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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 やけに据わった目をしている。それは来店当初から変わっていない。それがヒントだったのかもしれない。考えてみれば、他にもおかしな点はいくつもあったのに。
 見逃してきたそれらを、今頃思い返す。
 そもそも、この状態のイル=ベルを、レイ=ゼンが放置していくわけがないのだ。絶対に。たとえどれだけ苛立とうとも、手を離すなんてそんなことを、彼がするはずなかった。
 だが実際、イル=ベルは自由の身であった。
 それが何を示すのかなんて、わかりきっていたことだったのに。
 それでも認めたくないものがあって、ムトリ=ルーは引き攣った笑顔をレイ=ゼンに向けた。
「レイ=ゼン、キミ、まさか酔ってる?」
 顔は赤くない。酒だって、それほど弱いわけではなかったはずだ。そもそも彼が酒を飲むことなど珍しいが、それは弱いからという理由ではなく、単に忙しくて飲む暇がないというだけだ。だからジュースが酒とすり替わっていれば気付いたはずだろう。―――それとも、その時の状況ゆえ、何かが彼の理性を邪魔して、気付かせないようにしたのかもしれない。
 結果、このような醜態を晒しているのだ。彼の性格上、自分から望んでこうなったというわけではあるまいが…。
「酔ってなんかない。お前、俺が酔ってるように見えるか?」
 見えない。正直に言えば、そうだ。だが酔っている。完璧に酔っ払っている、これは。
「…強いお酒を一気に飲みましたんでね」
 ぼそっと聞こえたオーランの一言が、ムトリ=ルーが到達した結論を、更に肯定した。レイ=ゼンは決して弱いわけではない。だが、酒豪と呼ばれる程でもないのだ。
「レイ=ゼン、」
「煩い」
 苛立ちを隠そうともせずに、レイ=ゼンはムトリ=ルーの言葉をその一言で遮った。それからその視線は一度、金髪の少女へと移って、また戻る。
「そんなにイル=ベルが大切なんだったら、俺なんか放ってイル=ベルのことだけ考えてればいいだろ。…ああ、お前元々そいつのことしか考えてなかったんだったか?」
 ハッ、と自嘲染みた息を鋭く吐き出す。
「おやま…嫉妬ですかねぇ」
「キミちょっと黙ってなよオーラン」
 余計に話がこじれる。
 そう続けた自分に、舌打ちした。いつもは話をこじれさせて楽しむのは自分なのに…巻き込まれる側になるのは、好きではない。この二人でなかったら、もう相手は消し炭になっている頃か、そうでなくてもその前から問答無用で立ち去っているだろう。
「大体お前はいつもそうだよな。飄々とした態度でそこらを掻き回して、満足したら勝手に帰りやがるし。そのくせ自分の秘密は自分だけのもんってか? 一人で抱えやがって。本気でむかつく」
 むかつくのなら離れれば良いのに。
 一瞬そんな考えが過ぎったが、すぐに否定する。できない。できるわけがない、そんなこと。レイ=ゼンにとって、ムトリ=ルーは“同居人”なのだから。たとえどんなにムトリ=ルーのことが嫌いでも、放り投げることなんてできないのだ。元来の性格、というのもあるのかもしれないが。
「せいぜい今みたいにイル=ベルに振り回されて存分に慌てればいい。いい気味だ」
「じゃあ、ムトリ=ルーの旦那がイル=ベル嬢にだけべったり引っ付いていれば満足ですかい?」
 黙っていろと言われたのも無視してオーランが間を置かずにそう訊けば、瞬間、レイ=ゼンは押し黙った。
 視線をふいっと逸らし、顔を更にしかめさせる。
「………それはそれで、むかつく」
 じゃあどうしろと。
 こっちも酔いが醒めるのを待つしかないか、と肩を落とした。二人の酔っ払いを連れて無事に世界に帰れるだろうか。いっそ昏倒させた方が楽だろうか、という物騒な考えすら湧いてくる。
「旦那はどうして欲しいんですかね?」
 しつこく食い下がっているオーランを横目で見つつ、レイ=ゼンの隙を窺う。が、きゅう、とその瞬間、腕を押さえつけられた。小さいようで、強い力。視線を落とすと、イル=ベルが泣きそうな眼差しで、ムトリ=ルーを見ている。…ここで泣かれると、余計に面倒そうだ。
 仕方なく手刀は諦め、彼の要求を聞くことにする。そうすることを待っていたわけではないだろうが、レイ=ゼンが回答を始めたのは、ちょうどその時だった。
「仕事をしろ」
「あ、それ無理」
 つい反射的にそう答えてから、しまった、と後悔する。嘘でも肯定しておくんだった。どうせ明日の朝には今の会話なんて忘れているだろうし、仮に憶えていたとしても彼のことだ、自分が暴走した末に口走った事実を再び話題に上らせてまで、何か言ってきたりはしないだろう。
「…やっぱりイル=ベルの方が大事なんじゃないか」
「なんでそう飛躍した考えに至るかな」
 それこそが酔っ払いが酔っ払いたる所以だ、などわかりきった答えを求めているわけではない。
「あのねぇ、」
「まあまあ旦那、落ち着いてくださいな」
