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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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[ シンデレラになりきれないシンデレラのお話 ]

 昔々のお話(だそう)です。
 広い広いお屋敷に、母を亡くした美しい娘が、その父の再婚相手である継母と、娘二人と共に暮らしておりました。父が存命の時はまだよかったのですが、その父も亡くなってからは、娘は、意地の悪い継母たちに家事の何から何までをさせられて、灰まで被って働くその姿から、「シンデレラ」と呼ばれておりました。


「って、この時点で何か無理があるのよねぇ」
 シンデレラははたきを片手に呟いた。口にはマスクをつけているので、その辺をはたきながら喋っても、口に埃が入ることはない。これを作った人は偉大だ、と全く別のことを考えながら、シンデレラは口を動かし続けた。
「大体昔々ってどういうことよ。勝手に昔にしないでほしいわ。私は今を生きる立派な人間よ。でもって“意地悪な継母たち”っていうのがね、ありえないのよ。いろんな意味で。――何より! 私別にシンデレラって呼ばれることに依存なんてないわよ。灰被って何が悪いのよ。その上そう思わない? ねえ?」
 視線を向けた先には、シンデレラの掃除の邪魔にならないようにと、大きな椅子の上に座っている三匹の鼠がいた。鼠に話しかけているその姿は、正直他の者が見れば「何をしてるんだろうこの人は…?」と若干引いた目で見られることは間違いないだろうが、そもそもシンデレラ(灰かぶり)と呼ばれることすら気にしない娘である。今更そんなこと気にしてどうするのよ、とその視線すらも撥ね退けてみせた。
「そうですよね。嫌味を言っても嫌味と取ってもらえないっていうの、いい加減わかっても良いものですよね」
 中央の鼠が言った。少し釣っている目が、勝気そうにシンデレラを見上げている。
「まあ、わからないような人だからこそ、こうして大した実害もなく、自分の好きなことをやって暮らせているわけだけど」
 シンデレラが答えると、でもー、と右隣にいた鼠が、少しだけ口を尖らせた。
「ミウラナ様がお仕事されると、わたしたちの仕事なくなっちゃうから、困りますよー」
「そうですよ! あたしだって、ようやくお茶淹れるの上手くなってきたのに~っ! ずるいです~…」
 続けて声を上げた左隣の鼠の様子に、心外だ、とばかりにシンデレラは肩を竦めた。
「でも今は貴女たち鼠なんだから、私しかする人いないでしょ?」
 だから良いのよ、私がやっても。誰にも文句なんて言わせないんだから。ふふんと笑ったシンデレラに、鼠たちは顔を見合わせた。揃って嘆息する。彼女が庶民の暮らしに理解のあるお嬢様であることは、鼠たちにとってはこの上なく幸運なことであったが、だからといって、ここまでしてもらっても、という感じである。それに――本人は全く気にした様子はないが――いい加減、自分たちの自慢の主人が馬鹿にされるのも腹が立ってきた時分である。
 磨けば絶対光るんだから、というか磨かなくても十分光ってるんだから! これで手を加えれば、絶世の美女になるはず! そう、多少埃がついていたって目に入らないくらいの…。
 鼠たちがそんなことを思っていることなど露知らず、なシンデレラは、上機嫌で部屋の掃除を再開する。もはや先程までぶつぶつ言っていた内容については、忘れ去られているらしい。それとも、そのお陰で今こうして自分が好きなことをできている、ということに思い至ったのか。
 しかし、そんなシンデレラの幸福は、長くは続かなかった。
「ミウラナ!」
 自分の名を呼ぶその声に、明らかな怒気を見つけ、びくりとシンデレラは肩を震わせた。
「あ、あら~、姉様。どうなさったの?」
 なんとなく逆らい辛い雰囲気を纏う下の義姉は、そのまますたすたとシンデレラの前まで足を進めると、ぱしっとその手にあったはたきを奪い取った。
「あーっ、なにするの!」
「あ・な・た・は、またこんな! しなくて良いと言っているのに!」
 がみがみと怒る義姉に、だって、とシンデレラは不満げに視線を逸らしながら、彼女に反論する。
「今はこの屋敷、私以外に掃除要員いないじゃない。それにほら、なにより、“シンデレラ”ってこういうことする役柄みたいだし。“義姉様”も、率先して“シンデレラ”にこれをしなさいあれをしなさいという役みたいよ?」
「そう。わかったわ。―――シンデレラ、貴女はこれから部屋に篭って本を読んで勉強でもしていなさい」
「じゃあ掃除は誰がするの?」
 は~い、と手を挙げる鼠たちを、姉妹揃って無視した。流石にこの小さな身体を持つ鼠三匹に、大きな屋敷の掃除は頼めない。
「どうせ二、三日の辛抱よ」
「甘いわ姉様! その“どうせ”で、気付けば埃は溜まっていくのよ?」
「良いからさっさと部屋に行きなさい!」
 ぱしり、と頭を軽く叩かれ、びしっ、と自室のある方向を指差される。
「でもね、“義姉様”の言う意地悪って、なんだか本当に家事のことばかりみたいなの。だから、やっぱり姉様もそうするべきだと思うのよ」
「だから? 貴女だって元のシンデレラらしく振る舞ってなんてないじゃないの。おあいこよ、お・あ・い・こ。それに私、根本のところで間違ってるわけじゃないものね」
「?」
 義姉は、不思議そうに首を傾げたシンデレラに、柔らかく優しい、けれど目だけは笑っていない笑みを向けた。
「だって貴女には、この“意地悪”が一番よく効くでしょう?」
 たしかにな、と鼠三匹――だけでなく、それを言われた当人でさえも「ああ、なるほど」と納得した。


