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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 今回のパーティーの会場であるエルバータには、行き着くことにそれなりの時間を要する。
 隣国の首都であるから、当然だと言ってしまえばそれまでだが、しかし遠出をあまりしたことがないミウラナにとっては、かなりの長旅となる。朝に出て、順調に行っても夕刻。下手をすれば真っ暗闇の中での到着だ。それでも一日未満で辿り着ける距離であることを喜ぶべきだろうか。
 真剣に悩み始めたミウラナの前には、セィランが座っている。あるテンポで揺れる馬車に乗っているのは、二人だけだ。ミウラナの世話役である三人は、後方の馬車に乗っている。
「どうしましたか?」
 訊ねられ、ミウラナは顔を上げた。困った表情を浮かべたセィランが、真正面にいる。
「何か困りごとでも?」
 困った顔をしているのは、むしろ貴方の方でしょう。ミウラナはそう思ったが、口には出さなかった。
 ミウラナは小首を傾げてから、困りごとというほどのものでもないですけど、と前置きをしてから、先程考えていたことをそのままセィランに告げた。一笑されてもおかしくない内容であったが、彼は存外それに対して悩んでくれた。
「そうですね…確かに慣れない長旅は、体調を崩す原因ともなります。それに、パーティー前後は貴金属目当ての盗賊の出没も増えますから、野宿もできれば避けたいですね」
「盗賊…」
 そんな輩が出るのか、とミウラナは目を丸くさせた。これまでずっと国内でばかり生活していた彼女にとって、その単語は現実味を帯びない。国内でも、治安が悪いところは悪いし、なにせ“灰かぶり”と呼ばれるミウラナだ、そういったところに無鉄砲に飛び込んでいった時期もあった。それで、よろしくない連中に絡まれることも。―――だが、国内のソレと、盗み殺しを生業としている盗賊とでは、同じ“悪い”でも、厄介の度合いは随分と違ってくるだろう。
 眉を寄せたミウラナに、セィランが気付いた。
「すみません、貴女を脅かすつもりではなかったんですが…。大丈夫です、彼らのテリトリー外の道を選んでいますし、出たとしても、必ず護ります」
 決して「絶対に出ない」と言わないところが、彼らしかった。というよりも、おそらくそう言えなかった自分を自覚してさえいないのだろう。きっと話が上手い男なら、ここでサラリと全てを否定して、相手に特上の安心感を与えてくれるのだろう。
 ミウラナはそこまで考え、ふふっと笑みを零した。セィランは、そんなミウラナを見てきょとりとしている。それがまた笑いを誘う。
 急に笑われて対応に困っている彼に、なんでもないです、と返す。
「セィラン様が護ってくださるなら、安心ですね」
 目を細めて彼を見やれば、またもきょとんとした彼は、しかし次の瞬間に、カアッと顔を朱に染め上げる。
 その反応の意味については、この時のミウラナはちっともわかっていなかった。けれど―――言った言葉は、本当だ。
 彼のことを、なんでも知っているわけではない。むしろ、まだまだ付き合いの短い友人である。知らないことの方が多い。
 それでもわかっていることもある。
 彼は、「やる」と言えばやる人だし、「できる」と言ったことは本当にできる。なら、自分を護ることだって。
 何よりミウラナには、彼が賊に負ける図なんて、想像できなかった。彼の強さなど知らないし、実際は弱いのかもしれない。けれど、それでも。きっと彼が「できる」と口にしていなくとも、自分は…。
 いつもどおり、まるで屋敷でお茶を飲みながら話す時のように、無駄話に花を咲かせた。好きでもないパーティーに行く前のミウラナにしては珍しく、気分は高揚していた。

