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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 少しの間、店内を回った。単に今の状態のままでは帰れないだろうと踏んだからだ。イル=ベルが危ないのはいつものことだとしても、レイ=ゼンまであの調子では仕様がない。
 まったく、朝からこちらに出向いて昼頃に帰るつもりだったのに、これでは夕刻近くまでここにいる破目になるではないか。自分はそれでいいにしても、あとの二人――特に普段より仕事に追われている彼は、嘆くだろう。…その前にもう一つ、嘆かねばならない事柄があるのだが、果たして酔いが醒めた彼がそのことを憶えているかどうか。意図的に忘れる、という可能性も在り得る。
 案の定、それからしばらく経って酒がある程度抜けてきたらしいレイ=ゼンは、頭を抱えている。あのまま放っておいてもそれはそれで面白そうだが、今は未だにふらふらしている彼女を連れ帰って休ませる方が先決だろう。
「レイ=ゼン、そろそろ帰るかい?」
「おや旦那、なんも買っていかないんですかね。冷やかしはあっしとしては、あまり推奨しませんがね」
「そりゃ商人にとったらそうだろうけど」
 自分にとっては、違う。ムトリ=ルーがそこに頓着してやる理由なんて、どこにもない。オーランは“同居人”ではないのだから。
「………お、前、俺たちが入った時と…言ってることが違うだろうが、それ」
 苦しげな呻き声を上げたレイ=ゼンは、どうやら少しばかり本調子を取り戻しつつあるらしい。
 そうでしたかねぇ、と誤魔化しているのか本気で忘れているのかわからない調子でケケケケと笑うオーランを睨みつけながら、立ち上がる。ふらついた身体を、空いた右腕を机に押し付けてなんとか立っている風だが、大丈夫だろうか。
「手、貸そっか?」
「誰がお前の手なんぞ借りるか…!」
 予想通りの返答に、くす、と笑う。やはりこうでなくては調子が狂う。
「帰る…。お前、イル=ベル頼んだ」
「りょーかいしました」
 おどけて返せば、ギロリと睨まれる。だが怒鳴りつけられるほどの力は残っていないらしく、それだけに留まった。ああつまらない。いやでも、そんな力すら残っていない自分に苛立っているレイ=ゼンを見るのは、楽しいかもしれない。
 そのへんで目をぐるぐる回しながらへたりこんでいたイル=ベルをひょいと抱き上げて、オーランに対してにこりと笑う。
「じゃあまたね。今回のことは、壷の代金でチャラにしてあげるから、感謝しなよ?」
「それは本来あっしの台詞だと思うんですがね。まあいいですけどね」
 旦那を敵に回す方がよっぽどか恐ろしいですわ、と小さく呟かれた言葉は聞こえないふりをした。既にレイ=ゼンは、千鳥足とまではいかないまでも、十分にふらついた足取りで店を出ている。追うようにして自分も外に出た。
 入り口からちょっと離れたところ。そこにレイ=ゼンは立っていた。人通りはピークを過ぎたのか、多少は治まりつつあった。
 悪酔いはやはり文字の通り気持ちのいいものではないらしく、青い顔で口元を押さえているレイ=ゼンの隣に並ぶ。
「なんで飲んじゃったのかなぁ、キミは」
「…煩い」
 思わず口を突いて出た疑問は、それで一蹴された。別に食い下がってもよかったが、ここで更に彼の気分を悪くさせても、困るのは自分たちだ。それを問い詰めるのは後の楽しみということにして、ひとまずは無事に帰宅することに専念することにする。

 ―――そう考えた矢先に、それは起こった。

 異様な魔力の収縮―――いや、これは。
 膨張、だ。全くの、逆。一点に集められ、そこに呑み込まれている。その中心で異常に膨らむ魔力。
 場所は…すぐ、後方。
 頭を切り替える。いつもならそれは一瞬で――否、一瞬も掛からずにできたことだ。だが、油断していた。こんなこと、今まで無かったのに、この肝心な時に限って…。
 振り返ると同時に、魔方陣を構築する。
 だが、それよりも早く、それが爆発した。あるいは、袋が耐え切れなくなって破裂した、と称した方が良いのかもしれない。その暴走した力が向かう先に、自分たちがいることは理解できたものの、それ以上どうすることもできない。
 避けきれるか。
 受け止めることは今の状態では不可能。腕の中にはイル=ベルがいる。放り投げることなどできない。魔方陣を構築する時間ももはや無い。ならばどうする。跳躍して避けるには、機を逃した。今避けても、確実に巻き込まれる。その状態で第二波が来た場合、受け流す術(すべ)は無いだろう。
(くそっ)
 舌打ちは一度。やるしかない、と気持ちを切り替える。右手のみで彼女を支えると、左手を突き出す。さてどこまで軽減できるか。

 だがムトリ=ルーがそうして迷っている間にも、彼は自分がすべきことを素早く考え、既に行動を開始していた。

 依然本調子ではない身でできることは、少なかった。与えられた選択肢も、また少ない。その中の一つを、彼は何の躊躇もなく選んだ。だから思考自体はクリアであったムトリ=ルーよりも、早く動けたのだ。
 左手を突き出したムトリ=ルーの前に現れたのは、魔障壁。防御の壁だ。それはムトリ=ルーとイル=ベルを護るように張ってある。
 否。
 ムトリ=ルーとイル=ベルを護れるようにしか、張っていない。
 悟る。それがどういうことなのか。
「レ――」
 声を発する。それより先に、光が近付く。
 瞬間的にムトリ=ルーにできたのは、その時点で集められる限りの魔力を、ただ彼がいると思われる場所の前にぶつけることだけだった。

 ドン、と強い衝撃が壁越しからも感じられた。
 時間が無かったため、加えて、これを構築した本人自身が本調子ではなかったがために、ちゃんとした段取りを踏めていない、そんな魔障壁では耐え切れない程の魔力の塊が、襲ってくる。
 それが過ぎ去ってすぐに、ムトリ=ルーは自ら魔障壁を叩き割った。それを為した相手の姿は既に無かった。しかし今関心があるのはそれではなく、
「レイ=ゼン!」
 叫んだのは、自分ではない。イル=ベルだ。もはやその声は夢に溺れたものではなく、ひたすら現実に意識を置いた、悲痛なソレであった。
 自分の腕の中でもがき、必死な様子でただ一点に向かって手を伸ばす彼女の、その視線を辿り、―――頭が真っ白になるとはこういうことかと、思い知る。
 レイ=ゼン、と無意識に彼へと呼び掛けた言葉は、けれど果たして本当に言葉になっていたかどうか。

 ああ。
 だからだ。
 真っ白な中に、ぽつりと、そんな感情が浮かぶ。
 だから、夢に溺れるのは嫌だったんだ。

 沈んでも浮かんでも、待つのは望んだ未来ではないから。

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岩月クロ
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