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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 扉を閉めた直後に、その場で崩れ落ちなかったのは、自分の矜持がそれを許さなかったからに過ぎない。そうでなければ、立っていることさえままならなかっただろうことは、この時点でよく自覚していた。だというのにそれに反して、今すぐ全速力で走り出したいという欲求が高まる。それもなんとか抑え込んで、自室への道を辿る。
 図書室の鍵、預けておいてよかったな、なんて考える。今の自分は正常でない。どんなミスを犯しても、おかしくはない。それを考えると、今ここにそういった用事が無いことを感謝しなければなるまい。
 そんな風に冷静に物事を考えているのは、エインレールの頭の、それこそほんの一部でしかなかった。
 他は全て混乱に包まれている。相反する感情・意見が次々に生まれては消えていく。
 どうして。なんで。
 いや、わかっているのだ。彼女を疑うと決めた王の判断は、正しい。
 ならば、自分は間違っているのだろうか。
 そうは思いたくない。
 思考の中心には、常に少女の姿があった。
 笑顔。自分に対して微笑むその顔。
 墓の前ではそれが曇り、目には涙が浮かんでいた。自分はどうすることもできなかった。いや、しようとしなかった。
 これまで、それに似たことは何度だってあった。何度だって、そうしてきた。結果的に、それが自分の利となるのであれば、いつだって見て見ぬふりをしてきた。少なくともそれは間違っていないと思って生きてきた。けれど何故だろう、その時はそれが正しいことであると思えなくて、どうにかしたくなって―――結果的に、何もしなかったことに対して、悔やんだ。
 おかしい。
 こんなのは、おかしい。
 何度だって、そう思った。関わりすぎたのかもしれない。そうとも思った。それを後悔した。後悔したのに、嬉しいとも感じた。彼女と関われて。
 心なし、歩速を上げる。
 ―――世界は悪と偽善で満ちている。
 そんなことはわかっていた。否、それが全てで、正しく世界を表す構成だと思っていたのだ。
 それでも自分の前に唐突に現れた彼女の目があんまりにも綺麗で真っ直ぐだから、善だってあるのかもしれないと、信じた。
 自分に負けないくらい不器用で、強くなりたいと言っていて、それはきっとあの地のためなのだろうと、なんとなくわかって、その想いが痛いほど伝わってきたから。
 羨ましかった。
 それが向けられたのは、そんな風に何かを一途に信じられる彼女か、そんな彼女に思われるあの地の人々か、どちらなのかは判断がつかなかったが。おそらく、どちらも、なのだろう。
 だからといって自分がそうなれるわけではないことくらい、よく知っていた。
 それならせめて彼女を護りたかった。少しでも自分が、護る力になれたらと思っていた。
 …馬鹿みたいだ。
 こうなることくらい、簡単に予測がついただろう。覚悟だって、決めていただろう。それなのに、何故今、自分が傷つく。何故、彼女の力になりたいなどと、願ったんだ。
 この胸の痛みは。
 そんな彼女を、自分から汚すような真似をすることに、抵抗を感じているためか。
 ―――違うな、と自嘲する。
 自分はただ、怖いだけなのだ。疑ったことを彼女に知られることが。疑った末、彼女が自分のことを、どんな目で見るのか。蔑むのか、恐怖するのか、怒(いか)るのか…それとももっと別の? どちらにせよ、負の感情であることに変わりはないだろう。
 そんな目を、彼女に向けられることが怖くて、痛い。
 いつか彼女がそんな目で自分を見るのではないかと思いながら生きるのは、辛い。
 同時に。
 彼女が何かをすることを、それこそひとかけらも疑っていない自分に、呆れ果てた。低く笑う。
 前提条件が、まず、そこなのだ。
 彼女が何かするなんて、思っちゃいない。ただ、何もしないだろう彼女を疑うのが、嫌だ。そんな根拠、どこにも無いのに。信じきってしまっている。これじゃいけないと思うのに、今の自分は正しくなんかないはずなのに、―――それなのに、それを否定しきれないのは、どうして。
 こんなので本当に、監視なんか務まるか?
 泣きそうだった。
 ツベルの地についての進言も、結局は、そうなのだ。
 全ては自分の罪悪感を減らすため。
 少しでも、言い訳を増やそうと。これは、こんなことは、自分の本心などではないのだと、少しでも釈明できるようにするために。
 自分にではない。周りにでもない、ただ唯一、彼女に、彼女にだけに、言い訳できるように、と。
 だって、嫌われたくない。
 いや、違う。
 嫌われたくないのではなくて―――

 それに続く言葉を見つけ、愕然とする。
 すぐに襲ってきたのは、苦しさ。
 その瞬間、つまらない矜持なんて捨て去って、ひたすらに廊下を走った。自室の扉を荒々しく開け放ち、すぐさま中に閉じこもる。閉じた扉を前に、荒い息遣いを繰り返した。
「こんな…」
 扉にもたれかかる。
「こんな思いをするくらいなら」
 ずるずるとへたりこみ、両手で顔を覆う。
「気付かなければ良かったのに―――!」


 彼女のことが愛しいのだという、こんな胸の叫びなんて。
 だから愛して欲しいのだという、こんなどうしようもない祈りなんて。


 どうして今、気付いてしまったんだ。



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