 高揚していたといっても、それはもちろん、パーティー自体が楽しみであるわけでは全く無く。

 目的地が近付いてきた、あとどのくらいだ、という情報が入る度に、次第に硬い表情になっていくミウラナに、セィランはおろおろするばかりだ。
「あの、今からでも、キャンセルしましょうか…?」
「あーら、それがどれだけ非常識であるかは、さすがの私でもわかりますよ」
 硬い表情を瞬時に隠し、ツンと澄ました表情で切り返す。ここまで来て引っ込むなんて真似、できるわけない。
「非常識でもなんでも、それで貴女の気分が上がるなら」
「……………」
 その意味を、じっくり咀嚼し、―――イラッとした。
「…馬鹿にしてます?」
 にこりと笑って言えば、セィランはぎょっと目を見開く。彼にしたら、こちらに気を使ったのだろうが、―――そんな“甘やかし”に、嬉しいと感じるものか。感じて堪るか。
「ねえセィラン様、私確かにパーティーは嫌いです。今から行くパーティーも例外ではありません。嫌です。行きたくありません。できれば今からでも中止になってくれたらどんなに嬉しいことかと考えています。ええ、心の底から」
 最後の一言に、いやに力がこもってしまうのは、仕方がないことである。そこまでを捲くし立ててから、ふう、と一息。興奮してきた自分を宥めて、続ける。
「―――でも、私は貴方の誘いを受けたんです。私の意思で。…その私が、パーティーをいざ目の前にして、尻尾を巻いて逃げるなんて、逃げて友人に泥を被せるなんて、そんな真似すると思います? できると思います? もし、それらをわかった上で、先程の言葉を口にしていたのなら」
「したのなら…?」
「ぶん殴ります。ぐーで」
 にっこりと笑うミウラナは、そのまま震える握り拳を顔のあたりまで持ち上げた。真正面の彼の顔が、若干引き攣る。
「いいですか、セィラン様。非常時に護ってくださるのは、ありがたいです。私ではきっと盗賊なんか出てこられたら、自分の身を護れるかどうかも怪しいですから。でも今逃がそうとするのは、ただの侮辱です。これ以上は、言わなくてもわかってくださいますよね?」
 むしろわからないと言ったら、殴る。
 そんな思いを抱えながらセィランを笑顔で見ていた。自分の目が今笑えていないことは、わかっているが、しかし。
 ―――悔しかったのだ。
 本人にそんなつもりがなかったのだとしても。自分が、友人の事情を全く考慮せずに動ける人間だと、そう言われたのと、それは同義だから。誰より、それをセィランに言われたことが、悔しかった。
 欠点を認めることと、弱さを後押しするのでは、全然違う。自分の身を護れないことは、欠点。この場から逃げることは、ただの弱さ。自分はその弱さに縋るつもりは、毛頭ない。
 セィランの花紺青の瞳を、強く見つめる。伝われ、そう思う。伝わって、お願い。
 答えを知る前に、馬車ががくんと揺れ、止まった。どうやら、到着、らしい。タイミングがいいのか悪いのか、悩むところである。
 眉を寄せたミウラナの脇を、人工的な風が通った。セィランが素早く馬車から降りていく。襲ったのは少しの不安感。後悔は一切していないが、敢えて微妙な空気を味わいたいと思うほど酔狂な性格はしていない。どうしたものか、と思いながら、馬車から降りようと一歩踏み出せば、スッと手が差し出される。
「どうぞ」
 何事も無かったかのように穏やかな笑みを浮かべる彼に、どうするべきか悩んだのは一瞬。
「…ありがとうございます」
 笑顔で手を重ねる。
「貴女の」
 完全に馬車から降りたミウラナの手は、そこで離されてもおかしくなかったというのに、それは訪れず。代わりに声が掛かる。
「貴女の隣に在れる幸福に、感謝を」
 彼にしては、気障ったらしい言葉だった。それでもそれが似合ってしまうところが、少し憎い。
「明日のパーティー、楽しみにしています」
 それが答えだと思った。
 あえて謝罪をしなかった彼は、ミウラナの性格を、少し掴んでいるのかもしれない。それを考えて、ますます憎くなる。自分は、彼を掴み損ねて、不安感まで抱いたというのに。
「私は、パーティーが緊急の事態によって急遽中止となることを祈っております」
 可愛くない返事をすまし顔でしてから、でも、と続ける。
「もし明日パーティーが中止でないなら、その時は、よろしくお願いします」
 見つめ合って、手を取り合って。きっとこの光景を第三者が見たら、勘違いを起こす者もいるかもしれない。そんなことを考えながら、ミウラナはにこりと笑った。
「私、精一杯セィラン様のパートナーを務めます。務めさせていただきますとも、大切な友人のために!」
 がくり、とセィランが肩を落とした。
 ………はて。

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