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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 目の前に赤い絨毯が広がっている。後ろを見ても同じだ。端には金で幾何学的な刺繍が施してある。壁にも同じような模様があって、一定間隔で装飾品も置いてある。全てが全て豪華で、きっと今自分の視界に入っている物だけで、自分が一生掛けても手に入らない程の金がつぎ込んであるのだろうと、そんなことを考えてしまうのは自分が庶民だからだろうか。それとも、ただの現実逃避か。
「だって、違いなんてわかんないしねえ…」
 この城は、広いのだ。王族が住まう城だから、そんなことは当然なのだが、とにかく広い。どうして迷わないかと訊いたら―――はて、誰に訊いたのだったか。よく思い出せないが―――、慣れればなんとなくわかるようになるし慣れていなくても置いてある装飾品である程度の場所が把握できるらしい。これにはそういう意味があるのかと驚き、よく出来ているもんだと感心したが、よくよく考えてみると、それは『見る人が見ればわかる』の範囲であって、つまりそういった事情とは全く無縁の自分にとってみれば、それらは道標にはなり得ないのだ。
 つまり、何が言いたいのかというと。
「どこ、ここ…」
 …………………。
 適当に歩けば、いつか辿り着くかなぁ。
 マティアにもっと詳しく場所を聞いておくべきだったと後悔しつつ、アーシャはとりあえず歩くことにした。



 そういえば。と。
 アーシャは歩きながら、つい数日前のことを思い出した。
 最初にここに踏み入れた時も確かこうなった。ここから逃げようとして、逃げ道がわからなくて、そうこうしているうちに何故だか妙なことに巻き込まれて(自分から首を突っ込んだともいう)………。
 あの時は拉致された後だったからという理由があったが、今回はそういうものは一切無い。ここが広いのが悪いんだ、と理不尽な怒りを城にぶつけてみるが、それで城が道を教えてくれるはずもない。
 誰かに訊こうにも、誰も通りかからない。仮に通りかかったとしても、上手く訊けるかどうか。下手すれば不審者扱いだろう。宮廷内に足を踏み入れることを許される程の身分を持った貴族ならば、誰かしらがついて案内するだろうし、そうでなくここで住み込みで働いている者ならば、そもそもそんなものは必要ないだろう。新人ならば話は違うだろうが、そもそも彼ら彼女らは基本的に着る服が決まっている。この格好ではそうだと言っても疑われて終わりだろう。これで疑わなかったら、むしろおかしい。
(………考えてみれば、ところどころ破れてるし。怪我も、してるし)
 尚更怪しい。自分でさえ思う。まさかこれで、王女(しかも狙われてる)の待つ三ノ間に行きたいのですが案内してくれませんか、と言われて素直に応じる馬鹿はいないだろう。いたらいたで、困る。
 こちらの顔を知った者、といえばこの国で特に偉い王とか王子とかそんな人たちだけれど、まさか彼らが運良く通りかかるなんてことは期待できない。王というからには、色々と多忙なのだろうし。というか、そうでなくても道案内を頼むなんてこと、できるものか。
 一国の王が庶民に道案内をしている姿を想像し、なんだかとてつもなくおかしくなった。逆ならばつい最近、故郷に帰った時にあったが、後から考えてみれば、あれもあれでおかしかった気がする。
 いや、いや。今はそんなことは良い。どうでも良いわけではないけれど、とにかく良い。現時点での問題は、どうやって目的地まで辿り着くか、というその一点のみだ。
 マティアが、第三王女であるユリティアが、直々に勉強を教えてくれると言っていた。ということは、だ。遅刻なんてしようものなら、きっと後が怖い。いや、別に見たこともない彼女がそんな怖い性格をしていると思っているわけではない。聞くところによると、彼女はとても温厚な性格らしいからだ。王族として、それが良いことなのかは、アーシャにはわからなかったが。
 でも、彼女自身が良いと言っても、周りが良いと言うかはわからないだろう。なにせ、身分が身分だ。下流貴族ですら馬鹿にされるようなところなのだ、ここは。自分なんて、その下流の貴族にすら及ばないほどの“(彼ら曰くの)低俗な輩”であるというのに。
 アーシャは知れずに、小さくため息を吐いた。
 ここに来てから、まだそういった視線を向けられたことはないが、それは出会った人が、こちらをそういった括りで見ない人であった、というだけだ。
 だからこそ、“その姿”がここにおける普通であると勘違いしそうになる。
(………やっぱり王宮ってのはあたしには)
 合わないなぁ、ともう何度目かの思考に落ち込む。どろどろとしたものは基本的に嫌いだ。好きな人間なんているのだろうかと考えてしまう。もしかしたらいるのかもしれない。が、少なくとも自分の周りにそういった人物はいなかった。改めて考えてみるに、自分は随分と良い環境で育ったものだと思う。
「あ………」
 うんうんと頷いていると、小さく小さく、声が聞こえた。自分の声ではない。ああ、そういえば、思考に没頭し過ぎて、周りに人がいるかどうか、探すのを忘れていた。
(いや、気にするべきはそこじゃなくて)
 ――――声?
