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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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「また場所移しやがったな、あの野郎…っ」
 低い声で唸りながら、ぐしゃり、と手の内にあった一枚のメモを握り潰したレイ=ゼンの姿に、イル=ベルが「ひっ」と短く悲鳴を発した。顔が青ざめている。どうやら相当怖かったようだ。
「まあ相手は“あの”オーラン。いなくなってても不思議じゃないよね」
 何がおかしいのかくすくすと笑うムトリ=ルーを、レイ=ゼンが憎々しげに睨み付ける。当然の如く、彼がそれを意に介した様子は見受けられないが。
 いつものこと、そう。いつものこと、だ。落ち着け。
 何度かそんな風に自分に言い聞かせる。そうして、ぐしゃぐしゃになったメモを広げる。これは前回ここに来た際に、“とある事情”から役所に出向き、オーランの店の場所をわざわざ書いてもらったものだ。もちろん…と言うべきか、とにかくその時の目的はオーランの店の場所を知ることではなかった。本当についでのようなものだ。それがこんな形で使われることになったのには、また別の事情がある。とはいえそれは先のソレよりもよっぽどか平和的なものであり、娯楽の意味合いの強いものである。
 レイ=ゼンは無言で隣に立つ同居人を見やる。未だ青ざめた顔色に舌打ちしたい衝動に駆られるが、それはなんとか抑え込んだ。
 どうやら彼女は自分の視線には気付いていないらしい。微動だにせず固まっている。
 この前は結局会えなかったし、いつもお世話になっているのだから、会いに行こう、と提案したのだ、彼女が。
 実際にはソレはイル=ベルによる提案というよりは、「会いに行きたいなぁ」という希望であった。それにムトリ=ルーが「イル=ベルが行きたいなら良いよ」とさも彼女の意思を尊重するかのような発言をしながらおそらくは単に面白そうだからという理由で便乗し、済し崩し的に自分が引率としてついていく破目になった。それだけのことである。
 別に会いたかったわけじゃない。むしろ、会いたいわけがない。あんな陰険、誰が好き好んで会おうなど思うものか。いつもお世話になっている、の件(くだり)が特に憤りを覚える。誰が、いつ、あれに世話になったというのか。まったくもって不愉快だ。
 ケケケケ…、とまるで悪魔のような笑い声を立てるその姿を想像し、レイ=ゼンはげんなりとした気分になった。あれに会いにわざわざここ―――商業世界セルディアンヌカルト(通称セルディ)に来たのかと思うと、何か損をした気分になる。
 しかしながら、レイ=ゼンにはここに来ざるを得ない理由があった。イル=ベルとムトリ=ルーを二人だけで行かせることに、多大な抵抗感があったためである。この二人のコンビで出かけるとなると、何をしでかすかわかったものではないのだ。前者は無意識的に、後者は意識的に。どちらが性質(たち)が悪いのか、レイ=ゼンには判断がつかない。ただとにかく、面倒を引き起こすだろうことは目に見えてわかっていた。それによって、誰の仕事が増えるかも、よく理解していた。
 最悪の事態にはならないだろう。なんだかんだいって、ムトリ=ルーはイル=ベルには甘い。むしろ、イル=ベルにしか甘くない。だから、イル=ベルが本当の意味で最悪の危険に晒されることはまずない。その直前で堰き止めるだろう。彼にはそれだけの能力がある。―――ただ、それはあくまで“最悪の事態”だった場合の対処であり、それ以外において彼が彼女を助けるために動くのかというと、甚だ疑問が生じるのである。十中八九、傍で笑って見ているだろうことは容易に想像がつく。ムトリ=ルーは、そういう気性の持ち主だ。
「仕方ないな、役所に行って訊くしかないか」
 はあ、と大きくため息を吐けば、びくりとイル=ベルの肩が震えた。
「れ、レイ=ゼン…」
 情けない声だ。見れば、その大きな瞳にじんわりと涙が溜まっている。…これは彼女の場合、よくあることだが。
「ごめんなさいなのです、あた、あたしがオーランさんに会いたいと言ったからこんな面倒を――」
 彼女もなんでいちいち謝るのだか。レイ=ゼンには理解できない。
 つっかえながらも完全に止まることはなく動き続ける口に、よくもまあそこまで回るもんだと少しの感心すら覚えつつも、自分よりも随分と低い位置にある頭をぺしりと叩(はた)く。
「ひゃうっ」
 痛かったのか、両手で頭を押さえるその仕草に、別にそこまで強くやったつもりはないんだが、と思う。しばらく経ったら回復するだろう、と罪悪感すら抱かず、放置した。
「ひ、ひどいですレイ=ゼン!」
 ばっと顔をあげたイル=ベルはしかし、レイ=ゼンがその声に反応しじとりと一瞥しただけで途端にその勢いを失い、縮こまる。レイ=ゼンはその様子に、再び大きく嘆息した。
 そうして怯えた風の彼女の頭を、今度は比較的優しい手つきでぽんぽんと撫でる。へ、と間の抜けた声がイル=ベルの口から漏れた。
「とりあえず、行くぞ」
 ぶっきらぼうに言えば、ムトリ=ルーが「それなんだけど」と声を上げた。
「ボク、ちょっと寄るところあるんだよね。だから、現地集合ってことにしない?」
「はあ? 別に構わないが…“寄るところ”?」
 このムトリ=ルーが、わざわざ自ら寄ろうというところ? いったいどこのことだろう。おそらく彼にとっては最高に面白いところなのだろうとは思うが…。
「そ、友人に顔見せに行くんだよ」
「………はっ?」
 今度こそ、本気で驚いた。この男に、友人? 友人なんて、いたのか?
