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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 ふっ、と息を吐いたセルディアンヌカルトの顔に、影が差す。
 それが何によってできたものかを、彼女は知っていた。顔を上げれば、予想どおりの人物が立っている。
 今日のこの場には、セルディアンヌカルトがいつも連れているヤガミの姿は無い。ここは、神のみが入れる場所。たとえセルディアンヌカルトの護衛だとしても、例外は無い。まして彼女は今日、司会として来たのであるから。
 セルディアンヌカルトは、もし彼がいたならば、おそらく自身の槍を構え、警戒を全面に出したことだろうと考えながら、ムトリ=ルーに対してにこりと笑いかけた。
「………わかって、いただろう?」
「ええ」
 何が、とも言わなかった。それでも通じた。
「何を知ってる?」
「何も。ただ予測しただけですわ。彼が狙う者について」
 考えれば、簡単なことだ。上位の神が、ましてその中でも探知の能力に長けている彼女が、早々簡単に“異物”を“自分”の中に入れるはずがない。見逃すか、招いたか、そうでもない限り。
 そしてもし仮にわからなかったのだとしても、ソレが自分たちと接触し、出て行くまでの間に、彼女は見ているはずなのだ。“彼女”の中にいた、その“異物”の姿を。
 いや、やろうと思えば、出さないこともできただろう。それを彼女はしなかった。
「予測?」
「ええ、根拠の無い憶測、と言っても良いかもしれませんわね」
 視線だけでその続きを促す。
 それを受けたセルディアンヌカルトがくすっと笑って、
「彼はおそらく、壊したいだけ、なのですわ。なんでもいい、強くとも弱くとも、神と名のつくものを葬り去りたい。今のあなたが彼に抱くその想いと同じ。髪の毛一本残さずに、存在ごと消し去りたい」
 同じにするな、とムトリ=ルーは内心で舌打ちをしたが、それを彼女に言ったところで仕方がないともわかっていたので、代わりに引っ掛かったところについて追及する。
「まるでそれじゃ、それが神ではないと言っているように聞こえるけど?」
「そう言っているつもりでしたが」
 何を根拠に、と食い下がろうとして、しかし止めた。たしかにそれは、自分たちが襲われる前までは根拠の無い憶測に過ぎなかった。しかし今の彼女は自分の目で“神殺し”の存在を確認しているのだ。それだのに根拠が無い? ありえない。少なくとも、内面を観察するその腕については、ムトリ=ルーは彼女を認めているのだ。
 だからこそ、黙り込んだムトリ=ルーを前にして、彼女は話を続ける。
「それなら、神が多く集まる“商業世界”に来るのは、遠からず、といったところでしょう。その時がいつ来るかも、誰が狙われるも想定できませんでしたが―――わたくしはそれがあなたがたであれば良いと、願っておりました」
 上位の神が三人とくれば、より見つけ易く、狙われやすいでしょうしね。そう付け足し、にこりと笑う彼女に、悪びれは一切無かった。
「あなたの怒りは、あの二人が殺されなければ、わたくしにまで及ぶことはありませんもの」
「…で、キミは見事、ことがこれ以上大きくなるまでに――自分の世界に被害が及ぶまでに、収拾をつけて、その上他の世界がどんなものかを見ることができるというわけか」
 今のところ、誰が行くか、までは決まっていないが、…彼女がその一席を得るであろうことは、確実だ。どういう手を使うのかまではわからないが。
 大したもんだね、と珍しく直接的な皮肉を口にした彼に、セルディアンヌカルトはまるで褒められたかのように嬉しそうに笑った。
「あら、だってわたくし、根っからの商売人ですもの。“留学”なんて早々できるものでもありませんし」
 それに、と彼女は人差し指をぷっくりとした唇の上にちょんと乗せて、
「その分ちゃんと、あなたがたの手助けは致したつもりですのよ?」
 例えば、今回の会議で彼の思い通りにことを進めたこと。
 例えば、事件直後に現場に赴いて素早く怪我の治療をしたこと。
 ―――腹の立つことに、その点については、反論のしようがないのである。もしも彼女が自分が扱う商品の、よく効く高級な治療薬を即座に提供しなかったら、レイ=ゼンは単に“起きない”というだけでは済まなかったのだから。
 加えて、彼女は決して、自分たち三人に怪我をさせようとは思っていなかったのだ。三人が酒を飲んでいなければ、決して勝てない勝負ではなかったはずなのだから。そこだけが、彼女としての誤算であったのだろう。
 それを踏まえた上で軌道調整をし、更なる利益を追求していった姿は、ある意味でかなりしっかりしていると思うが。
「…彼、と言ったよね?」
「ええ、彼、ですわ」
 会議の場では大して取り上げなかった事柄について、彼女はきっぱりと断言した。
「他にいらっしゃったら厄介ですけれど」
「いると思う?」
「…正直、いるとは思えませんわね」
 ふうん、とムトリ=ルーは呟き、
「ま、ボクはボクらを襲ってきたアレが消せればそれで構わないんだけどね。他の神が消されようと、それこそどうでもいいし」
「ええ、そうでしょうね」
 なんでもないことのようにさらりと肯定したセルディアンヌカルトに、やっぱり彼女の相手はできることならしたくない、と再確認した後、背を向ける。ああそうだ、と肩越しで振り向き、にっこりと極上の笑みをプレゼントしてやる。
「キミはわかっていたようだけど、忘れないようにもう一回言っておくよ。―――ボクがキミを殺さないのは、あくまで二人が生きているから、だからね」


