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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「帰れ」
「お~っと。あっぶないねえ」
 胸の辺りを狙って繰り出された槍を難なく避けると、ムトリ=ルーはくすくすといつものように笑う。ヤガミの顔には苛立ちが強く浮かんでいる。
 はて、と首を傾げた。殺気を向けられるのはいつものことだ。別段気にしていない。仮に彼が本気でこちらに歯向かおうが、ムトリ=ルーが敗北することはないだろう。とはいえ、彼の主であるセルディアンヌカルトが、自身の領域の利を持ってして加勢したならばまた話は別だが。
 そもそも、それを行うことによってムトリ=ルーの得となることは無い。せいぜい戦いによる高揚感を得られるくらいか。それだってわざわざ彼らを相手に行うことではない。
 だがしかし。
 笑みを崩さず、しかし目だけをすうと薄く開ける。これはどういうことか。
 びしばしと感じる、警戒心。それはいつもとは少々勝手が違う。
 明らかに、いつ攻撃を加えられようとも、反撃の機を逃さんとせぬばかりの、それだ。
「何を殺気だってるんだい、ヤガミ」
「気安く名を呼ぶな。殺すぞ」
 ギロリ、とその瞳がより一層の敵意を持った。
 いつもならば、ここで彼と戯れて、それをセルディアンヌカルトが仲裁に入るその時を待つ。その方がおもしろいから、そうする。
 だが、今回ばかりはそう悠長なことを言っている場合ではないようだ。彼は本気でこちらに歯向かうつもりでいる。それならそれで別に構わない。彼は“彼”に似ているが、それはあくまで似ているだけで、“彼”ではないのだ。それはつまりムトリ=ルーにとって、彼を殺さない理由とはなり得ないということである。
 しかしそれによってセルディアンヌカルトを敵に回すという愚行を犯すのは、遠慮したいものである。
 周りより幾分か豪勢な造りをした扉に視線をやる。固く閉ざされたそれに向かって、ムトリ=ルーは静かに語りかけた。大声を上げる必要は無い。ここは既に彼女の領域である。どこにいようとも、必ず通じる。だからこそ、声を荒げることにはなんの意味も無いのだ。
「ねえセディアン。何があったか知らないけど、とりあえず客人を扉の前に立たせておくのはどうかと思うよ。せっかくキミが所望したランプを持ってきたというのに、この扱いはあんまりじゃないかなあ」
「お前…主に向かってふざけた口を…!」
 ヤガミが激怒し、槍を構えたその時、一瞬だけムトリ=ルーはヤガミへと視線を戻した。
 一瞥。しかしそれで十分だと、誰よりムトリ=ルー自身が知っていた。ヤガミはその屈強な身を強張らせ、たじろぐ。その後すぐにそんな自分を恥ずるようにそれまで以上の殺気を飛ばすところは、彼が彼たる所以か。
 なんだかんだ言っても、自分には手を出さないだろうと思っているのかもしれない。
 それもある意味で正しいことだ。少なくとも今のムトリ=ルーに、ヤガミをあえて殺しておこうという気はないのだから。
「そこまでです。私の大切な従者を、あまり苛めないでくださいな」
 澄んだ声が響いた。ようやくか、ムトリ=ルーは嘆息する。やに時間を掛けたものだ。
「どうぞお入りください」
「そう? それじゃ遠慮なく。…あ、キミも来る? ボクは別に構わないから」
「そもそも、お前が構うことでもない!」
 当然のように扉に手を掛けたムトリ=ルーが肩越しに振り返り見やると、未だ槍を構えたままのヤガミがそこに突っ立っている。敵の背後を完全にとった状態でなお攻め込んでこない彼の“強さ”を、褒め称えるべきか否か。そんなことをしたものなら、彼は憤怒しそれこそ襲い掛かってくるだろうが。
 まあ、そんなことよりも、今はこちらだ。
「どうする?」
「ヤガミの判断に任せましょう。わたくしもどちらでも構いませんもの」
 柔らかい声に、ヤガミは槍の先をムトリ=ルーから外した。尤も警戒はそのまま続いているので、依然槍の先を向けられているも同然な状況ではあるが。
「お傍に」
