忍者ブログ
生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
[21]  [22]  [23]  [24]  [25]  [26]  [27]  [28]  [29]  [30]  [31
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




 今の彼を見た者がいたら、おそらく尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
 鬼の形相―――まさしくそう称されることが正しいような顔をしている。
 それは本人の自覚するところであり、それでもなお直す必要などないと判断していることであった。
 通った後から恐る恐る向けられる恐怖の視線に気付きながらも、ムトリ=ルーは別段それらを意に介すことはなかった。それこそ無駄なことだ。少なくとも今の彼にとっては。これが普段――あるいは気分が良い時であったならば、内心で彼らを嘲笑し、その状況を愉しむことすらしただろうが。
 足音を乱すことはない。それはいつものように静かだ。けれど、全身からは隠しきれない怒りのオーラが漏れ出している。これがどれほど異常な現象であるのか、彼の性質を少しでも知っている者ならば、理解できるだろう。
 やがて目的の場所に辿り着いた彼は、普段は相手の反応を愉しむために意識して無視する礼儀としてのノックを、今はそれとは真逆の感情で無視した。
 非難の視線が、彼の姿を正しく視界に収めた瞬間に、恐怖のソレと取って代わる。その後再び取り繕うように視線を元の性質に戻す者もおれば、それこそ文字通り“触らぬ神に祟りなし”とばかりにそのまま視線を外してしまう者もいる。
 そのどちらでも無いのは、数名。そのうちの一人が、ムトリ=ルーに対して笑いかけた。
「随分と荒れておりますのね、ムトリ=ルー」
 彼女――セルディアンヌカルトの発言を、ムトリ=ルーは黙殺した。
 それも十分に想定内の反応だったのだろう――いや、彼女の場合、それがもし想定外であったとしても、態度を崩すことはないか。なにしろ、彼女は根っからの“商人”である――、気にすることなく、続けて口を開く。
「呼んだのは現在療養中のレイ=ゼンを除く、二名のはずでしたが―――もう一人は?」
「…彼についてる。別にこの場は僕一人でも十分だろう?」
 吐き捨てるようなぞんざいな言葉に、不満の言葉がそこらで上がるが、セルディアンヌカルトはそれを素早く目で制すと、それもそうですわね、と笑顔を崩さずに返答した。
 ムトリ=ルーが席に着くのを確認すると、彼女は一度部屋に集まった面々の顔を見渡した後に、いつものように落ち着いた口調で話し始めた。
「さて、それでは代表が集まったところで、会議を開始いたしましょう。題目は、もう既に知っておいでの方も多いでしょうが、誤解が無いよう、僭越ながらわたくしがこの場で今一度、説明させていただきますわね」
 彼女が司会の立場となったのには、もちろん理由がある。
 ひとつとしては、彼女自身が上位の神であることが挙げられる。しかしそれ以上に決定打となったのは、彼女が“商人”としての立場上、他の神々との面識が多くあったこと、彼女自身の物腰が柔らかで冷静であったこと、なによりどんな場面においても中立としての立ち位置に身を置いていることがあった。つまり、公平な場所から物事を見渡せ、その姿勢に対する信頼感がある、ということである。彼女がその場に座ることについて、誰一人として反対はしなかった。
 その彼女が、それを与えられた時も謙虚な姿勢を見せたことも、好感を受けたのだろう。
 ―――そのどれについても、ムトリ=ルーの知ったことではなかったが。
 彼女の説明は、依然にムトリ=ルーが聞いたその内容と変わらなかった。神を殺す、謎の人物。単身か、複数なのか、それすらもわからない現状。被害状況は、もしかすると把握していないだけでもっと酷いのかもしれない、とセルディアンヌカルトが告げた時には、恐怖に慄いてか、室内はざわついた。
 おそらく、それはこの場にはいない神々も、同じだったであろう。
 神は無数である。それを一堂に集めるのは、不可能だ。だからこそこの場には、司会者のセルディアンヌカルトと、今回の当事者であるムトリ=ルー、それからランダムで選ばれた者数十名しかいない。それ以外はある一定の場所に集まり、この情景を中継で見ている。どうしても自分の世界から離れられない者については、特別措置としてそこからの参加が可能となっている。
「以後、彼、あるいは彼らの呼称を、一応のところで“神殺し”としておくこととします」
 セルディアンヌカルトの言葉に、ざわめきが更に大きくなる。
 “神殺し”。
 それはなんと背徳的な名であることか。
「ここで注目していただきたいのは、神を喪った世界が、正常に回っているということです」
