忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[38]  [39]  [40]  [41]  [42]  [43]  [44]  [45]  [46]  [47]  [48
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。





 [ 疎い者たち ]

 ずりずりずり…と引き摺られたままの体勢で、ヒューガナイトはエインレールを見た。自分と比べれば随分とがっしりとした腕だが、しかしそれはあくまで自分と比べればの話であって、例えばこれがグリスやマーフィンだったりすると、彼はまだ細いといえる。そんな身体で、よくもまあ、自分よりもでかい男を持って平然と歩けるものだと、感心する。
 しばらくじっと見ていると、その視線に気付いたのか、エインレールが立ち止まり、「なんだ?」と肩越しに振り返った。
「いえ…エイン様はすごいですねぇ~」
「どうした、いきなり」
 目が細められる。訝しげな眼差しと共に「それに別にすごくはない」と告げられた言葉に、ヒューガナイトはへらりと笑った。
「すごいですよ~。尊敬してますからぁ」
「…そうか。それはありがとう。ならお前の尊敬してる奴からの助言、よぅっく聞けよ? とりあえず一つ。“確りした生活を送ることを心掛けろ”」
 はて、とその言葉にヒューガナイトは首をがくりと横に曲げた。
「心掛けてるんですけどねぇ」
「…あれでか?」
 信じられない、とエインレールが愕然とした面持ちでぽつりと呟く。それから、はあっ、と大きくため息を吐いた。
「まあお前らしいといえばお前らしいが…」
 ぱっと手が離される。あ、転ぶ。そう思ったが、しかし意外にも身体の反応は早く――しかし“普通”やら“正常”やらと呼ばれるそれらに比べると、やはり随分と緩慢な動作だった――、寸でのところで踏み止まり、むくりと身体を起こす。
「自分で歩いた方が歩きやすいだろう?」
 言いながら、エインレールは止めた足を再び動かし始める。どうやらヒューガナイトが体勢を整えるまでは待っていてくれたようだが、それ以上待つ気は無いようだった。ただ、普段の彼のペースから考えると、だいぶゆっくりだ。その後ろを自分のペースでついて歩く。
「そうですかぁ? 楽でしたけど~」
「お前……ほんとに大丈夫か」
 おそらくは、と返せば、なんともいえない微妙な視線を寄こされた。
 そういう時、自分は心配されているのだなあ、と思う。だから自分では、結構頑張って、改善を試みたりとか、しているつもりなのだが…――――どうも周りの反応を見るに、あまり実になってはいないようだ。
 何がいけなかったのだろうか、と真剣に考え始めたヒューガナイトの思考を遮るように、着いたぞ、というエインレールの声が聞こえた。
 元々、休憩室と呼ばれるその部屋(元はなんだったか。本来の用途で使うことはこれまでなかったので、忘れてしまった)と、マティアの部屋はそう離れてはいない。というよりも、ここらへんにある各々の研究のために割り振られた部屋の、ここはそのほぼ中心にある。どこからでも、ある程度近いように。そんな配慮がされている。
 中から声は漏れてはこないが、なんとなく、この中に人の身体から自然と漏れ出す魔力の流れを感じ、ああ誰か先客がいるのだなあ、と思う。誰がいるのだろうか。流石にそこまではわからないが。彼らに見つかれば、当分出してもらえないだろうな、と他人事のように考える。それは決して不快ではないから、別に良いけれど。
「エイン様も、寄っていかれたらどうですかぁ? 皆喜びますよ」
 エインレールは、魔法使いたちの間では―――否、魔法使いたちの間で“も”、人気がある。人徳がある、といった方が良いか。なんとなく、自分たちに対するその心持ちが、心地よいのだ。
 例えばそれは一般に、王族がそれ以外の者に対する態度とは認められぬ、そんなものだとしても。
 例えばそれを誰かから、王族らしくない、と糾弾されようとも。
 自分勝手にも、思ってしまうのだ。その気遣いに、自然と頬が緩んでしまうのだ。
「俺は、いいよ。それよりお前、ほんとに早く休めな。もう倒れるなよ」
「はは、気を付けます~」
 笑って頷けば、本当にそうしろよ、と念を押された。やっぱりこの人は優しい。優しすぎるのかもしれない。
 至って真面目なその顔を眺めながら、ふと思ったことがあって、それをそのまま口に出す。
「そういえば、良かったんですかぁ?」
「何がだ?」
「だから、アーシャさんのことですよ~」
「…………」
 訝しげな表情に、言葉が足りなかったかと思い、更に続ける。
「部屋まで送っていくの。マティアさんに任せて良かったんですか? まあ~二人とも気にしないでしょうけど。でも、本当はエイン様が送っていきたかったんですよねぇ?」
 は…? と間の抜けた声が正面から聞こえた。彼の顔を見れば、目を見開き、あんぐりと口を開けている。こんな彼を見るのは、珍しい。
 けれど、何故?
