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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「マティアさんはどう考えているんですか?」
 急に矛先を向けられたマティアは、少々面食らった顔をしたが、ややあって口を開いた。
「私は、元来人間が魔力を取り込みやすい種族であったと考えている。いや、“魔力を取り込む条件を満たしていた種族”といった方が良いか」
 もうその顔に困惑は無い。彼女は持論を述べ始まる。
「一つ一つの個体の自我が確立されているもの、脳が発達しているものが、魔法の種類も多いように感じる。…ただそれが、必ずしもその種全体で魔法を使える割合に比例しているわけではなさそうだが」
 というと…? アーシャは腕を組んで、小首を傾げた。
「アーシャ、竜という生き物を知っているか?」
「………伝説の生き物の?」
 偏(ひとえ)に竜といっても様々だ。その大きさから、特性から…。ただ大概は、二つに区別される。翼を有無によって。アーシャも昔に本によってその姿を見たことがある。人が描いた絵なので、どこまでが真実だかは不明だが。…ただ、マティアはそういうことを訊いているのではないのだろう。しかしそれ以外の解を知らないアーシャは、それ故に曖昧に答えた。
「伝説、か…」
 マティアは苦笑した。
 その存在は、滅多に人里には現れない。だから伝説だと称される。本当に伝説だと信じている者の方が多いくらいだ。
「まあ、そう思われても仕方ないか。実際に目にした私も、あれは伝説だ、と言いたくなるような存在だったし、な」
「見たことあるんですか!?」
 アーシャは目を見開き、マティアを見た。彼女は未だに苦笑を浮かべている。
「ああ。確かうちの城の魔法使いは、他にも見てるやつはいるよ。少数だが。あれらにはどうやら、人が使う魔法が物珍しいようでな」
「じゃああたしが魔法使えるようになったら、会えるかもしれないってことですか?」
「…会える“かも”なら、誰だってその範疇にいるだろう。でもま、そうだな。普通よりは遭遇率が上がるかもな」
 へええ、と感嘆の声を零した。その目は爛々と輝いている。彼女はどうやらこういった話が好きらしい、と思ったがマティアだったが、今はとりあえずその体験談を語るために竜という生き物を引き合いに出したのではないということで、その瞳から見て取れる期待は、敢えて無視した。
「竜は人間と同じく脳が発達していて、特殊属性も多い生き物だ。種類だけ見れば、人間以上かもしれないな。だが人間と違い、その個体数は著しく少ない」
 そういった面から考えると、生得的な特殊属性を持つ割合は、竜の方が相当多いといえるだろう。
「まあ少ないとはいっても、そもそも竜という種の生態系自体がよくわかっていないから、断言することは現段階では不可能なんだが」
 先程述べたことも、絶対ではないということだ。人間は四つある大陸のどこにも存在しているが、だからといってどこにでも住んでいるわけではないし、どの地のことも網羅しているというわけではない。わからないことも、多々ある。竜は、その“わからないところ”に生息している生物だ。「絶対にこうだ」と言うことはできない。どうしても、おそらくは、というような言葉が付け加えられることになる。
「今ある報告事例を見る限り、彼らにはそもそも基本属性云々の意識はあまり無いように感じる。つまりは、我々人間のいう特殊属性が、彼らにとっては“特殊”でもなんでもない。変わっている、という意識を持っているのかすら知れないな。彼らにとってみれば、生得属性自体、アイデンティティの一つでしかないという認識が為されているとした方が無難だろう」
「えー…と。つまり―――どういうことです?」
「彼らにとっての魔法とは、生まれてから死ぬまで絶対に切り離せないものだということだよ」
 端的に言えば、な。とマティアは付け足す。
 言いすぎだ、とアーシャは一人唸った。わけがわからない。これがもしも彼女と同じ研究者という立場の人間であったならば、これだけの言葉でもっと奥まで理解ができたのだろうか、と考えた。その思考に、すぐに嘆息する。そんなことを今考えたって仕方が無いのだ。自分なりの解釈をするしかない。
 もしかすると、マティアはそれが狙いなのかもしれない。
 つまり、アーシャがこれだけの言葉で、何をどう、解釈するか。
 そう考えると、何故だか今までのこと全てが、自分を試すものであったように感じられて、ぞっとする。同時に、奇妙な高揚感が身体を満たした。
「あたしたち人間にとっては、魔法は特別な――選ばれた者、にしか使えない。でも、竜にとっては違う、ということでしょうか? ええと、つまり、魔法の概念がそもそも当然のものとして、在る? たとえばあたしたちにとっての…そうですね、食べ物…ん、なんか違うな。食べ物を調理する道具の方? 人の髪が伸びるのと同じような、当然の感覚で自分に備わっているもの? 生まれた時から決まっている髪の色とか目の色とかと同じ…自分が生きていく上の、パートナーのような存在?―――あ、“パーソナリティ”!…とか」
 うまく言えない。