「…つまり、“神殺し”は世界そのものには興味が無い、と?」
 この場の誰か――それをあえて確認する気は、ムトリ=ルーには無い――が挙手し、発言する。セルディアンヌカルトはそれを首肯と、それから「その可能性が高いのではないかと推測されます」という言葉で返した。
 元来、神がおらずとも世界は回る。問題が発生した時に対処する術が無いだけで。
 もしも“自分が神となるつもりで”殺したのだとしたら、世界にはなんらかの事象が起こっているはずである。それがないということはつまり、“神殺し”は世界自体には干渉していないということになる。
 あるいは、後でまとめて自分の手中に収めるつもりでいるのかもしれないが。
「神を殺すことが目的だとしたら、動機はなんだ? 力試し?」
「そうかもしれません。ただし、襲われた神々の順番と力量が、比例しません」
 無差別。
 それは一番行動パターンが予測し難いものだ。まず、自分たちが“神殺し”としているものが、何人なのかもわかっていないのだ。神を殺せる者がそうそう何人もいてもらっては困るが、この被害数を見るに、今までの自分たちの“常識”はもはや無意味である。
 現状では、なんともいえないのだ。
 あるいは現場の荒れ具合を見れば、同一人物であるかを特定することは可能かもしれない。しかしそれを行うことを、今の神同士の“約束事”が邪魔しているのである。
 曰く、当世界の神の許可なくして、その神の領域に足を踏み入れてはならない。
 それは、神を失くした今であっても、有効なのである。今から別の神を立てるにしても、一度神が殺された世界の神――しかも犯人は捕まるどころか謎だらけだ――になろうと立候補するものは小数であろうし、仮に数が足りたとしても、それを承認するだけの時間が無い。
 そこまで説明したところで、セルディアンヌカルトは一度、間を置いた。全体を見渡し、口を開く。
「しかし、これには例外が立てられています。つまり、現状で連絡が取れる神々の半数以上によって許可された場合に限り、立ち入りが許可されるというものです」
 立てられたといっても、それが適用されることなど、本当に稀である。少なくとも、ムトリ=ルーの記憶にある限りにおいて、そういった事例は無い。
「そこで今この場を借り、“神殺し”の被害者と認定される世界に関しては、現状確認のためにある特定の数名による立ち入りを許可することに対して、投票を行いたいと思います」
 それは、致し方なさから出された案であった。そんなものが、普通ならばまかり通るはずがないのだ。少なくとも、それを行うことに関する審議がまず執り行われるのが道理である。
 しかしことは急を要する。
 反対する者はいなかった。
 ムトリ=ルーも、あえて反対してこの時間を延ばすことはないと判断した。
 投票が粛々とした中で行われる。
「結果は後ほどこの場で発表します。その間に、“神殺し”自体の対処について、議論したいと考えておりますが…よろしいですね?」
「しかし対処といっても…今のところ被害者は一人残らず、」
 ガアンッ! と何かを激しく打ちつけた音によって、その発言は中途で止められた。
 音の発生源から近い者には、顔を蒼褪めさせる者が多い。音に怯える、というよりは、その音を発生させた人物に恐れを抱いているといった方が正しい。なにせ、音を織り成したと思われる机の一方向が、どうやったらこうなるのかと思うほどに大破している。
 下手に刺激してくれるな、という視線を集めた当の発言者は、冷や汗をひとつ流して、「し、失礼…」となんとか謝罪の言葉を述べ、即座に訂正した。
「えー、ひ、一人を除く全ての者が殺害されている今、有効な対処法が果たしてあるのかということについて、なの、ですが…」
 なにしろ、被害者の中には上位の神も含まれているのだ。…死んではいないが。
 おそらくそう付け加えたかったのだろうが、そんなことをしたら最後、“神殺し”の心配をするより先に、別の“誰か”の標的にされ、それこそ命を脅かされる状況になることは目に見えていた。
「そうですね…どういたしましょうか、ムトリ=ルー?」
 よりにもよって、何故彼にその話題を振るのか。
 セルディアンヌカルトを一瞬恨みがましい目で見つめたのは、一人や二人ではなかっただろう。
 先程机を大破させた張本人である彼は、普段の彼とは似つかわしくない、じとりとした視線を返す。
 しばらく、この場においても依然口元に柔らかい笑みを浮かべるセルディアンヌカルトと、不機嫌を全開にさせたムトリ=ルーの視線が交わった後、ようやくムトリ=ルーは口を開いた。
「アレの対処はボクらがやろう」
「はっ? し、しかしですね…」
 三人ならいざ知らず、二人で――しかも一人は、魔力は高いが戦力になるのか怪しいとさえいわれる者で――対処するなど、下手に被害を大きくするだけで終わるのではないか。それは、正しい思考によって導かれた答えであり、しかし彼の前では辿り着かない方が良かった答えであった。