 アーシャは慌てて足を止めた。周りに視線を彷徨わす。侍女服を着ている女性、というよりは、少女、といった方が近いか。その彼女が、驚愕した顔つきで、自分のちょうど斜め後ろに突っ立っていた。顔に見覚えがある。何故だろう、と自分の記憶を掻きまわし、
「あ………」
 先の彼女よろしく、アーシャも同じように声を上げた。
「貴女、あの時の?」
 こくんっと彼女は大きく頷いた。“あの時”というのは、アーシャが殺されそうになった時のことだ。震える身体で、それでも自分を護ろうと、前に立った人物。
「あああああの時は、ほ、本当にありがとうございましたっ!」
「や、別に……」
 あの時狙われていたのは自分だったのだし、だからどちらかといえば、自分が助けられた、といった方が良いだろう。彼女は頭を下げることはないのに。
 というか、何故そこまでどもるのか。少しショックだ。
「こっちこそ、ありがとうございました」
「い、いいいえぇっ、私は何のお役にも立てず…」
「そんなことないです。貴女がナイフを貸してくれなければ、丸腰でしたから、あたし」
 だから本当に助かったんです。と嘘偽りなくそう言うと、やっと彼女は顔を上げた。瞳には、まだどこか怯えたような光がある。それは彼女の気質なのだろう。…むしろそうであって欲しいという思いも、実はあるわけだが。
「それに、役に立ったとか立たないとか、そんなの関係なしに、あたしは貴女のこと、すごいと思いましたから」
「すごい…? そんなこと」
「あるよ! だって、あの人の前に立ちはだかったんですから」
「でも、それは……、それにそれを言うのなら、貴女だって……」
 少し砕けた口調になったことが、とても嬉しい。
 アーシャ自身も、見た目が同い年くらいで、更に王族ではない普通の人(といっても、この城に仕えられるくらいだから、きっとどこかの貴族の出ではあるのだろうけれど)ということで、口調が多少砕けている。
「あたしは昔から剣を握ってきた人間だから。でも貴女は違う。けど、前に立ったの。普通はできないよ。誰だって怖いもん。刃物持って突然斬りかかってくる非常識人間」
 おどけて言うと、彼女はふっと笑った。それも嬉しい。
 けれどすぐにそれは掻き消えてしまった。代わりに頭の上をクエスチョンマークが浮いている。
「それであの、どうしてアーシャ様がこちらにいらっしゃるのでしょうか…? と、というか、あの…っ、そのドレス…いえそれよりも、その怪我は? 大丈夫なんですかっ?」
 落ち着いたところから一転、驚きに目を丸くさせた彼女は、次の瞬間にはアーシャの怪我を見つけたのかそれともドレスの方か、ともかくそのどちらかを見やりくしゃりと泣きそうに顔を歪ませた。この時点でもう、表情がころころと変わって面白いなあ、などと悠長なことは言っていられなくなった。
「あ、あーしゃ、さま…? い、いやいや、あたし、様とか付けられる身分じゃないよ。一般市民ですから! それと…えーっと、ドレスはその…ちょっと……」
 言いながら、やばい…、という意識が強くなっていく。無意識に目が泳いだ。何か良い言い訳はないものかと考え込むが、見つかるはずもない。
 もしかして、いやもしかしなくとも、やっぱり弁償?
