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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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[ シンデレラになりきれないシンデレラのお話 ]

「というわけだから、シンデレラ、あなたは今日は屋敷中の掃除を終わらせてから、舞踏会に出席なさいね?」
「わかりましたわお義母様。とりあえず貴女との縁を切る、という重要度大の掃除から取り掛かりたいのですけれど、如何(いかが)でしょう?」
 かわいこぶってるつもりなのだろうか。うふ、と笑いながら無駄に華美な扇を手にして、その風貌と全く似合わない女口調を使ってみせた継母に、シンデレラはこの上なく冷たいそれでいて完璧な笑みを返した。
「まあそんなことをっ! 貴女を手放すくらいなら、わたくしこの身を崖から投げる覚悟ですの」
「いっそそのまま死ねば良いと思うわ。ええ、本当に。心の底から」
 しかしこの継母ならば、たとえ崖から突き落とそうとも死ななさそうである。
 超絶なまでの笑顔で、あまりにも酷い言葉を一切の躊躇なく吐いたシンデレラに、継母は「まあっ」と口元に手をやり、目に溢れんばかりの涙を浮かべながら、娘二人に顔を向けた。その姿に娘二人も嫌そうに顔を歪めているのはご愛嬌である。
「聞きましてっ? この子ったら殺したいくらいわたくしのことを愛して…!」
「どこをどうしたらそういう解釈になるのかしら? ねえ?」
 というかいい加減この継母も、そういう発言がシンデレラから本気で嫌われる原因になっているのだと、気付くべきである。あるいは気付いていながらこのような態度を取っているのだろうか。それでもめげずにシンデレラに向かっていく姿は、ある意味であっぱれと言えたが。
「とにかく、私は屋敷で掃除をしてれば良いのね?」
 ふう、と疲れたように息を吐いた。
「いや、違うよミウラナ。魔法使いに会ってそのまま城に直行すれば良いんだよ」
 急に元の口調に戻った継母を見れば、手に「だいほん」とでかでかと書かれた冊子を持っている。ああそういえばそんなもの配られたっけ、と既に消えかかっている記憶を呼び起こす。だがシンデレラ用と書かれたそれをどこに置いたのだったか。思い出せない。確か初日にぱらぱら捲って………ああそうだ。ゴミ箱に捨てたんだった。
「わかったかい?」
「あー、はいはい」
 適当に返事をして、シンデレラは竹箒を持った。彼女の頭の中には、今から庭を掃くという予定が立っている。既に舞踏会とか魔法使いとか、そういう単語は一切合財意味を失っていた。
 明らかにどうでもよさそうな彼女の様子に、絶対にわかってないよこれ、と娘二人は思ったのだが、継母の方はといえばその返事で満足してしまったらしく、じゃあそういうことで、と自分は颯爽と馬車に乗り込む。これでタキシードなんかを着ていれば様にもなったのだろうが、如何せん今着ているのはドレスだ。どう頑張ったところで滑稽の域を出ない。
 ああこれと家族だと思われるのか、と嫌な顔をしている義理の姉妹二人と、嬉々とした顔をしている継母を、ばいば~い、と送り出し、シンデレラは早速庭の掃除に取り掛かった。
「きっぱり忘れてますね」
「う~ん…」
「どうしよっかぁ…」
 顔を見合わせる鼠三匹も、とりあえず傍でその様子を見守る。
 見守る。
 見守る。
 見守り、続けて。
 かれこれもう、………何時だろう、今。
 外もなんだか暮れてきた。これはそろそろ、本気で、舞踏会のことを思い出してもらわなくては。
 しかし当のシンデレラといえば、鼠の話など全く聞こうともしない。三匹が途方に暮れ始めた頃、どこからともなく、シャラン、シャラン…と透き通った音が聞こえてきた。
