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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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[ シンデレラになりきれないシンデレラのお話 ]

 わいわいがやがやと騒がしい。その中に、目的の人物はまだいない。
 それにしても、眠い。ほとんど徹夜で終わらせたのだから、仕方がないといえば仕方がない。出てくる欠伸をなんとか噛み殺し、また視線を巡らせる。
 音楽はまだ始まっていない。その前に、なんとか。
「セィランすっげ必死そうな顔してんのな」
「必死だからね」
 その言葉に、大臣は参加者へと適当に巡らせていた視線を、思わず隣に立つ男へと集中させた。まさか恥ずかしげもなくさらりと言ってのけるとは………いつもとは違う反応だ。てっきり赤くなって固まるものだとばかり思っていた。
 眠くて思考能力が低下しているのか、それとも――――。
 どちらにせよ、良い傾向ではある。
 ふっ、と大臣は笑った。王子の肩にぽんと手を置く。
「ま、焦りなさんな。そのうち現れるって。そういう話だしな~」
「…彼女が素直にシナリオどおりに動くとは思ってないよ」
 それは確かにそうかもしれない。流石の大臣も、否定できなかった。肩を叩く手が止まる。
「でも、城には来てるから」
「言い切るね」
「魔法使いが彼女だからね」
 彼女? と首を傾げる大臣はそのまま置き去りにして、王子は会場を回ることにした。時々そのへんを歩く娘に話しかけられるが、それらは丁重に、だがしっかりと断る。それでも一向にそれらが減らないことに、うんざりし始めた時だ。
「セィラン様!?」
 待ち望んだ声。
 振り返り―――固まった。
 白くて、ふわふわで、ふわふわだ。いや、似合っているけれど。とても。その艶やかな髪に青い薔薇が存在しているのを見て、何故だかすごく、嬉しくなる。
「あの、セィラン様って、王子様ですか?」
 挨拶もそこそこに、単刀直入にざっくりと。いかにも彼女らしかった。しかし何故そんなことを訊くのだろうか。不思議に思いながら、答える。
「ええ、そうですけど」
「そう」
 あからさまにホッとした顔をしたシンデレラに、もしかして知らなかったのかな、と思う。
 だから。
 次に鋭い光を宿して自分を見上げるその瞳を見た時、思わず半歩引いてしまった。なにか、いつもの彼女とは違う、妙な決意を見た気がした。
 直後、それは間違いなどではなかったことを思い知る。
「私と踊っていただけませんか、セィラン様」
 何があったのだろうか。その理由は、自分に対する好意の類などではないのだろうけれど。と妙にそこだけ冷静に判断する。舞い上がって浮かれて、結局沈むのは自分だと、よく知っている。悲しいほどに。
「もちろんですよ」
 彼女の手を取り、答えれば、心底嬉しいと言わんばかりに、ふわりと笑った。心の奥からじんわりと出てくる感情が、そこには浮かんでいる。
 …うん。この笑顔は好きだ。
 だから、まあ、どんな理由があろうと、彼女から自分と踊ることを望んでくれたのは、嬉しいことだ。―――浮かれない。浮かれたって最後は沈むのだ。今しがた、そう言ったばかりなのに。彼女の笑顔一つでこうも変わる。まったく、自分自身に呆れ果てる。
「でも普通は逆だよな~…というより、台本だと逆、っていうべき?」
 少し離れた場所からその様子を見ていた大臣がぽつりと呟いたことなど、もちろん耳に届くはずもない。その様子に、呆れたような、それでも祝福するかのような、そんな笑みを浮かべたことだって、彼らが知ることはないだろう。
 互いの手を取り柔らかく微笑み合う二人の姿は、どこか神聖な雰囲気を放っている。近寄り難い。それに似た何か。いつもはなんだかんだと言う周りも、その気に当てられ、ただぽうっとした顔つきで二人を眺めている。
 音楽が始まった。ゆったりとした、その場の空気に合わせた音楽だ。
 二人が動き始めたことで、ようやく周りも時を刻み始める。それぞれお互いのパートナーと。パートナーがいない者はそれとなり得る人物を捜して。……壁の花になろうとしている者も若干いるが。
 なんにせよ、今の自分には関係ないか。王子はそんな周囲の様子を切り離した。元より別に興味は無い。
 