 なんでこんなことになったのだろう。
 虚ろな思考回路で、もう何度目かの疑問を、また反芻する。
 答えなど、出るはずもない。自分がオーランに会いたいと言ったからかもしれないし、酒を飲んだからかもしれない。そのどちらもに自分が関係している事実を、受け入れたくなかった。それでも、受け入れなくてはいけない。
 自分が、彼を、こんな目に遭わせている。
 眠る彼の手をぎゅうっと握り締める。ごめんなさい、という言葉は、自分でも驚くほど掠れていて、眠る彼に届くはずなどなかった。
 怪我は既に、全て塞がっている。あの後、見知らぬ女性が現れて救ってくれたからだ。あの人には、感謝してもしきれない。そうでなければ、自分はレイ=ゼンを喪っていた。その事実に、イル=ベルは未だに恐怖する。
 それは嫌だ。ルクシュアルの神は、三人で一つなのだ。三人は三人でも、誰でもいいわけではなく、イル=ベルと、ムトリ=ルーと、それからレイ=ゼンでなくては駄目なのだ。たとえこの世界がその三人以外の者が神として座したところで正しく働くとしても、だ。そうでなければ、自分が嫌なのだ。
「起きてください…」
 小さく、祈るような呟きは、けれど叶えられない。
 涙が、瞳から零れ落ちる。それは重力に逆らわず下に落ちて、彼の手に重なる自分のソレを濡らした。
 こんな風に泣いたって、何が変わるわけでもない。それは知ってる。
 彼が、自分の涙を疎ましく思っていることだって、知っているのだ。だから、泣きたくなんてないのに。
 本当は、ムトリ=ルーと一緒に、会議に出なければいけなかったのに、それを彼一人に押し付けてしまった。悲しいのは、悔しいのは、苦しいのは、彼も一緒なのに。ムトリ=ルーがレイ=ゼンを大事に想っていることを、自分は知っているのに。
 それなのに、全て彼に任せてしまった。
 人前に出られる状態じゃないことは、自覚している。それでも、…それだから、ムトリ=ルーは自分に「ここにいて、この馬鹿見といてあげてよ」なんて言ったのだろうけれど。
「起きて、ください…っ」
 祈りは、届かない。
 それでもイル=ベルには、ただ祈り続けるしかなかったのだ。
 ―――どれくらい、経っただろう。
 ぎい、と扉が開いた。
「ムトリ=ルー…?」
 振り返れば、思っていた通りの人物が、そこに立つ。いつもより、硬い表情の彼が。
「…レイ=ゼンはまだ起きない?」
「は、い。まだ…」
 起きません、という言葉が、出せなかった。出してしまえば、それを認めることになってしまうようで、それは事実だけれど認めたくないことだったから、どうしても、口にできなかった。
 その代わり、漏れたのは嗚咽だ。
「ごめ、ごめっ…なさ…です。あた、あたしの…っ」
「イル=ベルの所為だなんて、思ってないよ」
 静かに、ムトリ=ルーが断言する。しかし、そこには何か、違うものが混じっている気がして、イル=ベルは思わず顔を上げた。
 ムトリ=ルーは笑っている。
「誰が悪いって、そりゃ、それをやったやつじゃない。そうでしょ、ねえ、イル=ベル?」
 いや、違う。たしかに笑っている。それは違わない。だけど違うのだ。彼は、怒っている。
「キミがキミ自身を責めたって、ボクはそれを止めろということしかできないけど…でもさ、キミが責めるべきは、キミだけなの?」
 一度、彼の視線が、寝たきりのレイ=ゼンに向いた。
 その視線は、そのまま戻らず、彼を見続ける。彼を通して、違うものを見ている。
「ボクは、レイ=ゼンに怪我をさせた奴が憎いよ。たとえ彼が完治したとしても、ね。消したいくらい、憎い」
 声には、隠し切れない憎悪が在った。
 彼が“そういうもの”だと認識していたイル=ベルでさえも、息を呑んでしまうほどの、強烈な憎悪が。
 それなのに、
 視線が、またイル=ベルに戻った。
「ねえイル=ベル、キミはどうなの?」

 それなのに、それはとても正しい誘いのように、感ぜられて――――

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