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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 ひゅう、と風が吹く。冷たくも、暖かくもない、ただ微妙な風。
 ふわふわな地面に、軽く足を埋もれさせながら、イル=ベルは上を―――世界の“上”よりも更に上に位置するその場所を、見上げた。
 そこは無だ。何もない。色も、形も…何もない。そういう風に作ったから。
 この世界に、ここより“上”の場所など、必要ないから。
 そこが変わりないのを確認して、イル=ベルはぽつりと、自分と同様に隣に立つ青年に対して、話しかけた。
「来ませんね…」
「そうだね」
 青年――ムトリ=ルーは、その碧眼を不気味に光らせて、でも、と続ける。
「来るよ。絶対に」
 くす、と出てくるのはいつもの笑み。だけれどいつもとは何かが違う笑みだ。
 きっと自分も同じようなのだろうと想像して―――けれど、そこになんの感情も見出(みいだ)すことはなかった。
「だって、アレはここしか来れない」
 引き返そうとしても、進もうとしても、ここにしか来ることができない。留まろうとしたって結局、最終的にはここに来ることになる。
 ただ、時期の違いがあるだけだ。
 いつ来るとも知れない。そんな人物が来ることを、二人は待っていた。ずっと、ずっと。
 本当は。
 自分たちは、神と呼ばれる存在である自分たちは、食べる必要も、寝る必要も、どこにもないから。普段それを求めるのは、単に元の“形”が人間であった時の“癖”が出るというだけだから。それを除くことはただ退屈であるというだけで、なんの苦ともならないから。
 そんな必要は、本来無いはずなのに、ずっと眠り続ける愛おしい同居人のためならば。そんなこと。
「起きるでしょうか」
 急に変わる話に、ムトリ=ルーは驚きもせずについてきた。
「起きるよ。…でも今は困るかな。なんか文句言いたそうだったし」
 言われて、怪我を負ってから最初に目覚めた、その時を思い出した。今のところの最後、でもあるその時を。
 あれはなんだったのだろう。イル=ベルは目を伏せて、考えた。ギッとこちらに向けられたあの瞳に潜む、あの感情はなんであったのだろうか。
 驚愕。そうかもしれない。けれど、そうでなかった気もする。苦しみや悔しさ、哀しみ。―――どうして彼は、そこに正の感情を込めなかったのだろうか。
 レイ=ゼンは、複雑だ。複雑で、時々よくわからなくなる。一方向にばかり感情が働く、自分とムトリ=ルーとは違うから、理解できなくなる。理解したい、と思う。でも無理だ。自分はそういう風にできていない。
 けれど。
「―――ああ、来たよ。なんだ、案外早いじゃないか」
 少なくとも自分は、アレを許せないと思っている。
 瞼を上げ、視線を上に向けた。ヒビの入った空間から、異質のものの存在が感じられる。
 パリン、と甲高い音が鳴って、そこから破られた欠片が降ってくる。それと共に、彼はルクシュアルに降り立った。
 黒い。
 髪も、瞳も、足元まで隠している襟の立ったマントも、その下に一瞬垣間見えたシャツもズボンも、全て黒い。肌の色が一般的であるだけに、異質感が―――それまでも感じていたソレが、余計に高まる。
 前の時には持っていなかった鎌が、鈍く光っていた。
 まるで死神だ。聞いたことがある。実在している世界もあるらしい。命を刈り取る、死の使い。
 仮にそうだとしても、そんなことをさせるつもりは毛頭無いが。
  その双眸が、二人を確認すると、鋭く細められた。
「こんにちは、“神殺し”」
「………神、殺し?」
 不可解そうに潜められた眉に、ムトリ=ルーは気にせず笑いかけた。
「そ。“神殺し”。キミを表す言葉だよ。…意味を説明する必要はないよね」
「無論。それをあえて否定する必要もまた、無い」
 意外と能弁だ。わざわざ答える義理は、彼には無い。…わざわざ話しかける義理も、こちらには無かったはずだが。
