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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 眠りながら、ひたすら叫んでいた。
 ―――起きろ、起きろよ!
 そこが夢の中だと、自分は知っていた。夢というものを見たのは、久し振りである。あるいは、初めてか。自分を構成する人間の記憶として、たまに頭にふと浮かぶ瞬間はあれども、“レイ=ゼン”自身の夢は、見たことがなかった気がする。そもそも睡眠を必要としないのだから、無理からぬことかもしれないが。
 初めて体感する夢は、自由が利かない厄介なものだった。身体が動かない。思考がどこか虚ろだ。しかし、それをどうにか奮い起こして立ち上がらなくてはいけない、そんな決意だけは、残っていた。どうせなら、何もない時にこれを視たかった。そうしたら、このゆったりとした空間に、全てを委ねられただろうに。それこそ、疲れた後なんかだと最適だ。
 今も疲れていることには、変わりないのだが。
 それ以上に、…あの同居人の、二人だ。
 止めなくては、と思う。
 そのために、自分は起きなくてはならない。
 相手の力が実際どれほどのものか知らないが、あの二人には勝てない。絶対に手に負えるはずがないのだ。
 だから。
 起きなくては。
 ―――起きろ!
 ドクン、と心臓が大きくなって。ドン、という衝撃が身体を駆け抜けて。
「ハッ………」
 気付けば息を大きく吐き出して、上半身だけをベッドから起こした状態だった。どうやら飛び起きたらしい。
 荒い息を繰り返しながら、起きた理由はけれども自分の気力ではないと自覚していた。―――魔力だ。よく見知った、二つの魔力。それと、知らない何かの存在も、そこに在る。
「くそっ」
 結局起きるのが遅かったということだ。
 それでも、最悪の事態には、まだなっていないらしい。
 行かなくては。
 ふらつく身体と、揺れている思考を、今度こそ気力で保つ。ぐっ、と拳を握って、開いて―――それを繰り返していると、どうにか感覚は戻ってきた。体力は安定していないが、身に宿る魔力は満タンだ。これならどうにかなる。
 足と、壁につく手に力を込めて、立ち上がる。これはしばらく壁伝いに歩くしかないな、と苦笑すると、顔を引き締めた。
「これで間に合わなかったら、本気でぶっ飛ばす…」
 その時は覚悟しとけよ馬鹿ども、と心の中で付け足して、自分ができる最大限のスピードで進む。家から出たらどうにか自力で歩かなくては、と考える。大丈夫だろうか。弱気になった自分を叱咤する。大丈夫でなくても、やるしかない。
 しかし幸運なことに、どうやら歩けなかったのは、拳の時と同じで、まだ感覚が戻っていなかっただけのようだ。家の玄関に辿り着く頃には、まだ若干ぎこちないながらも、普通に動く程度には回復していた。
 そういえば、怪我も消え、痛みも一切ない。あるのは怠惰感と疲労感だけだ。気になるところではあるが、今はそれについて考えている場合ではないと思い直す。
 家を出て、一度二人の魔力の位置を確認した。どうやらそう移動しているわけではなさそうだ。一定の範囲内で動いている。先程まではなかった、魔法発動が確認される。…ああ、こりゃ戦闘は開始しているな。
 距離はそう遠くない。その事実に安堵すると、二人と、それからもう一人がいる場所に向かう。
 歩きながら、脳のリハビリついでに更に思考を働かせる。―――どうやら今のところ大きな魔力の使用は無い。それどころか、小さい魔法しか感じ取れない。
「温存、しているのか…」
 何のために? おそらく、向かい撃つために。それをするとしたら、イル=ベルの方だ。打ち消す、あるいは押し返すために相当大きな魔法を使うことになるだろう。なら、魔力量の高いイル=ベルの方が適役だ。
 案の定、魔力の高まりを感じ取る。イル=ベルのものだ。ドンッ、と目覚めた時とは比べ物にならないほどの衝撃が奔る。だがこの程度なら、跳ね返すには至らない。…わざとか。しかしこれが止んだ頃には、勝負はついているだろう。
 あの娘にしては、嫌な手を使う。大方ムトリ=ルーの発案だろう。それに彼女が乗っかるということは―――事態は思った以上に嫌な方向にあるのかもしれない。