 お金、無いんだけどなぁ。
 目の前の彼女も泣きそうだが、こっちも泣きそうだ。
「ドレスは良いんです! それより怪我…怪我が! あぁどうしよう。痛いですか? 痛いですよね? ひ、ひとまず治療とか…治療とか、あと手当てとか―――ああでも時間が無い!」
 時間が無い? 何か用事でもあるのだろうか。先のマティアといい、彼女といい―――やはり城勤めの人というのは忙しいのだなあ、と思う。その割りに王様が楽そうだなんて、そんなことは考えない方が良いのだろう。あれはあれできっと――そう、きっと――色々と頑張っているのだ。見えないだけで。
「ハッ、でもどっちにしたってもう…」
 一人騒いでいた彼女の動きがピタリと止まる。かちんこちんになっている。サアッと顔が青ざめた。どうしたのだろう。どんどん顔が俯いていく。尋常でないその様子に、思わずアーシャも黙り込んだ。
 広い広い廊下に、わけのわからない沈黙。
 なんなんだ、これは。アーシャは内心、だらだらと冷や汗を流した。どういう展開だろう。というか考えてみれば、自分だってここでのんびりしている場合ではないのだ。ついさっきまで綺麗サッパリ忘れ去っていた自分が言えた義理ではないということも、重々理解しているけれど。
 というか、今何分なんだろうなあ。
「というわけで! アーシャ様、一度お部屋に戻りましょう!」
 早々に現実逃避を開始した頭が、彼女の声を拾った。
 何がどうやってその結論に行き着いたのかは知らないが、少なくとも、“というわけで”と言うからには、彼女の中では結論が出たのだろう。ぜひともその経緯を自分にもわかるように説明して欲しいところではあったが。
 そもそも、自分まで巻き込まれているのは何故だ。
 彼女は、彼女のことで悩んでいたのではなかったのか。…いや、確かにこの状態に入る前に話したことは、アーシャのドレスがどうとか怪我がどうとかの話だったけれども。
 さあ早く、と自分はさっさと歩き出しながらアーシャを急かす彼女に、さてどこから何を話したものか、と悩む。
 とりあえず。
「なんで様付け…?」
 へ、と呆気に取られたような顔で、彼女が振り向く。自然、足も止まった。
「だ、だって…皆さん言っていました、し?」
 なんだかまたしても嫌な予感がする。
 聞きたくないなあ、と思いつつも、半ば儀礼的に口を開く。
「………何、を?」
「えと、アーシャ様がエインレール様と、」
「わかった。もうわかった。でもそれ違うから!」
 ちょっとばかり泣きそうになりながら、やっぱり駄目元で王様に妙な噂を消すよう頼んでみようかと本気で考えた。だっていちいち訂正していたらキリがない。それに、この調子だと、訂正できないところで噂している人もいそうだ。城下町にまで伝わってしまったら、堪ったもんじゃない。『ツォンの剣を拾った者は~』の件は国民のほとんどが知っているのだし。
「………違う、んですか?」
 目をぱちくりとさせながら、相手の少女がこちらを見ている。
「うん。違うよ」
「そうなのですか…。申し訳ありませんでした。みなさんがそう言うので、ついそうだとばかり…」
「えぇっと…その“みなさん”って?」
 誰の間でそんな話が出ているのか。
「あ、はい。メイド仲間です。えっと、たぶんアーシャ様もお会いしたと…」
 会った? 全く記憶に無い。
「どこでいつ? というか、そのアーシャ“様”っていうのは止めて欲しいです。呼び捨てでも良いくらいなんだから」
「え、ええ? で、ですが呼び捨ては・・・」
 おろおろとあからさまに狼狽える少女に、多少申し訳ないとは思いつつ、けれどそこは譲れなかった。とにかく『様』なんてのは絶対に嫌。
「それが駄目なら、さんでもちゃんでも。とにかく“様”は嫌」
「で、でも…っ!」
「嫌」
 断固拒否、だ。
「わ、わかりました。では、アーシャさん、で」
「うん」
「あっ、で、でも! 人様の前では! 様付けで! でなければ私…私っ」
「わ、わかった。わかったから、せめて二人の時は、ね?」
 うう、と唸る彼女をどうどうと落ち着ける。一息吐いたところで、ふと相手の名前を知らないということに思い至った。自分の名前をどうのこうのと言う前に、まずそうするべきだったなと多少後悔しつつ、彼女に顔を向ける。
「貴女、名前はなんていうの?」
「あ、わ、私でございますか? あ、その、キントゥ・テュンと申します」
「そう。えーと、キントゥ…でいい?」
「は、はいっ…!」
 どういうわけか、ぴんと背筋を伸ばして言うその姿に、可愛いなあ、と思って少し笑ってしまった。すると彼女は、自分の行動が笑われたと思ったらしく、おどおどとし始めた。なんでもないんだよ、と必死になって言って、なんとか話題を変えようと口を開く。
「そ、そういえばっ……メイド仲間って? あたし、いつ会ったの?」
 先程聞き逃してしまったことだから、ちょうど良かった。キントゥは案外単純な性格らしい。ああ、それは…、と泣き出しそうな顔から一転、笑みを浮かべた。
「あの、ええと…お召し物をお替えになる時に………」
(あの時かーっ!!)