「さて、ようやくわたくしの出番ですわね」
 にっこり、と可愛らしい笑みを浮かべた女性が、どこからともなく現れた。手には長い杖。先についた細長い鈴の音を出すソレが、先程の音の正体だろうと、鼠たちは見当をつけた。
「貴女は…どちら様でしょうか?」
 シンデレラが、突如自分の屋敷の庭に現れた女性を、困惑しきった顔で見やる。当然の反応である。
「あら、わたくし? ふふ、ただの通りすがりの魔法使い、ですわ」
 そんな彼女の心情を知ってか知らずか、少し外れた返答をした魔法使いに、はあ、とシンデレラは間の抜けた返事をした。
 それにしても――“ただの通りすがりの魔法使い”? 「だいほん」には、シンデレラの名付け親の魔法使い、とか書いてあった気が。如何せんうろ覚えだ。もしかしたら、本当に“ただの通りすがりの魔法使い”だったかもしれない。こんなことならば、捨てなければ良かった。せめて確認ができたら…できても、何もならないかもしれない、が。
 気を取り直して、魔法使いに訊ねる。
「それでその、魔法使いさんが、私に何の御用でしょう?」
「そうですわね…貴女を舞踏会にご招待しに、としておけばいいかしら」
 舞踏会? ああ、そんな話だったか。
 シンデレラがことの顛末を朧げに思い出している隙に、魔法使いは「えいっ」と可愛らしい掛け声とともに、持っていた大きな杖を振った。その瞬間、ぽわぽわとした霧のような煙が辺りを包み込む。急なことに驚き、思わず竹箒を落としてしまった。拾わなくては、としゃがんだ瞬間、煙が口から侵入した。
「なっ…なにこ、けほっこほっ」
 咳き込んでいたら、何か身体に違和感を覚えた。何か…何か、先程とは違う、ような?
「これで良いかしら?」
 魔法使いの声が、煙の中で響いた。かと思うと、一瞬にして視界はクリアになる。なんだったの、とシンデレラがきょろきょろと辺りを見回していると、「あーっ!!」と三人分の叫び声。鼠たちだ。何事だ、と彼女たちを見ると、ぱっくり、と口を開けてシンデレラを凝視している。
「どうかしら、ミウラナ様?」
 へ、と再び間抜けな声を上げたシンデレラだったが、いつの間にやら魔法使いが持っていた姿見に映った自分の姿に、声すら奪われた。
 普段なら絶対着ないような、華美なドレスだ。色は白。ふわふわで、ふわふわで、ふわふわな感じだ。流してあった髪も、それに合わせて綺麗に結われている。
「お気に召して?」
 今すぐ脱ぎたい。こんなふわふわしたの、似合うわけない! 泣きそうな顔をしたシンデレラだったが、周りの反応は違っていて、
「…可愛いです」
「ミウラナ様、こういうの普段着ませんもんね~」
「お、お気に召しました! とても!」
 鼠たちがきゃあきゃあと盛り上がっている。シンデレラの憂いを帯びた表情には一向に気付いてくれそうもない。
「あら嫌だ、わたくしったら。一番肝心なものを忘れていましたわ」
 ぽんと手を打った魔法使いは、そう言って懐から青い薔薇を取り出す。それを優美な動作でシンデレラの髪に添えると、これでよし、と満足気に頷いた。
 その様子に、言おうかどうしようか迷ったが、意を決して話しかける。
「あ、あのっ…これ、あの、この格好で舞踏会に…行かなくてはいけないんですか?」
「ええ」
 にっこりと笑う顔を少しも崩さずに、魔法使いは即答した。
「ど、どうしても…でしょうか?」
「ええ。だってその魔法、貴女が舞踏会で王子様と踊って、その後に靴を片方落としてこなければ、解けませんもの」
 なんてとんでもない魔法だ。つまり、舞踏会で王子様とやらと踊って、靴を片方落とさなければ、一生この姿のままだということだ。嫌なことを聞いた。
「でもっ! 馬車もないのに、どうやって…」
「移動手段は、馬車だけではありませんのよ?」