 とりあえず嘘八百を並べ立てて沈めようと口を開いたムトリ=ルーであったが、本日何度目かの、オーランの横槍が入る。それによって自分のお得意様の目に剣呑さが灯ったことに気付いていないはずはないのだが、何故だか先程のように身を引いたりはせずに、袖に隠れた手で口元を多いながら、ケケケケ、といつもの調子で笑う。
「あっしが思うにね、ムトリ=ルーの旦那は、どちらの方も等しく愛してらっしゃると思いますわ」
「…何を馬鹿なことを」
 忌々しげに睨み付けるが、飄々とした態度でさして本気さを醸し出しもせずに肯定して笑うのが彼の常だ。それが出ないこの状況をただ彼が不快そうに否定した、の一言で片付けられるほど、ここにいる全員は、ムトリ=ルーと浅い付き合いをしているわけではなかった。
「ほうら、ね」
 おかしそうに笑うオーランに、どうやら本気で自分の店を潰したいらしいなと思いつつ、感情を押し殺して無理やり作り出した無表情で二人を眺めると、どちらもいやに真剣な目で自分を見つめている。どうやらその真偽の程を確かめようとしているらしい。
 否定しようと思えば、簡単にできる。自分の口から出るものに真実が紛れていることの方が少ないのだ。それを彼ら相手に使うことなど動作もないことだ。
 だがしかし。
 ここで否定しようものならば、話が振り出しに戻ることは必至である。それはムトリ=ルーとしてもできれば避けたい事態である。ここは不本意ながら、オーランの策に乗るしかないか、と思いながらも、やはり素直に感情を吐露するのは自分の本質と相反するのか、ハアとわざとらしいため息で前置きをした。お得意のくすくす笑いを浮かべながら、続ける。
「そうそう、オーランの言うとおり。どっちも大好きだよ、ホントに。でもそれって、普段のボクを見てればわかることだよね。常日頃から、いつだってキミたちのこと大切に想ってるって、全身全霊で主張してるでしょ?」
 憎まれ口を、叩いたつもりだ。
 だが、時と場合と、相手が――酔っている相手が悪かった。
「ほ、ほん、と、れすか…?」
 相変わらず呂律の回らない口でそう訊くわりに、目をきらきらと輝かせるイル=ベル。…まあ彼女がムトリ=ルーの戯言を必要以上に素直に聞くのはいつものことではあるが。
「…………」
 問題は、ただ黙ってこちらを見ることを止めないレイ=ゼンの方だ。いつもならば怒号が飛んでもおかしくない頃だというのに、今日はやけに静かだ。これは無言の反論なのか、それともそれ以外の何か別の意味を持つのか。どっちだ。
「えへへへ…」
 イル=ベルがふにゃんと笑った。それだけ見れば、いつもと変わらない笑顔だ。
「むとり、る、だいすき、なのですー」
 きゅう、と抱きついてくる力は、やはり素面の時とは比べ物にならないくらい強い。
 心なし、自分を睨むかのように見つめるその眼差しが強くなったのは、気のせいだろうか。そんなに嫌なのならば、止めればいいのに。まったく、と横目でちろりと様子を窺えば、途端にふいっと視線を逸らされた。まるで小さな子供のようだ。
「れいぜ、も、むと、…る、だあいすき、なのですよ~…えへへへ」
 この態度で?
 とてもそうは思えない。いっそもうこれも、嫌味の一つ、二つで返してやろうかと今度は彼女に目をやると、再び彼の視線が自分に戻ってきたのを感じた。なんだ、単に目を合わせるのが嫌なのか。…ますますイル=ベルの主張に説得力が欠けてきた。
 だと、いうのに。
「………悪いかよ」
 聞こえたのは、まるでイル=ベルの発言を肯定するかのような、言葉。
 普段からは考えられない発言に、ムトリ=ルーはピシリと固まった。
「旦那は本当に愛されてますねぇ」
 ケケケケケ、とオーランが笑う。
「………本当にお酒だったの?」
 実はもっと別のものだったりするのではなかろうか、と暗に訊ねるお得意様に、オーランがにんまりと怪しい笑みを――彼なりの営業スマイルをその顔に浮かべた。
「そんなもの、開店祝いにお出しするわけないじゃありませんかぁ」
 どこまでも胡散臭い店主――自分もそれを承知で、むしろ積極的に受け入れて、ここに来ているクチではあるが――だ。
 おそらく酒、なのだろうが…。
 間違っても“開店祝い”の振る舞い酒は口に入れないようにしよう、と酒の強さに関してはレイ=ゼンとそう大差のないムトリ=ルーは、密かに心に決める。何度も言うが、自分はあくまで掻き乱すのが好きなのであって、逆は好まないのだ。
 ただ、まあ。
(今くらいは、いいか―――)
 酔ってはいない。酔ってはいないが、今くらい、自分も彼らと一緒に、夢へと溺れてもいいか。
 なんて。
 ひたすららしくないことを考える。
 本来、夢に溺れることなど、好きではないのに。
 第一自分が誰かを大事に想うということがまず、らしくない、のだから。本質的にそういうことは合わないというのに。
 …ああだけれど、らしくないのはお互い様か。
 いつもよりずっと赤い顔をした少女と、いつもと同じように見える青年の顔を交互に眺めて、微かに笑った。

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