 短い、けれど返答としてはそれは十分であった。そう、と興味なさげにムトリ=ルーが呟き、扉を開ける。
 常磐色の髪がふわりと揺れる。柔らかな微笑を灯した顔はいつものように穏やかだった。
「やあ久しいね。いや、それほど久しいワケでもないかな? ま、どっちだっていいよね。それよりハイ、これキミのご所望のランプ」
「まあ、素敵な“お土産”ですね。ありがとうございます」
 薔薇色の瞳を細め、首を微かに傾げた後微笑む彼女の姿を、可憐だと評さぬ者はいないだろう。それほどに洗練され、かつ自然と見える動作だった。それは決して相手を不快にはさせない。相変わらずだ、とムトリ=ルーの心中で思った。
「ついでにこれも」
 そう言ってムトリ=ルーが差し出したのは、何の変哲も無い丸い玉だ。中心から仄かに光が漂っているだけの。
 ただそれはムトリ=ルーが放って地面に落とした瞬間にぐにゃりと形を崩した。先程のランプと似ている。だがそれとは違うもの。
 ヤガミは一瞬警戒したように身を固くしたが、セルディアンヌカルトは全く動じない。これがおそらく相手がムトリ=ルーでなかったら、また自然な驚きを顔に浮かべてみせるのだろうが。
「これは?」
「ボクがちょっと手を加えたもの。要らないからあげるよ」
「まあ、では対価をお支払いしなくてはね。タダより高いものはないですもの」
 口元に手を当てたセルディアンヌカルトは、そうですね…、と少し悩むような仕草をする。それではこれでどうでしょう、と提示したのは、まさしくムトリ=ルーの望んだものであった。
「東街のパラレト通りに、ある骨董店が移転したそうですわ」
 ご満足いただけましたか、と訊ねるセルディアンヌカルトに、わかっているくせによく言う、とムトリ=ルーは苦々しさを隠してクスと笑ってみせた。本来自分は見抜く者だ。見抜かれることを好みはしない。
 だからこれは、
「ところで、」
 せめてもの意趣返しだ。
「近頃何か物騒なことでもあったのかな?」
 クスクスと笑いながら言えば、ヤガミが憤りを隠しきれない様子で、ムトリ=ルーを睨んだ。ギリ、と革手袋と槍が擦れ、音を立てる。
「物騒なこと? 何故そのようなことを?」
「いやあ、ここに来るまでの間に何故だか見知らぬヒトたちから睨まれるものだからねえ」
「それで、“何か物騒なこと”なのですか?」
「言わずと知れたことだろう?」
 ニコリと顔が笑みを作り、けれどその瞳は完全には笑っていない。それは意図してそうしたものである。
「…情報は対等に、というのが信条なのですが―――よろしいでしょう、あなたとは末永くお付き合いする予定ですもの」
 ゆっくりとした口調が勿体つけているわけではないと知りながらも、多少の苛立ちを覚える。
 ヤガミに緊張が走ったのを見、感情を抑えた。…こちらとて、ここで彼女との交流を切るつもりはない。少なくとも、今のところは。
「最近、神が殺される事件が多発しているのです」
「ふうん」
 片眉を上げる。
「お前…それだけかっ?」
「何。それ以上の反応をボクに求めてたの、キミは? 愕然として泣けば良かった?」
「そういうことを言っているのではない!」
 怒鳴ると同時に槍を両手でしかと握り、臨戦態勢に入ろうとしたヤガミをセルディアンヌカルトが目で制した。
「多発とはいっても、今はまだそれほどの数があるわけでもありません。ただ、私が知り得る限り、これは今までの常識を覆すほどの数ではあります。それも無差別、恐るべきスピードで広がりを見せている。…いずれこのことは、全神に伝えられることでしょう」
「へえ。馬鹿なやつもいるもんだね」
 神を殺す。
 そのような“愚行”を、いったい誰が犯そうか。
 元々協調性が希薄な神々ではあるが、同じ神が殺される、という事態に自身の安全を確保すべく動き始めるのは至極当然のことである。それが無差別であればあるほど、神々は結託し、そのイレギュラーを排除する。
 そもそも神が殺されるなどということは、本当にこれまで数えるほどしかなかったのだ。すぐに消されるようでは、神などと名乗れるはずがない。
 では、犯人は同じ神か…?