 それを取り戻したのは、流れていた音楽がどことなく終焉に向かっているようだと気付いたからだ。それから、流し読みした――というより、どこかの大臣がストーリーを隣で読んでいたのをなんとなく聞いていた――『シンデレラ』という話の展開を思い出したから。
(今…何時だ?)
 きょろりと辺りを見回すが、生憎と時間を知らせる物の存在が見当たらない。
 そうしていると、王子の意識がここにはないことに気付いたのか、シンデレラも顔を上げる。
「どうかしましたか?」
「いえ…あの」
 どうやら気付いていないらしい。自分が言わなくては駄目なのか。正直、とても嫌だ。この幸せな時間を、わざわざ自分の手で引き裂くなんて。
「時間が、大丈夫なのかな、と…」
 声が震えていたことには頼むから気付かないでくれと願いながら、自分の本心とは反する言葉をなんとか紡いだ。
「…あ!」
 忘れていたのだろう。彼女が声を上げる。できれば自分だって忘れたままでいたかったなんていうのは、もちろん口にも顔にも出したりしない。
「え~…っと、この後は靴片方置いてけば……それで下であの人と……」
 ぶつぶつと呟いているが、おそらくこれから自分がすべきことを確認しているのだろう。自分はどうするのだったか。彼女が逃げた時に追いかければ…良いのか?
 視線を動かし、大臣の姿を捜す。会場内にはいそうもない。ならば、と視線を上に上げる。会場全体を見渡せるその場所に、彼はいた。握り締めている左手を、右手で小突く動作を何度か繰り返している。よく見ると、左手にあるのは彼愛用の時計だ。口が、ゆっくり、しっかり、一文字ずつ動く。
『  じ か ん  あ と す こ し  』
 ああ、やはりか。くらいにしか思わない。
 それを彼女に伝えようと、前を向いた瞬間に、凍った。その瞬間に、彼女がにこりと笑い、「それでは失礼しますね、セィラン様」と言うなり踵を返して走り出したからだった。よくもまああの格好でそこまでのスピードが出せるものだと、あまりのことに呆気に取られていると、声が投げかけられた。
「なっにしてんのー! おーうじーさまぁ!」
 何してる、って……むしろ、そっちが何をしているのか。こんなところで。大声出して。
 と思ったが、実はそれが間違いであったことに気付く。声が近すぎる。服のポケットを弄(まさぐ)ると、比較的小型な無線機が出て来た。着替えた時には無かったはずだ。いったいいつの間に仕掛けたのか。
 彼女が一緒にいる時に、ここから声が漏れなくて良かったと心底思う。彼もそこまでは悪いと、自重してくれたのだろうか。あれにそんな気遣いができるとも思えなかったが…。
「追いかけろよっ!」
 無駄でもなんでも! と付け足された声に、咄嗟に走り出した。なんでこんなに必死になってるのかなぁ、と自分の行動を疑問に思った。どうせ、やることは決まっている。硝子の靴を拾う。それだけだ。それだけしか、ない。なのに。
 彼女の姿はもう遠い。が、追いつけないこともないだろう。だが、追いついてどうする気だ、と自問する。王子はその躊躇いから、階段を少し降りたところで立ち止まった。同時に、何故かシンデレラも足を止めた。
 何をする気だろう、と見ていれば、彼女は素早く硝子の靴を脱いだ。それらを片手に、素早く辺りを見回す。その横顔には、困惑の色が濃く出ていた。その様子にふっと笑えば、どうやらそれでこちらに気付いたらしいシンデレラはぎょっとした顔をした後に、赤面する。それを誤魔化すように口を尖らすと、片方をその場に置くと、たたっと駆けていってしまう。そして階段の下で待機していたらしい怪しい黒ローブの人物にしがみつきそのままふわりと―――って、ちょっと待て。
「誰だ、あれ…?」
 ぽつりと呟かれたそれに、片手にある無線機から、「いや俺に訊かれてもね~困っちゃうね~」と全然困った風に聞こえない口調で返答があった。別に彼からの返答を期待したわけではないのだが。
 呆けているうちに、黒ローブとともにシンデレラの姿も掻き消えた。
「あれ…馬車代わり、なのか…?」
 信じられない、とばかりに口元を覆う。
 魔法使いは、彼のよく知る“彼女”だ。なら、悪い人物ではないのだろう。おそらく。…でも、体格からしてあれは男だった。知らず、眉が寄る。
(まあ彼女のことだから…あまり気にしていないのだろうけど)
 今度はゆっくりと歩を進め、硝子の靴をひょいと拾った。ついでに、その拍子に落ちた――あるいは落とした?――青い薔薇も。
 ああ、ますます既視感。今度は良い意味で。
 まるで壊れ物を扱うかのような動作で、それを持ち上げ、そこに口付けを落とす。
「おーい。こっちにもわかるように説明してくれよぅ」
 無線機から声が漏れている。心地よい空間を壊され、王子は軽く顔を顰めた。
「あー…人型の馬車がシンデレラを連れて消えた」
「え、なにそれ。ギャグ? 冗談? セィランにしては珍しいね。全っ然面白くないけど」
「悪かったな」
 抽象的な表現をしたというだけで、ギャグというわけでもないんだけど。いちいち説明するのが面倒なので、あえてそれ以上何も言わずに、話題を変える。
「で、大臣」
「なにかな、王子サマ?」
「後のことよろしく頼む。私はこのまま部屋に戻るから。徹夜明けで眠い」
 相手の返答を待たずに、無線を切って、ポケットに突っ込んだ。流石に高価なものなので、放り投げるわけにもいかない。
 ふあぁ…と大きな欠伸を一つした後、青い薔薇をくるりと回し、王子は微笑んだ。
 
