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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「俺も行って良いんだろうか…」
 攻撃手段を失ったからだろうか、ひどく落ち着かない様子の黒盾の言葉を、お前をルクシュアルに一人置いていくことの方が問題だ、とレイ=ゼンが一蹴した。それでも尚不安げな顔つきの黒盾を、ムトリ=ルーがやけに愉しそうに眺めている。少しは怒りも晴れたのだろうか。よくわからない。
 悪い人だとばかり認識されて黒盾のことを、イル=ベルはこの頃、それだけではないのかもと考え直し始めていた。
 それはレイ=ゼンが別に彼のことを怒っている風ではないというのが、大きな理由なのだが。
 もしレイ=ゼンが黒盾のことを許さないと言うのなら、自分も絶対に許さないだろうから。
 でもそうではないから。
 レイ=ゼンは生きているし、それなら、と思ってしまう。他には亡くなった神はいるのだが、イル=ベルにはそれが悲しいことなのかがわからない。
 神とは、そういうものだ。みな、自分の世界が一番だ。それ以外は、特に気にならない。たぶんオーランが死んでしまったら寂しいとは思うけれど、悲しいかどうかは…正直わからない。
「だから別に、キミのことをあからさまに敵視するやつはいないよ。裏にはボクらがいるってわかってるし」
 そのへんの事情を説明された黒盾が、理解できないとばかりに頭を振った。
「神と呼ばれる存在の、そういうとこが、本当に嫌いだ」
「…お前、やっぱ人間なんだな」
 しみじみと呟いたレイ=ゼンに、それは嫌味か、と黒盾がじとりと睨み付ける。
「いや、ただの事実確認みたいなもんだ」
 それを物ともせず、それより、とレイ=ゼンは言葉を続けた。
「なんでこんなに、道が開く」
 というのは、混み合っている廊下のことだ。
 “神殺し”対策本部として一時的に設置されたこの場所は、今日正式に閉められる。これから、最後の報告だ。
 それはいいのだが、何故か神に溢れている廊下の者は皆、わざわざ壁際に寄っている。中央を歩く自分たちに道を開けるように。気のせいでなければ、向けられる視線には恐怖が混じっているような…しかも視線の先にいるのは、ムトリ=ルーだ。
「………おい、ムトリ=ルー、お前ここで何をした?」
「え~、記憶にないけど」
 小首を傾げるムトリ=ルーに、レイ=ゼンが「嘘を吐けっ」と詰め寄る。
「絶対なんかしただろ?!」
 じゃなきゃあんなに全員怯えたような道を開けるわけがない、と断言したレイ=ゼンに、イル=ベルも頷いた。たしかにこれは…逆にこれで何もなかったらおかしい、というほどのレベルだ。
「これ、やっぱり普通じゃないのか」
 黒盾が、ぼそっと呟いた。その瞬間、レイ=ゼンの追及の先が、彼に変わる。
「どういうことだ?」
「え、いや…前にここに来た時も、似たような感じだったから」
 その時は、その中にいてもあまりに堂々としたムトリ=ルーの姿に、毎回こんな感じなのかと思ったらしい。
 ということは、必然的に何かをしたのは、討伐の依頼を受けた、その時ということになるが。はて、とイル=ベルは首を傾げた。どうしてムトリ=ルーは依頼を受けただけで、こんなにも恐怖されているのだろう。
 レイ=ゼンを見ると、それだけで大体の事情が掴めたらしく、大きく肩を落としている。イル=ベルとしては、何故それだけでわかってしまうのか、やっぱりムトリ=ルーのことはレイ=ゼンの方がわかっているのか、という感じで………少し悲しい。
「イル=ベル?」
 訝しげな視線に、ハッとして顔を上げる。
「ふ、え…」
 ぽかんっとした自分を見ていたレイ=ゼンに、更にびっくりして―――――結果、躓いた。
 いつものように、誰かに―――レイ=ゼンに抱えられて、ことなきを得る。
「阿呆か! なんでなんにもないところで転びそうになるんだ!」
 怒鳴り声に、ごめんなさいごめんなさい、と慌てて謝る。この頃転ばないから、油断していた。なんて言い訳は、もちろんレイ=ゼンには通じない。
 いつものように片手で顔を覆い呆れ果てている様子のレイ=ゼンは、仕方がない、とイル=ベルの手を握った。最近では出掛けた先での転倒対策・迷子対策として常になっているが、未だに慣れない。対する彼は、最初から結構気にしていなさそうであったが。
「ったく…ああ、もういっそ道は開いてる方が楽か…」
 ぶつくさと言うレイ=ゼンに、それでも笑みが零れた。
 たしかにムトリ=ルーのことは、レイ=ゼンの方がなんとなく詳しいように思えるけれど。同じくらい彼が自分のこともわかってくれていれば、それでいいかとも思えて。

「…なあ、あの二人って」
「それ愚問だからね。いろんな意味で」

 でも自分より付き合いが浅いはずの黒盾にさえ負けていそうだという事実は、やっぱりイル=ベルを悲しくさせたりも、する。

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岩月クロ
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