 そういえば、たくさんいたな。たくさんいすぎて、“会った”という感覚がすっぽりと抜け落ちていた。そうか。あれも一応は、“会った”に分類されるのか。
 なんだかどうにも、あちらとこちらの認識が違う気がするなあ、と少しばかり半眼になりながら、窓から外を眺めていると、キントゥがまだいつのことかわかっていないと勘違いをしたのか、それともただ話したいだけなのか、先を続ける。
「みなさん喜んでいました。とても。綺麗だとか可愛いだとかいう話を聞きましたが、間近で見るやっぱりその通りですね!」
「……………は?」
 何?
「あの時は状況が状況でしたので、あまりお顔を拝見することができなかったものですから………」
 いや、そんなに残念そうに言われても。
 というか、誰が綺麗? 誰が可愛いだって?
 猛烈に否定したい気分に駆られたのだが、まずどこから否定すれば良いのか。というか、なんだってそんな噂が流れているのか。王の所為で流れている“あの”噂も厄介だが、こちらも同じくらい厄介だ。大体、こんなに噂になってしまって、第三王女の身代わりとか、そんな陰ながら~的なことできるんだろうか? 正直、できないと思う。
「? どうかしましたか、アーシャさ…ん」
 まあ、“様”付けされなかっただけマシ、か。ちょっと危うかったけど。
「う~ん…なんでそんなガセネタが流れるんだろうね」
「え? が、がせ…?」
「そうでしょ? 婚約の話にしたって」
 まるでツベルの地と同じだ。あそこも小さいところだからなのか、噂がすぐに広まる。しかも少々曲がった方向に。正しく回ることなんて、ほとんどといって良いほどないのだ。あるいはこの城自体が、ツベルの地同様、一つの“小さなところ”として成立している、と考えた方が良いのだろうか。
 ともかく。
 都会とはいっても、そういうのは変わらないらしい。嬉しいような悲しいような。
「………ちょっと違うような」
「え? 何か言った?」
「あ、いえ」
 ふるふると、キントゥは首を横に振った。おかしいな、確かに何か………。気のせいだったのだろうか。それとも、単に大したことではない独り言か。どちらにしても、わざわざ突っ込んで聞くことではないだろう。アーシャは気持ちを切り替える――――と、急に忘れていたことを思い出した。
(講座、どうしよう…)
 絶対、始まっている時間だ。遅刻は決定。こうなれば、後はもういかに早く着くかが問題だが、ひとまずドレス、どうしようか…。
「ああっ!!」
「ふえっ?!」
 突然目の前で上げられた叫びに、びくりと肩を震わす。
 ばくばくと鳴っている心臓をどうしようかと思いつつ、相手には「どうかした?」と表面上は平穏を装って訊く。時既に遅し、かもしれないが。
「こんなことをしてる場合ではありません! あ、あ、アーシャさん、今すぐお部屋に…!」
「へ。あ、でもあたし、今から講座が、」
「そのために! 今すぐ着替えなくてはいけません! ユリティア様には遅れる旨、ご連絡しておきますので!」
 うん?
「なんで知ってるの…?」
 時間も、講師の存在も。
 もしかして、メイドというのは、そういうものの一切も頭に叩き込んでいるのだろうか。もしそうだとしたら、すごい。
 が、どうやら違ったらしいと、キントゥの言葉で理解した。
「あああっ、もしかして知りませんでしたか?」
 何を。
 いまいち要領を得ない彼女の顔を見つめると、なにやらそれまで以上に真面目な顔つきで、ぴんと背筋を張る。
「わ、私、本日よりアーシャ様の専属侍女となりました。よろしくお願いしますっ」
 つまりはそういうことらしかった。
 頼みますから、それを一番初めに言ってください。

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