「何故かを訊いてもいいかな」
 ムトリ=ルーはそれに対しても気に留めた様子は無い。自分が口を挟んでも邪魔になるだけだろうと、イル=ベルは口を噤んだ。
 どの道、やることは決まっている。それに関しては変わりないのだ。なら、いい。
「ああ、勘違いしないでね。ボク自身は別にキミがどういう理由で他のやつらを殺してるのかは、心底どうでもいいんだ。でもとりあえず本人からの意見も訊いておかないといけないみたいだからさ。いやー、ほんと面倒だよね」
 おどけた調子で続ければ、彼の顔は更に不機嫌そうに歪められる。
「………俺は」
 ぴたり、と一瞬ムトリ=ルーが止まる。答えるとは思っていなかったらしい。
「俺は、詠春という世界の…ただの、民だ」
「ふうん、…で?」
「自分の世界にも、神がいた。周知の事実だった。何しろ、ヤツはことある毎に降りてきては、無造作に世界の一部を壊して帰っていったからな」
 それで知らないという方がおかしい、と彼は続けた。言葉の節々に、怒りが込められている。
「だから、殺した」
 当然のように綴られた言葉に、なんの衝撃も無かった。所詮は別の世界の出来事だから。ルクシュアルにも、自分たちにも関係の無い出来事だから。今は、あるといえばあるが、けれどその関係だって、すぐに絶たれる。問題は無い。
「キミ一人で?」
 淡々とムトリ=ルーが更に訊けば、肯定が返る。
 おかしいだろう、と彼は言った。
「そんなやつらが、俺たちの上にいるのはおかしい。大した脳もないくせに、力だけ持って、のさばっているのはおかしい。その力だって結局は、自分の世界の民一人に殺されるだけの、ちっぽけなもんだ。おかしいだろう―――自分たちが絶対だと思って笑っているくせに、そうでないと理解した途端に、必死になって画策してくるところも、な」
 口元に嘲笑が飾られる。最後の言葉は、どうやらこちらが張った罠のことを指しているらしい。ムトリ=ルーはどう答えるつもりだろうか、と彼の表情を窺った。
「ふうん」
 気の無さそうな、返事だ。笑みは引っ込んで、心底つまらないという顔をしている。
 馬鹿にされているとでも思ったのか、彼は怒りに顔を歪める。
「貴様…っ」
「そう怒られてもねぇ。最初に言ったでしょ? 形式的に、一応、訊いただけ。ボク自身は、興味無いし」
 そういえばそんなことを、訊いた直後に宣言していたか。どうやらそこに嘘偽りは一切無かったらしい。
「頼まれてた件については、これで終了。…さて、ボクはこれ以上、キミのどうでもいい話に付き合うつもりはないよ」
 目配せ。それは、始まりの合図だ。相手の事情は、知らない。彼が始めと口にしたなら、それがイル=ベルの従う時だ。
「炎よ――」
 呼んで、命じる。それだけでよかった。
 ごう、と指先に描かれた魔方陣から噴き上がった巨大な炎の渦が、視界を埋め尽くす。それは時々進路を変えながらも、確実に彼に向かって行く。
 右に跳び避けた彼の動きは、想定内。既にそちらに向けて走っていたムトリ=ルーの指からまるで刃のような鋭い風が生まれ、彼を襲ったのも。それを難なく受け止めた彼の力も、全てが想定内だ。
 さてここから、狙う場面に向けて、どう追い込むか。
 ムトリ=ルーたちの様子を確認しながら、イル=ベルはゆっくりと移動を始めた。
 風を薙ぎ払いながら、そのままムトリ=ルーに向かって斜めに一閃。それを土の壁が邪魔をする。動きが止まったところで、雷を仕掛けた。間一髪で逃れた彼の退避方向と重なる位置から、ムトリ=ルーが起こした触手のような水が数本、彼を狙って真っ直ぐに飛ぶ。
 それでも内のニ、三は払い落とした。だが残りは容赦なく彼の身を切り裂く。急所には当たっていない。それは彼が自分の急所を狙っていたものを狙って落としたからでもあるし、――ムトリ=ルーが悟られないようにそれを避けたことも、ある。