 くす、と笑う。何故かぞくりとした。なにか、見てはいけない何かを見てしまったような…。
「クレイス様」
 誰かの名前を呟いたのだろう。けれど、それは誰の名前なのか。あまりに小声だったので、聞き取れなかった。鼠たちも同じだったらしい。視線を向けると、一様に小首を傾げてみせた。全員が同じ方向に首を曲げるものだから、面白い。
「はいは~い。何の用かな?」
 まだ若い男だ。口元に微笑を携えて現れた男は、黒いマントをすっぽりと被っており、いかにも怪しい。
「この子をお城まで届けてほしいのですが」
「人使いが荒いな~。フィラってば、あーくんも使ったでしょ?」
「ええ。ちょうど良かったものだから。――わたくしのお願い、聞いてくださらないの?」
「まさか! もちろん聞きますよ、我が姫」
 くすくすと、芝居がかった調子で、男が必要以上に畏まった礼をした。
「ありがとう」
 ふわりと魔法使いが笑った瞬間に、何故だか動きを止めたけれど。
 それも、よく見ていなければわからないくらい、短い時間だ。現にシンデレラも鼠たちも気付かなかった。
「そういうことですわ、シンデレラさま」
「…どういうことでしょうか、魔法使いさん」
 この男が自分を城まで送っていく、ということなのはわかるが。シンデレラが危惧したのは、どのような手段で行くのか、だ。誰と行くのか、ではない。
「ん~。つまりね、こういうこと」
 黒フードの男が、ひょいっと、なんでもないような動作でシンデレラを横抱きにした。きゃーっ、と鼠たちが騒ぐ。
「しっかり捕まっといてね?…落ちたら大変だから」
「え?」
 落ちたら? って、どういうこと?
 答えはしかし、訊く前に得られた。男の身体が、抱えられたシンデレラごとふわりと浮き上がったからだ。
「…魔法?」
「うん。そう。魔法。だから僕は…そうだね、魔法使い二号ってところかな」
 男もとい魔法使い二号は、フードからかろうじて見える口元に、笑みを浮かべると、
「さってそれじゃ、城までひとっとびー!!」
 かなりの速度で飛行し始めた。もはや悲鳴すら上げられない。
 シンデレラが落ち着いて呼吸できたのは、魔法使い二号の足がしっかりと地に着いてからだった。それでも一応速度は落としてくれていたらしく、おかげさまで髪もそこまで乱れてはいない。魔法使い二号は、未だに目を白黒させているシンデレラを丁重に下ろした。
「それじゃ、12時くらいに迎えにくるから。その前に王子様と踊って、あと靴を落としてきてね!」
「…善処します」
 なんとかそれだけ答える。しかし迎えにくるってどこにどうやって。そう訊こうと顔を上げた時には、もはや黒フードの怪しい魔法使いの姿は、そこにはなかった。
 まるで嵐のようだった。あっちの魔法使いといい。きっと出番を今か今かと待っていたに違いない。…あの様子では出番以外のところでも、あるいは暗躍していたかもしれないが。
 しばらく頭を抱えていたシンデレラだったが、よしっ、と気合を入れ、城を見上げた。王子様、が誰なのかは知らないが、まあいい。とにかく周りから騒がれている人を捜せばいいのだ。たぶん。
 しかしそんな人と踊る機会など、巡ってくるだろうか。シンデレラは憂鬱そうにため息を吐いた。もし巡ってこなければ、一生このまま…―――そんなの絶対、嫌。白は汚れが目立つのだ。掃除だってまともにできない。
 巡ってこないかも?――知ったことか、そんなもの。
 巡ってこないのなら、掴むまでだ。掃除のために!
 確固たる決意(少し方向性が間違っているような気もする)の元、シンデレラは城の扉を潜(くぐ)った。

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岩月クロ
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