけばよかったと思う。王の臣下としてではなく、…彼女を想う者として。
 彼女はこうしてまだ自分の隣にいるが、それはあくまで結果論でしかない。次もそうとは限らない。
 自分は、彼女を失えない。
 疑うと決めた時から、更に大きくなっていく想いを見定め、嗤う。決して純粋なだけではない、自分の気持ちを。
「なるほど。大体はこちらの把握と同じだな。…ところで、君はいつ“こちら”に気付いたのかな」
 こちら―――それが示すのが、王の“影”であることは、言うまでもなかった。
 王とアーシャの視線が絡み、刹那、静かな空間が生まれる。それを壊したのは、後者だ。
「初めの接触の時には、気付きませんでした。お恥ずかしい話、動転しておりましたから。でも、いろいろ考えるうちに、貴方が何も手を打っていないことの方がおかしいと思いました。それで二度目、意識して周囲の気配を探っているうちに、影を見つけましたので。…それからは注意していましたけど、普段からちょくちょく、こちらをうかがっていましたよね。―――ああ、陛下の側についた理由は、あの騒ぎの中、あちらにお伝えしたとおりです」
 王家についた方が、自分の護るツベルの民に有利に働く。言葉にすると手前勝手な言い分は、やけに彼女らしかった。脇腹の痛みに耐えながら、それを聴いた時に、可笑しく感じたことを憶えている。
 王は片眉を上げて、驚きと称賛を示した。
「本当、なかなか敏感だな、君は。影の気配に気付くなんて。…向こうの影でさえ、気付かなかったのに」
「アレは、影ではありませんでしたから」
 アーシャはきっぱり、否定した。
「今回はその位置にいたようですが。でもあれは普段からそうなりきっている者ではありません。だから気付かなかった。気付けなかった」
 その答えに、クレイスラティは満足したようだった。
「そのあたりは、もしかすると先方も了解済みだったかもしれないな」
「踊らされていた、と?」
 自分たちだけではなく、あの“影”も。それにしては、“影”を見捨てなかったあの行動が、不自然だ。
「首謀者のこともね、さっぱりだ」
 少しでも引っ張り出そうと、こちらも罠を張り巡らせたんだけどなあ、と言い、やれやれと肩を竦めるクレイスラティは、つとアーシャを見やり、
「せっかく一芝居打ったのにね」
 にこやかに笑った。
「一芝居…といいますと、襲撃当日のアレのことですが」
 具体的にどこからどこまでが“芝居”であったのか、今回はどちらかといえば蚊帳の外に追いやられていたエインレールには、わからなかったのだが。
 大体が、彼らにそんな打ち合わせをする時間があったようには思えないが。
「役者もびっくりな、息の合った名演技だっただろう?」
「そんなことはなかったです。本っ当に、ないです」
 アーシャが嫌そうな顔で否定した。そんな彼女の目の前で話を蒸し返すのも少々申し訳ない気がしたが、父にだけ訊ねても何かしらの脚色が入りそうな気がしたので、彼女を巻き込んで事情を聴くことにした。
「あれはいったい、どういう仕掛けだったのですか。私には、アーシャが父上を討ったようにしか見えませんでしたが」
「まだまだだねえ、エイン君」
 ふふんと笑う父に、若干イラッとしたが、なんとか押し殺し、「何がでしょう」と訊きかえす。
「まずその時点で疑問に思わなくちゃ。何故あの場で、彼女が魔法を使えたと思う?」
「それは…」
 答えようとして、詰まる。何故、あの場で、彼女が魔法を使えたか。
 ―――王宮は、たとえどれだけ警備に信頼を置いていたとしても、最悪の事態を想定しなくてはならない。たとえば、その警備をかいくぐり、侵入者が式典に乱入したとしたら。魔法は、乱入の手段のひとつとなり得るものだ。だからこそ、まず“使わせない”対策が取られるのだ。
 王の認めた者にしか、魔法を使わせぬ、その対策が。
 つまり彼女があの場で魔法の使用が許可されているということは、―――“そういうこと”だ。
 そこで、ふと疑問が頭をもたげた。
「しかし、彼女に魔法使用の許可を与える暇は、無かったはずですが」
「ああ、無かった。だから致し方なく、あの時あの場は、魔法の使用を一時的に誰にでも許可していた」
「なっ…」
 エインレールは目を見開いた。なんて危険なことを、しかも独断でやってくれるんだこの人は!