 
「あんっの、我が侭王子~…っ!」
 いやあの責任感の塊みたいなあいつが我が侭言うなんてほんと珍しいことなんだけどだからって偶の我が侭が許容されるわけではないと思うんですよワタクシ的には。ていうか徹夜明けは俺もそうなんですけどねぇぇぇ。
 とそこまでを心の中で捲くし立てた大臣は、今現在、シンデレラの屋敷の前まで来ていた。「国中捜してでも~」という命が下ったのは昨日である。が、それはそれ。場所がわかっているのだから、わざわざ遠回りする必要も無いわけで。
 その点でいうなら、大臣の仕事はひどく楽なものであった。「だいほん」内では。外で、面倒なことがあっただけで。
 王子が急に抜けると言って帰った後、大臣はひたすら後処理に追われた。いくら劇中とはいえ、悲しきかな、やはり貴族の娘は気高く傲慢な者もいるのだ。初めから違うというのに、それでも自分が選ばれて然るべきだと、そうでなくても踊りの一つくらい相手をしてもらって当然だと、そう考える連中は少なくはないわけで。
 それらを処理していくのは、本当に骨の折れる作業だ。最後の一人が下がったのは、王子が消えてから約二時間後のことであった。そこからは死んだように眠りこけ、起きたらこれだ。
「あとで絶対からかいまくってやるー…」
 ていうか、それくらい娯楽が無くちゃ、やっていけない。
 気合を入れ、硝子の靴が入った箱を片手で抱え、屋敷に足を踏み入れ―――待ってましたとばかりに笑顔で迎え入れたシンデレラの家族の姿にぎょっとした。義姉二人に腕を抱えられ、逃げられないでいるシンデレラは、まるで何かの生贄のようだ。…それよりも、継母のドレス姿の方が驚いたが。
「わたくし、城より遣いで参りましたヨーゼフと申します。先日は急であるにも関わらず、舞踏会に御参加いただき、真に感謝いたします。今現在、この硝子の靴の持ち主を捜すようにとの王の命の下、こうして皆様の屋敷を回らせていただいております。こちらにどなたか、お心当たりのある方はいらっしゃいませんか?」
 なんだこれ。内心で冷や汗をだらだら流しながら、なんとか表面上は普通を装い笑顔を浮かべた。こういう感情を表に出さずに取り繕うことは、セィランよりも得意だ。
 は~い、と手を挙げた――というより、左右にいる者に無理やり手を挙げさせられた、シンデレラ。さてどうしたものか。
「ここにもう片方もありますわよ?」
 女口調…激しく似合わない。見れば娘三人も遠い目をしている。ああ、確かにこの人はこういう性格だったな、と思う。ノリが良いというかなんというか……。
「ミウラナ、行ってらっしゃいな」
「その口調止めてって昨日も言わなかったかしら」
 にっこり笑顔できっぱり言い張る彼女の姿に、王子はこの姿に惚れたのかなあ、と少々現実逃避気味に考える。
「それで、大臣さん? 私が行けば、この劇は終わるんですよね? なら、私今すぐにでも行きますわよ」
 劇が終われば、この格好を見る必要だってなくなりますからね。とぼそりと本音が付け加えられる。
(………これは)
 城にいる同僚を思った。先程までは怒りをぶつける対象だったが、だからといってやはり彼が大切な友人であることに変わりはなく。
 なんだか今の彼女を連れていったら、彼が哀れだ。そう直感する。
 連れていくべきか、いかぬべきか。
 大臣はたいそう悩んだ結果、ここで悩んでも仕方がないか、とシンデレラを城に連れ帰った。
 
 王子と再会した瞬間に劇が終わったと喜び飛び跳ねた彼女の様子を見、ただ苦笑するだけで済ませた彼に、ああ慣れてるんだな、という感想を抱いたのは、このすぐ後のことである。
 なるほど前途多難だなと本人に聞こえないように呟いたのは、せめてもの情けだ。
 
 
 こうして劇は幕を下ろした。

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配役/
・シンデレラ…ミウラナ
・王子…セィラン
・継母…ダッカル
・義姉(上)…ランター
・義姉(下)…ポティシ
・鼠…メイ&マロン&フィン
・王…モウラ
・大臣…ヨーゼフ
・魔法使い…フィラティアス
・魔法使い二号…クレイスラティ
・黒い人…
アーフェスト

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