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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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[ シンデレラになりきれないシンデレラのお話 ]

「何か既視感を覚える…」
 応接間にて王を待つ王子は、備え付けられた椅子に深々と腰を下ろしながら、ぽつりと呟いた。
 その瞳は、長時間待たされたがために、若干ぼんやりとしている。仕事の書類も持っているので、それをやっていればいいのだが、如何せんこの状況で何も考えずに仕事をしていられるほど、彼の神経は図太くはなかった。
 いったい自分はいつまでここにいればいいのだろうか、うんざりとした心持ちで、閉ざされた扉を見つめる。
 もしかしたらこれは新手の誘拐の手口かもしれない。そうとまで考えた。生まれてこの方誘拐されそうになったことはあっても、本当に誘拐されたことは未だに無いし、この歳になって流石にこんな誘拐に引っ掛かりたくはもちろんないが、しかしこの状況を説明するにあたり考えられる可能性の一つとして入れておくにこしたことはないだろう。
 大体が、初めから胡散臭かった。仕事の途中で引っ張ってこられたのだから、尚更だ。そういえば、一緒に連れて行かれた父と同僚はどうしたのだろうか。王子は首を捻った。まああの二人のことだから、大丈夫だとは思うが。
 ならあの二人を放って、脱出を試みてみようか。
 あまりに退屈なためにそんな考えに至った王子が、腰を浮かしかけた時に、見つめていた扉が急に、ばあんっ、と勢いよく開かれた。続いて現れた人物は、先程頭の中で思い浮かべていたその人だった。なんだ無事だったのか、と喜んでいるのか悲しんでいるのかわからない心中をその一言で表す。
「ぃやっほー、セィラン! じゃなくて、今は王子サマなんだっけ? あ、俺は大臣なんだってさ! いやー、結構な出世だよね。セィランには及ばないけどさ!」
 楽しめるわけがない。というか、なんでこの男はこうも元気なのか。そのにこにこ顔をじろじろと見つめるが、全く戸惑った様子は見受けられなかった。少なくとも、この状況でしっかりと自分の仕事の束を持って移動する、という行動ができるほどには冷静であるらしい。
「あ、でもセィランもモウラさんには適わないか。なにせモウラさん、王サマだしね」
「は?」
 おうさま?
 ぽっかん、と大きく口を開け呆けていると、無駄に元気の良い大臣の後ろに、自分の父がいることに気付いた。慌てて立ち上がり、一礼する。
「そう畏まるな。――私にも事情はよくわからないが、どうやらそういうこと、らしいぞ。まあだとしても、やることは大して変わらないが」
 言うなり、処理すべき書類の束を掲げて示す。確かに肩書きが変わったくらいで、やることはそう大差ないようであった。なぁんだ、せっかくちょっとは楽できるかなぁと思ったのに、と不満げに大臣が悪態を吐く。
「ああでも、ここに来るまでに妙なものに判を押さされたな。舞踏会だかなんだかの許可のためだそうだが」
 ますます既視感。
「そうそう。なんか、王子サマのオヨメサンを探すためみたいだよ」
 しかも前より酷くなってる。
 思わず蹲り頭を抱えていると、ぽん、と肩に手を置かれた。
「頑張ってね☆」
 何を頑張れというのか。完璧に他人事である。まあ彼の場合は、たとえそれが自分のことだとしても、結局楽しんでいそうなイメージがあるが。
「しかし、いったい誰がそんなことを…?」
「…思い出せんな。黒かったことくらいしか」
「う~ん…俺も、どこの誰だったか…覚えがないな~」
 どうやらわからないらしい。これじゃ止めることもままならない。
「あ、でも大丈夫だよ。セィラン」
 大臣がやけに自信たっぷりに言うので、何か妙案でもあるのかと顔を上げた。きらきらと光る瞳にどことなく不安を感じる。手にはそこまで厚くない冊子があり、どうやらそれを流し読みしているようで、視線はそれの右から左へ忙しなく動いている。
「まだちゃんと読んでないけど、とりあえずセィラン、シンデレラさんと結ばれるみたいだし」
 結ばれる、という件(くだり)で、ぴしりと固まった。
「………え?」
「ああ、本当だな。…で、シンデレラというのは」
「十中八九、意中の彼女、じゃないですか?」
 一人混乱する王子を置いて、王と大臣は、これみよがしに彼の前でシンデレラの話をする。
「あ、モウラさん。これ、この台詞読んでみてください」
「ん? 『あー、早く孫の顔が見たいなあ』」
 読まされた、割りには確りと抑揚もついている。なんだかんだで乗り気のようだ。
「なんでそこだけ読むんだ!」
 思わず声を荒げれば、だってねえ、と大臣が王に視線を寄こす。
「なんだセィラン、他の部分も呼んでほしかったのか? 『王子は何故早くよい相手を見つけて結婚する気にならんのか』『私は待ちくたびれたぞ!』」
「もういいです読まないでくださいお願いですから」
 ひたすら頭を下げて懇願すると、仕方が無い、というように王が「だいほん」とでかでかと書かれた冊子をぱたんと閉じた。息子の顔が若干赤いのを見やると、何をこれくらいのことで…やはりあの母の子だからか、とぶつぶつ呟く。