 ただ要約すると、竜という種は、全ての個体が自身の生得属性の魔法を扱える、となるか。
 だからあることが当たり前で、むしろないということがおかしく、異常で、異質。
 人間だと、その数は全体の二、三割という具合だろう。それ故に魔法使いは――それを嫌厭する、今となっては特殊なその地以外の場においては――快く迎えられることが常だ。
「まあ、そんなようなものだな。一応、合格」
 にやりと笑ったその顔に、ひとまず落胆はさせなかったようだと内心安堵する。
「といっても、これはかなり有力な説として広まっているものだがら、私は、というよりは、私たちは、とした方がより適切か? これだって、今までの事例から考察された、ただの憶測に過ぎないが」
 なにせあいつら、なかなか人里に顔を出さないものだから。見たのだって一度きりだし。そう不満げに続けられた言葉に、ははっ、と苦笑いを浮かべた。アーシャとしては、伝説と呼ばれる生き物に一度でも会ったことがある彼女の幸運を羨むところだけれど。
「だからといって、竜が魔法の真髄に一番近いとは考えていないけどな」
「もっと近いものがいるんですか?」
「そういうわけでもない。ただそこに並ぶ位置に、人間もいるのではないかと考える。…別に驕ってるわけじゃなくて、な。生得属性以外の魔法を自在に使える種は、人間くらいだから。竜は全く駄目のようだ。自分の生得属性しか使えない…らしい。詳しいことはやはり、闇の中、だが」
 付け足し、肩を竦めた。憶測しか述べることができないことに、少々の居心地の悪さを覚えたようだった。
「魔族は違うんですか?」
 人型をしながら、人間とは相容れない存在-――昔から恐れられる対象として名が挙げられたその存在を口にした。それは子供を叱りつけるための脅し文句であったり、寝る前に語る昔話――一応実際にあった出来事を元にしたものであるそうだが、どこまでが真実であるのかは知れない。おそらく長い月日が経ったことによって、脚色はされているであろうから――であったりと、どの面でどういう風に伝えられるか、様々だが。
 アーシャの場合は、もしも会ってしまった時にはやばそうなやつだったら逃げろ、と教わった。父に。脅し文句でも昔語りの類でもなく、ただ本当に、真剣な顔をして、まるで忠告――否、警告のように言われた。…思うに、彼が自分に教えたことといえば、これくらいではなかろうか。記憶に残っている限りでは、だが。とりあえず心には留めているが、あまり深くは考えていない。昔から冗談を至極真面目な顔で言う人だから。それのせいで、今まで何度騙されたことか。
 しかし魔族なんて、普通に生活をしていればおおよそ会わない類のものである。それなのに、わざわざ娘に教えたものが、よりにもよってコレとは。せめてもっと別のことを教えてくれれば良かったのに。大体見るからにやばそうなやつだったら、逃げたって仕方ないじゃないか、とも思う。あの人の思考はいったいどこに繋がっているのか、娘の自分にもわからない。
 ただまあ、放浪癖のある者の考えることなんて、いっそわからない方が幸せなのかもしれないが。アーシャは、帰ってくるたびに母のルルアに物を投げつけられて必死に逃げる父親の姿を思い浮かべ、あの人に似なくて良かったなあ、と心の底から思った。どうせ似るのだったら、母親が良い。もっと欲を言うなら、祖父か曾祖母。その祖父・曾祖母の血が父の方にあるという事実には目を逸らしておくことにした。
 とにかく。絶対その方が良い。
「違うな」
 逸れた思考を、マティアの言葉が引き戻した。先程まで考えていることとその否定の意味を持つ言葉がシンクロして、心臓がどきりと一度大きく鳴った。
「確かに魔族の中には生得属性以外の魔法を使える者もいる。ただ、彼らがそれを使うことはまずない。理由は明白。威力が出せないから。どれだけ頑張ってもせいぜい生得属性の半減程度だ。もしも手加減するためだとしても、力を意図的にコントロールするのが目的だとしたら、やはり扱い易い生得属性を使う方が遥かに楽だろうからな」
 竜の時とは違い、やけに断言して話す。魔族の生態は知れているのだろうか。あれだって、竜と同じくらい、もはや伝説化したものだけれど…?
 怪訝そうに顔を顰めたアーシャに気付いてか気付かずか、マティアは、
「対して人間は、他属性もそれなりの威力を持って使うことができる。生得属性までとはいかないにしても、な。これは他生物には見られない」
「へえ」
 要するに同じ魔力・魔法といっても、それぞれに独特の特徴があるということか。
「ま、やはり生得属性が一番扱い易いんだがな」
 それは経験論だろうか。先程までの真剣な眼差しはどこへやら、あっけらかんとした口調で言い放ったマティアは、本を持っていた手を持ち替える。空いて手を解(ほぐ)すようにぶらぶらと振っているところを見ると、どうやら相当腕に疲労がきてたようだ。
「―――で」
「“で”?」
「どうだった?」
 へ、と声を上げる。微笑みすら浮かべた口元とは対照的に、すうっと細められた鋭い眼光が、真っ直ぐにアーシャを見ていた。

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