 もちろん、“止める”という気持ちがぶれたわけではないが。
 少しばかり荒療治になるが、問題は無いだろうと判断する。
 射程圏内に二人の姿を収め、レイ=ゼンは二つ同時に魔方陣を描き始めた。ムトリ=ルーほどではないが、この程度ならば可能だ。それに、この場は“この程度”でも構わない。そこまでの精密さは、特に要らない。
 こっちの魔力は、あれが掻き消してくれているようだからな、と内心で呟く。おそらく打ち消しあった直後も余波で気付くことはないだろう。それでいい。
 二つの魔方陣を完成させ、タイミングを窺って発動させた。今まさに同じくそうしようとしていた二人が、慌てて目標をこちらに変更する。
 二人が――特にイル=ベルの方が、驚きに目を瞠った。若干の罪悪感は、押し殺す。
 いわばこれは、二人の自分に対する想いを利用する策であるから。
 自負がある。彼らは自分を攻撃しようとはしないだろう。だから、この魔法も打ち消そうとするはずだ。
 注ぎこむ魔力量は、ムトリ=ルーの方が断然多い。彼は細かい調節は得意だが、量を量で充てて止める方法は苦手だ。逆にイル=ベルは既にかなりの魔力を使っているし、少しの魔力を相殺させるのでも、そこに合わせるために無駄に魔力を使ってくれるので、おそらくそのうち勝手に自爆するだろう。
 最後に嫌がらせのように――実際半ば以上嫌がらせ目的で、魔力を上げた。これでこっちもほぼ使い果たした。魔力切れ、というよりは体力切れ、というべきか。さすがに病み上がりにこの重労働はきつかったらしい。身体が悲鳴を上げている。
 それでも。
 恐る恐る、といったように名を呼ばれる。
 疲れ切っているだろう顔を上げて、彼らに投げかける言葉は、既に決まっていた。
「ざまあみろ馬鹿二人」
 夢の中で、これだけは絶対に言ってやると固く決めていた言葉だ。
 心の底からの、本心だ。
 ぐら、と視界が揺れた。なんとか足を一歩前に出してそれを防いだが、どうやらあまり良い状態とは言えないらしい。
「レイ=ゼン!」
 戸惑いを捨て、イル=ベルが走り寄ってくる。お前転ぶなよ、と声を掛ける余裕すらなかった。情けない。
 幸運にも彼女は転ばずに、レイ=ゼンの元に辿り着いたようだ。大丈夫なのですか、と泣きそうに顔を歪めて、必死にレイ=ゼンの身体に腕を回すが、正直なところこれは、支えられているというより、抱き付かれている、くらいの認識だ。さっき馬鹿呼ばわりされたことは、もう忘れているらしい。
「平気だ…」
 なんとか声を絞り出す。
「平気って顔してないのによく言うよ。―――なんで、邪魔をした」
 低く唸るような声。普段が取り繕っているだけだから、むしろ本質と合致するその声は似合う。が、やはり違和感を覚える。
 どう答えたものかとジッと彼の顔を見ていると、まあいいや、と深く息を吐く。
「ボクはまだ、魔力残ってるし、ね」
「…おい」
 咎めれば、ムトリ=ルーはくすくすと笑う。いつもの、笑みで。
「でも気分を削がれちゃったな~。このまま殺しちゃうのも、呆気なさすぎて、つまらないし」
 ねえ、と当人に同意を求める光景に、こいつは戻っても戻らなくても厄介なことに変わりはなかったな、と思い返した。
 どうしようかな、などとほざいているムトリ=ルーを無視して、黒い塊かと勘違いするようなその男を改めて視界に入れた。愕然として戦意喪失しているのは、それまで彼の中で最強であったものが、いとも簡単に破られたからか。あるいはその後の応酬を見たからか。どうやら自分をこんな目に遭わせた張本人らしいが、さして感じるものはない。
 ただ、ムトリ=ルーが近付いたことによって、その瞳が再び敵意を宿した。殺気にまで成長しないのは、単にその気力が奪われてしまっているからだろう。全身で近寄るなと、拒否している。
「ああ、そういやキミ、カミサマが嫌いなんだったっけ…」
 可笑しそうな、呟き。それに嫌なものを覚えつつも、どうにも身体がだるく、口を挟む気になれない。別にアレがどうなろうと、自分の知ったことではないが。
「じゃあ、こうしようか―――」
 嬉々として何かを語り始めたムトリ=ルーの言葉を子守唄――心底嫌だが――に、レイ=ゼンの意識は薄れていった。

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