「…でもねエイン君、僕の前で魔法を使ったところで、特に勝ち目無いと思うんだよね。現実的に考えて。ねえ?」
 完全に“素”に戻っている自らの父に、「それはあんたの都合だろう!」と思わず叫ぶ。
 あはは、と誤魔化すように笑ったクレイスラティは、「それはさておき」と自分が振った話題を早々に畳んだ。
「後はまあ、魔法が使える者同士の、目くらまし、かな」
 どういうことだ、とエインレールはアーシャに視線を投げかける。
 その視線に気付いた彼女が、ええとですね、と話を引き継いだ。
「あの場では一度、敵に“自分の作戦が成功した”と思わせたかったんです。というよりかは、“王が死んだ”ことにしたかった、と言うべきでしょうか」
「死んだ人間の動向なんて、誰も気にしないだろう。みんなの注意が彼女に向いている間に、私が少しばかり彼らを捕まえる小細工をさせてもらってね。…結果的には、逃げられてしまったんだが」
 なるほど。言いたいことはわかった。しかし、いったいそれをいつ打ち合わせたというのか。その疑問が顔に現れていたのか、クレイスラティは低く笑った。
「駄目だな、エインレール。私は前にしっかり、答えを言っているよ。私自身は、一度も彼女に指示をしたことはない、と」
 いつのことだ、と眉を寄せる。しかし、自分が聴いているということは、機会はあの襲撃の時のみだ。痛みで朦朧とした中、なるべく多くを憶えていようとしたが、それでも忘れていることもある。
 ただ、彼はそれ以上口を開こうとしないところを見ても、その件はその一言で事足りるのだろう。すぐに思考を切り替える。
 指示なしで動く。それが真実だとしたら、かなりの信頼関係が築かれているはず…なのだが、この両者の間に、果たしてそんなものが存在するのか。いささか疑問である。いや、いささか、どころではない。
 だが指示なしで両者が自分の思うとおりに動けたということに関しては、妙に納得した部分もあるところば不思議だ。
 ―――この二人は。
 父と、自身の想い人をそっと見比べ、思う。
 この二人は、きっと根本が、似ているのだ。同じでなかろうが、しかし大きな柱は、似ている。
 …その事実は、何か少しばかり、個人的な感情から、認めたくないものではあったが。
 ともあれ。
 一切の指示が無い状態で動けたことは、しかし、現時点では決して信頼関係から生まれたものではない。ただ両者がお互いの護るべきものを護ろうと互いを利用した場合に、偶然利害が一致し、結果的に絶妙な協力関係が生まれた。それが一番しっくりくる。
 一庶民が王を利用するというのも、妙な話ではあるが。エインレールはアーシャを見やった。彼女に関してそれを言ってしまえば、話が進まないので、この場合も目を瞑るしかないのだろうが。
「アーシャは、どうして?」
「あたしは、部屋に入った時に魔法が使えることに気付いたので。そんなことができるのは陛下だけのはずですから、もしあえてそうしているのだとしたら、陛下のストーリーの中では、あたしがなんらかの目的で魔法を使うことになっているのだろうと思って…」
 彼女は続けた。
「そうだとしたら、あたしが魔法を使うことで実現できることは、”混乱を起こす“か”時間稼ぎをしたい“のどちらかの可能性が高いだろう、と。じゃあそれはどうしたらできるかって考えたら、一番手っ取り早いのがアレだったんです」
 王を殺すフリをすることが手っ取り早いとか、言うな。
 思わず素で突っ込みそうになった自分を、ぐっと堪えた。
「もし予測が外れていたら、どう納めるつもりだったのですか」
「多少なら陛下が合わせてくれると信じていましたから」
「それは嬉しいね。未来の息子のお嫁さんが、お義父さんを心の底から信じてくれるなんて」
「よっ…!? な、な、なりません! なんでそれを今ここで持ってくるんですかー!」
「………。とりあえず、当日の“流れ”は掴めました。話を進めましょう」
 急にテンポがよくなった掛け合いに、サラッと割り込む。―――これ以上話を続けられると、どうも自分の心の傷が増えそうな気がしたため。

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