忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13]  [14]  [15]  [16]  [17]  [18
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




 いつものように部屋に通された。全く警戒されていない。おそらくここ暫く不通であったことすらも、仕事が大変だったのだろう、くらいにしか認識されていない。…確かに仕事は忙しかったのだが。
 妙齢の女性にしては、あっさりとした室内。とりあえず、物が少ない。部屋の手前の壁には、でんっと本棚が置かれており、そこに納められている本の数もかなりのものだ。しかも初めに見た時より、増えている気がする。じっと見ていると、
「ひ、暇だったんですよ。掃除が終わったら、他はあまりやることがないですから」
 前方から声が掛かった。いつもより上擦った声から、あんまり見ないで、と訴えかけられているような気がして、視線を外す。
「その掃除にしたって、この頃はマロンたち――ああ、この家の召使いなんです――彼女たちが全部ぱっぱとやってしまうし」
「それで、暇潰しに?」
 こくりと頷かれる。
「セィラン様がいらっしゃらない時なんて、特に」
 その言葉に、目を瞬かせた。なんと返せば良いのだろうか、こういう時は。戸惑っていると、ミウラナが自分の椅子を引きながら、彼にも椅子を勧めた。
 それにしても先程の発言は、セィランとの会話が暇潰しだと言っているのか、それともセィランが来ないと暇ができると言っているのか、どちらだったのだろう。どちらでもいいか、と考え直す。彼女にしてみれば、深い意味はないのだろうから。とりあえず、こうして話をしにくる自分を拒絶されていないことに、安堵する。
 …それだけで満足してしまう自分ってどうなんだろう、と思わないでもない。
 コンコン、というノックの後、お茶の用意を持ってきましたっ、と明快な声が聞こえる。どうぞ、とミウラナが応えると、この屋敷の召使いであるメイが入ってきた。一つ一つの言動は、少々落ち着きが欠けている。しかし精練された動作よりも、よっぽどか人間らしい。彼女とは対照的な、城勤めの召使いたちの、どこか人形染みたそれらを思い出した。もちろん全員が全員、そうというわけではない、が…。
 ミウラナが礼の言葉を投げ掛けると、本当に嬉しそうな顔をした。自分の主が大好きなのだろうと窺える。
「ふふっ、どうぞごゆっくり!」
 上機嫌を隠そうともしないまま、またどこか危なげに部屋を出て行く。
「あの子ったら、喜んでいるんですよ」
「喜ぶ?」
「ええ、セィラン様がいらっしゃるようになってからは、必死でお茶を入れる練習をしていましたから」
 それを披露するのを今か今かと待っていたんですよ、とミウラナは続けた。それまではミウラナが客を迎え入れるなどということは、全くと言って良いほどになかったから、その珍しさも相まって、かなり気合を入れているようだ。
「ミウラナ様のお客様をびっくりさせちゃうんだから、とか言って」
「良い子ですね」
「ええ!」
 ミウラナは胸を張った。彼女にとったら、可愛い妹のような存在なのだろう。それが褒められれば、やはり嬉しい。お茶に口を付け、満足気に笑う。それを見ていると、不思議とセィランも幸せな気持ちになる。
 そういえば、とミウラナが今しがた思い出したように言った。
「セィラン様はパートナー、どうされるんですか?」
「っ、……!」
 噎せ返った。思いがけない直球の言葉が、彼女の口から飛び出たためだ。ごほっごほっ、と荒く咳を繰り返していると、ミウラナが慌てた動作でハンカチを取り出し、差し出す。口を手で覆った状態で、顔を苦悶に歪めながらも、大丈夫だとそれを断る。
「……っ、はあ」
 ようやく落ち着いた。
 が、未だに喉に違和感を覚える。軽く眉を寄せながら、擦る。
「大丈夫ですか?」
「あ…はい。もう大丈夫、みたいです」
 なら良いんですけど。とそうは言いながらも、ミウラナはまだ少し心配そうだった。確かに、先程のソレは酷いものだったように、自分でも思う。動揺して、思いっきり飲んでしまったのだ。それがそのまま気管の方に入りそうになったのだったら、なるほど酷くもなるだろう。
 にしても、とセィランは首を傾げた。まさかミ彼女の口から“それ”が出るとは思わなかった。
「パートナー、ね…」
 ぽつりと独り言のように呟いた言葉は、けれど二人しかいない部屋なのだ、相手の耳に容易に入った。
「あ、ええ。来月のパーティーの、ですよね。父が知りたがっていましたよ。それを始終私の隣で呟くんですから…私が情報を貰ってくることを期待してるんでしょうかね、あの人は。ああ、そうだ。セィラン様、大丈夫でした? 先程父と話してましたでしょう?」
 仮にそれが彼の目的なのだとしたら、今本人の目の前でそれを言ってしまうのはどうかと思う。まあ、彼女に彼に情報を渡すという選択肢はどうやらないようだから、問題は無いのだろう。少なくとも、彼女の中では。