 それはいったいどういう意味だろうか、と父を見た王子だったが、それよりも隣でしきりにうんうんと頷いている大臣の方が気になった。
「そうだよね。ちょっと場面が違うもんね」
「いやそこは問題じゃない」
「あ、そういえばセィランは台本貰ってないんだっけ? それが不満だったんだ」
「要らないよ」
「はい、これ王子サマの分だよ」
「君は人の話を聞いた方が良いと思うんだけどね、私は」
「ていうか王子サマって何気に登場回数少ないよねー」
「それはむしろ望むところだよ…」
 ぐったりとした面持ちで王子が答えると、んまあっ! と大臣は大袈裟に驚いてみせ、
「王サマ、大変でございます! 王子が堕落しております!」
「してない!」
「ええぇ? 結婚相手が出てくる話なのに、登場するのは少なくても別にいいって、つまりは『結婚相手なんてどうでもいいから~、テキトーに周りに流されとけば、まあいっか~』ってことでしょ?」
「違う!」
 あと、その妙に間延びした台詞がムカつく。
「ならセィラン、相手の子に関心はあるんだ?」
「あ、当たり前だ!」
「ふぅ~ん…」
 やけに黒い大臣の含み笑いに、王子は一瞬肩を震わせた。それから、自分の言ったことを再び考える。勢いで返事をした部分もあったりなかったりして―――つまり記憶がちょっと曖昧になっていた。
「モウラさ~ん、王子サマちゃんと舞踏会に出るってさー。しかもやる気アリ」
 ぐっ、と王に向けて親指を立てる大臣。その頭をぽかりと殴った。
「いてっ」
「あ…すまない」
 反射的に、謝罪を述べる。完璧に無意識だった。無意識に殴っていた。自分でも驚くべき行為だ。人様に手をあげるなどとは…。
 握り締められた自分の手と、大袈裟に痛がってみせる大臣の頭を見比べながら、戸惑いの表情を浮かべる。
「あー…なんていうか、あれだよね。セィランってやっぱ、いいとこのお坊ちゃん、だよね」
 ぼそっ、と大臣がその様子を若干冷めた目で見ながら呟いた。頭を抑えて蹲っていたため声が通り難かったこともあり、その呟きは誰の耳にも入ることはなかったが。
「す、すまないヨーゼア。殴るつもりはなかったんだが…本当にすまない」
 心底申し訳なさそうに謝る王子に、大臣はぱちくりと目を瞬かせた後、にい、と人の悪そうな笑みを浮かべた。
「えー。でも本当に痛かったもんなー。俺の仕事、明日の分をやってくれるってんなら許してやらないこともないけどなー」
「う…………わ、わかった」
「っれ? 了承しちゃうの、ここで?」
 予想外の反応に、大臣は大口を開けて呆れた。よもや冗談で言ったことを真に受けようとは。ここまで素直に言うことをきかれると、どのタイミングでネタばらし(というほどのものでもないが…)をすればいいやら、かなり困る。
「というより、どっちにしろ明日の仕事は今日までに終わらせておく方が得策だな」
 助け舟、というべきか。いつの間にやら机を陣取り、黙々と、けれど着々と仕事をこなしていた王が、顔を上げるなり王子と大臣に告げた。それによってようやく、妙な雰囲気が霧散される。代わりにクエスチョンマークが二人の頭の上を飛んでいたが。
「お楽しみの舞踏会は、明後日あるみたいだ。だが、仕事はたんまり。これを明後日まで、となれば………なあ?」
 要するに、休む暇など無いということだ。
 二人揃って静かな動作で、自分の持ってきた書類に目を向けた。
「ね、セィラン。明日の俺の仕事、やってくれるんだっけ?」
「悪いが断る。明後日以降なら受け付けるよ」
 決して視線を合わさずにそんな会話を交わす二人に、同じく王が視線を合わさず――ただそれは前者の二人とは違い、単に仕事の書類を見ているため、視線を寄こせないという理由からだったが――端的に告げる。
「どうでもいいが、さっさと始めた方が良いんじゃないのか、二人とも?」
 はい…、と意気消沈といった様子で二人の内の一人が、ふと気付いたように、
「ここで仕事をしても良いんですか? 応接間、ですよね」
 客らが来訪したら、通せないのでは? 他にも応接間と呼ばれる空間はあるとはいえ、やはりその一つを占領するというのは気が引ける。それにこんなところで職務をするなど―――国家機密が漏れても文句は言えないような環境である。が、他の二人はそうでもなかったようだ。
「良いのではないか?」
「そーそー。王サマが良いって言ってるんだもん。問題ないって」
 そのあまりにもあっけらかんとした様子に、自分が気にし過ぎているのだろうか、とどこか釈然としない思いを抱えながらも、王子はひとまず自分の仕事に取り掛かることにした。悩んでいる暇があるなら、これらをとっとと片付けなくてはいけない。時間も差し迫っているのだし。
 とそこまで考え、「ん?」と王子は首を捻った。
 何故自分がそこまで舞踏会に拘る必要があるのだろう。出席しないことにして、ゆっくり仕事を済ませればそれで良いではないか。
 それでもその時は、とにかくやらなくてはいけないと思わせる何かが、自分の中にあったのだ。

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