 元来接触を拒む傾向にあるものの、稀にそうでない、好戦的なソレもいるものだ。しかし、普通ならば全ての神を敵に回すような馬鹿な真似をしない。余程自分の力に自信があるのか、はたまた――――。
「今のところ、相手の特定はできていません。なにしろ、襲われた神は一つの例外もなく消されておりますから」
 逃れられた者はいない。
 その言葉に流石のムトリ=ルーも、眉を寄せた。それから合点がいったように、嗤った。
「それでボクなんだ」
 享楽主義者。
 奴ならば、自らの欲のためにやりかねない。それに彼は上位の神だ。下位や中位の神が消されても、不自然ではない。たしかに下位の神でも、民を軽く凌駕するほどの力は備わっている。しかしそれでも上位とは比べ物にならない。
 やりようによってはそうでもないと思うがな、とはいつだか聞いた彼の同居人の言だが、果たして実際実力の差を埋められるほどの智を持つ者がいるかどうか。
 候補として挙げるには、なるほど、良い線をいっている。
 ただ何の決定打も持たないから、襲ってはこない。
「もちろん、わたくしはあなたがそのようなことをするとは思っていませんよ」
 見透かしたような言葉。実際、見透かされているようだ。ヤガミはそれでも尚自分のことを警戒しているようだが。―――彼とて主であるセルディアンヌカルトの言葉を疑っているわけではないだろう。ただそれを上回るほどにムトリ=ルーのことが信用できないらしい。
「あなたではない」
 あなたでは在り得ない。そう言われているようだった。その瞳は確信に満ちている。
 彼女は知っているのだ。自分の執着を。
 たしかに享楽的な性格をしている。だがそれを押し殺してでも同居人の立場は揺るがせない。ムトリ=ルーがそうするであろうことを知っている。…だからこそやりにくい。本当に。
 彼女も愚かであればよかったのに。ああでも、一人ぐらいこういう者がいないと、やはり面倒か。
「ですが他の者はそうは思いません。わたくしは、わたくしのこの考えをその他の者に聞かせるつもりもありませんから、尚更“誤解”は広まるでしょうね」
 一見すると身勝手な主張。だが自分としても、そうしてもらえると助かる部分は多くある。それはそうだろう。そんな弱点を自ら敵に晒すようなことをするなどと、誰が推奨するものか。
 だから彼女は話さない。それによってムトリ=ルーがどれだけ疑われようとも。
 なにしろ、自分は彼女の客だ。そして彼女は商人だ。客の“個人情報”を流出するような真似は、例え何があろうとするはずがない。それはひいては、信頼を失い、自身の破滅を呼び寄せる行為なのだから。
「故、お気をつけくださいませね」
 忠告。それは彼女の最大限の協力だろう。
 やれやれ、とムトリ=ルーは首を振った。とりあえず、知らないところで面倒なことに巻き込まれつつあることはわかった。これを聞けば十中八九レイ=ゼンは自分を責め(まあそれはいつものことなのでなんとも思わないが)、イル=ベルは泣きそうな顔で焦り始めるに違いない。
 自分は面倒ごとを起こすことは好きだが、他者のソレに巻き込まれるのは好かないというのに。
 まあ、そんな者に自分が負けるつもりなど、毛頭ないが。
 踵を返すと、不意に視線を感じ、横目で彼を見やる。その瞳に映るのは、いつもの怒りではない。だが………。
 ムトリ=ルーは少しの間それを観察すると、何事も無かったかのようにその場を後にした。


「よろしかったのですか?」
 柔らかな声に、波立っていた心がスッと静まる。
「何がです?」
 主にだけ使う、敬意を込めた言葉に、彼女は少しだけ意地悪く微笑む。
「彼に告げてもよろしかったのですよ? わたくしはあなたを責めたりしませんのに」
「私は貴女の意思に従います。それこそが私の意思です」
 静かな、けれど堂々とした声に、そうですか、と同じように落ち着いた声が返る。
「それに、私は別にアレがどうなろうが構いませんから。むしろどうにかなってくれた方が清々します」
「まあまあ、そんなことを言って。あんなに仲がよろしいですのに」
「な…そのようなことは断じてありません!」
 初めて狼狽してみせた従者に、彼女は笑う。その視線はやがて窓の外、遠くへと向けられる。すう、と窓をなぞった指は細い。かたんという音を立て、そこが開いた。入ってきた風が、彼女の髪を優しく撫でる。
「申し訳ありませんわ、我が大切なお客様」
 呟かれた言葉は、届かない。届けるべき相手など最初から存在していないから当然だ。
 ぽとりと、光を帯びた小さな玉が地面に落ちて、跳ねた。

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