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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「ミウラナ様、こちらなんてどうでしょう?」
「こちらも綺麗ですわ」
「ああ、それも良いわね」
「見てください! こっちは可愛いです!」
 きゃいきゃいと姦しく騒ぐ召使いと、姉のポティシ・スティの姿を、いささかうんざりした面持ちで眺める。
 このやり取りは、かれこれもう一刻ばかりは続いているのである。
 更に付け加えるならば、
「ミウラナ、ちょっとこれ着てみてちょうだい」
 そんな風な言葉と、期待のこもった三人分の視線を投げかけられるのも、たびたびである。その度に目に見えないなんらかの圧力に負けて言うとおりの着せ替え人形と化しているミウラナ・スティであったが、いい加減我慢の限界でもあった。
 もとより、あまり興味のない類の話である。
 世話を焼いてもらっているという自覚はあるがしかし、かといってこの状況が必ずしも自分の不肖だけのために起こっているものでもないのである。ここで自分の意見を述べ、「それよりこっちの方が派手だし目立つわ!」と却下された事実からも、それは垣間見える。
「ドレスなんてどうでもいいのになぁ…」
 いや、欲を言えばあまり目立たないものであった方が嬉しいのだが。
 はあ、とため息を吐くと、ミウラナは辛気臭いと文句を言われた顔をそのままに、試着室のドアを開けた。
「これでどう?」
 やけくそ気味に訊ねながら、おそらく「ああ、いいわね」「じゃあ次はこっちね」という流れになるのだろう、と思っていたのだが、―――一向に、誰も、何も言わない。
 不思議に思い、四人に顔を向ければ、ぽお~っとした顔で自分を――正確にはドレスを見ている。予想外の反応に、戸惑ったミウラナであったが、
「これ…すごく似合ってます!」
「いい感じですわ~」
「素晴らしいです」
 きゃーっ、と騒ぐ三人娘と、
「これくださる?」
 にこりと満面の笑みを浮かべて早々に購入を店員に伝えた姉の姿に、どうやらようやくこの着せ替え地獄から解放されるらしいということはわかったミウラナであった。
 …まさかその後に細かな採寸があるとは思いも寄らなかったが。


 なぜこんなことをしているのかというと、発端は前日のセィラン・リアンドとのやり取りにある。より正確に言うならば、パーティーに連れて歩くパートナーの件で思い悩んでいた(それこそ自分に頼むくらいなのだから、相当悩んでいたに違いない)様子の友人に協力しようと約束したところから、始まる。
 そういった詳しい事情を説明する気は一切無かったが、それでも彼のパートナーとして結構な知名度のパーティーに参加する件については、家族に報告しないわけにはいかなかった。時期も時期だ。時間が無い。
 ミウラナの予想では、そこで一番厄介なのは父である、という予想だったのだ。―――実際、何が起こったのかを根掘り葉掘り訊かれた。一切答えてやりはしなかったが。情報として扱われるのも、父親としての好奇心で突っ込まれるのもご免である。
 しかし、本当の意味でどっと疲れがきたのが、このドレス選びであった。
 行くからには、そうそう下手な格好ではいけない。それはわかっていたが…まさかドレスの新調にここまで面倒があるとは。
 一からのオーダーメイドでないのは、来週に迫ったパーティーに間に合わないからである。そうでなければ、やけに気合の入った姉たちに、半ば以上強制的にそれらを仕立てられていただろう。そうなれば、おそらく今の非ではないほど大変な目に遭っていたに違いなかった。…とはいえ、短期間でドレスを直さねばならない仕立て屋にとってみれば、負担はこちらの方が大きいのかもしれなかったが。そこまで考慮するだけの余裕は、ミウラナにはなかった。
 もはや疲れ果て、先程自分が何を着ていたのかさえおぼろげである。ああ綺麗だな、と最初のうちは思っていたものだが、その感覚も既に麻痺していた。
 ようやく帰れる。帰ったら掃除…いや、今日は大人しく本を読んでいよう。なにか、動く気分になれない。
「あとは装身具の類を…」
「げ…」
 思わず声が漏れたが、それを聞きとがめる者はいなかった。というより、再びきゃいきゃいと「こういったものが~」という話を始めていて、それに熱中するあまりこちらの声が耳に入っていないと言った方が正しい状況であった。
「ミウラナ様はどんなものがいいですかっ?」
 召使いの一人であるメイにそう訊ねられ、もとよりあまり意見が求められていないことを知っていたこともあってか、どうでもいい、なんでもいい、と答えようとしたミウラナであったが、ふと思い直した。
「青い…」
「へ?」
 他の三人も、話すのを止めてじっとこちらを見ている。それすら気付かず、ミウラナは無意識に呟いた。
「青い薔薇…が、いい」
 召使い三人は顔を見合わせ、首を傾げた。
「青い薔薇、ですか?」
「そういえば一つ持っていらっしゃいましたね」
「でもあれは…」
 壊れてしまって、と小さく続ける。
 その言葉に、ああそういえば壊れていたな、と思い出す。いや、壊してしまった、の間違いか。
「まあ、青が似合わないドレスでもないし…でも、どうして?」
「………どうして?」
 きょとん、と目を瞬かせる。
 どうしてか、訊ねられて答えは出なかった。なんとなくふと、思い当たったのだ。そしてそれがつい口を出てしまった。それだけのことであったのだから、理由などあるはずもない。
「あ! もしかして!」
 マロンがぽんと手を打った、こっちこっち、と手招きをする。二人の同僚がそれにつられてちょこちょことその周りに集まって、ごにょごにょと話し始める。
「あー、そっか!」
 そのうち、メイが大きな声を発した。同調するようにフィンも「そういえば~」とうんうん頷いている。
「どういうこと?」
 ポティシも気になったらしくその輪に入り込む。ミウラナも近寄っていったのだが、ミウラナ様は聞いちゃ駄目です、と断られてしまった。自分のことであるはずなのに、となにか釈然としないものを覚えたが、そこまでして聞きたかったわけでもない。意識をそこから外すと、その辺のものを適当に物色し始めた。
 そのうち、いつの間に戻ってきたのかも知らぬ姉にがっしりと肩を掴まれ、
「青い薔薇の装飾を探しましょう! いっそ特注で!」
 やけにソレについて執着を見せた時には、流石に自分の同志である彼女たちが、姉に何を吹き込んだのか、非常に気になったが。
 特注は無理だろう。時期的に。
 それを口にするのは、憚られた。妙に桃色のこの空気を壊した後、八つ当たりをされては堪ったものではない。余計なことは、言うべきではない。