 しかし、明らかにそれが主の目的ではないだろうな、とも思う。おそらく本当の目的は、ソレを彼女――延いては自分の耳に入れさせることだ。それ以上の意味もあったかもしれないが、それを考えていてはきりがないような気がした。あったとしてもこちらが悟れないのであれば、それはこちらの実力不足であると共に、あちらの考察不足でもあるのだ。何を気にすることがあろうか。…気付かない方が幸せだということも、この世にはあるのだろうし。
「セィラン様?」
 名を呼ばれ、ハッと我に返る。
「私は何も訊かれませんでしたよ」
 嘘を吐く。ここでまさか「どうされるんですか?」と訊かれたとは言えなかった。言って彼女と彼女の父の溝を深める気もないし、それに突っ込まれた時自分が平気なふりをして答えられる自信もなかった。
 安堵した風なミウラナを前にして、そんなことを考える。真実を述べなかったことによる罪悪感が込み上げたが、これも駆け引きの一つであるのだ、と言い聞かせることでなんとか脱した。
「でも、気をつけてくださいね。父は多分セィラン様のこと、気に入っていますから。またちょっかいを出すかもしれません。―――そうならないように、あの人がいない時間帯を狙っていたんですけど」
 気に入られている、か。それは嬉しいようなそうでもないような…。色々な意味で、複雑だった。
 それにしても、なるほど。これまで幾度となく訪ねたのにいなかったのには、そういう訳があったのか。確かに、これまでの訪問は無礼がないようにと、先に確認を取ってからだった。今日は事前といっても、昨日に連絡を入れ、ほとんど急に訪ねるような状態なので、鉢合わせ、ということになったのだろう。…それにしてはダッカルはこちらの状況をよく知っているように思えたが。まさかそういったことも全て計算の上だったりするのだろうか。
 なんともはや。彼女の言葉を信じるとして、気に入られている、というのは、もしかすると幸運なことだったかもしれない。あれがもし敵ならば、非常に厄介なことになっていただろう。――しかし考えてみるに、彼女を自分に紹介したのも、彼であるのだから、そこまでの障害にはならない…はずだ。
「………“障害”?」
 って。だから、何の?
 最近、こういうのが多い気がする。自分で言ったことを、否定する、あるいは疑問を浮かべる、こういうの。
「? 障害? 何のですか?」
 ミウラナが首を傾げた。どうやら気付かぬ間に口に出していたらしい。
 どう説明したものかと考えあぐねていたら、ああ、とミウラナが納得したというように手を打った。
「父のことですね。たしかに、色んな意味で障害となりますよね、あれは。味方につけても少々恐ろしいですし。身内から見ても、本当に何を考えているのやら」
 彼女が何を考えてその結論に達したのかはわからなかったが、セィランが考えていたことはまさしくその通りであった。はっきりと言葉にされて、ああそういうことだな、と思った。何か少しずれた気がしたが、あえて気にしない。
 はたと気付く。
 これでは駄目だ、と。
 明確にするために来たのに。うやむやにして終わらせてどうする。
 ミウラナに目を向ける。金青の瞳はそっと伏せられていて、こちらには気付いていないようだった。セミロングの瑠璃の髪は、この国ではそう大して珍しいものではない。けれどパーティーでよく見かける他の女性たちのよく手入れされた髪よりも、しっとりとしているように見える。
 歳の差か、それとも元の造形が違うのか、彼女は姉より幾分か子供っぽい顔立ちだ。しかしこうして改めてみると、彼女はやはり綺麗であった。シンデレラと揶揄されるのには、おそらくそれに対する嫉妬もあるのだろう。あるいは外見が良くても中身がそれでは…、と蔑むことで、なんとか自分というものを保とうとしているのかもしれない。姉の方にそれが向かないのは、おそらくそちらは彼女たちの中では“完璧”の域にあるからだろう。
 彼女が小さく動くだけでさらりと揺れる髪を眺めながら、今日は青い薔薇はつけていないのか、と思った。それが少し残念だった。
 やがて自分を見るセィランの視線に気付いたらしいミウラナが、顔を上げる。きょとんとした顔に、思わず笑みを浮かべてしまう。
 手を伸ばして、髪に触れた。相手が硬直したのには気付かないふりをして、そこからすいとソレを取る。
「埃ですね」
「…そうですね」
 ミウラナが考え込むように小首を傾げる。
「倉庫に行っていたから…その時でしょうか? ありがとうございます、セィラン様」
 真っ直ぐに自分に向けられる全開の笑顔に、自然に顔が緩む。
 彼女の笑顔が好きだ。艶やかな髪だって、綺麗に整った顔立ちだって、この笑顔の魅力には敵わないだろう。自分には、きっとできないだろうこの笑顔が好きで。曇らせたくないと、心の底から思う。
 ―――ああ、だからか。