「ということがあったのです、お父様、お母様」
 シンデレラから奪い取ったはたきを近くに置き、下の姉は、母と上の姉に報告した。
「それはあの子らしいわね。それより私は、何故この役なのかしら…と」
 さすがに娘二人と姉妹役というのは、気が引けるというか、自分でやっていて、年甲斐もなく何をしているのか、と思う。しかも夫の目の前だ。(その夫の方が「継母」役についてノリノリだという事実には、目を瞑っておく)
 とはいっても、着ているドレスは普段のものとなんら変わりないので、その設定以外は、何の戸惑いもないわけであるが。
 上の姉は、ちろりと母の方を見る。
 見た目から受ける印象よりもずっとがっしりとした体躯をしている彼…女(あまり認めたくない)に、ぴったりと合うドレスの組み合わせは、正直気色が悪い。もはや笑いすら出ない。思わず目を向けてしまったことを後悔しながら、それをぎりぎり視界に入れない位置に視線を動かす。完全に背けられないのは、端に映るそれの姿がどうしても気になってしまうからだろう。
「まあまあ、二人とも。良いではありませんか。シンデレラが望んでそれをしているのです。まーったく問題ありませんわよ」
 口元をどこからか取り出した扇で隠しながら、おほほほほ、と上品そうに笑う継母の姿に、姉妹は青い顔で絶句した。ありえない。ほんとありえない。いくらノリノリだからって、周りの被害も考えるべきだろう! ―――まあこれまで一度だって彼女(…妙な違和感を覚える)が周りの被害を考えて行動してくれたことなんてなかったが。少なくとも、記憶に残っている中では、無い。
「そんなことより、これをご覧になって?」
 継母は、ぱさり、とまたもどこから取り出したのか不明な、一枚の紙を、机の上に置いた。上の姉はそれをちろりと一瞥したが、それよりも先にこっちをなんとかしなくては、と目尻を鋭くして、継母を睨みつけた。
「その前に、言葉遣いをいい加減元に戻してくださいな。貴方がその格好であるというだけでも鳥肌が立つというのに、更にその口調とは! 拷問ですか? そうなんですか?」
「お、お母様…しっかりなさってください! 大丈夫です。この劇が終わればお父様だって、」
「あらぁ、残念だわ。この格好、周りの反応が面白いから結構気に入っていましたのに」
「お父様は黙っておいてくださいません? さもなくば、そのふざけた言葉遣い、今この時より完璧に直してください」
 にーっこり、と下の姉が笑った。余計なことは言うな、と彼女の背後の黒いオーラが直で伝えてくる。
「わ、わかった。わかった。気をつける。もうしない。これでいいのだろう?」
 流石の継母も、滅多に見られない娘の剣幕には耐え切れなかったのだろう、珍しく冷や汗まで垂らしながら、要求を飲んだ。
 ふん、と息を吐き口をへの字に曲げる下の娘を、どうどうと宥める継母を横目で見ながら、早々と復活したらしい上の姉が、机の上に放られた紙を手に取った。四つに折られたそれの下に封筒があるのを見て、これはどうやら手紙のようだとそこで気付いた。
 文字を目で追いながら、声を上げて読む。
「『お城で開かれる舞踏会に、ご出席願います』?」
 なんとも不躾な手紙である。いきなりなんなんだ。礼儀がなってないわ、と上の娘は胸中で憤慨してみせた。
「そうそう。なんでもこの国の王子様のお嫁さん探しなんだってね」
「だからどこからそういう情報を持ってくるのですか」
 なんでもないように、しれっとそんなことを言った継母に、娘二人で呆れた目を向ける。次にその口から出るであろう言葉を想像し、
「面白そうだから、行ってみよう」
 それと寸分も違わぬ継母の言葉に、二人揃って小さくため息を吐いたのだった。

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