 ともあれ、パーティーに向けての準備は、そんな調子で進んでいた。

 問題があるとすれば。
 そう、問題があるとすれば、だ。
 それはおそらく、当事者間のやり取りが少なくなったことにあるだろう。
 自分に協力を依頼しに来たセィランが忙しい身であることは、自分でなくとも知っている。定期的にここに来られているだけでも、奇跡みたいなものである。そう考えると、わざわざ足を運んでくれる彼には、本当に感謝している。この関係を絶とうと思ったなら、一方的にそれが可能な立場に、彼はあるのだから。
 それでも、前日の何時に迎えの馬車を寄こすから、という彼の使者という人物からの伝言だけで後はぷっつりと連絡が途絶えてしまえば、多少ならず困ることはあるというもので。
 ドレスの仕立て屋からは、やけに頻繁に連絡があるというのに。
 仕方がないなぁ、と思いながらも、どことなく悶々とした気分になってしまうのは、だから致し方ないことなのかもしれなかった。
 この時期に下手に表に出たくないからと断っていたパーティーに、ミウラナとは違い揚々と向かって行ったポティシから、やけに噂が広まっているらしいと聞いたこともその一因ではあったが。なにせどうやら、変な方向に発展しているようだったので。わかりきっていたことだが、あまりにも予想通りで、萎える。
 ちなみに何気なくその場に彼はいたかと訊ねると、いなかったわよ、と返された。本人に直接おうかがいすればいいじゃない、連絡を取っているんじゃないの、と姉に不思議そうな顔で訊き返されて、それに曖昧な返答をしながら自室に逃げ帰ってきたところだ。
 あれから使者も来ないし、手紙も来ない。
 伝鳥ならば、連絡を取れないこともないけれど。ふとそんなことさえ考える。
 伝鳥―――つまり、声を運ぶ鳥だ。嗅覚が非常に優れた鳥で、賢く、人懐こい。匂いを追って、声を相手まで届ける、そんな鳥。ルーフェイ国の貴族間で利用される伝鳥の種「ムン」は、色は茶と地味だが、白い腹の部分に三日月の形をした模様があることから、三日月鳥とも呼ばれている。
 伝鳥の中でも高級種である「イオペガ」とは比較するまでもなく伝達能力は低いが、それでも普段のやり取りには申し分ない。
 スティ家も二羽ほど飼っているが、今のところミウラナ自身が彼らを使ったことはない。幼少時に一緒に遊んでいた記憶はあるけれど。
 けれど…ああ、無理だ。たぶん匂いは憶えているだろう。最近自分の部屋に来ている人だと言えば、賢い彼らには、通じる。だが確実ではない。改めて紹介しないことには、正しい手順を踏めない。それに―――伝言することが、特に思い浮かばない。
 ぽてりとベッドに身体を沈めながら、うーん、と悩む。
「………結局当日まで待つしかないのかしら」
 当日というのはつまり、パーティーの前日のことであるが。
 ―――若干面倒になってきたというのが、本音である。

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