 ヒューガナイトは首を傾げた。
 別に自分は、そこまで驚かれるようなことを言ったつもりはないのだけれど。
「えっと、ヒューガ、それはなんというか…俺は別にそんなこと思ったりは、してないんだけど」
「えぇ~? そうなんですか? なんで違うんですか~?」
「なんで、と言われても…」
 エインレールは困ったような表情を見せる。しかしそれは、ヒューガナイトにしてみれば、理解不能、なことであった。
「だって、エイン様、アーシャさんのことが大切なんですよねぇ?」
「それは………ええと、たぶん。でも、それは別に変な意味じゃ…」
「“変な意味”?」
 がくん、と首を曲げる。
「んん…よくわからないですけど、エイン様にとってアーシャさんは特別な存在じゃないんですかぁ?」
「と…くべ…? い、いや、違う。それは、違うと思う。というか、なんでそうなる?」
 焦った表情をする彼に、やはりヒューガナイトは目をぱちくりと不思議そうに瞬かせるだけだ。
「え~? だって、貴方が初対面に等しい相手にあそこまで心許すなんて、今まで無かったじゃないですかぁ。だからそうなんだなぁ、と」
 指摘すれば、面白いくらい目を見開かれた。やはりなんでそんな反応をされるのか、わからないが。
 だって、他者の目から見てもあんなにわかりやすいのに。
 自分では気が付かないなんて、そんなことあるだろうか。
 ましてエインレールは、常に人の感情や思惑を読み取り行動する立場にあったのだ。そういう能力は、自分よりもずっと長けているはずだ。というよりも、自分ほど誰かの感情の機微に疎い人間はいないだろうとさえ思う。その自分がわかっているのだから、まさか彼がわからないはずがない。そう思っていた。
 だから、ヒューガナイトの思考は、全て「彼が自覚していること」を前提に考えられている。
 違う! と耳まで確りと赤らめた顔で叫ばれた声の所為か、それとも扉の前で続けられていた会話が若干ながら耳に入ったのか、はたまたヒューガナイトがそうしたように、彼の魔力を室内も者が感知したのか。どれなのかは、ヒューガナイトにはわからない。わかったのは、ひょこりとそこから同僚が顔を出したことと、それを好機とばかりにエインレールが「それじゃ俺は行くからな! しっかり休めよヒューガ!」と言いながら足早に去っていったことくらいだった。
 なんだろう。今日のエインレールは何か様子が変だった。いったい何故。
 疑問符を飛ばすヒューガナイトに、同僚が声を掛ける。
「お前な、話、中まで聞こえたぞ。若干だけどな」
 半眼で、じっとりとした視線を携えている。不機嫌、というよりそれは呆れを多大に含んでいたのだが、当のヒューガナイトはそれには全く気付かず、ただ会話が聞こえたことが不快だったのだろうと判断した。
「あ、そうでしたかぁ。すみません、休憩の邪魔をして~」
「いや、それはいい。それはいいんだが、お前あれ、直球過ぎるだろ。あの人がそう言われて認めるとは思えんが」
「直球…? 認めるって、何をですかぁ?」
 わけがわからない。さっきからわけのわからないことが多すぎる。
「…………。わかった。お前ってそういう奴だよな」
 はあっ、と大きくため息を吐いた同僚は、ずいっと顔を寄せると、「いいか?」といつもより若干低い声で、
「世の中にはな、自分の中に芽生えた感情に気付けなかったり、認められなかったり――そういう人間もいるんだよ」
「ああ、わかります。人が持つ自己防衛本能ですよね~。それに気付いてしまうと、自分が傷つく可能性がある場合、人は無意識にそこから目を逸らそうとしますからぁ」
 さらっと、あくまで無邪気にそう言って笑うヒューガナイトに、やれやれとばかりに同僚が肩を竦めた。
