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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 結局、“神殺し”と呼ばれたそれは、彼一人の所業であったらしい。ムトリ=ルーから聞いた話だ。
 被害は神を失った世界にとっては甚大だが、それ以外にとっては、犯人が捕まれば脅威は去ったと同義であるから、急速に沈静化していった。そういうところに、神独特の冷たさが潜む。
 ―――まあ、それは自分にとってもどうでもいいことだ。
 それよりも。
 レイ=ゼンはもう何日間か世話になっているベッドの上で、米神に片手を当て、口元を引き攣らせる。
「何がどうして、こうなった?」
 目の前の黒色を見据え、訊ねると、視線が泳ぐ。これ自身、今の状況がわかっていないというところか。
 矛先を変える。イル=ベル―――は訊いても意味が無いだろうからスルーして、この状況を作り出した原因であろうムトリ=ルーに照準を合わせた。
「おい」
「え~? だって、殺すなって言ったのレイ=ゼンでしょ」
「俺は殺すなとは言ってない」
 ただ止めただけだ、と続ければ、同じようなものだよ、とさらりと反論された。確かに、見た目的に大した違いはない。自分の中では明確にあるのだが。
 それよりも、だ。
 じとりとした視線が部屋を一周して、元に戻る。
 どうやら一つずつ訊いていくしかないらしい。
 まずは、と口を開いた。
「なんでこいつが、ここにいる」
「こいつって…ああ、黒盾クンのこと? なんでも“詠春”って世界出身らしくて、」
「そんなことは訊いてないっ!」
 思わず怒鳴れば、離れた場所にいたイル=ベルが震えた。
 言われた本人は、けろりとした面持ちだが。
「あはは、レイ=ゼンはせっかちだなぁ。最後まで話を聞こうよ。でもまあ、仕方がないか。レイ=ゼンだもんね。仕方ない」
 はあ、とわざとらしくため息を吐いて、肩の位置に手を上げて、顔を振る。本気で腹立たしい。何が仕方ない、だ。怒鳴り声が喉まで出てきたが、なんとか押し留めた。今は話を聞くことが第一だ。
 目で促せば、あのね、とムトリ=ルーはくすくす笑い、
「この度めでたく黒盾クンは、詠春の神様になったんだよ」
「……………は?」
「条件は、その首の」
 驚いて黒色――コクジュン、というらしいが。それの方を向いたのと、ムトリ=ルーの言葉は同時。条件反射で、首を見る。身に付けているものは全て黒だったはずの男の首に、赤い首輪がついている。先程からなんだとは思っていたが………しかし、条件?
「それがある限り、彼、他の神様には攻撃できないから。少なくとも、自覚が身につくまでは」
 攻撃されることはあるけどね、となんとも理不尽な“条件”を突きつける。
「で、それじゃあんまりに可哀相でしょ? 仕事もさっぱりわからないわけだし。だから、」
 嫌な予感がしてきた。いや、元々あった嫌な予感が、ムトリ=ルーが喋るたびに増幅していっていると言った方がより正確か。
「ルクシュアルで全面的にサポートすることになりました!」
 語尾にハートがついてもおかしくないようなテンションの高さである。普段は使わない敬語で話しているあたりが、胡散臭い。
「なんでだよ」
「だってほら、面識があるの、ボクらくらいだし」
 ここでいう面識は、明確な対抗手段と置き換えることができるのだろう。
 大方他の神々は、自分のところに神を殺したようなやつを迎え入れることに難色を示したに違いない。もしかするとそれをする前に、既にムトリ=ルーが受け入れ先として立候補していたのかもしれないが。その順番は大した問題ではない。
「なんでそんな提案をした」
「それはだから、最初に言った通り、レイ=ゼンが彼を殺すのを嫌がったからだよ。それに殺すなんて、あまりに可哀相だしね。ボク慈悲深いから」
 どの口がそれを言うのか。
 顔を引き攣らせたのは、レイ=ゼンだけではなく、黒盾も同じだった。どうやら先の戦闘で彼の性格を嫌というほど知ったらしい。
「…本当のところはどうなんだ」
 大体予想は付くが、と胸中で付け足す。
 ふっ、とムトリ=ルーは笑い、
「別に深い意味はないよ。そのまま殺すのもつまらないし…彼、カミサマが嫌いな様子だったからね。自分がその嫌いなカミサマになった方が、面白いでしょ…?」
 要するに、彼の怒りを静めるには、あれではまだ足りなかったらしい。
 それで、とレイ=ゼンは更に続ける。次の問題が、自分にとっては一番重要であるのだ。
「そのサポートとやらは、いったい誰がするんだ?」
 そりゃあもちろん、とムトリ=ルーがレイ=ゼンを見る。その視線に睨み返すことで答えればしかし、キミじゃないの、と今度は明確に言葉が来た。
「っ、ふざけんなよお前!」
「ボクはいつでもマジメだけど?」
「あぁ? ンな戯言ほざいてるくらいの暇があるんだったら、自分で蒔いた種くらい自分でどうにか処理しろ!」
「やだよ。無理だしね」
 腕を組みながらしれっと返すムトリ=ルーに、怒りが増していく。
「だってボク、こいつ嫌いだもん」
 ならどうして引き取ってきた、と言いたかったのに、あまりの怒りで言葉が出てこない。こいつはいったいなんなんだ。
「お前は…」
 絞り出した声の低さは、前回のムトリ=ルーとそう大差ない。おまけに震えている。無論、怒りによってである。
「俺の仇を取りたかったのか、俺の仕事を増やして過労死させたいのか、どっちだ…?」
 場合によっては俺の仇はお前ってことになるんだがな、と付け足せば、しかしやはりしれっとした口調で、
「え、ボクたち別に過労じゃ死なないよね」
「論点はそこじゃねぇんだよッ!!」
 思い切り布団を叩きつけると、それまで部屋の片隅で一人あわあわとしていたイル=ベルが駆け寄ってきて、レイ=ゼンの腕を両手でがしっと掴んだ。
「れ、レイ=ゼン…落ち着いて…落ち着いてくださいなのですっ! こ、黒盾さんのサポートならあた、あたしが…!」
「サポートされる側の人間が何をほざいてやがる…っ?」
「ひっ、ごめ、ごめんなさいなのですーっ!」
 レイ=ゼンとしてはなるべく声を抑えたつもりだったのだが、逆にそれが彼女の恐怖心を煽ったらしい。では抑えずに怒鳴っていれば泣かなかったのかと問われると、それもどうも違う気がするが。
「うっわ、八つ当たりで女の子泣かすとかサイテーだよね」
「お前にだけは言われなくない!」
「れ、レイ=ゼン~…ご、ごめ、ごめ…っなさ…う~~~~」
 もはや、何がなにやらわからない。ああくそ、と悪態を吐きつつ、ぼろぼろと泣いているのに必死で自分から距離を取ることも忘れたらしいイル=ベルの髪を、乱暴に掻き回す。泣くな、と言っても聞かないことは経験上わかりきっている。
「くそっ、やればいいんだろ!?」
「だから最初からそう言ってるのに」
「っ………」
「ま、頑張ってね」
 この野郎、と恨みを存分に込めた視線を投げかけると、何がおかしいのか全くわからないが、くすくすと笑う。
 かなり腹が立つが、ともあれこれでなんとか、この件については終わった。