 くすり、とムトリ=ルーが、この時初めて“いつものような”酷薄な笑みを浮かべた。
「ああ、意味が通じなかったのかな? ごめんね、今のボクって、他人を気遣う余裕無いんだよね。ちょっと抽象的過ぎた? 常人には理解し難かった? ならもっとわかりやすく言おう―――アレはこちらが消す。貴様らは余計な手出しをするな」
 低く唸りあげるような声に、反射的にだろう、ぶんぶんと首を縦に振る。
「あ、わかってくれた? それはよかった。まあボク的には別にいいんだけどねー、首を突っ込んできても。ただ巻き込まれて一緒に消されても、自己責任だから」
 髪の毛一本残すつもりないから、後始末に関しては楽だと思うけどね。とあくまでにこやかに笑う男に、彼自身の雰囲気にか、それともそれを聞く側の恐れでか、室内の温度が一気に下がったような錯覚に陥る。しかもよく聞けば、その声は妙に震えているのだ。もちろん恐怖ではなく、憤怒によって。隠しても隠し切れない、といったところか。
「だが対処すると言ったところで、何か作戦があるのか? “神殺し”はいつどこに現れるかわからないんだぞ?」
 その雰囲気に負けずに発言したのは、ムトリ=ルーと同じ上位の神である。さすがというべきか、彼が放つ黒いオーラにも全く気にした様子はない。
「それについては、わたくしに考えがありますわ」
 彼らのやり取りを静観していたセルディアンヌカルトが、ここで初めて“自分の意見”を述べた。
「“神殺し”は、一度消えてから出現するまでに、少なくともある程度の期間があります。ムトリ=ルーの話を聞く限り、一度に大きな魔力を使うため、回復する時間が必要なのでしょう」
 尤もこれは“神殺し”が単体であると仮定した場合の話ですが、と小さな声でセルディアンヌカルトが付け足したが、周りは最後まではその言葉を聞いていないようだった。
「なるほど。回復している間に叩くというわけか!」
 力んだ調子でがなった一人に、いえ、とセルディアンヌカルトは首を振った。
「世界と世界の間に身を潜めている者を見つけることは、不可能に近いでしょう」
「な、なら…」
「ですが世界の入り口を利用して、彼の行き先を誘導することはできます」
 にこり、と。彼女はムトリ=ルーのそれとは比べ物にならないほど、“まるで本物のような”柔らかい笑顔を浮かべた。
「原理は簡単です。要するにそれ以外の門を閉じてしまえばいいのですから。その状態でルクシュアルだけを解放すればよいのです。しかしこれはわざと相手が万全な状態になるようにするもの…故に、かの世界には大変な負担と被害を受ける危険性が生じますが、それについての覚悟はおありですか?」
「セディアン、キミそれ、誰に訊いてるの?」
 心底相手を馬鹿にした彼の言葉。
 しかしそれが、セルディアンヌカルトの問いかけに答えであることは明白であった。
 そして、セルディアンヌカルトにとっては、それが答えであれば、他はどうでもよいことであった。
 くすりと笑うと、他の面々――この場には直接いない者も含めた全員に、微笑みかけた。
「それでは、“神殺し”の対処は、ルクシュアルの神々にお任せするもこととします。―――しかし、お忘れになりませぬよう。ここにいる一人でも手を抜こうものならば、討伐の任は、容易に他者に移るでしょう。そしてその時、取り決め通り世界を閉ざしている者には、手出しができません」
 それはほぼ、死に直結する、ということだ。―――無論“神殺し”に対抗できれば話は別であろうが、今のところ勝った者はいないのだ。いないからこそ、これだけの大事になっている。できることなら自分の世界で、どちらかが死ぬまで続くような争いは避けたい。それが大多数の意見である。
 そこまで言って、セルディアンヌカルトはふと視線を宙に移した。ああ、と呟く。
「どうやら先程の投票結果が出たようですわ。賛成多数で可決です。これであとは調査に行く者を決めるだけですが…ルクシュアルが動いた後、でもよろしいですわね」
 見えるだけでも、そわそわとしている者が多い。おそらく早く帰りたいのだろう。帰って閉じこもり、自分とは関わりの無いまま事件が終結することを望んでいる。そんなところで、これ以上会議を引き伸ばしても仕方がないだろう。
 現にセルディアンヌカルトの提案にホッと安堵したような顔をした者の方が多かった。
「それではこれにて終了といたしますわ。状況が変わり次第、こちらから連絡しますから、それまでは皆様どうぞ、戸締りはお忘れになりませぬよう、お願いいたしますね」

NEXT / MENU / BACK --- LUXUAL

PR



PROFILE
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
SEARCH
忍者ブログ [PR]