 納得した。
「パーティー」
 その単語に、ぴくりとミウラナが反応した。
 脳裏に浮かぶのは、あの日。壁の近くに立っていた彼女は、誰かのことを愛おしそうに見ていて、けれどどこか寂しげで。外では、ああいう場にいるのが不快だとも言っていた。
 それだからだ。
 パーティーとか、そういうものが、彼女の笑顔を奪うのならば。
 自分の隣に彼女が立つことは、望まない。
 無意識にそう考えていた。
 だけど…。浮かんだのは幼少より付き合いのある、彼女の言葉。『何も考えず、ただ自分の気持ちを』。
 もしも、叶うのなら。もしも、彼女がそれを許してくれるなら―――
「来週の、パーティー。私のパートナーに、なってくれませんか?」
 その誘いに、彼女が頷くとは思っていない。だから訊きながら、頭の中ではどうやって父が用意したというその女性を断るか、その方法を何通りか弾き出す。彼女に断られたからといって、他の女性を隣に置く気は一切無い。彼女でないのなら、自分の隣には誰も要らない。
 そう考えるその片隅で、ここにはただ単に自分の気持ちをはっきりさせるためだけに来たはずなのに、と自分で自分を苦笑する。それはどこか嘲笑にさえ似ていた。同僚の言葉を否定したくせに、まったくその通りになっていることが妙におかしい。しかもふられることを前提とした告白だ。たしか…そう、たしか、ふられたら、あの同僚が女装してパートナーとして隣に立つのだったか? それだけは勘弁してほしい。
 セィランがふざけた思考を絡めたのは、次にくる衝撃を和らげるためでもあった。いくら断られるとわかっていても、実際に彼女の口から拒絶の言葉が出ると、やはり悲しい。
 大きな覚悟を持って、彼女の顔を、じっと見つめる。彼女の口元が、ふっと緩んで、
「良いですよ」
「…へ?」
 思いがけない承諾の意味を持つ言葉に、セィランの思考はそこで止まった。いや思考だけではない。呼吸をすることすら、一瞬忘れたほどだ。何度も瞬きをしながら、先程の言葉をリピートする。“良いですよ”? それは肯定の言葉じゃないか? いや待て期待するな、聞き間違いだという可能性だって高いのだ。自分の希望が膨らんだ末の。
 すると、ふっくらとした唇が、すらすらと言葉を紡ぎ始めた。
「セィラン様は、誰か連れて行く方を捜していたんですよね? 父から聞きました。あれはもう、聞かされた、というべきかもしれませんけど。――決まらなければ、モウラ様がお決めになられた女性を隣に置くことになる、と。でも勘違いされたら困るから、ちょうど良い人を捜していたとか。嘘だろうと思っていましたが………私を誘うということは、そういうことなんですよね?」
「はい?」
 だからどうしてそういうことを知ってるんだ…。ありえない。そこまで自分の家の規制は緩くない。というか、仮にも国に中枢を担う場なのだ。簡単に情報漏えいなど起こって堪るものか。いっそ内部に協力者がいるとした方がまだ筋が通る。そこまで考え、セィランは眉間に皺を寄せた。―――いそうだ。内通者。
 セィランのその表情を見たためか、ミウラナが慌てて付け足すように、けれどそれにしては落ち着いた口調で続ける。
「安心してください。私、そんな勘違いは、絶対に起こしませんから! 一緒にいる理由を訊かれた時には、私がこのパーティーに参加したくて無理を言って連れてきてもらってきたのだと言えば大丈夫ですよ」
 そうやって断言されるよりも、いっそ勘違いを起こしてくれた方が、よっぽどか嬉しいのだけれど。
 というか、結構緊張した、一世一代で、自分としては頑張った方の、告白、だったりするのだけれど。
 そこらへん、彼女はわかってくれていないのだろうか。…いないのだろうな。
 その言葉は泣く泣く胸の奥にしまって、「そうですか…」と返すに留める。
 ―――どうやら自分は彼女のことが好き、らしい。
 自覚をした直後に―――しかも間接的だとはいえ、好きだと伝えたのに―――この仕打ちは、酷いと思う。いや、ひとまずパートナーとしてパーティーに出席してくれることを喜ぶべきだろう。だって、好きでないと言っていたパーティーに、たとえどんな理由だったとしても、来てくれるのだから。
「あの、ありがとうございます」
 多少は引き攣っていただろうが(これは仕方ないものだと思う)なんとか見られる程度の笑みを浮かべて礼を述べると、にこり、と今度は笑顔。
「気にしないでください。まだ浅いとはいえ、私たちは友人でしょう? 友人が困っている時はできる限りの助けをするのは、当然です」
「………………」
 何故だろう。
 彼女の笑顔は、何より好きなはずなのに。無性に泣きたくなった。

 後にセィランは、嫌というほどに思い知らされることとなる。
 彼女に間接的な告白なんてものは伝わらないのだという、その事実を。

 afterword / NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]