「あれ~? でもそれじゃ、エイン様はなんで“そう”なんですか? 人が人を大切に思う気持ちは、悪いものじゃないと思いますよぉ? それなのに、なんで必死に否定する必要があるんでしょうかぁ?」
「………そうだな。時にそれが、自分や相手や…第三者だって傷つけることがあるって、知ってるからじゃないか?」
 その意見に、ヒューガナイトは考えることに没頭するあまり段々と俯き気味になっていた顔を、緩慢な動作で、上げる。瞳が、緑の輝きを持っていた。
「は~。なるほどー! 哲学ですね!―――あれぇ、でもやっぱり変ですよぉ。なんで今それを持つことが、誰かを傷つけることに繋がるんですか~」
「今じゃなくても、いつか、そうなるかもしれないだろう」
「あぁ! そういうことでしたかぁ」
 段々と相手をすることに疲れてきたのか、同僚の返答は次第に煙に巻くものへと変わっていっているが、ヒューガナイトにはその意見ですら十分であるらしかった。
 元々、魔法使い――特に個人研究をする者というのは、他人の意見を聞いているようで聞いていないものなのだ。他人の意見はあくまで参考。要するに、自分が納得しなければ、どんなに説得力のあるものであろうと、意味を持たないのである。
「おら、それより早く入れ。ぼうっと突っ立ってないで、さっさと休め」
「あ、そうですねぇ。そうしないと………マティアさんとの約束もありますしね~」
 へらへらと笑いながら、ふらふらとした足取りで、休憩室に入る。ばたんっ、と扉が閉められた。「よっしこれでとりあえずは…」と後ろから聞こえてくるのは気のせいだろうか。彼を含め、休憩室にいる同僚たちが一斉に自分を見、視線で「早ク休メ」と告げているのは、おそらく気のせいではないけれど。
 これは流石に無視できないな、と空いている簡易ベッドにどさりと倒れ込んだ。深く沈みながら、目を閉じる。
 三日三晩寝ずとも案外大丈夫なこの身体であるが、別に睡眠を欲していないわけではない。ただその欲が非常に淡白であるというだけで。
 ベッドに倒れれば、眠気が襲ってくるくらいには、必要と感じているようだけど。
 これを言えば意外だと驚かれるのだが、ヒューガナイトの眠りは目を閉じた瞬間にはもう訪れるほど、早い。しかも、結構深い。その上、長い。
 次起きるのはいつだろうなあ、と考えつつ、意識を完全に手放すその前に、彼と彼女の映像が流れた。
(あー、これ)
 さっきの光景だ。と思う。忘れないようにと、寝る前に勝手に再生されたのだろうか。
 二人はなんだかんだで楽しそうであった。
 と同時に同僚の言葉も蘇り、それでもいつかそれが誰かを傷つける時が来るのだろうか、と考える。
 早々に、来るのだろうな、と結論づけた。人は傷つくとわかっていても、いずれは自覚してしまう生き物だから。気付き認めることが傷つけることに繋がるというのなら、それはきっと仕方のないことなのだ。
 それでも。
 なるべくなら笑っていてほしいなぁ、と思う。いつもどこか、必要以上に大人びた顔を見せる彼だから。あんな風に、歳相応の子供のように笑える時間が、なるべく長く、続けば良い。
 …きっと続くだろう。
 傷ついたって、きっと。そこから先も。
 それは希望だけれど、別に根拠がないわけじゃない。
 あんな笑顔を見せるなんて、それが何よりの証拠だ。
 ヒューガナイトはそう思って、笑った。魔法使いというのは、自分が納得した考えには、妙に執着するものだ。それがただの執着で終わらないと、心の底から信じている。
 だから。

 その日見た夢は、とても幸せなものだった。

MENU --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]