「何故、俺を助けた?」
 ―――と、思っていたのに。
 そういえば、こっちが残っていたな、と思う。
 あくまで敬語を使わないのは、おそらく形式上の“養い親”となった今でも彼にとっての“神様”は尊敬に値しない存在なのだろう。それが今の自分もその仲間と来ているのだから、なるほど、これは確かにかなりの皮肉だ。
 しかも彼にとってレイ=ゼンは、自分をソレの仲間に仕立てた人物の同居人、という位置付けである。いや、元を正せばレイ=ゼンこそが彼を神にした人物である、と認識しているのかもしれない。
「あんたは俺に殺されかけた、んだろ?」
 疑問系なのは、要するに彼がこっちのことを憶えていないから、らしい。そこらへんで一番力がありそうなやつにぶっ放しただけ、だそうで。なんとも傍迷惑な話である。
「別にお前を助けたわけじゃない」
 返事をするのが億劫で、それだけ言って書類に目を落とす。
 数日間溜まりに溜まっていた書類だ。仇討ちだのなんだの言うくらいなら、むしろこっちを終わらせておいてくれた方がよっぽど助かったのに、と更なる苦労を人に背負い込ませてくれた憎らしい同居人の顔を浮かべた。あいつはいつか絶対に三発は殴る。
「じゃあ、どうして止めたんだ」
 責めるような響きが、癪に障る。
「戻ってこなかったら、困るんだよ」
 あの二人が、と小さく付け足す。
「はあ?」
 案の定わけのわかっていない様子の黒盾を一瞥し、ふうと息を吐く。
「俺は正直、お前が死ねばいいと思ってた。別に恨みとかじゃない。単にそっちの方が楽だからな」
「だから、それならどうして、」
「ただし、あの二人以外の手で、だ」
 綺麗ごとか、と白けた声を出す黒盾に、そうかもな、と返す。
「あの同居人を、そんなに助けたかったのか」
「違う。俺は俺を助けただけだ」
 途端に、黒盾の眉が寄った。しかしそれ以上を説明する気はない。ここまで話しただけでも最大の譲歩だ。そもそも彼には、聞く権利すら無かったのだから。
「それは、」
「もう黙れ。黙らないと問答無用で部屋から追い出す」
 ぴたり、と彼の動きが止まった。…そこまで止めろとは言っていない。手と頭は動かせ。自分の世界の書類を終わらせるために。
 どうやら前回追い出した先でムトリ=ルーと遭遇して散々遊ばれたので、ここが一番安全だと認識したらしい。それもそれで迷惑だが。
 ―――と、
 ガシャーーーンッ、と何かが割れる音と、少女の悲鳴が響いた。ついでに男の笑い声も。
「っ、ンの馬鹿ども…!」
 頭を抱えてから、はあっと大きくため息を吐くと立ち上がる。しょうがない。行くしかない。あの二人が揃ってまともな対処ができるとは、到底思えない。
 これが仕事部屋(=別宅)の方だったならばこんな騒音にいちいち悩まされることもなく――まあ、その分帰った時に蒼褪めることになるのだが――仕事を進められるのだが、そうするとコレと二人になるからな。と黒盾を窺う。それはあまり良くないのだ。たとえ首輪が付けられていようと。
「…行ってくる」
「あんたは、」
 戸惑いを多く含んだ声に、立ち止まる。
「どうしてそんなに“同居人”ってのを大事にするんだ?」
 その問い掛けに、肩越しに振り返り、
「―――くだらない質問をするくらいなら手を動かせ馬鹿野郎ッ!」
「ひっ、は、はい!」

 後日聞いたところによると、それはまるで鬼のような形相だったという。
 無理もない、とレイ=ゼンは思い返す。あの時は本気で気が立っていたから。

 しかしまあ、それを“くだらない”と一蹴したところには、気分は関係ないのだが。

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