 隣では、未だに頭に乗せられた手を気にしていたイル=ベルが、嬉しそうに笑った。
「ムトリ=ルーのお友達ですか? あたし、会ってみたいですよ」
「機会があったらね」
 くすくすといつもの調子で笑う。あくまで飄々とした態度を崩さない彼に若干の苛立ちを覚え、それを紛らわすように吐き捨てる。
「やめとけ。どうせ碌なのじゃない」
「いや、結構レイ=ゼンとは馬が合いそうな気がするんだけど。短気だし、イジメがいがあるし」
「おい、ちょっと待て、お前それどういう意味だ…っ?」
 ひくり、とレイ=ゼンの頬が引き攣る。同時に握り拳を固め、徐々に自分の奥から湧き出てくる怒りを、必死に封じ込めようとしたのだが―――
「ええ、そんなこともわかんないの、キミ?」
 わかりやすい挑発行為だ。乗る方も乗る方だ、とたとえばこれが第三者視点であったらレイ=ゼンも言うのだろうが…。
「っ、お、前な…!」
「ん? どうかした?」
 実にあっけらかんとした様子の彼を怒鳴るために腹に力を入れ、すうと息を吸ったところで、
「い、いた…れれ、レイ=ゼン…痛いです…っ」
 今にも泣き出しそうな声に、ハッと我に返った。そういえば、自分の手は彼女の上に置いたままだったか、と思い出す。無意識に力を込めていたらしく、若干乱れた金色の髪の端をちょこんと掴んで、うー…と唸りながら必死に痛みに耐えているらしいイル=ベルの姿に、流石に申し訳ない気がしないでもない。
「あ、と………わ、悪い」
 レイ=ゼンにしては珍しく謝罪の言葉を述べた後、慌てて手を退けようとしたところで、ふう、と前方から心底馬鹿にしたようなため息。
「キミって本当、怒ると周りが見えなくなるよねえ。直した方がいいよ、その癖?」
「おまっ…少なくとも今俺を怒らせてるのはお前だ! 人に言う前に自分で自分のソレを直す努力をしろ!」
「えぇ? なんで?」
「それこそ訊かなきゃわかんないのかって話だろうが!」
「れ、レイ=ゼン…あたまいたいです………ふええぇ」
 再び我に返る。しまった。内心で――もしかしたら実際出ているかもしれないが――冷や汗を流しながら、ちろりと彼女の様子を窺えば、えぐえぐと泣き出し始めている。面倒なことになった、と舌打ちしたくなったが、そんなことをしたら最後、彼女は更に泣き出すだろうことは目に見えてわかっている。今回の件に関しては彼女は何も悪くない、というのもなかなかやりにくいところであった。
 どうしたものかと視線を彷徨わせれば、またも――しかも先程よりも随分と愉しげにくすくすと笑みを零すムトリ=ルーの姿が目に入る。その瞬間思わず殺気を覚えた自分を、誰が責められようか。というか、誰かに責められたとしても、別段どうでもいい。それよりこの男だ。
「お前…絶対わかっててやっただろ…」
「わからず乗っちゃったキミも相当お間抜けだよねぇ」
 うっと言葉に詰まる。こればかりは反論できない。それは自分でも思うし、…思うのだが、こいつにだけは言われたくない、腹が立つ、と思う自分がいる。顔が怒りで引き攣っていることを自覚する。これ以上その姿を視界に入れているとますます怒りが込み上げてくることは必至であったので、ふいと顔を逸らした。
「あ、今怒ったらまた手に力入るから、気をつけなよ?」
「わかってる! 余計なお世話だ!」
 いちいち指摘してくるこいつが嫌いだ。本当に。心底。

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