 彼が体勢を崩したところで、イル=ベルもまた足を止めた。予定とそうずれてはいない。問題は無い。彼の足元を狙って、最初よりも威力の強い雷を落とす。さすがに避けきれない。それなりのダメージは、与えられたようだ。
 それに耐え切り、瞳がこちらに向いた時には、イル=ベルはムトリ=ルーと合流していた。
 ここまでは順調だ。
 あとは、
「――――――」
 彼がソレを始めたならば、完璧だ。
 聞き取れない。おそらく、彼自身の世界の言葉なのだろう。元の言葉は変換されるはずだから、それは呪文。
 前に見(まみ)えた時と同じ魔法の膨張からも、それは明らかだ。
 急速に集まる純粋な魔力の塊が、膨れ上がり、膨れ上がり―――己で己の形を保てぬほどに、膨れて。
 凄まじいパワーだ、と思う。元の魔力は高くないからこそ、編み出された技なのだろう。この一瞬に、全てを掛けている。
 まさかこちらがこれを待っていたなどと、露ほどにも思わずに。
 集中する。自分は柱だ。この世界を支えるための、柱。自分を中心に、魔方陣を展開する。地面をまるで喰らうように埋め尽くしていく術式の全てを支配する。やがて端まで到達した時には、魔方陣はありえないほどの大きさを誇っていた。これまではこんな大きなものを描いたことはなかった。知識も、それをするだけの力も備わっていたが、そうする必要が無かったからだ。
 完成、とムトリ=ルーに伝えるために、呟く。その言葉に、来るよ、という声が返った。その瞬間に、発動。意識が戻る。目の前から走ってくる魔力の塊を、見据えた。
「止めます」
 宣言した瞬間に、自分を囲む魔方陣が、大きな光と闇が生んだ。互いに互いを蝕み、飲み込みながらもうねり、まるでただの一つのように、突き進んでいく。
 やがて二つは衝突し、空気が大きく振動した。それだけでも、吹き飛ばされそうだ。気を抜けば、おそらく持っていかれる。その身体を、ムトリ=ルーが支えた。ここで失敗するわけにはいかないのだ。
 両者が完全にぶつかりあった、刹那、形が崩れた。双方の、だ。バァァァンッ、と音が鳴ったかと思えば、先程まで巨大すぎる魔力が遮っていた三人の間には、もはや土煙しか残っていなかった。
 その合間から、驚愕した相手の顔が映った。それはともすれば、絶望の表情にも見える。
 これで、反撃の手立てはなくなったはずだ。もはや、恐れるものは無い。背中に回っていた腕が、ゆっくり離れた。
「これでしまいだ」
 ぞくりとするような冷酷な声が響いた。おそらくこれがムトリ=ルーの本質なのだと思う。
 高まる魔力に同調するように、イル=ベルも残った魔力を使って、再び魔方陣を展開していく。
 そしてそれを――――自らの後方に放つ他に、なかった。
 イル=ベルだけではない。ムトリ=ルーもだ。練り上げた魔法が向かう先を、寸でのところで変更して、自分に向かってくる強力な魔法に対抗するためのものに転換した。
 そのまま押し返すつもりの勢いで魔力を更に込め、―――られなかった。
 駄目だ。押し返せない。
 だって。
「なんで…」
 そこに立つのは、寝ていたはずの彼で。
 疑問でふっと力が緩んだ瞬間に、相手の魔法の威力が再び上がった。ハッと我に返り、こちらも調節を試みるが、動揺で上手くいかない。力がこちらに来てもいけないし、まして向こうに行くなんて論外。元々こういうことが得意な方ではないため、更に苦戦する。
 助けを求めるようにムトリ=ルーに顔を向けたが、彼の表情も辛そうだ。
 どうして。
 最後の仕上げとばかりにバンと上がった魔力に慌ててついていくと、先程魔力の塊と相殺したのと同じように、弾けて消えた。
「レイ=ゼン…」
 戸惑ったように、名を呼べば、彼はハッと息を鋭く吐き、疲労感が色濃く現れたその顔を、嘲笑に歪め―――
「ざまあみろ馬鹿二人」
 吐き捨てた。

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岩月クロ
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