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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 南の時計台。直径で二メートルもあろうかという球状の時計は、どの方向から見ても同じように時間が見られるような造りになっている。美しい灰の大理石が使われた、うねる柱によって支えられるその姿は、いっそ美術品だと言われても納得できるほどだ。どこかの世界の技術を取り入れているらしく、その横に立っている大理石の案内板―――これもかなりの大きさだ。とはいっても、流石に時計台ほどではないが―――の下部に、その世界の名が刻まれている。
 それら全てを背にして、ムトリ=ルーは一人立っていた。全ての者が立ち止まり、思わず魅入ってしまうその時計台には、全く見向きもせずに。
 同居人の二人は未だに姿を見せない。レイ=ゼンはいくら焦っていたとしても、こちらの指定した時間を無視して、ムトリ=ルーとの連絡まで途絶えさせるほど馬鹿ではない。
(ということは、無事に会えたってことなのかな?)
 むしろ、そうでなければ困る。まあ困るといっても、セディアンが「大丈夫」だと言ったので、然程の心配はしていないが。
 しかし、とムトリ=ルーはようやく時計台へと目を向けた。ただしそれを鑑賞するためではなく、ただ本来の目的どおり、時間を知るためだけに。正午はもはや半刻ほど過ぎていた。これが例えば彼ら二人以外の誰かとの約束だとしたら、ムトリ=ルーはとっくの昔に帰っていただろう。尤も、二人以外の誰かと待ち合わせをすることなんてないし、もし仮にしたとしても集合場所まで行こうとさえ思わないだろうが。
 どうするかな、と小首を傾げたムトリ=ルーの背に、彼の名を呼ぶ声が掛かった。少女の高めの声。よく知った声だ。どうやら泣いているようでもない。レイ=ゼンが珍しく上手くやったようだ。ホッと安堵したがそれは表には出さず、ムトリ=ルーは振り返り、
「……………」
 固まった。しばしの思考の末、とりあえずの一言を捻り出す。
「何してるの」
 仲良く手なんか繋いじゃって。いや、別にそれ自体は一向に構わないんだけど。問題…というか疑問は、その過程にあるわけで。
 ムトリ=ルーの固まった顔を見て自分が置かれている状況を思い出したのか、見ているこっちが可哀相になるくらい一気に顔を真っ赤にさせたイル=ベルに、全く気にしていない(というか事情がわかっていない気がする)レイ=ゼンを交互に見比べ、
「何って………イル=ベルをつれてきたんだが? 半刻遅れたのは謝るけどな」
 それからその言葉に、なんとなくの事情を察した。おそらくレイ=ゼンは、イル=ベルが逸れないようにとそれだけの思いでそうしているのだろう。少なくとも、彼自身はそう思っている。絶対に。伊達に何百年も一緒にいるわけではないのだから、それくらいわかる。
 尤もそれは全ての者に当てはまるわけではなさそうだが、とムトリ=ルーはいつになく呆れた顔でレイ=ゼンを見た。
「あー………まあ、いいや。キミには言っても無駄のような気がするし。―――イル=ベル、大丈夫?」
「ちょっと待て、無駄ってなんだ!」「は…はいなのですっ!」
 二人が同時に返事をする。内容は重なった聞き取り難かったが、聞けなかったわけではない。その上で彼はレイ=ゼンの発言は無視し、イル=ベルに笑顔を向けた。
「そう。良かった。ところでその手に持ってるのは? 飴細工?」
「あ、はいなのですよ。途中で貰ったのです。ムトリ=ルーとレイ=ゼンの分もちゃんとあるのですよ!」
 誇らしげにえへんと胸を張るイル=ベルに、そっかそっかよかったねえ、とくすくす笑う。
「でもそれを食べる前に、ひとまず昼食といかない?」
「そうですね。もうお昼なのです。お祭りを回るのはお昼の後なのですよ」
「………お前らな…っ」
 レイ=ゼンの米神に青筋が立つ。全くもってキレやすい性格は直っていない。放っておいても面白そうだが………。
「あああああのレイ=ゼンっ、その、そのっ、ごごごめんなさいなのですーっ?!」
「いやイル=ベル、キミが謝る必要はないよ。レイ=ゼンはね、お腹が空いてイライラしてるだけだから」
「なわけあるか! ふざけんな!」
「あー、はいはい。―――あ、そうだ。オーランの店はどうする? 寄ってく? どうせあそこ、お祭りなんてそっちのけで、むしろヒトのお祭り気分ぶち壊す勢いで、いつもどおりマイペースに陰湿でじめじめした空気放ってるだろうけど」
「ムトリ=ルー! それはオーランさんに失礼なのですよ? あそこはただちょっと……その…ただちょっと………――――で、でもいい人ではあるのです!」
「…そうか? あいつは良いか悪いかで区別するなら、普通に後者の人間だと思うんだが。行くなら場所は俺が知ってるけどな」
「そ、そうなのですか? オーランさんはすぐに消えてしまわれるのに、レイ=ゼン知っているのですか? すごいのです!」
「…………」
「へえ………キミにしては結構頑張ったんだね、レイ=ゼン」
「って、どういう意味だ、それは」
「文字通りの意味だけど?」

 どこに行くと誰かが口にしたわけでもないのに、三人は自然に並んで歩き出す。それが当然だと言わんばかりに。
 そうして三人ともが、揃って思うのだ。

 ああ、やっぱりこうして三人揃っていた方がずっと良いな。と。

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